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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
校長先生のお話

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心はずっと、通わせられる

 夏子の両親が血相を変えて帰宅したのは、医師や救急隊の到着から30分後くらいだったと思う。


「おい、嘘だろ、嘘だよな? なあ、嘘だよなあ!! 嘘って言ってくれよ!!」


 泣き喚く夏子の父、喪失感で口を開け、ただ天井を仰ぐ母。


 僕と医師はぐすぐすと涙し、三人の救急隊員はただ俯いている。


 夏子を亡くした苦しみはきっと、僕より両親のほうが強い。僕だってもうこの場で自殺して彼女を追いたいくらいだ。


 それを上回る苦しみは、どのようなものか。夏子が生まれてから、否、生まれる前、母の胎内で動いているときから今日までをずっと過ごしてきた、笑った日も、怒った日も、泣いた日も、そのすべてがあった日も、ずっとずっといっしょだった娘がいま、瞳を閉じてみるみる冷たくなっている。


 だめだ、これ以上想像を働かせたら僕は確実に壊れる。そうなったら二度と、健やかには暮らせない。強くそんな気がする。


 いま、僕の心情は『我慢』の一言。夏子にいじめられて培った忍耐力を、まさか本人を失った苦しみで発揮するようになるなんて。


 いじめは絶対に、何がなんでも許されないが、生憎にもその経験が役に立ってしまった。


 葬儀は5日後の日曜日、市内の斎場で執り行われた。


 参列者のほとんどは告別式で大泣きしていた。僕もそうだが、最も大泣きしたのは火葬の直前だった。


 とうとう夏子が、本当にこの世から消えてしまう。


 しかし僕らの悲しみとは裏腹に、眠る夏子の表情は穏やかだ。僕と夜をともにしたときの次に穏やかだ。そのときは笑顔で、よく寝言を言う。海かプールか、「お前早く飛び込めよ!」とか、「烏帽子岩まで泳いでサメを捕ってこい!」とか、「ずっといっしょだよ」、とか……。


 ずっといっしょじゃないのかよ。


 デートに遅刻したとか、賭けに勝ったのにラーメン奢ってくれなかったどころか僕が奢るハメになったとか、そんなことはいいから、そういう約束は守ってくれよ。


「夏子、夏子おおお!!」


「夏子、うああああああ、夏子おおお、夏子おおお!!」


 泣き喚く両親に釣られて、やんちゃで泣く様子などとても想像し難かった中学校の同級生連中も「夏子、夏子!!」と喚き散らしていた。


 そしていよいよ、別れのとき。


「夏子、ありがとう、またね」


 涙でしわくちゃなのに、心から笑顔になれた。それでもやはり哀を抑えられない僕は、いじめられても見せなかった泣き顔を、惜しげもなく晒した。大人しい僕の泣き顔、それこそ連中から見れば意外性抜群だっただろう。


 夏子の死から1年4ヶ月後、僕は社会人になった。教員になる前、僕はとある大手企業に就職し、30歳まで営業マンをしていた。


 それは、悪夢の7年間だった。


 幸せだった学生生活を清算するように、会社では過重労働にいじめ、それで心を弱らせプライベートでは「根性なし」と両親に散々なじられ、文通仲間(当時の僕に友人はいなかった)にも冷たく煩わしがられ音信不通に。


 僕はまた、独りぼっちになった。毎日自殺を考えていた。


 しかしそうするとなぜか肩に尋常でない痛みが走り、物理的に手をかけられなくなった。ならば海か電車になんてことも考えたが、それはしなかった。


 なぜならこの痛みには、覚えがあるからだ。


 夏子をおんぶしたときの、彼女が僕の肩に手をかけているときと、同じ痛みだ。


 霊能力のない僕は、今生夏子と言葉は交わせない。


 けれど心はずっと、通わせられる。


 不思議なことだが、そういうことは本当にあるのだと信じたほうが整合性がある。


 たぶん夏子は偉そうにこう言っている。


「いじめられる苦しみも、独りぼっちのときに追い打ちをかけられるのも、私が教えてあげたじゃん! だったらこれからどんなことが待ってるのか、わかるでしょ?」


 って。


 夜が明けるまでは本当に長かったが、営業を通して知り合った人、茅ヶ崎の商店街その他、人との交流が徐々に増え、真っ暗闇の空は瑠璃色に、徐々に朝焼けへと、そして30歳の夏、僕は現在の妻とめぐり会った。


 翌年の春からは教員に転身し、夏子から教わったこと、自身の経験で気付いたことを説き、とりわけ僕のようないじめられっ子の力になるべく奮闘した。


 そして15年後、校長となった現在、僕は学校の屋上で大人しい男の子と、騒がしい女の子とともに、あのころと変わらない潮風を浴びている。

 お読みいただき誠にありがとうございます。


 本日は先週土曜日休載分の更新となっております。長らくお待たせいたしました。

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