春
なんだか 奇妙な気分だ
道行く学生たちから
コートが消え 手袋が消え
マフラーが消えた
毛糸もウールも役目を終えて
後を太陽に任せて休暇を取る
あんなに強かった冬将軍も
すっかり老け込み衰えて
弱々しい溜め息をつく
時の大帝の進軍には
とてもじゃないが付いていけない
君と僕との間には
鋭利な区切りがあったのに
今やそれはぼんやり溶けて
霞の中に沈んでいる
そう言って山は空を抱き締めた
猫が恋して尻尾を絡め
一時の出会いは燃え上がった
犬が花弁を追って吠え
引き留められぬ別れは凍える
心を突き飛ばし弾ませるのだ
なんだか 妙な気だ
なんと言ったら良いのだろうか
言うべき言葉は隠れてしまった
腹の奥底のくすぐったい場所に
言いたい言葉は照れてしまった
頭の中心の閉め切られた場所で
まるで反抗期の子供のように
ピリピリ尖っていた空気が
少しずつ少しずつ緩んでいく
寂しい気持ちになるのはきっと
成長を思い知るからだ
巣立つ時を恐れるからだ
期待の裏側に潜む影を
私はちらりと盗み見て
あまりの黒さに震え上がる
それでも期待は笑みを浮かべて
強引に私の手を引くのだ
逆らう術も 気力も無いが
生暖かい風が頬を優しく撫でる
腕に鳥肌は立たなくなったが
心の産毛が逆立った
今まであんなに冷たかった人が
突然 優しくなるんだもの
なんだか 奇妙だ
大きな力が足の下で蠢いて世界中に支配を広げる
人間ですらも例外ではなく
彼の統治のもとには奴隷も同然
底知れない偉大さは恐怖を呼ぶのだ
窓を開ける躊躇いが無くなり
毛布の存在がうっとおしくなる
カーテンは久方ぶりに舞を魅せ
寝返りは邪魔者に容赦をしない
なに かぜを怖がる必要はない
君が溜め息をつくものだから
こちらまで不安になってくる
知らないものに怯えるより
知れることを楽しみにしよう
明るいだけじゃないけれど
それはもう覚悟の上だろう
幸いにして時の利 我らに有り
奇妙な心は不気味に歪んで
芽吹く瞬間を待ち望む
落ち着かないのは溜まった力が
溢れる間際で留まっているから
俯きそうになる頭を上げて
止まりそうになる足を進めて
忘れたくないと叫ぶ想い出に
「忘れないよ」と誓ってみせる
記憶は私が存在してきた証明だから
ただ
ただひたすら
この季節は奇妙な気分になる
祭りの後の寂しさと
祭りの前のときめきが
ない交ぜになったような感覚
混沌として手の付けようがなく
私を翻弄し蹂躙する
しかし
そうして掻き乱される感覚が
なんだか楽しくもあるのだ
分からない
奇妙な気分だ
これが 春だろうか