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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
2007年8月

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やがて星の光は遥か彼方へ

 浴衣姿の幼女たちの向かう先が気になって、僕と美空はその後ろを尾行した。決して変態的な意味ではない。純粋にどんなイベントが催されているのか気になっただけだ。断じてそうだから信じてほしい。


 彼女たちとその保護者は路地から裏道に入った。路地には昭和レトロでアダルティーなお店の看板が掲げられていた。


 幼稚園や小学校に近く、普段から子どもが多く通る場所にこのような看板。


 仕方ないさ、だって、茅ヶ崎だもの。


 僕もこの道を通るのはいつぶりだろうか。普段の行動範囲内なのに滅多に踏み入らない、細くて店もない道だ。強いていえば眼科医院がある。学校で目を怪我したときはそこへ行くよう指示される。


 そのまま裏道を進むと、何か歌声のような音が聞こえてきた。澄明な声でも、ドスの効いた声でもない、ただ雑味のない、おばちゃんの歌声。


 見上げると月が僕らを見下ろしていて、空は瑠璃色に晴れ渡っていた。


 行き着いた先は、盆踊り会場だ。


 やぐらの上で独特のリズムを刻む太鼓の音が空に上り、歌声や踊り手から出る活気を天へと届ける。


「盆踊りってまだやってたんだね」


「うん、僕も最後に見たのは小学生か幼稚園児のころだよ」


 宅地開発が進み、公園や空き地が少なくなってきた茅ヶ崎。加えて街の欧風化も進み、古くからあった日本の情緒が徐々に失われつつある中、盆踊りなんて日本の象徴的なイベントはとうについえたと思っていた。


 会場は裏道と雄三通りに面した空き地で、会場の南と北の辺には屋台が並んでいる。


「はい、2つで8百円ね」


 僕らは果実そのままを赤い飴でコーティングした祭りの定番、りんご飴を買い、傍から踊りや太鼓を眺める。


「茅ヶ崎も、まだ日本だったんだね」


「そうだね、高砂緑地とか南湖なんごとか、お茶屋さんとか和菓子屋さんも健在だから、欧風化が進んでいるとはいっても和洋の棲み分けができていて、他のお洒落タウンよりは日本らしいのかも」


「そっか、美空はあちこち出かけてるんだよね。他の街はどうなの?」


「横浜はすごい欧米風」


「さすがにそれは知ってるよ」


「対して北陸はすごく和風。東北とか、他の地方は近代的な建売住宅とかドールハウスみたいな建物もけっこうあるのに、北陸は新築も和風だった」


「伝統を重んじてるんだね」


「うん」


 それから暫し、僕らはりんご雨を舐めながら祭りの雰囲気を浴び、ときどき身動みじろぎした。


 奇をてらわない、ごくありふれた盆踊り。けれど安っぽい白熱灯や聞き慣れたお月見の歌が、自らを原点へといざなってくれている、そんな気がした。


「お盆だなぁ」


 言葉が漏れた。


「お盆だね」


 お盆、それは亡くなった人がこの世に戻ってくる期間。


 8月中旬、日本ではお盆以外にも命について考える出来事がいくつかある。僕はこの季節、命についてよく考える。


 盆踊りが終わり、僕らは余韻に浸りながら人気ひとけのない夜の砂浜に出た。


 江ノ島の灯台と月明かりが照らす砂浜は、波が見える程度には明るい。


 ゆっくり家のある東へ進み、波音に心を任せ星を見上げる。


 満天かと言われるとそうでもないけれど、茅ヶ崎海岸の星空はそこそこ綺麗だ。


 海と星は、勉強や部活、個人的創作活動で忙しく、家庭の荒れた僕に蓄積したストレスを、少しばかり吸い上げてくれる。


 亡くなった人は、どこへと還りゆくのだろう。


 この広い空のどこかなのか、それとも海の深いところなのか。はたまた山の頂か。


 もしや、一度海や山を辿って星になるのか。真相はわからない。


 ただ一点間違いないのは、人は海を求め、山を求め、空を求める。


 それはきっと、命と関係する何かがあるのではと、個人的にそう思っている。


「私ね、よくベランダから星空を見上げるの」


 波音に足音まで掻き消された僕らの空間は、まるで魂だけが浮遊しているようだった。その有音の静寂に美空が囁いて、僕に生存実感を取り戻させた。


 僕は「うん」と、話の続きを促した。


「その度に、星の数ほどいる名もなき創作家の私が、ちっぽけな存在に過ぎない私が、どれだけの人を幸せにできるかなって。そういえば、前に殿山とのやま公園でもそんなことを話したね」


 殿山公園。昨夏美空と出逢って程ないころ、里山公園からの帰りに立ち寄った湘南東部を見渡せる小さな公園。その下には高い木々に囲まれ神秘を醸す八幡はちまん神社がある。


「茅ヶ崎、藤沢、鎌倉とか、湘南一帯の人に作品を届けたいってね」


「うん、星の光が少しずつ広がって、やがて遠く離れたこの場所に辿り着くように、身近な場所からじわりじわりと光を届けたい、闇の中にいる人に手を差し伸べられる、そんな作品を描きたいって、真幸と出逢って、そこから友恵ちゃんとか、繋がる人が増えてきて、いっしょにお話しさせてもらって、元気を貰って、眠っていた感性を呼び覚まされて、作品を届けたい想いがもっと強くなったの」


「それは僕もそうだよ。僕の周りにいる人たちは大物で、とても手が届かない。そんな中で、同じレベルとはいえないけど、美空には失礼かもしれないけど、でも近い場所で頑張っている君と出逢えた。それは僕にとって、すごく大きな財産なんだよ」


「……」


 何を思ったか、美空はスッと息を吸って溜め込み、俯いた。


 普段、美空との間に沈黙が流れても気まずくはないのだけれど、失礼かつキザな台詞を吐いた直後にこれは胸が詰まる。


 んん、どうしよう、通りに出るまではあと少しある。星の川が流れる美しい空は変わらず瞬き、僕らを見守っている。


 気まずくてムズムズして変な声が出てしまいそうになった、そのときだった。


 ヒュー、ドンッ! ドンッ!


 住宅地のほうから数発の花火が上がった。茅ヶ崎には個人で打ち上げ花火を咲かせる家庭がいくつかある。クオリティーは一般的な花火大会のそれとほとんど遜色ない。


 海を背にした僕らは、1分もしないうちに終わったそれをただじっと見上げていた。


「綺麗だったね」


「うん、サプライズだ」


 良かった、助かった。花火のおかげで気まずさが解けた。僕も大人になったら花火を打ち上げられるくらいのお金持ちになって、誰かの気まずさを解消させたい。


 アニメ作家になる以外の目標が芽生えた瞬間だった。

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