魔法使いの失い方(3)
サンポ大森林内部を歩くクルト。今度は一日だけの哨戒では無く、森を抜け、フィルゴ帝国本軍を偵察するのが目的だ。
隣にはもう一人、同じ任務についている者もいる。ナイツだった。
「騎士団員が一緒じゃないっていうのは、なんだか不安だよな、クルト」
「けど、騎士団員の人達には休める時に休んでいて欲しいんだよねえ」
偵察任務はクルトとナイツの魔法大学生二人だけで行うことになった。
こういったことに慣れた騎士団員を連れて行かないのは、危険ではないかという意見があったものの、それよりも偵察任務の後に来るであろうもっと危険な任務に備えてほしいというクルトの意見が勝った結果、任務の提案者であるクルトと、まだ五体満足で動けるナイツが、偵察任務を行うこととなったのである。
「何度か哨戒任務をするうちに、こういう風に森を進めば相手にバレないんじゃないかっていう感じ? まあそういうのはわかる様になってきたから、なんとかできるとは思うんだけど………」
あくまでなんとなくそう思っているだけで、敵兵にすぐ見つかってしまう可能性だってある。クルトは完全に不安を拭うことは不可能だと考えていた。
背負う荷物が重いのもあり、また森自体の湿った空気にも重力を感じて、気分が落ち込みそうになる。
「フィルゴ帝国本軍を足止めするための情報収集が目的なんだよな? 時間稼ぎのために森をうろつくだけってのは無理なのか?」
クルトはこの偵察任務を、支援団が危険な任務を行う前の時間稼ぎとして提案した。本来の目的はフィルゴ帝国軍の足止めであり、それを実際に行うとなれば支援団の力では不可能だ。だからその前に偵察と称して数日かかる比較的安全な任務を行うことにしたのである。
参加する者もクルトとナイツだけ。後のメンバーは、まあ数日の間は安全というわけだ。
「実際に偵察をせず、時間だけ稼ぐっていうのも考えたには考えたんだけど、なんだかバレそうだし、そうでなくても何も敵軍の情報を得ないままでいれば、結局危険な任務をしなきゃならなくなるでしょ? フィルゴ帝国軍の情報を少しでも欲しいって考えたのは事実なんだ」
敵軍について、何か新たな情報を得られれば、状況を打開できるかもしれない。そういう望みもあって、偵察任務を行っている。
「フィルゴ帝国本軍がいる場所ってことは、確か、ハイマウントとかいう土地だったか?」
「リブクインの主要都市の一つがあったらしいけど、そのすぐ近くにフィルゴ帝国軍をリブクインは招き入れたわけだね。そして真っ先にフィルゴ帝国軍に侵攻された。今ではフィルゴ帝国の拠点に成り代わっている」
元は大きな町だったからこそ、今でもフィルゴ帝国がそこに陣取ることができている。ただ、長引く戦争のせいで補給関係には限界が来ているだろう。フィルゴ帝国軍が町の整備を行い続けているとも思えない。現在はどうなっているかは想像もできなかった。
「町まで侵入するつもりか?」
「いや、あくまで森から覗ける部分だけを偵察するつもり。地理上は、ある程度の範囲を観察できると思うけど……」
クルトは手に持った地図を見る。リブクイン国の大半の土地はサンポ大森林に覆われているので、木々に身を隠しながら、様々な場所を偵察できる。
「森の中を歩くだけで、町からかなり近くの場所まで行ける。とりあえずの目的地はそこだね」
距離はかなりある。その行程に必要な荷物も重い。敵兵がいなかったとしても、辛い任務になりそうだった。
一方、ハマツに残っている支援団の一人、イリス・ウォーカーはハマツの町を歩きながら、周囲の空気が浮足立っているのを肌で感じていた。
(敵軍に挟まれたというのは、確かに厄介な状況だろうが……こうなるものだろうか?)
