スポドリと房総ぼっち
「ふう、ひい、ひやあ……」
管弦楽部や軽音楽部の演奏にエモーショナルな影響を受け1週間。毎晩22時までぶっ続けで作業して文化祭当日を迎えた。
朝5時、部室のカーペットには帰宅せず居残ったアニメ部員の屍が転がっている。
凛奈のスカートから覗く脚に、僕は思わずムラッとした。
命の危機が迫ると子孫を遺すため性欲が強くなるらしいけれど、それだろうか。取り返しのつかない事態に陥る前に、僕はゾンビのごとくのそのそ部室を出た。
頭がガンガン、重量感も半端じゃない。
作品が完成したかどうかもわからない。
動画チェックはしたけれど、全部員過労状態で見たアニメーションが本当に違和感なく動いていたという自信はない。
上映は視聴覚室にて11時から。あと6時間弱だ。もういい、やることはやった。あとはお客さんに見てもらうだけ。
あ、そういえばまだ、声入れがされていない。
動画が完成していない状態での声入れは困難。プロの声優はそれでも見事に演じるけれど、ここは素人集団。声優志望者が集う第2演劇部の面々は、どんな演技をしてくれるのだろうか。というよりそれ以前に、声入れの手配はできているのだろうか。声優選定について僕は一切関知していない。
まだ陽の差さない薄暗い廊下を歩く。生徒の姿はない。この時間、誰かに出合うとしたら警備員か幽霊くらいだろう。
さて、どこへ行こうか。登校時間前なので屋上は施錠されている。女子更衣室やシャワー室に行っても誰もいない。休憩できる場所といえば、自販機コーナーくらいだ。
部室は東端、自販機コーナーは西端。その間わずか50メートルほどだけれど、その移動さえもつらい。
空腹で力が出ない。喉が渇いている。
持参した飲食物はすべて消費した。
このままでは本当に死ぬ。
僕は廊下の窓の縁に手を添えて、やっとの思いで自販機コーナーに辿り着いた。軽く走れば10秒もかからない距離が、遥か彼方のように感じた。
這いつくばって辿り着いた自販機にしがみ付き、コインを入れる。百円玉を一枚自販機の下に落としてしまった。
「うああ、あああ……」
なんという喪失感だろう。
もうイヤだ、百円を失ったショックで、涙腺が崩壊した。
よくわからない物語のために夜を徹し、自分のやりたいことを後回しにする日々。
絶望だ、もう、絶望しかない。
こんなことになるなら、部活なんて入らなければ良かった。
止まらぬ涙でぼやける視界。やっとの思いで買ったスポーツドリンク。その、格別な味。
次の瞬間、気が付くと僕は部室のカーペットに寝転んでいた。
「あ、起きた。そろそろ時間だよ」
凛奈が僕を見下ろしていた。彼女にもクマができている。
「あれ、僕、どうしてここに……」
「倒れてたんだよ、空き缶持って」
周囲を見回す。どうやらここは出入口の前。僕はここで力尽きたんだ。
「ああああのっ、こここ、これでもっ、食べてください……」
神崎さんが寄って来て、僕に小袋入りのお菓子をくれた。『房総ぼっち』というらしい。黄土色のパッケージで、中身は見えない。
「ありがとうございます」
「いいいいえっ……」
いただきますを言って封を開けてみると、どら焼きのようなやわらかいお菓子が入っていた。甘くて美味しい。中にいくつか落花生が入っている。
「さあ、そろそろ時間だね」
上矢部さんが部長席から立ち上がって言った。この部の中でこいつがいちばん冷たい奴だと、僕はなんとなく感じた。
「あの、作品は、完成したんですか?」
「はは、何を言っているんだい。お客さんに見てもらって初めて完成だよ?」
「はあ」
そういうことを訊いてるんじゃないんだよ。カッコつけやがって。
時計を見上げると10時35分。完成如何に拘わらず、もう発表しなければならない時間。果たして出来栄えや如何に。そもそもお客さんは一人でも来てくれるのか。




