魔法使いの歩き方(5)
季節は夏から秋に移る。クルトがスガル達に待ってくれと言った期間は、それくらいの時間があった。
その間、クルトがどうしていたかと言えば、リブクインでの戦い以前の日々を、変わらず過ごすだけであった。
どこか心境が落ち着いているのだ。あと少しで重要な決断を下さなければならないというのに、その様な気分では無かった。
だが、自身の今の事情くらいは、教師であるオーゼに話さなければならない。もしかしたら、オーゼ教室を去ることになるかもしれないからだ。
「ほう。それは大変じゃのう」
「それだけですか?」
オーゼ師の研究室にて、これまでの事情をクルトは話していたのだが、どうにも彼の反応は薄かった。
「教え子が大学を止めるかもしれんというのは、少々驚くべきことかもしれんが………教師をしている以上は何時か来る道じゃから」
「そういうもんですか………」
「で……じゃ。わしに話すということは、どうするのかを決めたのかの?」
当然、聞かれることだろう。スガル達からも、そろそろ答えを出せとせっつかれている。
「最初から、もう決めていたことかもしれません。自分がそういう立場になるとか、組織を一から作るとか、なんだか良くわからないことばかりですけれど……どうしてだか、その世界に惹かれる自分がいるんです」
「………止めはせんよ。幾らか長生きはしているが、そんな世界のことなどわしは知らん。危険じゃから止めておけなんぞ、どの口が言えるのか」
本当は、強く止められると思っていた。少し期待もしていた。しかし、クルトの師はむしろ教え子の選択を後押ししているかの様にすら思える。
「しかし、どうしてその道を選んだ? リブクインでの戦いは、そんなにも価値観を変える物じゃったのか?」
オーゼ師はクルトの考え方が変わっていることに疑問を覚えた様だ。以前のクルトであれば、そんな面倒事より自分の趣味を選ぶ人間。つまりオーゼ師と同様の人種だったからだ。
「どうなんでしょうね。自分でも良くわかりませんが、あの戦いで覚えた疑問の答えが、これから進む道の先にある様な気がして……気のせいかもしれませんが」
ただ、もうずっと前に決めていたことだったのかもしれない。クルトは、スガル達が企む、魔法大学以外の魔法使い達の組織を作るというその考えに、乗ることにしたのだ。
オーゼ師に報告を終えたのなら、次に伝えなければならないのは生徒組合に対してだ。もし、大学外で新たな魔法使いの組織に参加することになれば、それは大学への敵対行為だ。遅かれ早かれ、大学生徒を辞めることになるだろう。そうなれば、生徒組合にも居られない。
だから、同じ教室の生徒であり、生徒組合での先輩であるルーナにも、オーゼ師に伝えたことを話さなければなるまい。
「けど……やっぱり少し抵抗があるなあ」
生徒組合の宿舎。その扉の前に立ちながら、扉を開けられずに止まっていた。ルーナに対して、どう伝えたら良いかわからないのだ。
恐らく彼女の様な人間は、クルトが大学を去ると伝えれば悲しむだろう。オーゼ師の時とは違う。
「……あー、どうしよ。何も言わないまま去るって言うのも、どうなんだろう」
近いうちに、クルトはこの大学を去ることになる。2年と少し。3年も過ごしてはいないこの大学であるが、どうしてだか寂しさを感じてしまう。
うすぼんやりとした秋の風景のせいかもしれない。木々の紅葉は、これから先にある冬を連想させて、悲しい別れを思い浮かばせているのだろか。
「ええい。考えても仕方ない。言わなきゃいけないことは、さっさと言わないと―――」
「あれー、クルトくん? どうしたんですかー? そんなところで立ったままでー」
聞き慣れた間延びした声が背後から聞こえて来る。どうやらルーナは生徒組合宿舎内にいるのでは無く、そこへ向かっている途中だった様だ。
「ル、ルーナさん。ちょっと話があってさ」
決意をしたものの、いきなり声を掛けられてはその気持ちも萎む。少し混乱しながらクルトは話を続けることにした。
「話ですかー? 別の良いですけれど………とりあえず宿舎に入りましょうー」
ルーナに押される形で、クルトは宿舎へと入っていく。その勢いのまま、大して心の準備もせずにクルトは自身の今後について、彼女に話してしまった。勿論、目に見えてルーナが落ち込んだのは当たり前の話である。
「そーですかー……大学…辞めちゃうんですねー……」
