魔法使いの働き方(2)
アシュルに配備された水道の内、上水道は幾つかの水源から安定して町へ水を運ぶためん、様々な技術や工夫が成されている。
水源地から街に至るまでの水道は長大かつ頑丈な石造りの物であり、水が流れ続けるため、常に街側へ下りになる様、微かな傾斜が人工的に作られている。さらにそれらへの整備は、毎年莫大な国家予算を使い行われていると言う。
一方で下水道は水を海側へ流すためだけの物であり、海に面した街であるアシュルでは、地下に穴を掘り、道を繋げるだけで用途としては完成した物が出来てしまう。
その手軽さから国の許可も得ずに作られた下水すらあるらしく、まるで地下迷宮が如く入り組んだ物が出来ているらしい。
「そんな場所だから、大規模な整備と清掃は余り行われる事が少なくて、詰まる事が多いみたい。何がってのは聞かないでね」
下水道で詰まる物と言ったら、臭い物か汚い物に決まっている。話していて楽しくなる物では決してない。
クルトは周囲を見渡す。隣りには友人のナイツが居る。しかしその顔は薄っすらとして良く見えない状態だ。彼自身に変化があった訳で無い。周囲の環境が変わってのだ。
今、二人が歩いている場所は港にある下水溝を入った場所。一応、人の歩くスペースはあるが、明かりなどと言う気の利いたものは無い暗い細道だ。
すぐ横にはチョロチョロと汚物混じりの水が海へと流れ出しており、その匂いに鼻が曲がる。
「これも仕事か。本来は経験を積んだ魔法使いの仕事だと聞いていたが……」
仕事内容を聞いていた時とは大きく違い、その表情は読み取れないが意気消沈しているナイツ。魔法使いと言っても、信用が無ければ雑用で食っていくしか無いのが世間と言う物だ。
「一人でやるならでしょ。こうやって火の魔法で周囲を焼き払いつつ、その安産確認を行う。一人だと大変だけど、二人なら役割分担が出来て楽だ」
頼まれた下水掃除の仕事と言うのは、下水道に溜まる汚物や動物の死骸を魔法使いの魔法で焼き払う事である。
水を流すだけの場所であり、その構造も単純な下水溝が詰まる事はあまり無いのだが、出口付近になるとゴミが溜まり易いらしく、定期的に掃除をする必要があるそうだ。
「だからって出口まで掻き出す事もできないから、魔法使いに焼却してもらう。確かに魔法使いの力が必要な仕事だよね、まったく」
そろそろ嗅覚が麻痺してくる頃なので臭いはマシになって来たが、それでも不潔な場所には変わりない。
水で服を汚さぬ様に気を付けつつ、クルトは火の魔法で周囲を焼いて行く。蜘蛛の巣や道の端にある埃の山に火が移り、燃え、すぐに消えて行く。小さなゴミであるが、放って置けば水詰まりの原因となるので、良く燃やして置く様にと伝えられている。
「その燃やすときに使っている杖だが、特に変わった宝石や魔法物は付いて居ないな。買ったのか?」
クルトは火の魔法を使う時、手に持った杖の尖端に火を発生させている。
尖端に魔力を増加させる石や、変わった現象を起こす魔法物が付いている杖もあるのだが、クルトの杖はそう言ったギミックは特に無い。
しかし役に立たないかと言えばそうでも無く、魔力で魔法を発生させる際の目印となってくれる。杖を持たない魔法使いは、専ら手のひらや指先に魔法を発生させるのだが、杖があると、少し離れた場所でも同じ感覚で魔法を発生させ易い。
「ちょっと前にした仕事で貰ったんだよ。結構頑丈だから役に立つ。それより、ちゃんと安全確認は出来てる? 変なガスに火が引火して僕にまで火が移った時とか、フォローするのはそっちなんだからさ」