あちこちで兵士達が慌ただしく動いているものの、どうにも統一感が無く、無駄な労力を使っている様にしか思えない。
イリス自身は現在、やることも無く暇なので、どこか他人事の様な目線でその光景を見ていた。
「怪我さえなければ、訓練で剣でも振るんだが………」
まだ少し痛む腕を見る。矢で貫かれた腕だが、どうとも無さそうである。完治と言うのならまだまだ時間は掛かるだろうが、使える様になるには数日と掛かるまい。
(腕が使える様になる頃に、丁度フィルゴ帝国軍を足止めする任務を行うわけか)
ハマツに残っている支援団全員が任務を遂行する予定であるものの、大軍相手の戦力にはならない。そこで全滅する可能性がある。
「いかんいかん。弱気は天敵だ」
暗い方向に進みがちな思考を、どうにか止める。今、何かするわけでも無く、しかし先には必ず厄介なことが待っている。そういう状況になると、つい暗いことばかりを考えてしまう。
(こうやって町中を歩いているのも、そんな気分を紛らわすためなんだが………)
まったく紛れない。刻一刻と死刑宣告のカウントダウンがされているかの様な気分がずっと続いている。
こうなっては、訓練ができない体が悔やまれる。どんな状況だろうと、体さえ動かせれば気分が晴れるのが人間だと言うのに。
「しかしなあ……やはり人の動きがおかしい」
目に映るのは、ハマツの兵士達の動きだった。かなりの人員があちこちを動き回っているというのに、何か建設的なことをしている様には思えない。気になったイリスは、近くの兵士に聞いてみた。
「おい。そんなに慌てて何をしているんだ」
「なんだあんた。こっちは忙しいんだよ! 上の命令も下の頼みもてんでバラバラで、何するべきか分かったもんじゃないんだ!」
そう言い残して兵士はすぐに去った。これは生意気な態度の兵士に怒るべきか、それとも、兵士を言葉を信じるべきか。
「何をして良いかわからないか……それは私と同じだが、確か命令も頼みもバラバラだとか………。指揮系統がおかしくなっているのか?」
指揮と言えば、このハマツではホユニ司令官が頂点だ。そこに何かあったのかもしれぬと、イリスは司令官室に向かうことにした。
着いた司令官室の前。相も変わらず扉の前で立ち続ける見張りの兵であるが、どうにも奥から怒鳴り声が聞こえて来る。
「何かあったのか?」
用も無く司令官室に入るわけにも行かないので、とりあえずイリスは立つ兵士に事情を聞いてみることにした。
「はあ……どうにも司令官殿とその秘書官であるヴァイズ殿が会議中でして」
「会議中? 喧嘩の様にも聞こえるが………」
困惑しているのは見張りの兵士も同じであった様だ。彼も命令でここに立っている以上、中の様子を覗くこともできないのだろう。
そうこうしている内に扉が開き、中から男が飛び出してきた。これが秘書官のヴァイズと言う男だろうか。
「うん? なんだお前は……まあ良い。失礼する」
扉近くに立っていたイリスの顔を見て訝しむ表情をした男であるが、それよりも怒りが勝っているのか、力が無駄に籠った足取りでその場を去って行った。
「い、いったい何なのだ?」
さらに困惑するイリスだった。怒鳴り声はもう聞こえないが、謎は増えるばかりである。
「ところで、司令官殿に何か用なのですかな?」
ずっと扉の前に立っていたせいか、兵士に尋ねられるイリス。
「用というのは特に無いが……質問程度で会っても良いものなのかな?」
「さすがにそういうことで会うと言うのは………」
「やはりか」
謎を解くには本人に聞くのが一番だと思ったのだが、そうもできない様子。あの生意気な魔法使いであれば、これだけの情報で色々と推察できたりするのだろうか。
「ちょっと気になることがあってここに来たが、会えないのならば仕様があるまい。私も失礼させてもらおう」
イリスがその場を去ろうとした時、司令官室の扉がもう一度開いた。中から現れたのはホユニ司令官である。
「あら……あなたはマジクト国から来た支援団の」
先程の男とは違い、肩を落とした様子のホユニ司令官であるが、扉を開けた先にいたイリスを見つけ、声を掛けて来た。
「はい。支援団のイリス・ウォーカーです」
丁度良いところで彼女と出会えた。幸運だろうかと考えるイリスだが、まだ質問をできたわけでは無いので、喜ぶのは後にする。
