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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
2007年8月

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真幸、見知らぬ女に罵られる

 あぁ、やっぱり茅ヶ崎は涼しいなぁ。


 尋常じゃない暑さの都内から移動式ミカン箱(東海道線)に揺られて茅ヶ崎駅に降り立つと、夕焼け空に涼やかな風と潮の香りが混じっていた。


 ふぅ、帰ってきた。


 駅舎の階段を下りバス乗り場へ行くと、前に僕と同じ年頃と見られる髪の長い女子が先に並んでいた。


 きょうはひょっこり現れたというよりは、普通にいたな。


 僕も同じ乗り場から出るバスを待つので彼女の背後に並んだ。


 そういえば、いつしか背後から肩を叩かれて頬をぷにっとされたな。


 その仕返しにと、僕は彼女の右肩を軽く叩いて人差し指を突き出した。


 ぷにっ。


 よし、思惑通りこちらを向いた。


 のだが……。


 驚いた彼女はバッと半歩飛び退き、「なんですか?」と怪訝な顔で問う。


 そりゃそうだ。だって彼女は、




 全然知らない人だ……。




 や、やってしまった!


 焦燥で鼓動が高鳴り全身が熱いのに、みるみる血の気が引いてゆく。


「すすすっ、すみませんっ……」


 後ろ姿そっくりで服装までそっくりなんだもん! そりゃ間違えるよ!


「本当に気持ち悪いんですけど」


「……すみません……人違い、でし、た」


 僕が気持ち悪いのは誰の前でも同じだけれど、相手の身になって考えると知らないヤツにぷにっとされたらそれはもうなんとやら。


「人違い? 人違いじゃなくても女の子にそういうことするのは本当に気持ち悪いので」


 あ、これあれだ。僕も気持ち悪いけど、こいつもめんどくさい女臭がプンプンする。


 女の子に、繰り返し発せられた『本当に気持ち悪い』、この二つのワードが直感した。言霊からくるものなのか、学校やメディアで見た女から得た経験則か。


 くそ、なんて言い返してやろうか。ただ謝るだけでは癪に障る。


 アバズレ女、性格ブス、毛と手足が生えた生き物……。


 必死に放つ言葉を探っていたそのときだった。


「うぐっ!」


 背後から誰かに襟を引かれ首が締まった。


 通りかかった警官にしょっぴかれたか、それともこの女の仲間か、はたまた正義の味方気取りの第三者か。


 衆人環視が無言でざわついて、女は呆気にとられている。


 誰も僕を助けてくれない。


 バランスを取りづらい後退歩きに耐えられなかった僕はその場に転倒。見上げると襟を引いた者が哀れな僕を見下ろしていた。


「あ、本物だ」


 正体は美空。前の女と同じ恰好をしている。服と髪型だけドッペルゲンガーだ。


 くそっ、あと1分遅く着けば本物をぷにっとできたのに!


 美空はしゃがみ、今度は僕の手を引いて駅舎の階段下まで連れて行った。2007年現在自販機2台と牛丼屋がある西側。自販機の背後は策を隔て線路とホーム。


 無言の美空に、僕は一先ず問う。


「ど、どうしたの?」


「状況を察するに、真幸は私と間違えて見知らぬ女性に背後からぷにっとしてトラブルに発展したと思われるので、とりあえずその場から引き離しました」


「仰有る通りです。ありがとうございます」


 僕らは女が乗ったバスが発車したところで改めて乗車列に並ぼうと遠巻きに乗り場を見ていたけれど、女は最初に来た13系統のバスには乗らなかった。


「ということはヤツが乗るのは12系統か」


「うん、良かったね、近所の人じゃなくて」


「わからないよ。石神下いしがみしたとか若松町わかまつちょうだったらすごく近所だよ」


「それは会うかも」


 いま来たバスは僕の家の近くを通る13系統。12系統は大きく異なるルートを通るけれど、少しばかり近所を走る区間がある。


 どちらも終点は辻堂駅南口で、13系統は小さな長方形の右辺(平和町へいわちょうなど)、上辺テラスなど、12系統は下辺(石神下いしがみしたなど)、左辺(若松町わかまつちょうなど)の順で進み終点付近の交差点で合流する。僕はその小さな長方形の内方に住んでいる。


「どうしよう、若松町といえば月末に31パーセントオフのダブルアイスを買いに行ったときに遭遇したら。キョドりながらフレーバーを注文して聞き返されて、店員さんが丸いので掬ってる間の気まずさを想像しただけでパニックになりそう。アイスの中に入ったキャンディーみたいに頭がパチパチ弾けそうだ」


「これだけ饒舌に喋れるのにね」


 美空、哀れな者を見る目だ。


「僕みたいなタイプはスイッチが入ると別人になるんだよ。美空が病んだときと同じさ」


「そう、スイッチはある拍子に突然入る。


 女子校という男子の目がなき閉鎖的な空間で私より胸がある‘カラダだけは’女らしい連中がスカートを団扇うちわ代わりに扇ぎ、更にはブレザーを脱いで、更にはブラを外しまるでサングラスかのように額に乗せて白目を剥き舌を出す。床に目を落とせばどこから生えたのかわからないちぢれ毛が散乱。


 そんな、そんなっ! そんな生物学的に雌だというだけの霊長類が男を連れてみやびな鎌倉の街を歩き、


 ねぇえ、きょうの私、いつもと違うと思わない? えー、わかんかいのぉ、ほら、前髪1センチ切ったんだよ? それにね、夏だからちょっといてみたのっ!


 と言葉の腰を振り男のイチモツをねだるシーンを目の当たりにしたときの吐き気ときたらもう……。


 あれが、あれが女のコ女のコした雌の正体だ。むしろ素なら体型はともかく私のほうが内面的には女な気がするほどでした」


「ぶりっ子のくだり、迫真の演技だったね。声優さんになれそう」


「なれるかもしれないし、なれないかもしれない」


「うん、そうだね」


 それから僕らはなんとなく、歩いて帰ることにした。


 通行人を見ると、浴衣を着た女子小学生がちらほら。近場で祭りでもやっているのかな。

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