火でゴミを燃やすのがクルトならば、その結果、思わぬ事態に陥った時の対処はナイツの仕事である。
彼も冷気の魔法を使う事が出来るので、燃える火を消火するくらいはできるのだ。
「安心しろ、ちゃんと注意してる。地図の方もな」
魔法を使うには集中力が居る。慣れれば世間話程度は出来るようになるが、地図を見て自分が居る位置を常に把握する余裕はさすがに無い。
だからそちらはナイツに頼っている訳で、確かにこの仕事は、見習い魔法使い一人だけでは難しいだろう。
「しかしなあ。もっと、こう、高望みする訳では無いんだが、社会への貢献が分かり易い仕事が無かった物か……」
やっている事が下水溝掃除と言うのがまだ納得できないのか、愚痴を漏らすナイツ。魔法に対する姿勢は真摯なのだが、それが行き過ぎて不満を感じている様だ。
「少なくとも役に立ってるんだから良いんじゃないかな。僕なんか、この前、とある村の近くに潜んでいる大猪を退治したんだけどさ」
「なんだよそれ、凄いじゃないか。先生に紹介して貰ったのか?」
急に喰いついてくる。魔法で敵を倒すと言う状況に憧れでも感じているのだろうか?
「凄く無いよ。相手はあくまで獣だったし、なによりその猪って言うのが魔法使いの手で生み出された物らしくてね。要するに他人の尻拭いだよ尻拭い。社会に与える影響がプラスかマイナスかで言えば、結局はマイナスなんだ。僕が仕事をした事で、漸くゼロに近くなった程度だよ」
だと言うのに仕事の報酬はきっちりと貰っている。随分とヤクザな報酬だと思う。
ならば、下水溝掃除と言えども間違いなく人の役に立っているのだから、こちらの方がまだ良い部類の仕事だと考える。
「しかしなあ。俺は故郷から秀でた魔法使いになるためここまで来たんだ。普通のじゃあ無いぞ? 他より優れて初めてそうなれる。そのためには努力も労力も惜しまないつもりだが、その過程が下水溝掃除だと思うと少し……」
まあそれも分かる。魔法を使おうと考える以上、他人より違う存在になりたいと言う心情が大なり小なり存在するのだ。クルトだって例外では無い。
「でも、最初から特別になろうなんて無茶な理論なんじゃないの? 特別な存在なら将来なれるかもしれないんだから、今は地道に頑張るってだけで納得できないかな?」
「その通りか……。俺はまだまだ未熟だ。だと言うのに思い上がっていたかもしれない」
こうやって直ぐに反省してしまうのもナイツの性格だ。なんにせよもっと軽く生きられない物なのだろうか。
「とにかく、仕事を続けようよ。掃除の範囲は、その地図に載ってる区域だけで良いんだっけ?」
「ああそうだ。あと、他の場所は道が良く分かって居ないから、余り深入りするなとも言われたな。迷うそうだ」
ゾッとする話だ。管理できない程に下水溝が増築されていると言う事で、一度迷えば出れなくなる可能性すらある。こんな臭く汚い場所で一生を終えるなど想像したくも無い。
「仕事は真面目に忠実に。そうした方が良さそうだね」
「だな。手っ取り早く報酬を貰うには、それが一番近道だろうし……」
話の途中でナイツが言いよどむ。何事かと思い火の魔法を止めてナイツを見ると、何やら地図と周囲を見渡している様だった。
「どうしたの。もしかして、迷った?」
考えたく無い事であったが、地図と周辺を交互に見るナイツを見れば、その不安が当たりなのではと考えてしまう。
「いや、今どこに居るかはちゃんと分かっている。問題はこの道だ」