「そう。丁度良かったですわ。少し、話をしませんか?」
仕事の話では無く、私用に近い。そんな口調での誘いであった。断る理由も無いイリスは只々頷く。
「構いませんが……ここでですか?」
「少し離れた場所に良い見晴らしのテラスがありますの。そちらで」
ホユニ司令官に言われるがまま案内されるイリス。一体どの様な話だと言うのだろうか。
「謝罪……ですか?」
ホユニ司令官に案内されたテラスにて、イリスは彼女に頭を下げられた。申し訳ないと口にする彼女であるが、イリスへの話とはその言葉だった様だ。
「ええ。支援団の皆様には、もしかしたら不義理な命令を与えなければなりません。いえ、まだ決まったことでは無いのですが、どうにも秘書のヴァイズが良からぬことを考えている様で」
「はあ……どういうことでしょうか?」
彼女の言葉の意味を読み取れないイリス。話と言うのは率直であることが好ましいのだ。主語を隠しての話をイリスは理解できない。
「先日、クルトさんという魔法使いが提案してきた内容について、勿論イリスさんもご存知ですわよね?」
「それは勿論。フィルゴ帝国軍の足止め。確かに承っています」
本当にできるかどうかは怪しいものの、現在、クルトともう一人の魔法使いが事前準備として、フィルゴ帝国本軍が存在するハイマウントという町へ偵察に向かっている。任務を遂行中ということだ。
「その件で、秘書官がどうにも……その…約束を反故にする様なことを私に提案してきたのです」
「というと?」
嫌な話であることを理解したイリス。ただ、どれだけ嫌だとしても、聞き逃せない内容である。
「フィルゴ帝国本軍の足止めをして、その内の北方のフィルゴ帝国軍を叩くなどというややこしい方法では無く、スリーアイランド港から戦力を出兵させる形で対処した方が確実だと………」
ホユニ司令官が話すその意味を、イリスは知っていた。昨日、クルトが説明した話だろう。
スリーアイランド港からの兵士で北方に現れたフィルゴ帝国軍を叩く。その呼び水として、支援団を犠牲にするという奴である。
「ちょっと待ってください。我々は既に与えられた任務を実行中です。それを止めろと?」
「ヴァイズはそう話していました。そしてあなた方には帰国命令を出すと………」
「この状況でそれは無理な話ですが」
帰り道に敵軍がいる状況で帰れなどと言われても困る。ただ、ヴァイズという男はそれが狙いなのだろう。
「わたくしも、一旦出した命令を撤回して、さらに危険な行為を求めるというのはあまりの話であると思いますの。ですから、なんとか現状のままに留めているのですが」
「ヴァイズという秘書官が無理にでも進めようとしていると」
これでハマツの兵士達が浮足立っている理由がわかった。
北方のフィルゴ帝国軍に対してどう動くか。ホユニ司令官とその秘書官の間で意見が食い違い、それが全体の混乱を読んでいるのだ。
「私としては、ホユニ司令官。あなたの意思を尊重するとしか言えません。現状、支援団はあなたの指揮下にある」
正直な話、ヴァイズ秘書官が狙う状況にはなって欲しくない。どう考えても支援団を特攻させるつもりなのだ。そんなことはイリスだって御免こうむる。
「どうにかヴァイズの提案を止めています。最終決定権もわたくしにありますし……。ですが、ハマツの兵士達を実際にまとめているのはヴァイズです。その言葉を無視するわけにはいきません」
非常に心細い返答だ。というか、ホユニ司令官という人物自体がか弱い印象をイリスは受ける。
マジクト国王立騎士団の団員として体を鍛え続けているイリスとは正反対に、体の線が細く、今にも折れてしまいそうな弱弱しさを見た目にも精神的にも感じるホユニ司令官。言って見れば女性らしさを感じる。それが少々悔しくもある。
ただ、お互いが国家に属する軍に関わる立場だという共通点があり、それがなんともおかしく感じた。しかも彼女はイリスよりもっと立場が上の存在なのだ。
(強くあって貰わねば困る。支援団にとっても、彼女自身にとっても)
軍とは戦うための組織だ。それも非常に直接的な方法で。だからこそ、そこに属する人間は、実際がどうであれ心身ともに強くなければならないという決まりがある。文章や命令によっての決まりでは無い。そういう組織であるという前提が存在している。だから軍というのは成り立つのだ。
