魔法使いの働き方(1)
魔法大学構内にはいつも人が居る。朝は若い生徒が走り回り、昼は授業や訓練で皆が慌ただしい。夜になれば教師の時間。煩わしい授業や生徒の面倒から解放され、自らの趣味や研究に没頭する。
特に人が多いのは食堂だ。人は食無しには生きて行けず、格安で注文できる料理は、味はともかく腹を十分に満たしてくれる物だ。
専ら利用しているのは金銭工面にいつも苦労している生徒達。まだまだ魔法使いとしての技能は低く、一方で授業や研究に必要な道具は買い集めなければならない。そんな生徒達にとって、この食堂の食事は命の助けと言っても過言では無かった。
そして大学が一番忙しい時間帯である昼過ぎにも、金に困った生徒達が食堂を占拠していた。クルトの友人、ナイツもその一人である。
「本当に大変だ。次の授業、古典魔法の有効性についてなんだが、必要テキストを購入する資金が無い」
食堂は昼食時間をやや過ぎており、人は少なめになって来ているが、それでもまだ人が多い。
そんな中、クルトが食事をする席の目の前。同じく食事をしているナイツが頭を抱えている。
彼の悩みは学生に有りがちな自身の財産面についての話だ。祖国から個人の力で魔法大学に入学したナイツは万年金欠である。故郷からの仕送りも無く、かといって大学内のコネも無い。
今も食費すら削っているのだろう、彼の食事は残り物ランチと呼ばれる、金額に対する摂取カロリーが最も効率が良いと生徒間で噂される物を頼んでいる。味については目を瞑って貰いたい。何せこのランチ、前日に余った食材をなんとか料理に仕立て上げた物なのだから。
「本を買うお金が無いなら、図書館で借りればどうなの?」
一方でクルトが口にしている料理はCランチ。Aは日替わりBは週替わり。なのでCは月替わりの定食だ。今月は海辺で摂れた魚が旬らしく、魚介類が妙に多い。
「図書館にある本は既に貸し出されている。授業開始までに返却される予定も無さそうでな。つまりテキストを手に入れるには、金銭を工面して町の本屋で購入するしかない」
深刻な顔を隠さずに話すナイツ。要するに、その購入する代金自体が無いのだろう。
「ちょっと聞きたいんだけど、その本って結構高いのかな」
「専門書だからな。ここの食堂の料理十食分や二十食分なんて数え方ができないくらいには高い」
「……それは中々」
一月分の食費を削っても届かぬ値段と言う訳だ。学生に手が出せる金額じゃあ無い。
「故郷からの仕送りをアテにするとか……。無理か、親元はもう離れてるんだっけ」
ナイツはマジクト国へ向かうと親に告げた時点で家を追い出されているらしい。商家の次男坊だそうなので、家に迷惑は掛けていないらしいのだが。
「ああ。それに親との縁があったとしても、それ程裕福な家庭じゃあ無かったからな。期待はまったくできない。だからお前に相談したんだが……」
友人であるナイツが突然食堂へ食事に誘いに来たのが、午前が正午に変わる時間帯である。彼は単なる友人では無く、生徒組合の事務員としてクルトに相談があると言ってきたので、何事かと思い付き合う事となった。
「一応、生徒組合としてはそう言う相談も取り扱っては居るけど……。生徒向けの仕事なら大学自体に窓口が無かった?」
魔法使いと言うのは社会にとって貴重な労働力である。見習い魔法使いである生徒達でも、魔力を使えば燃料無しに火を起こしたり、夏の暑い時期に氷を生み出したりできる。
そのため労働者としての需要は何時でもあり、その仕事を金銭工面に困る生徒達へ常に大学は紹介している。ナイツが困っていると言うのなら、まずそこへ相談すべきである。
「次の授業まで一週間も無いんだ。短期の仕事となると、それだけ得られる賃金も少ない」
そしてそれではテキストを買える額には足りないのだろう。だから他の仕事が無いかとクルトに相談したのか。
「そもそも、なんでそんなに困ってるんだよ。奨学金とか大学から出て無いの?」
