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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
アニメ制作修羅場

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144/307

美味しそうな絶対領域

「まーゆきー!」


 上映終了後、やりきった感で力が抜け、模擬店で賑わう廊下を亡霊のごとく彷徨っていると、背後から友恵が勢いよく抱き着いてきた。


「ぐぉうぇふっ」


 その弾みで僕は前のめりになり、何かを吐き出しかけた。だが女子からのハグは恐ろしいほど強大な力を持っていて、疲労感が一気に吹き飛んだ。


「アニメ、良かったじゃん! 面白かったよ!」


「ありがとう」


「オチは真幸がつくったんでしょ」


「さすが友恵、お見通しだね」


「いひひひっ、イケナイこともし合ってる仲じゃん!」


「そういうことは大声で言わないでいただきたい」


 相変わらず、僕と友恵が恋愛関係にあるわけではない。互いに行き場のない感情をぶつけ合っているだけ。


「こんな騒がしいんだから誰も聞いちゃいないって」


「聞こえるよ」


「ふぅん。それはそうとさ、真央ちゃんも三郎も面白かったって褒めてたよ! 美空ちゃんは軽く溜め息ついて呆れてたけど」


 それは美空なりの褒めなのかなんなのか。ただ、あまり口にはしないけれど美空もなかなか卑猥な人間だ。批判される筋合いはない。


 いや、ちょっと待った。


 主人公は卑猥以前にどうしようもないダメ人間だ。上矢部が考えたヒーロー的キャラクター像に、僕が抱いた印象を後付けしたヘタレキャラだ。そういうところを批判されたら……。


 いや、美空は自由研究で茅ヶ崎に生息する野生動物を調べた際、飼い主と思しき人間と散歩していたダルメシアンを野生動物にでっち上げていた人間だ。僕を凌駕する怠け者である可能性が十分に考えられる。


 それともアレか、美空の血液型は突飛な行動を取りやすいとされるAB型。血液型で決めつけるのも引っかかるところはあるけれど、O型の僕には想像もつかないようなことを常日頃考えた結果、思考回路がショートして怠惰に走っているところを僕が断片的に見ているだけで、本当はとんでもない天才なのか?


 考えれば考えるほど混乱する女、星川美空。


「そういえば、他のみんなはどうしたの?」


「三郎は教室の担当で、真央ちゃんと美空ちゃんはいっしょに校内を回ってるんだけど、学生服の中にサングラスをかけたスレンダー美女はめっちゃ目立つね。トイプードルを散歩させてるダルメシアンみたいになってる」


 トイプードルとは美空のことだろう。美空も昨年より少し大人びてきた感じはするけれど、年相応の容姿だ。


 話を戻し、僕らのアニメは繰り返し上映され、コンスタントに客を呼び、友恵同伴で廊下を彷徨っている最中、鑑賞してくれた顔見知りの生徒から、マジウケた、面白かったよ! などとお褒めの言葉をいただけた。


 いやはやこれには驚きだ。あんなしょうもない作品を上映して、批判の嵐になるか、批判にも値しないのではと心配していたけれど、好評でなにより。夜遅くまで頑張った甲斐があるというものだ。あんな不健康な制作工程はもう御免だけれど。


「あ、メイド喫茶だって。入ってみようよ」


 友恵が前方の教室を指差して言った。1年5組だ。メイド服を着た女子生徒が出入口の前で「1年5組メイド喫茶でーす! いかがですかー」と呼び込みをしている。同学年だけれど見知らぬ生徒が多い。僕があまり人の顔を見ようとしないからか。


 そんなことはさておきメイドさん、なんとも美味しそうな絶対領域だ。


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