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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
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152/307

星川美空は一度きり

 私と彼は、思考回路がよく似ている。


 自ら夏にさよならを告げるのが惜しくて、橋を渡る足が戸惑う。


 それでも意を決して、ふたりいっしょに橋を渡り終えた。


 そして、目を逸らしていた右へ、視線を、からだを向けた。


 あぁ、もうここは、秋なんだ。


 橋の向こうではきっとまだ、セミが鳴いている。


 けれどここで聞こえるのは、コオロギやマツムシ、キリギリスの、もの静かな合唱。


「きれい」


 思わず言葉が漏れた。


 こくり、真幸が頷いた。


 私たちの前に、広がる世界。


 ずうっと先まで一面に広がる、黄金こがねに実った稲穂いなほ、川沿いの細い畦道に連なる、けがれなき真紅しんくの彼岸花。


 あぁ、そうか。


 こんなものを見てしまったら、もう引き返せない。


 世界の真理を、見てしまった。そんな気がするほどに鮮やかで、切なくて、果ての見えない紅の向こうは、もう別の世界。


 そこへ行ってしまったら、星川美空という自分は、もうどの世界からもいなくなってしまう。魂は残っても、もうそれは、星川美空ではない、なにか別の『個』であると、そんなことを、いやでも感じてしまう。


 あぁ、いやだな、現実は苦しいことがたくさんあるのに、それでも私はまだ、生きていたい。


 私は思わず、真幸の手をぎゅっと握った。


「えっ」


 真幸は少し、驚いたよう。


 けれどすぐに、手を握り返してくれた。


 あぁ、まだ私は、この世界にいるんだ。


 温かくて、少し強固な彼の感触が、私をこの世界に引き戻してくれた。


「行こうか」


「うん」


 気を付けないと、田や川に転落しかねない細い畦道。


 真幸は私の手を引いて、一歩先をゆく。ゆっくり、ゆっくり、終わりに見る景色の予行演習がいま、本番にならないように。


 真幸の背中は大きいな。


 私はそれを直視できなくて、足元や川を見る。細い細い、彼岸花。中には白いものもある。川の上には、黄緑色の大きなトンボが行き来している。たぶんギンヤンマ。


「ねぇ真幸、あの黄緑のトンボはなに?」


 訊ねると真幸は立ち止まり、川をゆくトンボを見た。


「ギンヤンマのメスだね」


 水中には何か黒っぽい、大きな魚が群れを成している。こいだろうか。


「じゃあ、あの魚は?」


「マゴイ」


「ありがとう」


「いえいえ」


 水面には、まだ残る青空と迫る夕焼け、そして灰や白の雲が映っていた。波打つ海のそばに住む私にはなかなか見られない、幻想的な世界。


 色々と考えごとをしたり、景色を眺めても、まだまだ終着点は見えない。


 あぁ、なんて長い旅なのだろう。


 これよりもずっと長い旅をいずれ、この世の誰もがしなくてはならない。


 旅を拒めばきっと、苦を抱えたまま延々と、何十年、何百年も、この世をさまよってしまう。


「僕はやっぱり、アニメ作家になりたいな」


 歩みを止めぬまま、真幸が言った。その声は少し、どもっていた。


「そうだね、真幸が真幸として生きられるのは、たった一度だけだもんね」


「はは、美空も同じことを考えてたんだ」


 空いていた右手の指で、真幸は照れ笑いする頬を掻いた。


「さぁ、それはどうかな」


 ふふっ。


 ねえ、心が通って、同じことを思って、心臓が止まったら君は、どうしてくれるのかな?

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