新章:ここから読んでも問題ないお話
過去147回をお読みいただいていない方でも、今回のお話から物語に入り込めるようにしております。
2007年、9月下旬に入り、湘南、茅ヶ崎を吹き撫でる風は日毎涼やかになってきた。
雲はぽつりぽつりと真っ青な空を悠々と流れ、大きなトンボがとても手の届かない高さを一直線に飛んでゆく。秋の季語であるトンボ。しかしその全盛期は夏。彼らもきっと、季節と自らの生涯の終わりを、肌や第六感で察しているだろう。
星川美空、鎌倉清廉女学院に通う高校1年生。将来の夢は絵本作家。
美空に見せたいものがあるんだ。
アニメ作家を目指す少年、清川真幸(湘南海岸学院1年1組)はそう言って、私を誘った。メールで。
これはデートの誘いか。それともほかの仲間を誘ったものの全滅で、私だけが生き残ったのか。まぁ、どちらでもいい。
家にいても私の絵を否定する母がいるので苛々が募るばかり。せっかくなので真幸の誘いに応じ、いま、彼と二人で茅ヶ崎市北部の里山公園、柳谷を散策している。
里山公園は、茅ヶ崎市の里山保全事業として造成された大規模な公園で、総面積は東京ドーム約8個分。入口から右側にはロング滑り台、原っぱ、親水池、子どもの遊び場があり、主に子連れで賑わっている。
他方、私たちが散策しているのは左側の谷戸エリア。森を歩きやすいように切り開き、田んぼや池、砂利道など、日本の原風景が広がっている。ここにも子連れは訪れるが、昆虫や植物が好きな人、学者のほか、私のような絵描きや風景写真を好む人もよく訪れる、どちらかといえば大人向けの場所。こちら側には自販機がなく、飲みものは入口に設置された自販機で入手しておくと良い。
私は少し、少しだけ、彼を意識している。
彼もきっと、私を少しは意識している。昨夏の夕方、バスで初めて会ったときから、そう感じている。
そんな、手を差し出せば引き込まれそうな、空振りしそうな、どっちつかずの中に、私はいる。もしかしたら彼も、同じように思っている。
森の小道、ざく、ざく、踏みしめる砂利が混じった粘土質のぬるふわっとした感触。どこからか、生き残っている一頭のヒグラシの掠れる声が、切なげに響き渡っている。いくら鳴けども待ち人は来ない。そんな覚悟を滲ませて、最後の力を振りしぼり、孤独に震えているようだ。
暑いか寒いかといえば暑いきょうこの瞬間は、しかし確実に冬へと近づいている。一歩一歩確実に、その積み重ねた歩みがもう、峠に差し掛かろうとしている。
あんなに騒がしかったアブラゼミの声は、いまはもう聞こえない。
森の中の小道を抜けて、両サイドを田んぼに挟まれた砂利道に出た。前方にはまた森があるけれど、そこを左へ逸れるとまだ砂利道が北へと続いている。その分岐点まで、私たちは辿り着いた。
「ほら、着いたよ」
真幸が言った。
砂利道の左側には、真っ赤な彼岸花が咲き連なっている。カーブする砂利道、田畑、遠くの送電線や丹沢の山々と併せて撮ると、高原や北の大地を彷彿させる、とても開放的な俯瞰の画になる。
「真幸が見せたいものって、これ?」
「うん、この季節は彼岸花がきれいだから」
「うん、きれいだね、彼岸花」
「もしかして美空、知ってた?」
「うん」
「そうなんだ……」
あからさまにがっかりした真幸。知っているものは知っているのだから仕方ない。
「私も茅ヶ崎育ちなので」
「そうでした」
同い年の私と真幸は、学校こそ違えどほぼ同じ年月を茅ヶ崎で過ごしている。周辺住民以外の人を連れてきたならば、確かにこの景色はサプライズかもしれない。
確かにこの場所は、絶景。
こんなにも素晴らしい風景を地元で見られる私は、なんて幸せなのだろう。そう思わせてくれるほど妖艶で、神秘的で、神隠しに遭ってしまいそうな妖しさも秘めている、そんな場所。
「もうちょっと奥まで行ってみない?」
「そういえば、あまり奥へは行ったことない」
じゃあ行ってみようかと、私たちは北へと、歩を進めた。
お読みいただき誠にありがとうございます!
今回から新しいスタートを切りました。
過去147回は日常で起こるゴタゴタの中で、思うように創作ができない、しんどくてとりあえず家から徒歩10分の海に出かけるといったお話でした。
そんな中で成長してきた美空や真幸たちは、これからどんな物語を紡いでゆくのか。辛酸を舐めてきたからこそできる物語かまある。今後はそういった展開にシフトしてゆきます。
はじめましての方はこれから、これまでお読みいただいた方はぜひ今後ともよろしくお願いいたします。




