理想の武器
とりあえずこちらにも掲載を始めたいと思っております。
俺、ドワーフ。
皆知ってると思うけど、ドワーフ族ってファンタジー小説やMMORPGなんかだと、鍛冶職人が多かったりする。
間違ってないんだけど、ドワーフって単に突き詰めるのが好きな奴が多い、というかほとんどそういう性質なんだよね。職人気質というか、悪く言えばヲタっぽいというか。
まあご他聞に漏れず俺もその口で、町のとある武器屋で鍛冶職人をやってるんだが、今作ってる量産型の剣なんだけど、すこぶる切れ味が悪い。魔物なんかを叩き潰したり、骨を折ったりする分には問題ない程度の使用感なんだけど、もうこれって「斬ってる」とは言えないと思うんだよね。「叩いてる」「潰してる」「折ってる」が妥当な評価。だったら、鉄で作った棍棒でも変わらないと思うんだ。でも、師匠にこの話をしたら「お前が剣の云々を語るのは100万年早ぇ!黙って剣作ってろ!」って怒鳴られたんだ。
師匠はドワーフには珍しく、金勘定に優れてて、そのおかげか、うちの店は町じゃ1,2を争う人気店なんだけど、正直、俺はこの店で武器を買ってる冒険者なんて、大したことないんじゃないかって思ってる。
だって、剣って「斬る」ためのものだろ?そこにこだわらない冒険者なんて、たかが知れてるんじゃないか、って思ってね。
そんな思いを抱えながら量産型の剣を打ってたんだけど、ある日、俺が店番の当番の時に店にやってきた奴がこう言ったんだ。
「日本刀はないか?」
何?ニホントウって。
そいつが言うには、ニホントウってのは、鉄でも包丁で野菜を切るみたいに斬れちゃう剣のことらしくって、見た目は細くて薄いらしいんだけど、切れ味はこれ以上ないらしいんだ。
俺はその冒険者からニホントウがどんなものなのか、事細かに聞いたんだけど、どうやらうちの工房じゃ作れないみたいだ。
でも、俺はそのニホントウが作ってみたい。なんでも斬れるなんて夢みたいじゃないか。
俺が理想とする剣そのものなんだもの。作らないなんていう選択肢はなかった。
その男は、どうやら東の果てにある「ニッポン」っていう所から、知らない間にこの町に飛ばされてきたみたいで、帰る手段のあてもないから仕方なしにこの町で冒険者になった、っていってた。
色々詳しくそのニホントウについて聞いてみたんだけど、その男は作り方までは知らないらしくて、うろ覚えだけど、と断ってから自分の持っている知識について話してくれた。
男の知識によると、ニホントウってのは、普通の鉄じゃダメみたいで、コウテツ?っていう、鉄をもっと強化したのから作るみたいだ。
コウテツの作り方を聞いてみたんだけど、男はやっぱり作り方は知らなかった。
ただ、一つだけ覚えてたのは、タンソ?って呼ばれる炭を少し混ぜたものだということだけだった。
それでも俺には十分すぎるヒントになったので、男にはお礼の代わりに、俺が今まで打った中で一番の出来であろう剣をタダであげることにした。
この日から、俺の頭の中には「ニホントウ」がこびりついて離れなくなった。
仕事をしていても、どこかぼんやりしてしまって、師匠にどやされることが今までの倍以上に増えてしまった。
それでも、俺の頭からまだ見ぬニホントウへの憧れは消えることはなかった。
そして、そんな日々が続いていたある日、俺は一つの決意をした。
「師匠、俺はここを辞めて旅に出ようと思います。」
「はぁ?剣を打つしか能がないお前がいきなり何を言い出すんだ?あと10年も修行したら俺クラスの鍛冶職人にはなれるっていうのに。ダメだ、却下却下。」
「職人になりたくない訳じゃないんです。ただ、俺は理想の刀が作りたい。その為には素材と情報が大量に必要なんです。」
「なら尚のこと、ここを離れるっていう選択はないだろう?ここは、王都でも指折りの武器屋だ。素材も、情報も必然的に集まってくんだろ?お前、言ってることとやろうとしてることがメチャクチャだぞ?」
「俺が作ろうとしてるのは今あるような剣じゃないんですよ。『ニホントウ』っていう、カタナなんです。そもそも情報も東の国の『ニッポン』っていう国から来た奴じゃないと分からないし、素材もそいつらに聞かないと分からない。だから、そいつらが居るであろう東の国に行かないと、情報が集まることは考えにくいんですよ。」
「『ニッポン』なんて国、250年生きてる俺ですら聞いたことねぇぞ?お前、かつがれたんじゃないのか?そもそもお前、東の国っつったって、東にはエルニアっていう大国があるが、その東には海原が広がってるだけで、有史以来、国はおろか島すら見つかったことねぇんだぞ?お前絶対騙されてるんだって。」
「俺も最初はそう思いました。エルニアの東には何もないことは俺も判ってますからね。ただ、この店に来た、ニッポンから来たっていうあの男が、嘘をついてるようにはどうしても思えなかったんです。あいつは、望んでこの国に来たんじゃない。訳もわからないうちにこの国に飛ばされて、それでも何とか国に帰る手段を探してるんだ、って必死に俺に話してたんです。そんな奴が、剣について嘘をつくとは俺には到底思えなかったんですよ。」