「あなたの意思ですべてが決まります。私は本国でも命令をする立場でしかありませんが、だからこそ上に立つ者に意思を曲げて欲しくありません。無礼な話かもしれませんが、下にいる者は上に立つ者を支えにしているのです。支えがぐら付けば、不安を感じてしまう」
自分にとっての本音をイリスは話す。ホユニ司令官とは最近会ったばかりであり、こういう風に話した機会は無い。ただ、戦場に立つ女性同士という立場が、どうにも彼女に肩入れしたくなる雰囲気を作りだしていた。
「不安……ですか。そうですわね。わたくしが不安を感じているのだとすれば、わたくしの命令で動く者はもっと大きな不安を覚えているのでしょうね」
「強くあってください。自分の本質を変えろという話ではありません。外面を偽るだけでも、強くあることはできます」
強さとはフリから始まるとイリスは思う。イリス自身だってそうだ。騎士団員になる前は、どこにでもいる平民だったのだ。
平民の娘らしく、家の手伝いをして、何時かはどこかの家に嫁ぐのだろうと、イリス自身も思っていた。
ただ、女性でも試験さえ合格すれば騎士団員になれるという話を聞き、どうしてだかそれに夢を持つ様になった。
勿論、親に反対された。というか、当時交友関係を持つ者すべてが反対した。当たり前の話だ。王立騎士団の歴史の中で、女性騎士は数える程しかいない。そういう社会に飛び込むのである。試験の難しさ以前の問題として、正しい選択とは思えない。
ただ、イリスはそれでも夢を捨てられなかった。自分自身でも間違っていると思う選択肢を選び続けた。それはすべてフリから始まっている。
安定した職を得たいというフリ。男相手でもやり合って見せるというフリ。自分が騎士団員であるというフリ。そのすべてのフリが、今のイリスを作り上げていた。
ホユニ司令官が自分と同じく軍に関わる者なのだとすれば、イリスと同じ様にフリを続けて欲しいと願う。例えお飾りの立場だろうと、司令官のフリを続けて欲しいと。
「………わかりましたわ。もう一度、ヴァイズと話し合って見ます。実を言えば、先程もわたくしがヴァイズの意見に反対し続けていたせいで、彼を随分と苛立たせたみたいですの」
微笑むホユニ司令官。その笑みを見て、彼女は思ったより強いのかもしれないとイリスは思い直した。イリスはそんな彼女の強さを後押ししただけ。そんな風に思えたのだ。
こうして話の本題が終わり、その後は世間話に近い会話をイリス達は続けた。暇を持て余していたので、好都合と言えば好都合である。
そんな話が続く中、心の中イリスは胸を撫で下ろしていた。
(これで、とりあえず支援団がフィルゴ帝国軍に特攻する様な事態は避けたぞ。次はどうするんだクルト)
イリスがやったのは現状を維持することだけだった。それ以上のことを思い付く程、イリスの頭は良く無い。
その代わり、あの魔法使いの少年を頼りにするというのは、非常に嫌な気分ではあった。
森を歩き続けて2日程で、クルト達はフィルゴ帝国が本拠地を置いている側の端までやってきていた。
とりあえずは敵兵にも発見されずに進んでいるので、順調な行程だとは言える。
「フィルゴ帝国側は森林の哨戒をしていないのか?」
順調であればあるほど、何かしらの落とし穴があるのでは無いかと、ナイツは不安に感じている様だ。
「森へ兵士を送るっていうのは、ずっとしてきたわけでしょ? それが哨戒も兼ねていたのかもしれない」
「そして森の向こう側に兵士を一定数送ったから、こっちは手薄になっているってことか?」
「だからかもしれないってだけ。もしかしたら僕らの運が良かったってだけかもしれないしね」
気を抜ける状況はまだ訪れない。ここは敵陣近くなのだから当たり前だ。
「で、そんな幸運な俺達だが、何か有益な状況は見つかったか?」
「望遠鏡で町を眺めているだけで、そんなのが見つかったら確かに幸運だろうねえ」
現在、森の中でもある程度高台に位置する場所で、クルト達はハイマウントの町並みを眺めていた。
望遠鏡で覗ける範囲は限られていたが、見ればあちこちが廃墟になっている。かつて人が住んでいたであろう痕跡が、時間と共に無くなりつつある。そんな風景だ。
ただ、その様な町並みの中で、ある一角だけはまだ人の気配を感じさせる場所がある。地図で見れば町の中心地に位置する場所だ。
