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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
アニメ制作修羅場

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市場のニーズと好きなこと

 バサッ、バキバキッ。


 道路のほうで木が折れたような音がした。


 エンジン音は聞こえないから、自転車がバランスを崩して転倒しちゃったのかな。


 ともかく気になった私はベンチから腰を上げ、音のしたほうへ駆け寄った。


 公園から歩道に出て左へ数メートル、男性がツツジの木に上半身をうずめ、うつ伏せ状態になっていた。


「大丈夫ですか!?」


 あわあわと心配しているだけじゃ私、役立たずだ。そうだ、救急車を呼ぼう。


 バッグから携帯電話を取り出すと、


「救急車は大丈夫です」


 言って同じくらいか少し年下の彼はツツジの枝を掴みながらもぞもぞと起き上がった。


「あ、そ、そうですか! わかりました! じゃあ何かほかにやることは?」


 言いながら、私は気付いた。


「えと、そしたら、そこのコンビニで、トマトジュースを買ってきてもらえますか」


 彼は自らのバッグから財布を出して、私に5百円硬貨を手渡した。どうも彼には自ら歩く気力も残っていないようだった。衣服からは、いつもはしないタバコの臭いがする。


 トマトジュースと、自分のお金でおでんを買って、彼の手を取って公園のベンチに戻った。


「あの、コンビニの店員さん、ですよね?」


「そうです。いつもおでんを買いに来る方ですよね。きょうも買ってきたんだ」


「はい、好きなんです、おでん。なんかホッとするので。あ、トマトジュースのおつり」


「いいですよ、お礼におでん、ご馳走させてください」


「い、いやいやそんな」


 空が少しずつ、朝焼けに染まってゆく。遠くで電車の音が聞こえる。みるみる明るくなっている。公園の時計を見上げると、5時25分を指していた。


「僕の気が済まないので」


「ううん、じゃあ、お言葉に甘えて」


「はい。それより最近お店に来なくなりましたけど……」


「あ、それは、夜中に出歩くのは良くないから、生活リズムを改善しようと思って」


「そうなんですか。なんだかちょっと、寂しかったので」


 そう言う彼は少し、いや、けっこうお酒臭い。酔った勢いで思い切った発言をしているのだろう。それでも切ない気持ちには、なってしまう。


「酔っぱらってるんですか?」


「はい、昨夜の7時から友だちとボーリング行って、その後居酒屋行ってカラオケも行って、ついさっきまで無理矢理飲まされて、しんどいです」


「そうだったんですか。タバコは吸うんですか?」


「吸いません。タバコ苦手なので。いま僕、臭いですよね」


「うん、まぁ……」


「すいません」


 駄洒落か。


「いえ。おでん、いかがですか」


「じゃあ、こんにゃくと大根を」


「そ、それは譲りたくない、かも」


「ですよね」


「でも、半分ずつならいいですよ」


「ほんとですか、ありがとうございます」


「いえいえ、結果的にとはいえ、私がご馳走になってるんだし」


 割り箸で大根を二つに切り分け、次にこんにゃくを。あ、これは難しい、ぷにぷにしててなかなか切れない。


 数分後、いびつになってしまってけれど、どうにか切れた。


「はい、あーん」


 私が先に口をつけてしまっては申し訳ないので、まず彼に食べてもらおうと箸で掴んだこんにゃくを彼の口の前に運んだ。


「……あーん」


「‘あーん‘は言わなくてもいいですよ」


 おかしくて、思わず笑みがこぼれた。


「すいません」


 こんにゃくを飲み込んですぐに言った。恥ずかしかったんだね。


「あの、良かったら、連絡先交換、しませんか」


 素直な彼が可愛くて、母性本能が仲良くなれと私を刺激した。


「いいですよ」


 言って彼はケータイの赤外線通信機能を立ち上げ、私に差し出した。私もケータイを差し出し、交換完了。


「よろしくね」


「はい」


 茂みと雑居ビルが囲う公園に、朝陽が差してきた。


 街の脈動が、徐々に力強くなってゆく。


 ときより吹く風がほんの少し、ふわりやわらかくなってゆく。


 私の心にも、光が差してきた。そんな気がした。


 たった一巻だけの単行本は、これで完結。でもこの一冊が、私にとっての唯一の救いだった。


 私にもいつか、光が差すといいな。


 そんな淡い期待を抱きつつ、私はきょうも闇を生きる。



 ◇◇◇



 僕は本を閉じ、消灯した。灯里はもう眠っているようだ。


 南野友恵、僕の親友。


 下ネタや卑猥なことが大好きで、口癖は『ラブホ行こうか』


 僕にも散々イタズラをしてきて、一方的に辱められている。


 そんな暴漢ならぬ暴女の感性は、作品を何度見返しても繊細。


 僕に手を出してくる理由は、僕のことを恋愛対象として好きなのではなく、人肌恋しくて、やはり卑猥なことには興味があって。だからといって男を無差別に食い漁ったら痛い目を見るのはわかっているし、僕なら彼女の欲求を受容して、尚且つ友好的な関係を保ってくれると見ているからだろう。


 そういう観察眼は、とても優れている。


 卑猥だけれど頭が良くて、勘も良くて、繊細な感性を持って、中1当時の僕みたいな弱者に手を差し伸べるやさしさもある。


 あのくらい優れた人間でないと、やはり物語はつくれないのかな。


 エンターテインメントは究極のサービス業であると、誰かが言った。


 他方では、好きなことを描くべきだという声がある。


 つまり、市場のニーズと自分の好きなことをマッチングさせられる者が、長きに亘りエンターテイナーとして活躍できる。それはもはや、ひとつの才能である。


 僕はそう、考えている。


 僕がいま部活でやっていることは市場ニーズがあるのか疑わしく、好きなことでもない。


 行き詰まるな、これは本当に。


 描きたい、早く、好きな物語を描きたい。

 お読みいただき誠にありがとうございます。


 次回は美空が茅ヶ崎を散歩する回をお送りいたします。

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