声優と声優のたまごが出会った
「アンタ、この前の痴漢でしょ!」
ビシッっと僕を指差すと同時に小気味よく響き渡る彼女の声。
「え、真幸、とうとうやっちゃった?」
まぁ真幸ならやるかもね~みたいな感じで僕を見て苦笑する友恵。
「違う! 友だちだと思って肩を叩いたら人違いだっただけだ! 誤解を招くような言い方はしないでほしい!」
「ぷにってしたじゃない。指でぷにっと」
「だからあれは友だちへのイタズラのつもりで!」
更に誤解を招くような言い方しやがって。これじゃ僕が胸をぷにっとしたように聞こえるじゃないか。
背後から肩を叩いて頬をぷにっとしただけだ。以前美空にされたことの仕返しのつもりだったんだ。僕はコイツを美空と誤認したんだ。
「真幸、それマジでやばい」
友恵に言われたくないわ! と言い返したかったけれどいま戦うべきは友恵ではなく、この美空もどきだ。美空とそっくりな髪型、顔立ち。しかし美空は若干垂れ目で、コイツは若干吊り目だ。後姿はそっくりだが正面から見ると全く別人だ。
ざわつく教室、僕に浴びせられる冷ややかな視線。
「あら、どうしたの? 騒がしいけど」
ここで救世主登場! 視線が瞬時に声のしたほうへ向いた。よく通るハスキーボイス。
教室に入ってきたのはサングラスをかけた長沼さんと本物の美空。確かにダルメシアンとトイプードルだ。
「あ、あれ、も、もしかして、長沼真央、さん……?」
ほんの数秒前まで僕に吠えていたドーベルマンが急に大人しくなった。
「イエス! どうしたの? 喧嘩?」
「あ、いえ、そんな大したことじゃないんです」
「僕にとっては大ごとだよ」
「うるさいわね、黙ってなさい。いいからほら、オムライスにケチャップかけるわよ」
言うと美空もどきはまず友恵のオムライスにケチャップをかけ始めた。
「魔法をかけましょ萌え萌えキュンッ」
「わぁ可愛い! ネコちゃんだ」
大層満足げな友恵。演技だと割り切っているからか、美空もどき、ケチャップをかけているときだけは満面の笑みでメイドになりきっていた。
だが僕の番になると、
ベチャッ。
荒っぽく一握りして噴射。ケチャップが僕のテリトリー内で方々へ飛び散った。友恵や他の領域にかけないようにできるところが腹立つ。しかもコイツが僕らのアニメに声を当てたずば抜けて演技の上手い演者だと思うと余計に腹立たしい。
あ、まだそのことを本人に確認してなかった。
「あのさ」
立ち去ろうとした美空もどきを、僕は呼び止めた。
「なに?」
変質者を見るよりも蔑んだ視線で僕を見る美空もどき。
「アニメ制作部のアニメでヒロインやってた、よね」
「そうだけど、アンタもしかして、私のこと付け回してるの?」
「違う、声でわかったんだ。僕はアニメ制作部だから、一人ひとりの演技をよく耳を澄まして聞いてたの。それでいまここで、お前の声を聞いてピンときた」
「お前とは失礼ね!」
お、また火が点いた。
「うるさい! お前以外にお前なんて言わないよ僕だって!」
「なんですって!? アンタいい加減にしなさいよ!」
売り言葉に買い言葉、不毛な応酬。
「あぁはいはい状況はだいたいわかった」
見かねた長沼さんが僕らに割って入って仲裁した。
「アンタ覚えてなさいよ」
べーっ。あっかんべーをした美空もどき。お前、赤べこにするぞ。
「あ、私たちも注文しなきゃね。あ、このオムライスとお茶、美味しそう。私もこれにしよ。美空ちゃんは?」
「なら、私もこれで」
「かしこまりました! ご主人様!」
この瞬間チェンジは美空のぶりっ子モードとそっくりだ。いや、美空の場合、どちらも素らしいけれど。
長沼さんは友恵の、美空は僕の隣の空席に腰を下ろした。
他方、美空もどきはメモ帳にオーダーを書き込んでいる。
「じゃあ、僕はお先にいただきます」
「私もいただきまーす」
僕と友恵は水出し緑茶を一口含んだ。さすが茶山。茶葉の甘味がスッと舌へ流れ込んでくる。
では、オムライスをいただこう。