宿舎の机に顔を落として、暗い表情をしながらルーナは話をする。クルトを止めようとしないのは、彼女なりの気遣いなのだろうが、その姿を見るだけで、どうにも自分が悪いことをしているのではないかとクルトは考えてしまう。
「うん。いきなりの話でも無いんだよ。ちょっと前から、魔法使いが集まって戦う様な組織を作る話に誘われててさ」
自分のことながら、そんな組織に参加するなんてとんでも無い話だと思う。だが、それでもクルトはスガル達の提案に賛同することにしたのだ。
「どうしてクルトくんがそんなことをしなくちゃいけないんですかー? クルトくん自身は、本当にやりたいことだと思っています?」
そういえば以前、彼女に魔法使いとしての自分を忘れるなと言われたことがある。自分自身のやりたいことを忘れて、おかしな義務感に動かされれば痛い目に遭うぞという話だったが、今回の自分はそうではないのか。余計な考えに動かされ、魔法使いとしての自分を見失ってはいないか。
「………」
少しだけ考えるクルトだったが、ルーナに対してその答えを話す事にした。
「そうだね。もしかしたら、自分のやりたい事をどこかにやっていて。自分自身のことを忘れているだけなのかもしれない」
「なら―――」
「けど、リブクインでナイツが死んでから、ずっと考えて来たことがあるんだ」
「考え事ですかー?」
クルトはルーナと話している内に、自分の感情に漸く理由を付けることができた。自分がスガル達の提案に乗るのは、自分自身の確かな意思の元である。
「あいつがどうしたら死なずに済んだのかって、そんな考えても仕方がないことをずっと。それでさ、結局、最初の時点からどうにかするしかないって答えが出た」
「最初からって……大学で支援団への志願者募集がされた時からですかー?」
「ううん。もっと前。リブクインでの戦争が起こった時、マジクト国が参戦するなんて決定を阻止していたら良かったんだ」
我ながら無茶を言っている。そんなことができるわけないだろうと、ルーナは言ってくるはずだ。
「そんなことができるのは、もっと偉い人達ですよー? 貴族さん達の議会で決まったことなんですからー」
その通りだ。自分達とはまた違った世界に生きる者達が行ったことであり、クルト達にはどうしようも無いことだと思う。
「けど、黙っていたら同じようなことを何度も繰り返してしまうかもしれないって、そう思うんだ。勿論、何もかもを正しい方向へなんて考えているわけじゃあない。ただ……」
「ただ?」
「ただ、そんな世界に、魔法使いとしての意地を通してみたくなったんだよ」
魔法使いは魔法を研究する者だ。だから、貴族として国を動かすとう立場の者が殆どいない。いたとしても、そういう人物は魔法使いとしてより、貴族として生きている元魔法使い程度の存在だった。
「僕は……僕は魔法使いとして、魔法使いのままで、そういう世界に挑んでみたくなったんだ。多分さ、色んな感情が混ざってのことだと思うんだけど、それが一番、僕のやりたいことなんだ」
以前までは、ただ魔法使いとして魔法を研究したいと考える少年だった。しかし、今では魔法使いの意地を権力者達の世界まで届かせたいと考える、おかしな人間になっていた。
だからスガル達の策略を受け入れるのだ。
「………やっぱり、前からずっと思ってたことなんですがー、クルトくんって、変な人ですよねー」
「そ、そうかな? そんなこと言われたのは初めてだ」
自分自身としては平凡な人間だと思っていたのだが、どうもそうでは無かったらしい。
「よーく考えてみたくださーい。クルトくん以外でどんな魔法使いが、今さっきクルトくんが言った様なことを話すんですかー?」
ルーナの話はもっともである。友人の死から、権力者の世界へ飛び込もうと決意するなど、普通の人間のやることでは無いだろう。
「僕は……こんなやつってことなんだろうね。変でおかしくて、普通じゃあやらないことをやってしまう。魔法使いには向いてないのかもしれない」
「いいえ。多分、凄く向いていると思いますよー」
「どうして?」
「魔法使いって、殆どの人が変人ですもん」
まったくだ。魔法使いという人種は、どいつもこいつもがおかしな奴らなのである。そのことを、貴族達の世界に思い知らせるというのも、悪い選択肢ではあるまい。
「それで、王立騎士団への入団を決めてくれたと考えて良いのか?」