ナイツは下水溝の道を指差す。道がトの字に分岐している場所で、ナイツが差しているのはまっすぐ伸びる道から横に逸れた部分。
「あの道がどうかしたの?」
「地図に載ってない。他はちゃんと書かれているのにだ」
首を傾げるナイツ。もしかしたら本当に道を間違えたのかとも考えた様だが、どうにも横道だけが不自然に存在しているらしい。
「下水溝は、民間が非正規で作る場合もあるらしいから、それかもしれない」
本来は国家事業として行われる物だが、国家予算との兼ね合いから現在は決められた場所に決められた通りにしか整備されておらず、不満を感じる者が勝手に付け加える場合があった。
それが下水溝整備を難しくしている一因にもなっている。
「だが湾岸近くの下水溝だぞ? いくらなんでも無報告で作られるなんて考えられるか?」
下水溝は排水を流す関係上、流れ始める入口が複数あっても出口は少ない。アシュルではその殆どが湾岸近くの港に存在しており、港は公共の場所なのでしっかりと管理されている。
そんな場所に無断で下水道を作ると言うのは、はっきりいって犯罪行為であり、それも重罪だ。
「それじゃあ地図の漏れとか? 道は僕らの目の前に有るんだから、間違ってるのは地図の方だよ」
「これ、一応、最新の地図を貰っている。下水道掃除で掃除漏れが起こる様な地図を渡すもんか?」
書かれた場所を掃除しろと言われている以上、書かれていない場所は掃除しなくとも良い。報酬を出すのは整備隊側なので、確かに地図漏れがあるのはおかしい。
「地図だと、この道に囲まれた空間に新しい道があるみたいだね。どうする? 行ってみる? 迷う事は無いと思うけど」
ただ余計な厄介事が起こらないとも限らない。
「覗く程度はして置くべきじゃあないか? 掃除が終わった後、何かあったかと聞かれた時の言い訳くらいは用意できる」
おかしな道を見つけたが、危険性を感じたのでそのままにして置いたと言った具合にだろう。
「だね。ちょっと行ってみよう」
杖より放つ魔力の火を光源に、地図に無い道を少し進む。
「道自体はしっかりと作られている。自然に出来た物では無いな」
ナイツは下水溝の壁を叩く。頑丈な石造りの壁はただ鈍い反響音を返すのみだ。
「幾つか案を考えてみよう。一つ、ここは不正に作られた下水溝であり、どこかの利用者が無断で作った」
「さっきも言った通り、それは重罪だ。それを無視したところで、この下水溝は定期的に掃除を行っているくらいには人通りがある。そんな場所に無断で下水路を作るか?」
「それじゃあ次、無断で作られた物でなければ公的な物。何か事情があって地図には載せられなかった。例えば一般人に秘密にしているとか」
「外部の者に掃除を頼んでる時点で秘密も何も無いだろう。事実、俺達はこの道を発見している」
「それじゃあ最後、この道は完全な自然物である」
「おいおいこの壁を見ろよ。これが自然に出来るなんて、どんな神秘だ」
確かに壁は明らかな人工物だ。少々作りは古いが、時間に耐える頑強さが見られた。一方で周囲には何故か土の塊が幾つか転がっている。壁の一部が剥がれたのだろうか? その割には材質が違う。いや、良く見れば壁に使われている石も混ざっていた。
「これは……」
石を手に取って観察する。転がる石は、地図に無い下水路を作る材質とは少し違っている様だ。どちらかと言えば、今まで歩いていた下水路に似ている。
と言う事は、今までの道とこの下水路は作られた材質が違う?
