表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
2006年8月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/307

内面の振れ

「血、止まりましたか?」


 僕が間接キスに興奮しすぎて鼻血を噴出すると、星川さんは咄嗟にカバンからポケットティッシュを出し、数枚まとめて僕に手渡してくれた。


 その最中、気付いた杏子ママが気を利かせてくずかごを持ってきてくれたので、「すみません、ありがとうございます」と恐縮しつつ、劣情に染まったティッシュをそっと収めさせてもらい、続いて洗面所を借りて手を洗わせてもらった。というのがここまでの経緯。


 お店には申し訳ないけれど、他のお客さんがおらず恥を最小限に抑えられて本当に良かった。


「はい、おかげさまで。ありがとうございます。そのポケットティッシュ入れ、おしゃれですね」


「でしょう? 昨夏に家族で北陸地方を旅行したとき、富山県内の縫製品屋さんで父が買ってくれたんです。ふわふわさらっとした肌触りで、思わず頬ずりしたくなっちゃいます!」


 良かったら、と、星川さんはティッシュ入れを僕に差し出した。


 赤、茶、群青、黒、金、灰、紫などのカラフルな糸が緻密に編み込まれ、実に丁寧な仕事がされている。全体的には茶や赤が目立つ印象だ。確かにふわふわさらっと手触りも良い。こういうものも創作の一部だなと、見て触れて、創作魂が刺激される。


 物語や絵も創作だが、世の中には他にもその類に入るものが五万どころか兆京とある。これから大人になってゆくにつれて、色々なものに触れてゆけたらいいな。


 鼻血を出して、残りの宇治金時を平らげたらたかぶっていた心が落ち着いて、肩の力がフッと抜けた。それでも、やさしくて苦しすぎる未曾有みぞうの感情は、あの瞬間以来消えていない。


 やさしい雨音は一見それを鎮静する効果がありそうだけれど、鈍色にびいろの空が相まってか、神経を逆撫でしてわびしさが増すばかりだ。



 ◇◇◇



「ありがとうございました」


「またねー!」


「ごちそうさまでした。また近いうちに来るね!」


「ごちそうさまでした。できれば杏子ちゃんのお持ち帰りも」


「あらあら杏子、すっかり気に入られちゃって。ときたま遊んでくださると助かります」


 自動車も人通りもまばらな10時半。母娘に見送られ甘味処を後にした僕らはとりあえず来た道を戻る。


 しとしと雨の一中通り、狭いグリーンベルトの上、傘を差し微妙な距離を保ち歩く僕ら。車道側を歩く星川さんを内側に移動させようとモゾモゾするも、一度定まった立ち位置は言い出さなければなかなか変えられない。


「あのお店、美味しかったでしょう?」


「はい、とても!」


「ふふふ、カタいなぁ。敬語なんか使わなくていいのに」


「それは、星川さんも敬語だから」


「私は癖で敬語になったり、意識的に使うときは素のままだと言葉遣いが汚かったりするから、悪印象を与えないように」


「あぁ、やっぱり」


 いけない。反射的に本音を吐露とろしてしまった。


「ふふっ、どういう意味かな?」


 星川さんからは女性独特の『怒らないから言ってごらん?』的なオーラが漂っている。これアカンやつや。


「星川さん、取り繕ってるつもりかもしれないけど、すごくわかりやすいから」


 けれど僕は敢えて正直に告げてみた。


「えっ、そうかな!? 私、これでも表向きは丁寧なつもりなのに」


「それでも人柄が滲み出ていて、隠すところを隠せていないというか、黒いところまで透けているというか」


 リードと首輪付きのダルメシアンを野性動物に仕立て上げた件はその代表例だ。他にも、表情の微妙な変化や言葉の端々、挙動など些細な点から読み取れることはある。


「そ、そうなんだ……」


 それでも星川さんが生真面目きまじめで性根がやさしい人間であるのは間違いない。今朝から現在に至るまでに確信した。


 人見知りの僕が言えたことではないが、おそらく彼女は自己表現が下手で、心の奥底にあるものや理想像を創作で表現したり、挙動や言動で自然に漏らしてしまうタイプだ。


「では、見抜かれついでに一つご提案が」


 僕の前ではいつも声高に喋っていた星川さんだが、急にフラットな口調へ変わった。


「なんでしょう」


「きょうの塾、おさぼりしちゃいませんか?」


 と思いきや、再び満面の笑み。え? 塾をサボる?


 毎回サボりたいと思いつつ踏み切れていない僕にとって、その一言は道を踏み外す勇気を与えてくれた気がした。これは一歩を踏み出す良い機会かもしれない。


 しかし気のせいだろうか。彼女、きょうは少し様子がおかしい。なんというか、感情が小刻みに波打っていて、地震の初期微動のようなものを、ひしひしと感じるのだ。

 お読みいただき誠にありがとうございます!


 最近Twitterで『エッチな作品と作者は別もの』という旨の話題がありますね。


 さて、今回は真幸が美空の精神状態の微妙な振れを敏感に感じ取る描写をメインとしました。


 人の内面に触れる物語を描く以上、作者自身も人の微妙な変化やシグナルに敏感で在りたいと常日頃思っています。この点に関してはフィクションを描きつつも空想論者では在りたくない、物語と作者は別ものであっても、かけ離れた存在では在りたくないなと。


 ちなみにサブタイトル『内面の振れ』は鉄道用語と掛けてみました。ほとんどの方がわからないだろう……。気になる方はググッてみてください笑。


 次回もお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