魔法使いの戦い方(5)
クルトは一日中眠っていたわけでは無いものの、それに近い時間をベッドの上で過ごすこととなった。
起きた後やることも無いので、体の怠さが取れるまでと横になっていたら、そのまま一日が過ぎてしまったのだ。
その間に、他の仲間達がハイマウント奇襲任務の報告書を製作してしまったのだから、なおさらやる事が無くなる。
久しぶりのだらけた一日。それが過ぎた後は、すぐに帰国の命令が司令官より下された。
「来た時とは雰囲気が大分違っていると言うか、長い一月でしたよ」
既にハマツ残留組の支援団一行は、スリーアイランド港への帰路についていた。
その道中、クルトはヘリスラー教師と世間話を続けながら歩いている。
「国の雰囲気なんてものは、そう簡単に変わらんさ。変わったとするのなら、感じ手側だろうなあ」
ヘリスラー教師の返答に、クルトは確かにそうかと頷く。
変わったのはクルトの方だ。本来、平穏に生きていたのなら経験しなかったことを、この地で多く体験した。リブクインという国の見方が変わるのも当たり前だろう。それを成長とは呼びたくなかったが。
「本当にいろいろありました。今回のこと……無駄にならなければ良いんですけど」
クルトはハマツの町がある方を少しだけ振り返る。様々な苦労や失った物があった。それらがせめて有効な物となってくれれば良いとクルトは考えている。
「恐らく、リブクインは戦争に勝つだろう。それが早いか遅いかの違いがあるが、私達がやったことも一助にはなっているさ。それより、私達はこれからのことを考えた方が良い」
皮肉気にヘリスラー教師が笑う。
「これから……ですか? マジクト国に帰った後は、前にも言った通り、死んだナイツの実家に向かうつもりなんですが」
それはもうクルトの中では決定事項である。行ってどうとなるものでは無いだろうが、彼の死を看取った人間として、彼の親に対して報告義務があると思ったのだ。
「まあ、それもこれからと言えるかもしれんが、もっと後の話だよ」
「後……ですか?」
「命懸けで戦って、まあなんとか戦果も残せたんだ。マジクト国にとってはそれ程の利益にはならんだろうが、我々にとってはそれなりなものとなる」
「僕らにとって?」
支援団の活躍は、リブクインでの戦争がマジクト国に直接関係が無い様に、マジクト国に直接的な利益を齎さない。それ自体はクルトも知っている。だからこそ、それが問題となって、クルト達に帰還命令が出たのだろう。
しかし、クルト達にとってはどういう意味を持つのか。クルトは少し考えてみることにした。
「国の命令に従い、そこで成果を出し、だというのに国の方では派兵が失敗だったと帰還させている………。そうか、国に対して貸しができるんですね?」
時々、国はそこに住む国民に対して厄介な頼みごとをする。いくらでも強制力があるその頼みであるが、それを行った後、国が想定している結果以外の物になった場合、国民側が国に対して貸しを作ることになる。
今回の場合、支援団の存在自体がマジクト国の利益にならないという想定外の結果があり、さらに想定外の戦果まで引き連れている。
こういった貸しが出来た場合、当然ながら国民側は、国に対して借りを返せと要求できる様になる。出た被害を賠償しろ。頭を下げて謝れ。お前の地位を簒奪する。対価を寄越せ。それらはすべて貸しの返却を要求したものだ。
そうでなければ、強大な国家に対して、一国民が文句など言えるものか。
「私達に対して国が借りている物は、やり様によってはなかなか大きな物になると思う。他国での戦果とはそういう物だろう? もしかしたら、名誉騎士位でも貰えるかもしれんな」
国が何らかの返済をする場合、手っ取り早い方法として、形の無い名誉や地位を与えることが多々ある。ヘリスラー教師が語る名誉騎士位とはその一つであり、王立騎士団の騎士とは少し違った意味合いを持つ。
具体的な権力は無いものの、国が騎士位を与えたとして、一個人を認める行為なのである。王立騎士団員とは違い、具体的な力は無いが、あやふやな権威が得られる。さらに言えば、姓を与えられるため、一応の貴族にもなる。名誉騎士位とは、一般人が貴族の仲間入りをするための称号だと言えるし、実際、そこから領土統治を任されて、正式な貴族となった者も少なからず存在していた。
ただ、貰えればそれだけで良いという物でも無い。
「こういった戦争事で騎士位を貰うのはちょっと嫌ですね。できれば、魔法研究に関わる物が良い」
権威とはそれを得た背景こそが重要なのだ。魔法使いのクルトにとって、魔法研究以外のことで得た権威は、それほど有用な物では無い。他人からの尊敬だけでは魔法研究は進まぬのである。
「確かに。この戦いで得た権威を使って、教室に回される予算の増額を。などと言う要求は、少し難しいな」
できぬことは無いだろうが、そういったことを繰り返していると反感を呼ぶ。そうなれば、得た権威など何の意味も無くなるだろう。権威とは尊敬に近い物なのだから。