「おいおい。大学の奨学金は試験合格者上位十位までしか出ないだろ。俺はそこまで成績は良く無かった」
「あれ、そうだったっけ? てっきり」
クルトはナイツの事を優等生だと思っていた。それも実践主義の優等生である。入学試験での成績もクルトなどよりも高いだろうと想像していたのだが。
「合格圏内に入る知識は身に着けていたけどな。大学に入る前は魔法の勉強だけをする訳には行かなかった……」
家が裕福で無かったと言うのならそうだろう。勉強が出来る環境であれば、クルトの方が余程優れていた。
「成績上位者と言えば、シーリア。ほら、入学式の時にお前も一緒に教室を探しただろう、あの娘だ。あとはサムス教室のケイ・バーンなんかがそうだと聞いている。まあ貴族の子弟なんで受け取っては居ないらしいが」
なかなかにナイツは情報通の様だ。大学内で効率良く技能を習得して行くには、そう言った能力も必要なのかもしれない。
「なんにせよ。八方塞がりである状況は分かったよ。ここじゃあ何だから、後で生徒組合の宿舎に寄ろう。あそこなら、生徒向けの仕事に関しての資料も幾つかあるんだ」
生徒組合の事務員となってから既に二ヶ月以上は過ぎている。勝手知ったると言う程では無いが、どこに何が有るかは分かっているし、事務員としての仕事も出来る。
「頼む。入学してすぐさま生徒組合の事務員になって定期収入を得た上、教師から仕事を頼まれ実行しているお前は、新入生一生活力があると有名なんだ」
「え、何? 僕ってそんな風に噂されてるの!?」
事実なのだが釈然としない物を感じてしまった。
生徒組合には忙しい時期と暇な時期が交互にやってくる。頼み事をする側は示し合わせているのでも無いだろうに、何故か仕事が重なり猫の手も借りたくなったかと思えば、途端に誰も来なくなる。
今は丁度暇な時期なのだが、このナイツの頼みは生徒組合が忙しくなる前触れだろうか。
「ほう、中はこんな風になって居るのか」
始めてみる組合宿舎に興味を示すナイツ。そんなナイツを放って置いて、組合内にある資料を調べていた。
「組合が持ってる外部団体からの依頼は確か……あった。これだ」
分厚く紐で結ばれた冊子を取り出す。冊子を構成する紙は、一枚一枚が大学外からの仕事依頼文だ。
魔法使いに対する需要が多い以上、それに対する依頼も非常に多くなる。むしろ冊子一つに纏められるくらいには組合への依頼は少ないと言える。
「どれも生徒向けの依頼だから内容は簡単だよ。その分、賃金も安いけどね」
町のゴミ処理や喫茶店用の氷作り。酒場での一芸披露など様々であるが、命の危険が有る物では無い。
「ちょっと見せてくれ。良い物があるか探してみる」
冊子をクルトの手から受け取り、一枚一枚確認していくナイツ。形相は必死そのもので、焦っているのが分かる。
「そう言えば、ルーナさんなら何か知ってるかな。あの人、一応は大学生活が僕らより長いし」
「ルーナ? 誰だよ、それ」
ナイツは冊子から目を離さずに、クルトと会話を続けている。
「生徒組合の先輩。言ってなかったっけ? どこの教室にも入ってない人で、いつも宿舎に居るんだけど……。今日は居ないのかな?」
少なくとも宿舎内には居ない。それ程大きな建物では無いので、人が他に居るのならすぐに分かる。
「教室に入ってないのか……。大丈夫か、その人」
「魔法の腕は良い方なんだよ。実技試験組だからね」
なんとなく話が進む。仕事を探すナイツに比べて、こちらは既にやる事が無くなり手持無沙汰なのだ。
「そのルーナって人は―――」
「あれー、誰かいらっしゃるんですかー? もしかしてクルト君?」
宿舎にベルの音が鳴り響く。チリンと言う音が聞こえた直ぐ後に、誰が入って来たのかも判明した。
あの間延びした声はルーナだ。
「ああ、ルーナさん。良いところに来てくれた」