「もう一つ案が出来たよ」
「うん?」
クルトと同じく周囲を探っていたナイツがこちらを振り向く。
「道は最初からここにあった。後から下水路が作られた時、その道のすぐ近くを通る形になったんだ。そうして、つい最近、壁が壊れて道が繋がった」
手に持った石と地図に無い道を比べる。転がる石は下水路が作られた石である。一方で材質の違う地図に無い道の壁は、下水路の石よりも古い印象を受けた。
「ちょっと待て、そんな事が有り得るのか? 偶然、下水路と見知らぬ道が交差せずに隣り合った場所で隠されるなんて」
「偶然じゃあ無いと思うよ。だってこの道、明らかに途中で封鎖されたみたいじゃん。下水路を作ってる時に、余計な道が現れたから壁で塞いだんだよ、きっと」
公的に作られる構造物と言うのは、計画的に作られる物である。そこに余計な要素が絡むのは避ける傾向にある。
例えば予期せぬ道に辿り着いた時、そこを良く調べもせずに無い物として扱ったり。
「それはかなり杜撰な計画じゃないか? 実際、壁が壊れて道が出来てしまっている」
「普通は壊れないって。ほら見てよ、内側から外に向けて壁が壊れてる。下水側ならともかく、そんな壊れ方、経年劣化で起こらないんじゃないかなあ」
普通、作った壁が壊れるとしたら、材質が劣化して壁が崩れる形になるだろう。その場合、劣化し易いのは水気が多い下水側だろう。しかしこの壁、隠されていた道の方から壊れている。
「……なあ、つまりそれは中から何か出てきたってことかよ」
塞がれた壁が破壊される理由としては有りそうな理由だ。普通はそもそも壊されない物だが。
「とりあえず、道の奥がどんな物か見てみない事にはなんとも……。案外、一般家屋に繋がっていたりしてね」
「……」
クルトの言葉を沈黙で返すナイツ。その意味はクルトにも分かっている。この道が普通の場所に繋がっている訳が無いのだ。
何故ならこの道、向こう側に下りの階段が見えている。下水溝は普通、地下にある。そして地下より下には一般家屋がある筈が無かった。
「どうする、進む? それとも引き返す? 地図に無い道があったけど、地図の範囲だかの掃除だったから無視したって言っても、言い訳になると思うけど……」
実際、この道があると言う事を、整備隊も知らないはずだ。でなければ、こんな道さっさと塞いでいるはずだろう。
「とりあえず、進める所まで進んでみるってのはどうだ? 分かれ道や行き止まりがあればそこで引き返すって事で」
好奇心猫を殺す。そんな言葉が思い浮かぶ発言だ。勿論、クルトの答えは決まっていた。
「そうだね、その方が面白そうだ」
例え命の危険があろうとも、探求心を押さえられないのが人間である。
ずっと一本道を進んでいる。まっすぐでは無く、所々曲がりくねった道なので、方向感覚は既に狂っているのだが、それでも道が分かれると言った事は無いので、迷わず進んでいると言えるのだろう。
「このままだと時間の感覚も無くってきそうだなあ。少しでも変化あってくれれば良いんだけど」
ただただ前へと繋がる道に、些か飽きが来るクルト。自分が実は厄介な道を進んでいるのでは無いかと言う危機感もある。
「俺達の仕事は下水溝掃除だからなあ。このまま何も変化が無ければ、もう引き返した方が良いのかもしれない」
クルトの言葉に同意するナイツであるが、やはり両者共足を止めない。飽きも危機感も心中に渦巻いては居るが、それでも好奇心が勝っているのだろう。
そうして丁度良い事に、視界に変化が現れた。道の先に広がりがあった。道の先にある広がりと言えば一つ、部屋である。
「クルト、火の魔法を止めてくれ。明かりがある」
部屋には明かりがあった。暗い道を進むための火の魔法は必要無いくらいの光源だ。魔法を使うのにもそろそろ疲れて来ていたので、ありがたく魔力を止める。
「なんだろ、この部屋。あんまり人通りも無さそうなのに、光源なんて……」
