美空のきらめく通学路
私が家を出る6時半には、まだ自転車のサドルに朝露が残っている。
きょうもきょうとて、鎌倉の学校へ向かう。
駅へ向かう手段は主にバス、自転車、徒歩の三択。
きょうは夕方から雨が降る予報なので、歩いてみる。バスが最速だけれど、おととい彼岸花に沿って散々歩いたので、満員バスの遠心力に耐える自信がない。あれは徒歩よりつらい。
おとといの疲労がきょうになって現れる。これはどういうことか。少し前までは翌日に筋肉痛を発症していたのに。大人の階段を上り過ぎてしまったような、いやな感じがする。もう少し運動をして、からだを若返らせたほうが良さそうだ。
ということで、駅までの移動は徒歩。一中通りを数百メートル北上して裏道に入った。
なんてことない普通の住宅地。開けた青空には2頭連なるトンボのカップル。
秋だなぁ……。
なんてことないいつもの住宅街でも、歩いてみると小さな発見があったりする。
きょうは、小さな秋を見つけた。
よく考えれば、進行方向左側にある、昼から夜にかけてアイスや駄菓子、たばこなどを売っている年季の入った木造の小さな商店や、その店先に置いてある丸ポストも現代ではかなり貴重な気がする。
このどこか温かい雰囲気、私は好きだなぁ。
15分歩き、茅ヶ崎駅に着いた。白い駅舎のエスカレーターを上がり、忙しない人の流れに合流して改札機に定期券をタッチ。左、前の通路、右斜め前のエスカレーターを横目に私は、エスカレーターの正面にある階段を下った。
東京から静岡県の沼津を結ぶ、東日本エリアを走る東海道線の電車は全長3百メートルの15両編成。沼津寄りから1号車、2号車の順。
私はいつも通り、東京方面行きでは最後部車両の1号車に乗った。銀色のステンレス車体に緑とオレンジの帯を纏った新しい車両。
私はいつも、山側のドア脇に立つ。山側に立つ理由は、横須賀線に乗り換える大船駅までは海側のドアが開くため、乗降の妨げになりにくいこと。また、座席の前は横浜や都内など、遠くへ向かう人が途中駅で空くかもしれない座席を狙って立つため、彼らのチャンスを奪わないよう配慮している。
紫色のシートと濃淡なグレーの枕を組み合わせた近代的なボックスシートと、ドアの脇に2つずつ壁を背にした座席が配置された1号車の席はすべて埋まっている。一つ手前の平塚駅は利用者が多く、そこで普通車13両の座席はほとんど埋まってしまう。
但し、4、5号車の2両は2階建てのグリーン車になっていて、そこなら早朝に限り茅ヶ崎駅までは座席に余裕のある場合が多い。他の時間帯は熱海や伊豆から帰る観光客が多く、着席し難い列車もある。
ほぼ数珠つなぎに走る朝の電車は、前の電車に追いつかないようゆっくり走っている。その横の線路を、座席定員制有料列車の湘南ライナーが轟音を上げて悠々と追い抜いてゆく。昼間は特急として走る、白地の車体に緑のストライプが入った昭和レトロな特急車両だ。
そちらの線路は主にライナーと貨物列車が走っていて、普通電車よりは本数が少なく渋滞していないため、高速で走れる。
つまるところ、追加でお金を払えばだいたい着席できる。これが茅ヶ崎の通勤、通学事情だ。
車内には、通勤客はもちろん、学生の姿もある。女子学生は概ね行儀よく座っているけれど、男子学生はドア脇の席で脚を広げ、その間に大きなバッグを置いている場合が多い。男とは、なんて自己中心的な生きものだろう。
そう考えると、真幸は電車やバスに乗るとき、大きな荷物は膝の上に置いて抱え、隣の席や自分の前に立つ人のスペースを侵食しないよう配慮している。
彼は普段、基本的にはろくなことを考えていないし、頭の中はほとんど下ネタ。けれど、携帯電話はマナーモードにしているし、一部の知能が低そうな男のように車内で音楽を鳴らしたりもしない。
もしかすると真幸は、案外良い男なのかもしれない。
基本的にはどうしようもないけれど。
『大船駅から横須賀線、鎌倉、逗子、久里浜方面をご利用予定のお客さまにお知らせいたします』
辻堂駅を出た直後、車内放送が入った。いやな予感がする。私の場合、いやな予感はだいたい当たる。
『横須賀線ですが、現在、北鎌倉から鎌倉駅間の線路に人が立ち入り、運転を見合わせております。そのため現在、大船から千葉方面へ、折り返し運転を行っております。ただいま次の藤沢駅から、江ノ島電鉄線への振替輸送を実施しております。鎌倉方面へお越しのお客さまは、次の藤沢駅でのお乗り換えもご検討ください』
ふぅ、やはりそうか。
線路内人立ち入り。立ち入った人を排除すれば良い単純な話と思うかもしれないが、泥酔して線路上で寝て身動きできなくなったり、自殺を図るなどの強い意志を持って、鉄道会社の職員や警察官が取り押さえても暴れたり、電車に向かって石を投げるなどの悪質な行為に及ぶ者などもいるため、簡単には運転再開できないこともある。
ということで、私は藤沢駅で途中下車した。中学時代、北口の塾に通っていたし、その他の用事でもよく訪れる馴染みの駅。
ほんとうは朝、江ノ電は利用したくないのだけれど……。
また、いやな予感がする……。




