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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
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163/307

ひざのうえのけもの

「なんだなんだ、なんなんだよぉ」


「さすがだ、さすが山だ、ちょっと油断するとこういうことになる」


 なんということだ。無事目的地の宮ヶ瀬(みやがせ)に到着して見晴台から広く奥行きのあるダムを一望、ダムに架かる大きな吊り橋からダム湖を見下ろし、オレンジや黄金に色づく山々に囲まれた絶景を堪能。


 橋を渡り切って秋のさやかな風とさわさわ揺れるススキに心を奪われながらのんびり歩いていたら、前方から一頭の動物が駆け寄って来て、私たちを追い回し始めた。


 まさか本当に動物に追いかけられるとは。こやつ、私たちの首に噛みついて窒息させ、弱ったところで肉を喰らう気か……!


 真幸は大きな池に敷かれたベニヤの遊歩道に逃げ込んだ。私は池の手前の芝生に留まった。動物は真幸を選んだようだ。二兎追う者一兎も得ず。獰猛どうもうな獣は真幸を目がけまっしぐら。周囲に人気ひとけはなく、真幸は獣の気を逸らせない!


 いっそのこと、池に飛び込んでしまえば助かるだろうか。


 そんなことを思った、そのときだった。


「うああっ!」


 獣が真幸の首に絡みつき、真幸は悲鳴を上げた。


 とらえられた真幸は尻餅をつき、獣にされるがまま押し倒された。


 危険を承知で、私は真幸に駆け寄る。


 こやつ、股間に袋がついていない。私はまず、そこに目が行った。


 獣は体長約30センチ、体重推定約2キロ。生後数週間とみられるめすのドラネコだ。


 ドラネコは真幸の全身をべろんべろん舐め回し、真幸に起用にあぐらをかかせ、遊歩道に座らせた。真幸の膝の上に乗って衣服に爪を立て踏み踏み。やがてころんとからだを丸め目を閉じた。


「やぁ、捕らわれの清川真幸」


「なんて器用なんだ。こんなのハジメテ」


「眠ちゃったね」


 ドラネコはすー、すー、と、出逢ったばかりの真幸の膝で眠っている。寝つくまで1分かからなかった。ここに真幸を置いてゆけば、遊歩道の上で座り込む不審者の完成だ。


 池の真ん中で冷たい山の風に吹かれ座り込む陰気な男。危険な香りしかしない。


「どうしよう」


「とりあえず私は、スケッチでもしてみる」


「僕を置き去りにして?」


 真幸はチワワのように私を見つめる。本当に置いて行きたくなった。


「眺めがいいから、ここでスケッチするね」


「ありがとう」


 私は遊歩道から大橋や山々、開けた青空を見上げ、A3のスケッチブックを開いた。24色入りの色鉛筆缶は常時携帯している。


「ここだとちょっと描きにくいなぁ」


 池の手前まで戻ったほうが全体を描きやすい。ここだと吊り橋が手前すぎてバランスが悪い。


 数分を経て、私たちの脇を数組の老若男女が通過した。老夫婦は真幸とドラネコに気さくに話しかけていたけれど、30か40代くらいの少々意識の高そうな男女は冷ややかな視線をくれていた。なにこの座り込み男、きったない。ブタよブタ。ブタ以下よこんなの。口には出さずともそう罵っている気がした。


 そんな真幸の膝で眠るドラネコの頭を撫でた私は遊歩道を出て、池のほとりの芝生に立ってスケッチを始めた。真幸は観念したのかケータイを取り出し、ドラネコの写真を撮ったり何か文章を打ち込んでいるような素振りを見せた。シナリオ執筆だろうか。せっかく学校を休んで得た自由時間なのだから、有効に使わねば勿体ない。


 1時間後。概ね風景画が描き上がった。ドラネコは相変わらず真幸の上で眠っているようだ。通行人から冷ややかな視線を浴びせられ続けた真幸に、私は1時間ぶりに接触。


「まぁ、そうだよね。遊歩道の真ん中で座り込んでる男がいたら怪しいよね。茅ヶ崎だったら指差して笑われてるよ。でもそのほうが幾分マシか。都会から来たっぽい人は、やっぱり冷たいよ」


 物理的にも精神的にも冷たい風に晒され、膝だけは温かかった男の心は、病んでいるような癒されているような、混沌としたオーラを滲ませていた。

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