彼死(かれし)
スクラップバザー(http://03.mbsp.jp/magicrazy0808-15288-n2.php?guid=on)に寄稿した作品です。
幽霊のほのぼのです。
まったく怖くもないですし、スプラッタでもないですが一応。
「死んだのは二ヶ月前だね」
彼は言う。
「強盗に襲われてね。この家には奪っていくようなものもないのだけど」
およそ冴えているとは言いがたい顔立ちに黒縁の眼鏡。口元に咥えた煙草は生前の嗜みだろうか。
「久しぶりに話せる人と出会えて嬉しいんだが、生憎と女性に受ける会話というものがわからなくてね。君の話を聞きたいのだが、いいかな?」
半透明、だけどしっかりと見える彼の問いに、私は是非もなく頷いた。
「ええ、私の話でよければいくらでも。でも――」
私は私の要求を彼に伝えた。
「貴方のことも、私は聞きたいわ」
●
私たちの会話は好きなものを話し合うところから始まり、最終的には彼の価値観のようなそれに私が聞き入るようになっていた。
「――それはどうして?」
「そう考えなければ発展性はないからね。ただ重要なのは人によって発展させるべきものは違うということさ。だって人は――」
私たちの会話は講師と生徒、そのような関係だ。
彼は私に答えをくれるし、自分で考える余地もくれる。最高の教師だと言えた。
二人だけの教室、聞き惚れるような講義。知識欲と充足感を満たす、至福の時――。
「さて――」
ひとしきり話した後に、彼が切り出した。
「久しぶりに楽しい会話ができたよ。ありがとう。そろそろ君の本題に移ってくれてかまわないよ」
私は驚きもしない。だけど聞いてみた。
「気づいていたの?」
「君と出会った時から。格好で気づくけど――」
彼は私の十字架ではなくて、目を見ていた。
「それ以上に、君の目には決意とも呼べるほどの意思が見えた」
唐突に、彼は笑い声を上げた。くつくつと、愉快そうに。
「そこで思ったよ。意志の強い女性になら消されても良いとね」
「変な人ね」
私は笑っていたのだろうか? よく覚えていない。
私は聖水を撒いて、”最後の一言”を口にした。
●
依頼人に悪魔祓いの完了を告げて、あの家を後にした。
降りしきる雨、黒い外套に赤い傘が映える。
私は言った。
「さっきから何を笑っているの?」
「いや、そろそろ私は君を口説いても良いのかと思ってね」
赤い傘に共に入るようにして笑う彼に、私は答えた。
「もう口説かれているのかと思っていたのだけれど?」
彼は笑った。半透明の煙草をふかして、くつくつと。
私も笑った。いつの間にか、くつくつと。
彼は幽霊だ。でも話すことができる。たいした問題じゃない。
二人でくつくつと、歩き続けた。
END