「考え様ですよね。どういった形で国に貸しを返させるか。マジクト国に着くまでに、ちょっと考えて置くことにします」
簡単には返させないともクルトは考えている。今回の戦いでの貸しと言うことは、すなわち、友人の死の価値にまで関わって来るのだから。
スガル・マジクトは自身の執務室にて、リブクイン国へと赴いた支援団が帰還を始めているという報を、秘書より聞いていた。
「幾つか船を分けての帰還らしく、今回はその第一陣ですね。既に得た情報によると、向こうのスリーアイランド港にて待機していた者達のさらに一部だそうです」
報告をする秘書は、妙齢の女性であり、かなり美しい。名前はなんと言ったか、次期王ともなると、秘書に当たる人間が何人どころか何十人もいるため、中々覚えられない。
(惜しいな。覚えていたのなら口説いているところなんだが)
そんなことを考えるスガルであるが、秘書の報告自体は聞き逃さない。質の違う思考方法を同時に行えることこそ、王たる者の資格では無いかと、スガルは勝手に考えている。
「どうにもリブクイン側で足止めが起こっていた様ですね。支援団自体も一部が分断されていたとか」
スガルの考えも知らずに、女秘書は説明を続けている。ただ説明の途中で質問したいことができたので、このまま続けられると困ると、スガルは口を挟んだ。
「その第一陣に、俺が探すように指定した人間はいたか?」
支援団についてもっとも気になることと言えば、スガルが個人的に送り込んだ人材である。
スガルは支援団にできるだけ被害を出さずに時間を稼げという任務を、ある魔法使いと、騎士団員に頼んでいた。結果がどうであるかはもう既に知っている。支援団は殆ど被害らしき被害を出さずに、マジクトへと帰還できているのである。
任務を達成できた者には何かしらの見返りを。王がそれをできなくては、国を治めるなど不可能だ。
「いえ、まだです。どうにも、分断された支援団の方に所属していたらしく、帰還は他より遅れるでしょうね」
「まあいい。無事であるなら、幾らでも待つさ」
少々気になることであるものの、貴族議会で支援団の帰還についての議決を終えた以上、まさか帰ってこないと言うこともあるまい。
「それが……まだ確かな情報では無いのですが、分断された支援団では死人が出たとの話が」
秘書が少し顔を落とす。悪いことを伝える時は、そんな気分にもなるだろう。ただ、気分だけで済んでいる分、この場にいる者はまだマシであるはず。
「葬儀の準備をしておけ。できるだけ盛大にな。もしかしたらそんな死人いないかも、なんてことは考えるなよ。予想は悪い方へと動くもんだ」
最悪なのは、送り込んだ人間がその死人であることだ。もしそうであれば、スガルは私事で人を殺したことになる。
(まあ、そんなことは初めてでは無いがな)
政治を初めてかなりの年月が経つ。生まれた瞬間から、この世界で生きて行くことを義務付けられた身だ。他人を蹴落とし、無為に殺すなどと言うことは多々ある。いまさらそれを悔いる精神なんてものは無い。
「できるだけ、帰還した支援団から直接情報を集めろ。リブクインの状況をもっとも知っているのは彼らだろうからな。そうだ、支援団に参加している騎士団員を謁見に寄越すと良い。情報収集と王族からの礼を同時に行える」
スガルは今後についてのことを決めて行く。これからは忙しくなるだろう。物事と言うのは、始めと途中よりも、その始末に一番労力を必要とするのだ。
「ではその様に。それと、この後のご予定ですが、昼食の後、ヒレイ・マヨサ様との会談が入っております」
「ああ。覚えている。そうだな。昼食は軽めの物にしておいて、ヒレイ老に会談を早めに行う様にも伝えて置いてくれないか? 少し話が長くなりそうだ」
この時期にヒレイ・マヨサとの会談と言うことは、つまり支援団の処遇についてだろう。支援団帰還の決議について、主に動いたのはスガルとヒレイだった。なので、支援団を今後どうするかについては、自分達が決めて行く責任が生まれているのだ。
勿論、それに付随して、支援団の今後やリブクインとの交渉を左右できる新たな権力を得ている。責任と権力は表裏一体だ。
(ああ、それと。例の計画についてか。まだ先の長い話だが、どうしたものか………)
問題はいくらでもある。だと言うのに解決する展望が殆ど見えないのは、政治の嫌なところだとスガルは考えていた。
船が波に揺れながら、マジクト国への海路を進む。リブクインへと出発した支援団。その最後の団員が帰る船だった。
クルトはその船の縁から、海を見ていた。陸からは遠く、青い空と青い海が合わさって境界が無くなる。そんな来た時と同じ海の風景は、本当は何も無かったのではないかとクルトに思わせる。
(だけど、色んなことがあったんだ。変わったことも同じくらいにある………)
見える景色だって、同じものでは無いだろう。変わらない物と言えば、やはり船の上が嫌いだと言うクルトの好みだ。