部屋に進むクルトの目に映ったのは、道と同じ石造りの部屋だった。ただし、その石の幾つかが光を発していると言う違いがあった。
「緑光石だ。確か、魔力に反応して長時間光を発する性質を持った石……だったと思う」
思い出す様に石の説明をするナイツ。授業で習ったことをそのまま話しているといった具合だ。
石はその名の通り、緑色の薄明かりを発し続けている。
「僕の魔法に反応したのかな? その割には部屋に入る前から光っていた様な」
「緑光石が反応するのは、純粋な魔力のはずだ。火の魔法の様に調整された魔力だと、そうは行かないと聞いている。それに長時間発光すると言っても、長くて一週間程度らしい」
ナイツはその発言の意味を分かっているのだろうか。この部屋につい最近まで、クルト達以外の誰かが居たと言う事である。
「そもそもこの部屋、なんだと思う? 道もここで行き止まり。つまりあの道はこの部屋に行き着くための物な訳だが」
ナイツの興味は部屋その物に移ったようで、あちらこちらにある部屋の装飾品や物品を調べている。
「かなり年代が経った部屋みたいだからね。まさに遺跡だ。マジクト王国の先祖が残した古代の城の一部。それとも、さらに以前にこの土地に住んでいた人々のかも」
壁には魔力によって光る石。そして部屋に転がる様々な道具を見れば、どことなく魔法陣を思わせる記号が埋め込まれている物が多い。つまりマジックアイテムが複数存在していると言う事だ。
「この遺跡、魔法使いの存在が大きく関係しているのはあるだろうね」
「そうだな。少なくとも、魔法知識断絶前の時代に存在していた場所だろう」
聞き慣れない言葉をナイツは口にする。
「魔法……知識断絶? 何それ?」
「あれ……。ああ、そうか、余所の教室じゃあ専門じゃないからあまり教わらないんだったか。内の教室は、古代魔法についての授業が多いから、そっち方面については他の教室よりは知っているつもりだ。魔法知識断絶についてもその関係でね」
古代魔法とは、要するに昔使われていた魔法の事である。魔法の歴史はなかなかに長く、その中には失われてしまったり、必要無いと切り捨てられた知識が多くある。温故知新。そんな無くなってしまった魔法を復活させる物が古代魔法である。
多くは現代魔法より劣った物なのだが、魔力の使い方が独特であったり、意外にも現代で通用する物があったりする。
「古代魔法に置いて、もっとも重要とされるのが魔法知識断絶前の魔法だ。これは一定の年代以上に遡ると、使われていた魔法が急に強力になる時代が存在している事から名付けられた用語だな」
普通、技術と言うのは進歩する物だ。実際、現代使われる魔法は、長い時の中で洗練され強化され続けた物である。だが、魔法知識断絶前の魔法は、現代の物より強力な物が多いらしい。基本的な使用方法は変わっていないはずなのに。
「恐らく、使用者の魔力を増幅するなんらかの知識が断絶してしまったんだ。それが知識断絶時期」
「なんだか怪しい話だけどなあ」
今より昔の物が勝っていたと言うのは良く聞く話だが、その多くは単なる懐古主義や眉唾物だ。
「俺もそう思ったんだが、実際、古代に使われていたらしき魔法を、忠実に再現しようとすると、かなり強力な魔法になる。何故そうなるかはまだ分かって居ないがな」
「じゃあ、なんでこの部屋が知識断絶以前の物だって分かるのさ」
「光源となっている緑光石な。これは現代じゃあ希少品なんだ。元々は知識断絶前にあった加工品だったらしいんだが、やはり製造方法が失われている。部屋の照明用に使われているのは、部屋自体が知識断絶前の物だからだ」
つまりこの部屋は、間違い無く知識断絶前に存在していた部屋であり、遺跡と呼ばれる物なのであろう。
「考えられるのは、その時代から続く王家の建築物が時代が経つについて忘れられてしまった物だろうけど、それがどう言う事を意味しているか分かってる?」