再び場面はスガルの執務室へと移る。居るのはクルトとスガルだけであり、ヒレイは既に自分の領地へと戻っているらしい。
自分がいなくても、クルトは騎士団への入団に了承するだろうとの判断であるそうだ。
「はい。既に大学を抜ける手続きも終えてきましたから。ここで騎士団に入らせて貰えなければ、僕は無職の一般人ってことになります」
季節は冬になっている。オーゼ師やルーナと大学を抜ける話をしてから、さらに日々が過ぎていた。
その間に、クルトは大学に退学届を出し、実家への報告も済ませていた。
「給金はちゃんと出すから安心しろ。なにせ騎士団入りということは、俺みたいな奴の部下になることになるんだからな。飯をちゃんと食わせなければ、王族の沽券に関わる」
「入団の際の試験はどうするんですか? 正直に言って、普通の入団試験を受ければ、絶対に落ちますよ」
クルト自身の体力というのは、それほど低いわけでも無いのであるが、それは一般人と比べての話であって、騎士団の入団試験に合格する様な人種には及ばないのだ。
「そこは便宜を図らせるさ。魔法使いの特殊人員という名目で、普通の試験は受けさせん。というより、もう内々で合格は決定している」
クルトが騎士団入団を正式に伝える前から、魔法使いの合格は決定していたということだ。普通に騎士団を志望している様な人間から見れば、どう映るだろうか。
「それを聞いて安心しました。とりあえず、新たに作られる部署には、僕一人だけが配属されることになるんでしたっけ?」
「そうだ。 元々は騎士団とは別にそういう組織を作るつもりだったから、騎士団内部に作ると言っても、ある程度人員は分けなければならない。と言っても、まだそう大人数を動かすわけでも無いから、中心人物になるだろうお前が暫くは一人で頑張って貰うことになるだろうな」
忙しい話だ。入団して暫くは、スガル達の指示を仰ぎ、従うだけの日々を送ることになるだろう。もっとも、いつかは自分で流れを掴みとり、クルトなりの組織を作ってやるという野望も無いわけでは無い。
「今後の予定についても、一通り決まっているんでしょうか?」
「ああ。お前の場合、暫くは騎士団内部で訓練を受けて貰う。一応の騎士団員なんだ。戦闘技能くらいは持っている必要がある」
「げっ………。そこは便宜を図れないんですか?」
クルトはそういう訓練が苦手だ。根性だの体力勝負だのといったことは、魔法使いとは縁遠い存在だった。
「さすがに無理だな。平行して、組織運営の仕事も学ばせる。忙しくなるぞ、クルト・カーナ。もし、それについて行けないとなれば、すぐにでも代わりの人間を探させるが」
「………やりますよ。当たり前じゃないですか。僕はもう既に、あなた達の考えに乗ることを決めたんです。途中下車なんて考えていない」
「良い言葉だ。住む場所については騎士団の宿舎に部屋を用意しているから、日々をそこで過ごす様に。指示もその部屋を通じて暫くは行う。期待しているぞ?」
「まあ、できる限りのことはしますよ」
ただ、期待に応えるとは言わない。実力不足であるからと言う話では無いのだ。なにせクルトは、魔法使いとしての自分を維持したまま、騎士団内部で動こうとしているのだから。
案内された騎士団宿舎の部屋で、クルトは配置されたベッドに腰を下ろす。宿舎にクルトの様な人間が存在しているという時点で、奇異の目で見られたが、どうしようも無いとクルト自身は考える。
(試験もまだ受けていないのに部屋まで用意されて、新設される新しい部署のたった一人の人員。しかも魔法使い。これからもずっと、そういう目で見られるだろうから、今の内から慣れておいた方が良い)
部屋の中にはクルトだけはおらず、騎士団という場所では、唯一落ち着ける場所だろう。これからのことを思えば気も重くなるが、それを溜息と同時に吐き出した。
(自分で決めたことだ。後悔はしない。どれだけのことがあろうとも、乗り越えて見せる)
それは熱意や根気と言った物に裏付けされてはいない。それよりも、魔法使いの興味や好奇心の延長線上にある物だろうとクルトは考えている。
魔法使いとして、クルトは騎士団内部を過ごし、魔法使いとして、新たな世界を歩き出す。時々、自分の進む道が正しいのかどうか、振り返ることもあるだろう。ただ、後戻りすることはない。それが魔法使いクルトの歩き方なのだから。