宿舎内にてキョロキョロとクルトを探しているルーナに声を掛ける。ちなみに彼女が宿舎内にクルトが居ると判断したのは、別に勘が鋭い訳で無く、この宿舎にはルーナとクルト以外の人間が居る事が少ないのである。
「なんですかー。良いところって……。あれ? そちらの方はどなたで?」
ルーナの目にナイツの姿が映る。二人は初対面のはずなので気になるのだろう。宿舎内の資料を読んでいるし。
「あなたがルーナさんですか。俺の名前はナイツ。こいつの友人で、ちょっと相談したいことがあって、ここを調べさせて貰っているんですが……」
一応、年上で先輩だからだろうか、ルーナに向かっては丁寧に話すナイツ。同じ立場だと言うのに、こいつことクルトがそうで無いのは、ルーナと言う人物を良く知るか知らないかの違いだろう。
クルトにとっては、とても敬語で話す様な相手は無いのである。
「ここで調べものと言う事は、生徒組合への相談ですねー。大学生徒さんの相談はいつでも歓迎ですよー」
最近は仕事が暇だったので、久しぶりの客が嬉しいのだろう。笑顔を浮かべるルーナ。まあ、そうでなくても笑みを浮かべる事が多い女性だが。
「仕事を探してるらしいんだよね。それも稼ぎが良いやつ」
同じ生徒組合事務員として相談者の説明をするクルト。最初はうんうんと頷いていたルーナであるが、途中で難し気な顔をし始める。
「失礼ですけどー、ナイツさんってクルト君と同じ今年大学に入った人ですよね? だったら、魔法を使うお仕事もそれ程重要な物が受けれないと思いますよー」
「どう言う事ですか? 能力がまだまだなのは分かりますが、辛い仕事でもやってみせるつもりですよ、俺は」
自分の進退が掛かっているナイツは必死だ。どんな言葉でも聞き逃さない。
「うーん。やる気の問題では無く、信用の問題なんです。大学に仕事を依頼に来る人達も、お金を払う以上、それなりの人が来て欲しいじゃないですかー。それを無視して新人魔法使いばかり派遣していたら、大学への仕事依頼自体が来なくなっちゃいますよー」
だから大学側は仕事を受ける人間を選別するそうだ。大学在学年数や技能、実績などを加味しての判断であり、そのどれもが足りない新入生は、それに相応しい仕事しか受けられないそうだ。
「この宿舎にある仕事もだいたいはそうなんですよー。勿論、生徒の事を一番に考えている組織ですから、生徒側の事情は十分に考慮しますけどー」
それでも魔法を習い立ての生徒が行える仕事は、報酬が少ないらしい。本来ならば、経験が無い以上、貧乏学生も致し方なしの諦められるのだが。
「ナイツ君はヘックス教室でしたっけー。あそこは悪名高いですからねー、いえ、勿論良い噂もあって、長く教室に参加した生徒は必ず大成するだろうって感じの」
途中の諦めた者を含めなければと言う話でもある。
「俺はあの教室が合っていると思っている。授業や訓練内容は厳しいが、だからこそ遣り甲斐があるんだ。だけど、ヘックス先生は授業に着いて来れない生徒は躊躇なく放り出す」
魔法使いとしてまだ始まったばかりで、そうそうに躓く事は不本意だと話すナイツ。まだまだ短い付き合いであるが、ナイツの性格は熱血漢の一言で表す事ができる。何に対しても真面目で本気なのだ。諦めるという言葉が似合わない人物なのだろう。
「普通の教室で教室を放り出される生徒さんって、不真面目だったり勉強に本気を出してないって人達が殆どですよねー」
「先生より変に知識が上回ってる場合とかが偶にあるけどね」
「……まあ、そういう方はあくまでも少数なんですけどー。ヘックス教室では、何故か熱意を持った勉強熱心な生徒さんが、何故か追い出される事が良くあるんです。生徒組合として、そんな生徒さんに別の教室を紹介する事がありましたから、間違いじゃ無いですよー」
「それってもしかして」
今のナイツと同じ悩みだろうか。幾ら熱意があったとしても、天から資金が降ってこない以上、財布事情が解決する訳では無い。
