人見知りのイジメられっ子だった僕
「というと?」
僕が反射的に問うた。
「世の中には、色んな社会がある。自営業、個人商店、大中小の企業や役所、学校。本当に、色んな社会、場所がある。1学期に記入してもらった調査票によると、清川くんはアニメ作家志望で、南野さんは現役の漫画家さんだね。『自殺』、読ませてもらったよ。人間の細やかな部分が、実に良く描かれている。素晴らしい」
「あっ、ありがとうございます!」
友恵はハッとして、少し照れているようだ。まさか校長が自分の漫画を読んでいるなんて思わなかったのだろう。
「うん、今後も頑張ってね」
「はい! 頑張ります!」
敬礼する友恵は驚きを露わにするも、その目は真っ直ぐ校長を見つめている。作家としての覚悟を秘めた、強い眼差しだ。僕も友恵みたいに精悍で、ハキハキ受け答えができて、ブレのない人間になりたい。
あぁ、本当に友恵はすごい。
こういうとき、僕は本当に彼女に惚れている。恋情ではなく、憧れと尊敬の意で。
「真幸くんは?」
問う校長の目は、にこやかだけれど僕の黒目を抉るような眼差しで、喉元を締め付けられた。
「は、はい、頑張ります……」
「うん、頑張って」
穏やかな口調で、吐き捨てられたエール。
くそ、僕がもっとしっかりしていれば。
「真幸、ずいぶん喋るようになったんですよ?」
すかさず友恵がフォローを入れてくれた。
自分が情けない。
校長が何か発する前に、間髪入れず友恵が続ける。
そのとき、ほんのり潮の香りのする風が僕らを撫でて、髪が靡いた。
「真幸、中学に入ったばかりのころは話しかけても、うん、あぁ、ふぅんとか、ろくに会話ができなかったんです。
体育とか実習でペアを組むときはいつもあぶれて、自由席の美術の時間はみんな机を寄せて作業をしてるのに、一人だけ窓際で太陽を浴びて、担当教員のおばちゃんに煙草吸いながら冷たい目で見られて、それと仲良しな不良が乱入して絡まれてました。
クラス内でも一部の生徒に悪口言われまくりで、胸倉掴まれたり首を絞められても抵抗できなくて、教師たちには大人しいヤツはみんなムッツリスケベで気持ち悪いとか、グループからあぶれるのは声をかける勇気のない自分が悪いとか、イジメられるほうにも原因があるとか散々なことを言われて、本当にいつ自殺しちゃうんじゃないかって、気が気じゃありませんでした」
そうだったな、僕は。
教員たちの指摘も、思い当たる節があったから反論できなかった。あのころの僕は、どうやって死ぬかを常に考えていた。自室には、ベッドから手の届くところに常に縄跳びのロープを置いていた。
本当に、友恵がいなかったら僕はいまごろ、この世にいなかった。
「そんな酷い目に遭っても、真幸は学校に通い続けて、卒業して、3年生の夏休みには私立学校に通う新しい友だちができて」
「美空ちゃんね」と、僕に目配せした。
「そうやって、人に背を向けてた子が自分で輪を広げられるようになったんです。それだけじゃなくて、自分の夢も、既にプロの私には言いづらかったけどって、勇気を出して打ち明けてくれて、もう、真幸をイジメてきた人たちなんかとは比にならないくらいポテンシャルを秘めてるんだって、証明したんです。だから本当に、真幸は夢に向かって頑張っているんです。私はそんな彼が、本当に心の底から素敵だと思っています」
頬が締まって、鼻を啜って、目が潤んできた。
そんな風に、思ってくれてたんだ。
ありがとう、本当にありがとう……。
「あっ、ごめんね真幸!」
友恵がハッと我に返ったように謝罪した。
「何が?」
「いやだってほら、あんま言っちゃいけないようなことだし、思い出させちゃって」
「ううん、そんなことは」
むしろ、感謝しかないよ。
嬉しい、本当に嬉しい。
口には出さないけど。
「そうか。勇気を出して自分の世界を広げる。とても良いことだ。清川くんみたいな子こそ、本校で学んでほしいし、そのための階級制度なんだ」
校長は一呼吸置いた。
「本校は社会の縮図を模造しているんだ。1番になりたければ勉強だけではなく、人間的にも優れていなければならない。だから事細かな賞罰がある。イジメなんて最底辺な輩が厳罰に処されるのは当然として、音楽を聴きながら歩いたり、階段を上るときに踵がはみ出ていたりなんていう危険の及ぶ行為や不安を煽る行為に至るまでキメ細かく指導している。
多数派には厳しいかもしれないけれど、そういう洗練された世界で生きたい人だっている。そんな人の集う場所が、一流を育てる1組。進級の際、1組から2組以下に降格する生徒は多くいるけれど、努力次第で学期が変わる際に復帰したり、例えば20組に入った子が1組まで上がってくるケースもある。大人の世界では急転直下も大逆転劇も付き物だからね。その辺をリアルに再現しているから、当校を巣立った生徒たちは社会で活躍しやすい。名高い企業や大学に進む子も多い」
「な、なるほど……?」
うん、まぁ、確かに、社会っていうのはそういうものかもしれない。
「まぁ、そのうちわかるさ。卒業してから、この学校でのことをよく思い返してみてほしい」
「は、はい」
「それでだ、本校は2千人もの生徒がいるから、ほぼ毎年誰かが亡くなってしまう。それについて我々職員がどう思っているかという話を、君たちはしていたね」
「そうでした」
風向きが変わった。
ざらついた北風が、海を背景に後ろ髪を引く。
お読みいただき誠にありがとうございます。
昨夜、フジテレビにて茅ヶ崎が舞台のドラマ『こんな未来は聞いてない!!』がスタートしました。
当該作品ですが、舞台は拙作とほぼ同じ、学校も同じ(茅ヶ崎市立第一中学校)です。
茅ヶ崎の雰囲気を映像で感じてみたい方はぜひご覧ください。




