澄香と瑠璃とチ〇カス
「失礼いたします、ご主人さまっ」
ぺこり一礼して、美空もどきは踵を返した。他の客に呼び止められ、新たなオーダーを受けている。
僕と友恵はステンレス製のスプーンを持って、男子生徒が調理したであろうオムライスを口へ運んだ。
「美味しい」
自ずとそんな言葉が漏れた。
「うん、美味しいね」
友恵が同意。
「なんか、たまごがふんわりして、ケチャップライスもふわっとした、やさしい味がする」
ゴツゴツした食感の野郎メシかと思っていたから、意表を突かれた。これなら正規の飲食店で提供できるレベルだし、人のぬくもりを感じる。こんなにも繊細な野郎がいるとは。いったいどんなヤツなのか。
「お帰りなさいませご主人さまっ、お食事をお待ちの間、お冷をどうぞっ」
先ほどのショートヘアのメイドが僕らの前に現れて、美空と長沼さんの前にお冷を置いた。先ほど出て行ったばかりなのに、もう戻ってきたのか。長沼さんは「ありがとう」、美空は「ありがとうございます」と礼を言った。
「このオムライス、あの子がつくったんですよっ」
なんとなく電波っぽい彼女はにこっと笑んで、両手でステンレス製の円形トレイを腹に添えたまま後ろを向いた。
「えっ……」
僕は反射的に彼女の向くほうを向き、唖然とした。美空もどきだ。
「ちょ、ちょっと、言わないでよお」
「えー、どうしてー、褒めてるんだからいいじゃーん。料理を認めてもらったところで仲直りっ」
「べ、べつに、名前も知らないヤツだし、仲直りなんかしなくていい」
メモとペンを持つ手が震え、顔を真っ赤にしている美空もどき。
「まぁまぁ、ラブ&ピースだよっ」
言ってショートヘアの彼女は美空もどきの腕をキャッチ。強引にこちらへ引き連れてきた。なんだかもう見てられない僕は、視線をあさっての方向へ逸らした。
「ほら、握手」
美空もどきと僕を交互に見遣り、握手を促す電波女子(仮称)。
目を合わせ難い僕は美空もどきの腹の辺りに、美空もどきは紅潮した頬を膨れさせ、右下を向いている。視線の先には電波女子の膝がある。
なんで仲良くしたくないヤツと仲直りしなきゃいけないんだ。
いや、待てよ。
「僕が、悪かったよ……」
人見知りで素直じゃない僕が、人見知りで素直じゃない自分を演じた。
「ほら、謝ってるよ」
美空もどきに握手を促す電波女子。最初に聞いたときから思っていたけれど、声が可愛い。将来は声優になるかもしれない。
「わかったわよ」
渋々、本当に渋々、物凄くイヤな感じで手を差し出した美空もどき。僕はその手をがっしり握った。
ぎゅううう。
「痛い痛い痛い!」
僕の全力握手に悲鳴を上げる美空もどき。僕の握力は52キロ。けっこう痛いだろう。このくらいにしておいてやろうと手を離したそのときだった。
「うおおお!!」
股間に、股間に!! ぎゅーんって、猛烈な痛みが!!
机の下から友恵に蹴られた!!
あまりの痛みに机から落下し、床に倒れ込んだ。美空もどきと電波女子のパンツが見えた。白とピンクだ。ちょっとアソコが元気になる場面なのに、痛みでそれどころじゃない。
「さいってー。骨折したらどうすんの?」
心底蔑んだ目で僕を見下ろす友恵。長沼さんの目は「バカなクソガキだね」、美空は冷めた目で溜め息をついた。
「こんなヤツと仲良くしなくていいからさ、私たちと仲良くしようよ。私は南野友恵」
「え、南野友恵……」
「うん、たぶんその南野友恵」
「ほ、ほんとですか!? 漫画家の南野友恵さんですか!?」
「そうだよ!」
「私、ファンです! ずっとファンです! ひゃあああ、すごい! 南野友恵さんと長沼真央さんが私の目の前に!」
スカートをクラゲのように揺らし興奮する美空もどき。いまのところパンツに変化は見られない。
「それで、お名前は?」
友恵が美空もどきに訊ねた。
「あ、すみません、烏山澄香っていいます。千歳烏山とか栃木県の烏山に、清澄白河の澄に香りの香です」
こいつ、栃木県の烏山などよく知ってるな。宇都宮の少し北東だ。千歳烏山は東京都世田谷区。関東の住民なら大半が知っているであろう。清澄白河は江東区。
「そっか、よろしくね!」
「よろしく」
「よ、よろしくお願いします!」
友恵が手を差し伸べ美空もどき、もとい澄香と握手すると、続いて長沼さんも握手した。このあたりから澄香のパンツに変化がみられるようになった。僕の股間の痛みが段々引いてきて、元気になってきた。
「あとね、こっちの子は星川美空ちゃん」
友恵が蚊帳の外になっていた美空を紹介した。
「あ、えーと、地位も名誉もない星川美空です。スターリバービューティフルスカイと書いて星川美空です。絵本作家を目指しています」
いつもはぶりっ子全開で自己紹介をする美空だけれど、友恵と長沼さんに対するコンプレックスからか、今回はどもっている。
「はははっ、私だって地位も名誉もない、声優志望の烏山澄香だよ。よろしくお願いします」
地位も名誉もない相手にも、澄香は「よろしくお願いします」と敬語を使った。なるほどね。認めたくないけど。
「で、床に転がってるのがチ〇カス」
友恵が僕を見て言った。
「あ、はい、わかりました」
澄香も納得の様子。みんなこうやって僕を侮辱するんだ。自業自得だけど。
なお、電波女子の名は羽賀原瑠璃というらしい。
なんとなく東京の神田~御徒町間にある秋葉ヶ原を連想させる名字だ。かつて国鉄がそこに位置する駅を秋葉原と名付け、現在はそれが定着している。
瑠璃は澄香と同じく声優志望とのこと。
類は友を呼ぶのか、自分の周りに創作に関する人がまた増えた。