「王家の領土に不法侵入しているって事だろう? 決して軽い罪じゃあ無い」
ナイツの言葉通り、王族、マジクト国であれば、マジクト家の所有領土に許可なく侵犯していると言うのが現在の状況だと考えられ、王族の権威を損なう様な行動は、死罪すらも有り得る。
「僕の考えて居る事が分かる? さっさとここを去るべきなんじゃあないかと思うんだけど……」
好奇心は危機感よりも勝るが、確実に来るだろう厄介事には劣る。ここが王家の領土ならば、長居する事による弊害は必ず存在するはずだ。
「バレるにしてもまだ時間は有るだろう? 去る前に調べて置きたい事柄があるんだ」
「何それ? 騎士団に捕まる事も覚悟した上での発言?」
王家直属の戦闘部隊である騎士団は、王族の命令に忠実に従う。その行動は法律よりも優先されがちであり、捕まれば碌な将来が待っていない。
「部屋にある魔法関係の知識を調達したい。見ろよ、本の様な紙媒体は風化して駄目になっているが、道具に関しては魔法陣が刻まれている。そこから文字が読み取れれば、今後の授業や研究に役立つかも。なにより、古代の魔法道具だ。売ればそれなりの稼ぎになる」
忘れていた。ナイツの目的が、次の授業のための金銭稼ぎだと言う事を。彼の性格を考えれば、授業に出る事が不可能になる状況は絶対に避けるだろうし、そのためには軽い犯罪なら犯す覚悟かもしれない。
「まるで盗人みたいだ……。言って置くけど、僕は無関係だからね」
「ああ、それで良い。俺はちょっと部屋を調べてみる」
そうしてナイツは部屋を探り始める。一方でクルトは、光を放つ石の一部を荷物にならない程度に拾って置く事にした。魔法を光源とするのは、精神的に疲れるのだ。光を放ってくれる物がある以上、それを使いたかった。
「うん? 何か動いた後がある。なんだこれは?」
クルトが部屋で暇そうにしていると、ナイツがそんな言葉を口にした。
「動いた後? そりゃあ遺跡なんだから、昔は色んな物が動いてたんじゃないの?」
「違う、最近動いた後だ。ほらみろ、ここの埃。この部分から部屋を出る道までが払われている」
ナイツが指差す方を見れば、確かに何かが動いた様に埃の跡が出来ていた。
「人通りの無い遺跡で、何かが動いた後……。遺跡泥棒とか?」
「遺跡泥棒は、遺跡に価値のある物を置いたままにしないだろう? 見ろよこのマジックアイテム。明らかに金目の物を残したままだ」
「じゃあ何なのさ」
それ以外に思いついた物があるのなら話すべきだ。きっと悪い想像だから。
「少なくとも外部から来た誰かじゃ無いよな。下水溝の壁は遺跡側から壊されていた。つまり遺跡内部から外に出たと考えられる」
複雑な顔をして埃の跡を見るナイツ。彼の表情を見れば、既にクルト達は厄介な事柄に巻き込まれていると言う事に疑いは無かった。
「それって、封鎖された遺跡から長居時間を経て何かが動き出したって事だよね。何か思い当たる物がありそうだけど、とりあえず言ってみてよ」
ナイツの表情は既に冷や汗を出すくらいに必死さを浮かべていた。きっと、クルトが感じる事ができない危機感を覚えているに違い無い。そう言う物は独り占めするのは止した方が良いだろう。命の危険があるのなら特に。
「強い魔法が使われていた時期、生物とゴーレムの合いの子が作られていたと言う話は聞いた事があるか? 召使いや奴隷代わりの物だったらしいが、複雑な上に規模の大きな魔法が必要なんで、今はあまり作られていない。技術自体はゴーレム作成や魔法生物関係の研究に受け継がれているらしいが……」
そして、それが遺跡の内部から動いた物だと言いたいのだろう。
「それって、どう言う物なの?」
「普段は石の様に代謝を止めて動かないが、一旦なんらかのアクションがあれば、命令通りの動き始める。人間に比較的従順な生物を魔法により無機物と融合させた個体……。確か名前は……ガーゴイル」
ガーゴイル。どうにも物々しい名前だとクルトは感じてしまった。