(船に乗ると嫌なことしか無い。そんな印象を持っちゃったんだよなあ)
行きの船では、確かに嫌なことがあった。その船が向かう先で、クルトは大切な友人を失ったのだから。
「帰りの船では、嫌なことが無ければ良いけど………」
気分は正直悪い。船酔いと言うわけでなく、船から見える景色は、これまでのことを否応無く思い出させるからだ。
「僕は……どうすれば良かった? 何ができたんだろう」
クルトはリブクインへと来たことを、今さらながら悔いている。結局、自分ができたことなど何もない。役にも立てないのだとすれば、自分はいったい何のためいるのだろうか。
「おい、海なんか睨んで何をするつもりだ」
行きの船と同じく、背後から話し掛けられる。違うのは、話し掛けて来た相手がヘリスラー教師で無くイリスだったと言う点か。
「何もしませんよ。自分の無力さに嫌気が差してるところですから」
クルトはイリスへ振り返る。
「センチな気分は仕事を終わらせてからにしろ」
イリスはクルトを睨みながら。そんなことを言ってくる。いったい何の仕事が残っているのだと言うのだ。
「仕事って、僕らの仕事は終わりましたよ。支援団の多くは、無事、マジクト国へ帰ることになりました。後は、死んでしまった友人を弔うくらいで―――」
「報告を終えるまでが仕事だ。マジクト国に帰還した後は、まずスガル様とマヨサ家の当主に会わねばならない」
その二人こそが、そもそもの原因である。支援団への参加なんて、普通なら断ることだと言うのに、参加せざるを得ない状況にクルト追い込み、リブクインへと送り込んだ。
「あの二人にもう一度会うわけですか。なんでしょうね、一言言ってやりたくて仕方無いんですが」
文句ならいくらでもある。相手がマジクト国有数の権力者だとしても気にするものか。様々な元凶は彼らに―――
「あ、でも………」
途中でクルトは気が付いてしまった。自分の無力に。
「おい、どうした」
突然気が抜けた表情になるクルトを訝しんで、イリスが尋ねてくる。
「僕が居ても居なくても、結局あいつは………」
クルトは、支援団の参加を希望していたナイツを思い出す。彼はクルトが支援団に参加せずとも、リブクインに向かっていただろう。
そうして、あの土地で無謀な作戦に挑んでいたかもしれない。ハマツで敵軍と戦うと言う任務に自ら志願した彼だ。クルトがいなくても、彼はより危険な選択肢を選んでいたはずだ。
「何を言っているんだ? 船酔いか?」
落ち込むクルトだが、イリスから見れば、突然様子がおかしくなったとしか見えないのだろう。露骨に心配して来る。
「いえ、ただ、どうやったってこんな結末が待っていたかと思うと、僕がここにいる意味ってなんなんでしょうね?」
ハマツでは、どうにか良い方向に向かおうと四苦八苦していたが、それらもすべて無駄だったのだろうか。いったい、どうすればクルトは流れを変えることができたのだろう。
「何かを後悔している様子だが、考えたって仕方の無いことを考えているんじゃないだろうな」
「かもしれません。大きな流れがあって、僕はその流れに翻弄される一人でしかないことが、漸く分かったと言うか………」
そう言えば、前にもこんなことを話した気がする。何時だっただろうか。確か、リブクインに向けての船に乗っていた時。ヘリスラー教師と話した覚えがある。
「何のことなのかがさっぱりわからんが、流れだどうだは、我々が考えることじゃああるまい」
「僕らが考えなくて、誰が考えるって言うんですか。リブクインのことは、僕らこそが当事者であって―――」
「ああ、もう! 難しい話はわからんと言っているだろう! 世の中の流れなんぞ、もっと偉い人間が考えるもんだ!」
「もっと……偉い?」
勢いに任せた言葉だったのだろうが、クルトの心に響く物があった。
「今回、私達をリブクインへ送り込んだのは王族と貴族の意思であるし、支援団の結成は議会の決議によるものだ。ほらみろ、何かを決めるのはもっと偉い奴らであって、我々は自分が生き残るためにだな―――」
怒鳴り続けるイリスの声は聞こえなくなる。声量が少なくなったわけでは無く、クルトが思考の中へと潜って行ったからだ。
(もし、本当に流れを変えたければ、もっと偉く……そう、権力が必要になる。政治に関わり、余所の国の戦争に首を突っ込むなんてことを止めるには、もっと偉くなるしか無いんだ)
ナイツの死を防ぐ方法があったとすれば、根本から方針を変える必要があったのだ。今さら気が付いても遅く、前から分かっていたとしても、どうしようも無かったかもしれない。だが、ある種の答えを得たクルトは、まるで目の前に道が広がった様な気がした。
(僕は今、マジクト国に対して貸しがある。その貸しをどう使うか。それが問題だ)
いったい自分が進む先に、何が待っているかは分からない。だが、どうやらクルトの戦いは、まだ終わってはいない様だった。




