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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
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153/307

強くやさしい彼女

 彼岸花の連なる道は、約2キロに及んだ。途中から、立て看板が茅ヶ崎市のものから藤沢市のものになっていた。


 ここから茅ヶ崎駅に戻るには、先ほど降りた芹沢入口せりざわいりぐちよりも湘南ライフタウンのほうが遥かに近く、そこから始発のバスに乗って帰った。


 一人、オレンジの電球が慎ましく灯る深夜。僕は二段ベッドの上段で、きょうを、厳密にはきのうを振り返っていた。下段では妹の灯里あかりがぐうすか眠っている。


 彼岸花の道を抜けるまでの間、何人もと擦れ違った。


 中には彼岸花の咲く中に踏み入って写真撮影をする者や、花を摘み取って自らの顔に当て、カメラやケータイで自撮りする者もいた。


 摘み取られた花は何も抵抗せず、華麗に、ただただ綺麗に咲いていた。花はそのまま、地に投げ捨てられた。


 今ごろは、どうなっているだろう。もうすっかりしおれてしまっただろうか。


 踏まれて折れた花もずいぶんとあった。


 けれど花はどんなことがあっても、命ある限り綺麗に咲き続けようとする。


 けがれなき花のさがであり、宿命である。


 なんていたたまれないのだろう。


 人間とは、なんて醜い生き物なのだろう。


 あの者たちが彼岸へ旅立ったとき、なにもかもが許されるのならば、僕は神様に異を唱えたい。


 僕にとってこの世界は、とても生きづらい。


 なぜって、ああいう者があまりにも多いから。


 彼岸へ渡ってからもそんな日々が続くようでは、たまったものじゃない。


 きっと、僕と似たような思いをしている人は五万といる。やりきれない思いを抱えたまま、どうにも変えられない日常を、虚ろな目で這うように生きている人が。


 二段ベッドの梯子はしごを下り、左の学習机に向かった。学習机は僕のが窓際の右に、灯里のが左側の本棚との間に並んで配置されている。


 机に備え付けの蛍光灯を点ける。これなら、灯里の安眠を妨害しないだろう。小1から一度も交換していない蛍光灯は、光力が程よく弱っている。


 僕はいま、否、僕らはいま、オリジナルのピクチャードラマを制作している。ピクチャードラマとは、わかりやすくいえば紙芝居のようなもの。ほぼそれと変わりない。


「真幸~、お~い、清川真幸く~ん」


 誰かが僕を呼んでいる。


「チャック開けちゃうよ~」


 チャック開けちゃう? なんのことだ?


 状況は掴めていないが、きっと僕はいま眠っていて、誰かが眠る僕に声をかけている。


 ……!


「あああん!!」


 ようやく状況を理解しハッとしたときには既に遅かった。


 僕、いつ登校したんだ? 夜中、彼岸花のことで心病んでからここに至るまでの記憶がない。


 教室の机に伏して眠る僕のズボンのチャックを開けられ、人差し指と中指でトランクス越しに息子をチョキンと挟まれた。僕は快楽から思わず素っ頓狂な声を出してしまった。


 周囲の冷ややかな視線が突き刺さる。


 僕も友恵をチョッキンしてみたいが、女子である友恵の場合、着衣状態でつまめるからだの部位といえば鼻か指くらいで面白味がない。


「もうお昼だよ。ラブホ行こっか」


 見上げるとそこには中学からの同級生で僕の数少ない友人の一人、南野みなみの友恵ともえが立っていた。セミロングで栗色の髪、スポーツが得意な現役高校生漫画家。


 美空と比較すると胸がやや大きい。推定Eカップ。出会った中1の春はBもなかったと思うが、ずいぶんと成長したものだ。


 友恵も僕とともにピクチャードラマを制作している仲間である。


「そうだね、どうして勉強しているのかわからなくなってきたところだし、行こうか」


「え、ほんとに!?」


「うん、僕もやられっぱなしではいられないし、ちょうどいいかなって」


 居眠りをしていればほぼ毎日チョッキンされる。対して僕は友恵のあれやこれを見たことがない。これは不公平だ。


「ちょ、ちょっと、みんなの前でそういうこと言うのは……」


 ついさっき僕の息子にふれていた人差し指で紅く染まった頬をぽりぽり掻く友恵。


 自分からは卑猥な攻撃を仕掛けてくるくせにカウンターを喰らわすと恥ずかしがる。僕はそれを秘かに可愛いと思っている。


 中学時代はクラス中に聞こえる声で「ラブホ行こうよおおお!」と発狂していた友恵だが、高校は卑猥なことに比較的おおらかな地元住民のみでなく、全国から生徒が集まっている。そのうえここ1組はエリートが多い特進より上の最上位、特級。卑猥を嫌う者も多く、中学とのカルチャーショックがあまりにも大きい。


 通学途中のコンビニで購入したおにぎり3個(梅、辛子明太子、ツナマヨ)を持参し、僕は友恵といっしょに屋上に上がった。友恵は自分でつくった弁当を持っている。ポリ袋と保冷バッグ。なんとなく格差を感じる。僕も料理できるようになりたい。


 屋上からは土の校庭、その向こうに松林、それに隠れて見えないが国道134号線、更に松林を挟んで、青くきらめく相模湾が見える。南東に江ノ島、西には住宅地のずっと向こうに雪のない富士山も臨める。僕ら地元住民にとっては日常の光景でも、他所から来た生徒は感動している。


 屋上には何組かの生徒が集まっていて、それぞれわいわいがやがやしている。僕も普段は友恵ともう一人、イラストレーターをしている男友だち(?)とともにここへ来るのだが、売れっ子で多忙な彼は本日欠席。出席日数が心配だ。


「真幸、徹夜してたの?」


「寝落ちして、気付いたら友恵にチョッキンされてた」


「そっか。あんまり無茶しないでね。私が言えることじゃないけどさ」


 プロの漫画家である友恵は日々〆切に追われながら、良質な物語を安定的に世に送り出さなければならない。筆が進む日もあれば、そうでない日もある。だから工程が遅れてしまったときは、無茶をして挽回する。加えて学校の勉強もしている。


 そんな彼女を僕は、心の底から尊敬している。


 いつも頑張っていて、人と交わるのが苦手な僕に手を差し伸べてくれた、強くやさしい彼女を。


「うん、ありがとう。友恵も、その、無茶しないでというか……」


 上手く言葉を紡げないが、僕は友恵の健康を心配している。


「ひひひっ、ありがとね!」


 ちゅっ。


 言って友恵は、僕の頬に軽く口づけした。はじめてのことだ。けれどこれは親愛の印であり、彼女流の挨拶だと思う。


 それでも僕は、条件反射で胸を焦がしてしまう。他に好きな人がいるというのに。お互いに。

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