手、出せばいいじゃん
取材に訪れた川沿いでたまたま出くわした真幸。ピクチャードラマのシナリオが浮かんだというので自宅に連れ込み、仲のいい友だち関係の彼といま、見つめ合っている。
私と真幸はそういう関係ではない。でも一線を越えてしまった人も身近にいるとつい口を滑らせて、自分たちもそれに続こうと挑発したのは私。
「どうしよう、なんだか、言葉に詰まるね」
私が搾り出した言葉に真幸は応えず、ただじっと私を見ている。
人見知りで消極的な真幸。十中八九混乱して、真顔のままフリーズしてるんだ。
そう油断したときだった。
「え、ちょ、ちょっと!?」
真幸は私に吸い寄せられるように飛び込んできて、意外にも骨格のしっかりしたからだで私を強く抱きしめた。
でもそれ以上、手や舌を這わせるようなことはしてこない。
ただぎゅっと抱きしめられる、それだけの時間が続く。
こんなことを誰かにされたことはなくて、私は瞼を閉じて、顔や額を彼の肩に埋めた。
彼は腕の力を緩め、私の頭を、まるで猫を撫でるようにそっと、掌や指を押し当てた。
なんだよ、真幸のくせに見透かしてんなよ……。
彼の抱擁は、恋人を抱く激情や愛情ではない。弱った友を慰める、やさしい心。
「ねぇ、どうして?」
彼の胸板に頬を押しつけて、私は問うた。
「どうしてって?」
真幸の問いに、なんで見透かせたの? と素直には返せない。
「手、出せばいいじゃん」
「下にご両親がいるでしょう?」
「真幸の下はなんともないの?」
「いや、実はもう爆発してる」
「ぶふっ……ぶはははははははっ! なんだよもう!」
素直な吐露がおかしくて、私は真幸の胸板に頬を当てたまま右手でバンバンと彼の左肩を叩いた。
「しょ、しょうがないだろ、童貞なんだから……」
「卒業させてあげようと思ったのに」
「少し経ったら復活すると思うけど……」
「ふぅん、下に親がいるんだけどなぁ」
「さ、誘ってきたのは友恵だろ!?」
「ひひひ、そうでしたっ。でもどうして、抱きしめてくれてるの?」
「それは、なんというか、僕にはまだ友恵の奥深いところが理解できてないし、一生できないかもしれないけど、でもなんだか、見ていて調子が悪そうだとか、何か悩んでいるのかなくらいは察せるから、とりあえずこうしてるんだよ」
そうだよね、真幸はそういうヤツなんだ。
「そっか、ありがとね」
しばらくして抱擁を解かれ、私たちはベッドに腰掛けた。
「実はさ、スランプが続いて新作の進捗があんまり良くないんだ。『自殺』は周りの人たちから話を訊いて形にしてきたけど、新作は『自殺』の陰から転じて陽の作品でね、実際そんなに楽しいこととか嬉しいことってないんだよね」
「確かに。僕もあまりワンダフルハッピーライフとは言えないし、多くの人がそうだと思う。陽の感情がインプットされていないのにアウトプットをしろと言われても難しいよね」
「なんだよなぁ。だからこう、捻り出して描いてもても嘘っぽいというか、妄想だけで感情移入しにくい漫画になっちゃうんだよ。でもそんなとき、救世主が現れた」
「何かいいことあったの?」
「いいことっていうかね、真幸の物語だよ、救世主」
「え、あれが?」
「うん、だからさっそくキャラクターデザインしたいんだけど、いいかな」
「あ、うん、ぜひ!」
自分が思い浮かべたキャラクターが絵になるのが嬉しいのか、真幸は表情を華やがせ目をキラキラさせている。
私もそれはすんごく嬉しいんだけど、どうしてかなぁ、こんなときでもキミは私の脚や胸をチラチラ見ているね。
その視線を気にしつつ、私はA4コピー用紙に鉛筆を走らせた。真幸のキャラクターに関する情報をもとに、サクサク描き進める。
「よし、できた! こんな感じでどう?」
お読みいただき誠にありがとうございます。
暑さによる不調で先週は休載させていただきました。大変失礼いたしました。
本作は今回で第100回。真幸と友恵しか出ない回でしたが、物語のキャラクターが絵になってゆくターニングポイント回となりました。
本作には現在のところ美空のイラストがございますが、イメージ通りの姿になりました。美空の足跡を辿ってくださった方もいらっしゃるということで、絵が持つ力が地域振興にも役立つ、絵と物語を組み合わせて生まれる可能性を実感しているところです。
物語はタイトル通り『創作家たちの恋』が進んでまいります。恋の対象が人間なのかそれ以外なのかはキャラクターによりますが、茅ヶ崎の風を感じつつ、今後ともお楽しみいただけましたら幸いです!




