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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
ムクドリのえほん

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172/307

ぼくはまた、もどってくるよ 5

「むっちゃんむっちゃん! アニメ化が決まったよ!」


 ぽかぽか陽気のお昼、朝早くに出かけた唯が、息を切らして帰ってきた。外の世界の、ほこりっぽいにおいがする。きっと、本をつくるための打ち合わせをしに、トウキョウへ行ってきたんだ。


 唯にこびり付いたトウキョウのにおいは、ふじさわよりもずっと粉っぽくて、どろどろして、呼吸が苦しくなる。できればあまり行ってほしくないけど、ごはんを食べるためには危ない場所に行かなきゃいけないときもある。


 ぼくたちムクドリも、カラスやネコからまる見えの原っぱへ、タネなんかを食べに行く。


「ピピッ、ピピピッ」


 アニメ化。それは、唯が持っている目標のひとつ。アニメ化すると、唯の漫画が動くみたい。


 なんだかよくわからないけど、おめでとう、唯。


 最近の唯は、忙しくて、お話が思い浮かばなくて、漫画を読んだ人からのコメントに「つまんなかったら読まなきゃいいだろこのクソボケ! 海賊版なんか読んでるお前なんかアオキガハラにぶちこんだろか!」とか大声を出したりして大変そうなときもけっこうあるけど、いじめられていたときよりはずっとイキイキとしている。


 たいせつなパートナーも見つかって、ぼくは安心したよ。


 あぁ、唯がどんなお話を描いているのか、気になるな。それだけは、何度漫画を見せてもらっても、読み聞かせてもらっても、わからないんだよなぁ。それだけが、ぼくの心残り。


 唯が鳥かごの扉を開けた。出ておいでの合図。


 ぼくは重たいからだでちょんちょんと、唯の手のひらに乗った。


「うふふふふー、むっちゃんふわふわ~」


 ぼくがぷくぷくしてから、唯はぼくの胸に頬ずりをするようになった。


 唯にとってはそれが、癒しの時間なんだって。ぼくも、トウキョウのにおいがするのはちょっとイヤだけど、唯とふれあえるのはうれしいんだ。


「ピピピッ、ピピピピピッ」


「ん? おやつ欲しい?」


「ピピッ」


 ぼくがおねだりすると、唯は机の引き出しからドライフルーツを出してくれる。唯の手のひらにのっけたそれを、ぼくはついばんで食べる。なるべく唯に、くちばしを当てないように。


「あぁ、幸せ。いつまでもこうしてたいなぁ」


 唯はにんまりと、満面の笑みだ。


 唯も気付いてる。ぼくといっしょにいられる時間は、もう長くないんだって。


 ぼくも、唯とお別れしたくないよ。ずっといっしょにいたい。


 だけど、ぼくは老いたムクドリで、唯はまだ若い人間。


 気持ち良さそうに、唯はおひるねを始めた。スーッ、スーッと、寝息は子どものころから変わらない。


 たすけてもらって、大事な仲間をていねいにほうむってくれて、ごはんをたべさせてもらって、いっぱいおはなしして、人間のことばや営みをおしえてもらって、いっしょにおふろに入って、いっしょに眠って、うれしかったり、かなしかったり、そんな日々が、とっても、とっても、しあわせだったよ。


 ぼくは唯にいっぱいしあわせをもらったから、これから唯は、もっとしあわせになってね。


 すやすやと、安心して眠る唯。いじめられていたときの苦しそうな寝顔は、もうずっと見ていない。


 これならぼくも、安心だ。


 あぁ、全身のちからが抜けて、眠たくなってきた。


 そうか、もう、お別れなんだ。


 ドライフルーツ、おいしかったな。また、食べたかったな。


 唯の漫画、ちゃんと理解したかったな。


 でも、後悔をうんと上回るくらいしあわせだったから、まぁ、いいか。


「ピィ、ピピピッ」


 元気でね、唯。ありがとう、唯。


「むっちゃん? むっちゃん!?」


 異変に気付いた唯が起きたとき、後頭部から、ぐおおおおおってすごい音がして、引っ張られた。


「むっちゃん!! むっちゃん!!」


 まくらのうえで横たわるぼくを、唯がさすっている。


「唯、ぼくはここだよ」


 人間のことばを、喋れるようになった。


 肩に乗って、耳元で言っているのに、唯には聞こえないみたい。


 頭のうえからは、きらきらきらって、聞いたことのない、ものすごく大きな音がする。


 あぁ、ぼくは、音のするほうに、行かなきゃいけないんだ。


 でないとぼくは、たましいが黒くなって、唯にとっての悪い存在になってしまう。


 それは誰に教わるでもなく、どうしてか知っている。


 音が少しずつ、小さくなってきた。唯の叫び声を聞き付けて、唯のお父さんとお母さんも来た。


 ごめんね、唯。ぼく、そろそろ行かなきゃ。


「ありがとう、またね」


 唯にお礼を言うと、ぼくは光に吸い上げられて、唯と暮らした巣がどんどん小さくなっていった。あっという間に飛んだことのない高さまで、上がってしまった。


「唯、ゆい……」


 唯ともっと、いっしょにいたいよ。


 唯の巣はもう、雲の向こう。とても心地よい光に包まれているのに、ぼくはまだ、唯といっしょにいたいんだ。


 ああ、ぼくはなんて、しあわせなムクドリなんだ。いくらありがとうを伝えても伝えきれないほど、唯はぼくにぬくもりをくれたんだ。


 ただひとりの、たいせつなひと。


 唯、これからずっと先も、ぼくのこと、たまに思い出してくれたらうれしいな。



 ◇◇◇



 一年後、唯はパートナーと結婚した。漫画はアニメ化して、大人気だ。


 ぼくは天国から、あの子といっしょに唯たちの暮らしを見守っている。彼女も、自分のからだを唯がほうむるところを見ていて、とても感謝している。


「神様が、そろそろ新しい修行の旅に出なさいって。特にきみのほうに」


 彼女が言った。


「いやだよ。またカラスに追われるなんて。それに、せっかくまたきみと会えたのに、もうお別れなんて」


「はぁ、そう言うと思った。仕方ないわね、私もいっしょに行ってあげる」


「こんどはきみが生き残って、ぼくが食べられる番?」


「さあ。でもね、こんどは人間として命を授けてくれるって。赤ちゃんのころは気を付けないといろんな敵に襲われちゃうけど、お母さんは、自由に選んでいいって」


「え……。それって……それって……」


 ぼく、また唯と、いっしょに暮らせるの?


「うん。それでも行かない?」


「いきたい。こんどはきみも、ずっといっしょに」



 ◇◇◇



「おぎゃあ! おぎゃあ! ぴぎゃあ!!」


「ぎゃあ!! ぎゃあ!! ぎゃああああああ!!」


 10ヶ月後、唯に双子の赤ちゃんが生まれた。女の子が先に生まれて、男の子が後に生まれた。


「な、なんか、この赤ちゃんたち、すごい泣き声……」


 ぼくたちの大きな泣き声に驚く唯。旦那さんと助産師さんに見守られ、母子ともに健康。良かった、無事に生まれてこれた。


 双子を産むのはすごく苦しかったみたいだけど、そのぶんきっと、いい子に育つよ。


 少なくとも、お姉ちゃんのほうは。


 またよろしくね、唯。

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