「あの周辺に、フィルゴ帝国軍の拠点があるとはわかるんだが、くそ、ここからじゃあ内部が良く見えない」
望遠鏡で覗ける町並みは、あくまで外観のみだ。偶に敵兵が見える時もあったが、何かしらがわかるわけでは無い。
「なあ、もう少し近づけないもんか? そりゃあここからだと見晴らしは良いが、詳しいことは何もわからない」
森の端とは言っても、まだ完全に町側へ抜けるには距離がある。これ以上近づくのは危険という判断でこの場所で偵察を続けるが、何も得る物が無ければ、危険を冒してでも近づく必要があった。
「とりあえず分かることは、ハイマウントの町にフィルゴ帝国本軍がいるってことと、長期戦の準備をしているってことだね」
「前者はともかく、後者はどうしてわかるんだ?」
「農具を持って歩いている敵兵がいた。まさか武器の代わりにするつもりじゃあ無いだろうし、多分、あの町を自給自足できる拠点に改造するつもりなんだ」
元農家の息子なので、そういう知識が少しはあった。敵兵が農作業をしている姿を思い浮かべると、少し可笑しい。
「あの中心地近くに、畑でも作ってるってことか」
「もしかしたら家畜も飼育しているかもね。わかることと推測できることと言えば、その程度」
面白い情報だとは思うが、またもう少し色々と調査したい。
「農作業に兵士を使ってるってことは、実際に動かせる戦力は少ないのかも……。長期戦を覚悟してるとなると、ハマツ北方の軍はあくまで見せ札かな?」
「そうやって挟撃の危険性を見せることで、ハイマウントの方を攻められない様にするつもりってことか?」
あくまで予想でしか無いが、敵軍の状況を推測するクルト達。
「あの町にいる兵士だけで、リブクインに勝てる戦力はいないのかもね。フィルゴ帝国は短期決戦なんて早々に諦めていて、本国からの増援が来るまで、ずっとここで籠城する予定で、あの手この手で長期戦に持ち込もうとしているってところ」
恐らくはそれが正解だろう。しかし確証が無い。クルト達の予想が大外れする可能性が低くはないはずだ。
「やっぱりさらに近づいてみるか」
「……安全圏は僕らがいるここまでだとして、一歩踏み出せば敵兵が潜んでいるのかもしれないよ?」
やらなければならないのはクルトだってわかっているが、学生二人が危険な場所に飛び込んで、生きて帰れるだろうかと不安は感じてしまう。
「覚悟しようぜ。今ここで何も得られなければ、それこそ俺達はフィルゴ帝国軍を正面から足止めなんていう危険な任務をしなきゃならなくなるだろう?」
もっともな話だ。正攻法では達成が絶望的だからこそ、偵察という絡め手から始めているのだ。それすらも尻込みしていては、どうしようもない。
「わかった。進もう。あ、そうだ、その前に一応確認しておきたいことがあるんだけど」
「何だ?」
こういう場所では必要なことだったのだが、どうにも確認し難いことであった。
「致死性の魔法を、人に撃った経験ってある?」
クルトは既に慣れてしまったが、ナイツはどうだろうか。もし敵兵と遭遇すれば、魔法を使って撃退する必要がある。結果、人を殺めてしまう可能性は十分にあった。
その時、何の経験も無ければ、ナイツは以前のクルトの様に戦意を失う可能性がある。
「最初の方の哨戒任務でな………」
ナイツは言葉を続けない。クルトと同様の経験をしたと言うことである。
「今度ももしかたらそれをしなきゃならない可能性がある。その覚悟は?」
「……初めての経験だって言うのに、どこか冷静な自分がいたよ。考えてみれば、初めてじゃ無かったんだな」
ナイツは一瞬だが遠い目をする。その目の先には、前にとある化け物を倒した時のことが浮かんでいるのかもしれない。元人間の化け物を倒した時の記憶。
その記憶に悩まされ続けたナイツであるからこそ、危険な状況でも戦えるのかもしれない。彼は自分よりもよっぽど人殺しについて悩んできたのだから。
「ごめん。嫌なことを聞いた」
「別に良いさ。必要なことだったんだろう?」
できれば人なんて殺したくない。しかし、ここは戦地である。普段の道徳が通用し難い場所だ。
「……進もうか。できれば敵兵に遭わない様に注意して」
「できることと言えばそれくらいだらなあ」
逆に自分達が敵に襲われて命を落とす可能性だってある。そんな場所であることを知りながら、それでもクルト達は前に進むことにしたのだ。




