幸福はときとして、不意に訪れる
やばい、いつもなら本を読むとか音楽を聴くとかでインプットされて創作意欲が湧くのに、今回はゲシュタルト崩壊している。
僕は『自殺』の文字や絵を追い、ページをめくる。
◇◇◇
物語のヒロイン、高橋香織(小6、12歳)は今朝も遅刻ギリギリで学校に着くよう家を出た。
風は冷たくも、春の気配を感じる2月下旬。空は真っ青に晴れ渡っている。
それなりに健康な人はこれを爽やかな朝と呼ぶだろう。
けど、私は違う。
憂鬱な一日の始まり。
ただそれだけ。
学校はあと1ヶ月で卒業。
あと1ヶ月なんだから我慢しなさいと、お母さんや担任は言う。
あと1ヶ月。その1ヶ月が私にとって、どれだけ長いことか。
しかもその1ヶ月は単なる区切りに過ぎず、新しい舞台、中学校でもきっと、私はいじめられる。幼稚園でもいじめられたのだから、きっとこの先ずっと、生きて誰かと関わる限り、いじめられる。
1ヶ月なんだから我慢しなさい。
それも立派な、言葉の暴力だよ。
心臓をグーで殴られたような、ずっしりずきずきした痛みが、じわじわと全身に伝播してゆく。
そんな私にも、好きなものがある。
お年玉を切り崩して買う、漫画の単行本。
中でもいちばん好きなのは『闇夜にやがて朝が来る』という、読者の性別を選ばない作品。
主人公は大学を卒業したばかりのフリーター、明日美。
明日美は同じくフリーターの彼氏との将来に不安を感じ、別れを切り出した。
互いに安定した職も、夢もない。
目標のない日々の中でお金を稼ごうというモチベーションは、どうにも湧かなかった。このまま結婚して子どもが生まれたとしたら、生活は極めて厳しいものになる。
そう未来を予想した。
デートをしなくなったぶんだけ空き時間ができた明日美は、国内外津々浦々と旅をする。
やっぱり、彼がいないと寂しい。
旅行中、色々な景色を見たり現地の人とのふれあいに心は温まるも、奥底では寂しさが募ってゆくばかりだった。
旅を終えた明日美は彼に復縁を迫るも、既に別の女性との交際を始めていた。
あぁ、私、もうだめだ。
絶望の渦の中で、5年が経過した。
28歳、未だ定職なし。
この年齢でこれといった職歴も資格もなければ、正規雇用での就職は難しい。ただでさえ不景気なのに、スキルのない人間など誰が雇うというのか。採用する側から考えれば当然だ。
行く当てもなく、夜の街を彷徨う。
寝静まった街でコンビニの明かりが妙に眩しく、私はそこでおでんを買った。
そんな日々が、何日か続いた。
あぁあ、私、高校では生徒会長だったのに、今じゃ完全に不良だ。
このままではまずいと、私は生活リズムを整えるべく深夜徘徊をやめ、一日眠って過ごしその翌朝から早起きを始めた。
午前5時、とある公園。
深夜におでんを食べていたベンチに腰掛け、自販機で買った缶の温かいミルクティーを飲んでいた。
私に光が差したのは、そのときだった。
幸福はときとして、不意に訪れる。




