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現実童話

作者: 白山菊理

昔々、あるところに硝子の匣で眠るお姫様がおりました。

お姫様は決して毒林檎を食べたわけではございません。

悪い魔女に呪いをかけられたわけでもございません。

自ら硝子の匣に入り、眠りについたのでございます。


さて、お姫様の意識は砂漠にありました。

地平線の彼方まで見渡す限り砂に覆われ、それ以外にはなにもありません。

そんな中を、お姫様は当てもなく歩き続けます。

飢えも、苦しみも、悲しみも、喜びも、楽しみも今のお姫様には何もありません。

砂漠のように何もない心のまま、朝も夜もない世界をただただ歩き続けました。


突然、目の前に池が現れました。

お姫様は何の躊躇いもなく、池の水を口に含みました。

コクリとそれを飲み込むと、喉の渇きが癒されていくのが分かりました。

今まで喉の渇きなど感じたことなどなかったのに。

それでも何だか満たされた気持ちになりました。


またお姫様は歩き始めました。

先程より心なしか足取りは軽くなり、歩く事が楽しくなってきました。

けれども、先に進むにつれてどんどんどんどん喉の渇きが増していきました。

お姫様は水を飲んだ事を後悔しました。

水さえ飲まなければ、喉の渇きを知る事もなかったのですからね。

渇きを抱えたまま、お姫様は一歩ずつ歩を進めていきました。


ふと、お姫様が顔をあげると目の前に一輪の真っ赤な薔薇が咲いていました。

その美しさに、お姫様は喉の渇きを忘れる事が出来ました。

そして、何もない世界に自分以外の生き物の息吹を感じる事が出来て、少しだけ嬉しくなりました。

喉の渇きも忘れ、少しだけ温かい気持ちのままお姫様は歩きだしました。


しかし、お姫様は寂しさに襲われました。

自分以外の生き物がいるかもしれないと思って歩いているのに、誰もいないのです。

期待しては裏切られてを繰り返す内に、お姫様は薔薇との出会いを呪うようになりました。

あの出会いさえなければ、寂しさも裏切られる哀しさも知らなくて済んだのですから。

前よりも大きくなった喉の渇きも抱えたまま、お姫様は更に歩き続けました。


新たな出会いを呪い、満たされる気持ちの後に押し寄せる大きな悲しみを抱えながらお姫様は歩き続けます。

出会わなければ苦しまずに済んだのです。

一度も手にしなければ、一生哀しい気持ちを知らないで生きていけたのです。

束の間の喜びも、暫くすればこの砂漠の砂のように手の間から零れ落ちてしまう――そんなものを手に入れてもきっとそれは幻と変わらないのです。

苦しくて、悲しくて、辛くて、お姫様は歩くことも出来なくなりました。


そんなお姫様を遠くから見ている者がありました。

その者の目には、お姫様が優雅に薔薇の庭園を歩き、時には紅茶を啜り、全てに恵まれているように映っておりました。

お姫様は自分がそんな目で見られていることも知ってしまいました。

こんなに辛くても誰も分ってくれないと、お姫様はまた嘆きました。


苦しんで、苦しんで、嘆いて――それは、手に入れた喜びよりも大きく深くお姫様の心に広がっていきました。


そうして息苦しくなって、とうとうお姫様は目を覚ましました。

そこは見慣れた硝子の匣の中でした。

外の世界は苦しくて、自ら入った硝子の匣。

けれども、折角手に入れた世界さえも結局はお姫様を苦しめるものでした。


そこでお姫様は気が付いてしまったのです。

この世界が息苦しいのは自分が呼吸をしているせいだと。

この苦しみは、自分と言う存在が生み出しているものだと。

なら、お姫様はどうすれば良かったのでしょうか。

生きている限りこの苦しみは永遠に続くのです。


さて、この後お姫様は一体どうしたのでしょうか。

硝子の柩から出たのでしょうか。

それとももう一度眠りについたのでしょうか。

もしかしたら息苦しさのあまり死んでしまったかもしれません。


今となっては誰にも分りません。

けれども一つだけ言える事があります。

これは現実で、お姫様が逃れる術はどこにもないのです。

お姫様を満たせるのは何も無い深い深い眠りだけなのです。

この世界に救いは無い。

ならば如何したら良いのでしょう。

きっと答えは誰にも分りません。


もし、答えが分る人がいたらお姫様に教えてあげてはくれないでしょうか。

もっとも、お姫様は何処にもいないかもしれませんがね。


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