「・・・俺は騙されてると思うんだがな。まあ、お前がそこまで言うなら俺はもう止めはしない。好きなようにしたらいいさ。ただし、嘘だと判った時点、あるいは途中でその思いが実現不可能だと思った時点でここに帰ってきて、俺のあとを継げ。それがここを辞める条件だ。」
「師匠・・・、何かいい話っぽいですけど、要するにそれって娘のリリアさんと結婚しろってことじゃないんですか?」
そう、師匠には一人、リリアさんっていうドワーフには珍しい長毛種の娘さんがいる。
長毛種ってのは、読んで字の如く、「全ての毛が長い」種で、ドワーフでも10万人に1人の確率でしか生まれてこない。リリアさん自体はドワーフには珍しくスラっとした美人さんなんだが、本人が極度の面倒くさがりで、かつ、働かずにずっと家に居るため、こまめに毛を刈らないもんだから、傍目には細長い毛の塊にしか見えない。
それが原因で、20代後半(ドワーフは長命だが、結婚は人間と同じ世代にする)になった今も、嫁の貰い手がなくて師匠の頭痛の種だった。
もっとも、本人は「働きたくない」「めんどくさい」「結婚なんてしたら自分の自由がなくなる」なんて言ってて、父親の苦悩をよそに部屋で絵を描く毎日を送っている。彼女が描く絵については・・・まあ・・・何というか・・・美形の人間の男二人が裸で絡み合う様を描いているもので・・・悪いが俺には全く理解不能だ。だが、師匠の娘さんとは思えないほどのドワーフ魂を持っていて、彼女の描く絵は、この王都でも1,2を争う出来栄えだ。ただ扱っているモチーフがモチーフだけに、同じ趣味を持つ、暇を持て余した貴族の婦女子には大層な人気を博している。もっとも本人は自分の絵が売れるかどうかにはあまり興味がなく、稼いだ金で男娼の館に行き、男娼二人を絡ませて楽しむのが趣味になっている。人の嗜好にどうこう言うつもりはないが、個人的には最低だと思う。
さて、残念なことに師匠の嫁さんは10年ほど前に、師匠の使いで出た先の街に突然現れた魔族の襲撃に巻き込まれて亡くなっている。
金勘定には汚い師匠だが、それ以外は割と人情に厚い人で、亡くなった嫁さんに義理を立てて、後添えを貰っていない。そこは同族として誇りを持てるポイントだ。
ドワーフは基本長命で700~1000年程度生きるため、途中で伴侶と死に別れたり、離婚した場合には再婚をするのが普通だ。
ツワモノになるとバツ20・30なんてのも珍しくない。
そのため、師匠のように1人の配偶者に義理立てするってのは極めて異例のことで、俺が知る限りではそんなことをしているのは師匠1人だ。
そのため、師匠にはリリアさん1人しか子供がいない。
リリアさんと俺は、ものづくりへのこだわりという一点においては話が合うため、あまりこだわりのない他の職人と比べて、だが、彼女と会話を交わすことも多かった。
恐らく師匠は、俺くらいしかリリアさんを貰うなんていう酔狂なドワーフはいないと思っているのだろう。
「やっぱりバレてたか。だがそれが条件だ。それを飲むならお前の好きにしたらいい。」
「俺がニホントウを諦めることはないと思いますがね。一応承諾しときましょう。じゃあ、俺は明日にでもここを発つことにします。」
「なっ、お前早すぎだろ!せめて1週間くらいは余裕をもってだな・・・・。それにリリアにも色々言い含めておかないと。」
「多分徒労に終わると思うんで、俺が出て行ったあと好きにしといてください。それと、一応身の危険も伴うんで、退職金代わりに剣を2,3本もらってっていいすか?」
「お前が打ったとはいえ、この店に並んだ時点でこれは店の商品だ。例え相手がお前だとはいえ、タダでくれてやるわけにはいかん。大負けに負けて5割引きで売ってやる。」
「どこまで金に汚いんですか!師匠!」
「汚いんじゃない。商売人として当然のことを言ってるだけだ。」
「はぁ・・・もういいです。それじゃあ、こいつを貰っていきます。これなら値段だってしれてるでしょう?」
俺は、自分が仕事に使っている鍛冶用のハンマーを手にとった。
「お前そんなもので身を守れると・・・・まあいいやお前がそれでいいってんなら別に。じゃあ銅貨10枚な。」
「こんな使い古しのハンマーが銅貨10枚!?ふざけんなジジィ!!!」
「やかましいわ!俺が俺のところの商品にどんな値段つけようがお前のしったこっちゃねぇだろうが!いやだってんなら丸腰で行くがいい!」
「わかったよ!その代わり二度と帰ってこねぇ!!お前の行き遅れの娘なんざ知ったことか!」
「おまっ!俺のことはいいが娘のことは許せねぇ!!表出ろこの野郎!!」
こうして、俺と師匠のハートフルなやり取りは終わり、俺は円満に工房を退職することになった。
そしてとうとう、俺はニホントウを作りたい一心から、手がかりを得るために世界を旅して周ることになったんだ。
続きます