「教える以上は一流にって感じの人ですから、その教材も一流の物を揃えたがってるんでしょうねー。あの教室って完全実力主義の割には貴族出身の生徒さんが多いんですってー」
いくら才能と努力があっても、それを伸ばすには資金が必要だと言う訳だ。なんとも世知辛い教室である。
「内情がどうだったとしても、俺はやはりあそこで魔法を学びたい。受ける難度が高い場所だが、得る知識も相応に多いんだ。なんとか、次の授業のための教材、それを購入する資金を得る方法は無いのですか?」
まるで縋りつかんばかりにルーナへと近寄るナイツ。勢いに圧倒されてか、彼女は何歩か後ろへ下がったので、話すには丁度良い間合いとなった。
「無い事も無いですけどー。そうですねー。これって、生徒組合への依頼なんですから、事務員はちゃんと対応しなければいけない事案ですよねー」
チラリとこちらを見るルーナ。
「そりゃあ勿論、困った生徒に助けを差し伸べるから生徒組合なんでしょ」
ルーナの言葉に当たり前の返事をするクルト。
「それじゃあ、決まりです。頑張ってくださいねー、クルト君」
当たり前の言葉だと言うのに、何故か不安を感じるのはどうしてだろうか。
信用とはリスクへの対価である。誰かや何かを信用すると言うのは、例えそれらから被害を受けたとしても、堪える事ができるという証明なのだ。
ならば信用が無い状況とは、小指の先程の損害もデメリットも許されない状況だと言える。
「だから信用の無い見習い魔法使いを雇うとなれば、見習い魔法使いは失敗を許されない。経験が無ければ無い程、仕事に対する難度が厳しくなるってのは、なんだか酷く変な感じだね」
大学外、アシュルの街を進む中でクルトは呟く。これは独り言でも無ければ心情を吐露する愚痴でも無い。例えるなら無理矢理仕事を付き合わされると言う状況に対する嫌味だろうか。
「酷いも何も、仕様が無いだろう。そもそもが受けられる仕事自体が無いんだ。それを受けられる様にするなら、他人の助けが必要になる」
だからクルトはナイツとペアになって、大学が紹介する仕事を受ける事となった。発端は勿論、ルーナの提案である。
彼女曰く、見習い魔法使いが受けられる仕事が少ないのは、依頼者側が仕事人の能力へ不信感を持っているからだそうだ。一定以上の力を持った魔法使いでなければ、仕事が失敗するだろうと言うその心情は当たり前の物であるし、個人でそれを払底するのは難しい。
だが個人で無く、複数人の魔法使いが依頼を行うとなればどうだろう。半人前の魔法使いだとしても、二人そろえば一人分の働き手にはなる。そう考えてくれるのでは無いだろか。
そんな発想の元、クルトとナイツは生徒組合にあった仕事依頼を請ける事になる。場所は街の東側。海に近く、商業が盛んな地区である。
「アシュル港整備隊。輸出入商売で儲けている商人達、その寄付で成り立っている組織だね。請け負ってる仕事は文字通り港の整備事業。湾岸の整備や清掃、不審者への警備なんかもしれるみたい。僕らへの依頼もそれに関わる物なんだろうさ」
生徒組合から持ってきた依頼文を見ながらクルトは現状を確認する。依頼者の立場と魔法使いに対する助勢依頼が書かれた文章だが、肝心の仕事内容が、仕事に対する手伝いとしか書かれておらず不明瞭だ。
「その分、依頼料はなかなかだ。成功させて折半したとしても、教材購入用の資金に十分届く」
ナイツの意気込みは素晴らしいが、仕事が不明確で対価が多いと言うのはどうにも良い気がしないクルト。
そもそも、ナイツは纏まった金が欲しいのかもしれないが、クルトは別に経済面で困っている訳では無い。嫌でも冷静な目線と皮肉った感情で状況を見てしまう。
「大丈夫かなあ。魔法使いだからって、大凡人間に出来ない事を頼まれたりしたりして」
実際、そう言った事も多いと聞く。魔法使いだからと娘を空に飛ばせてくれだったり、世界をより良い方向へ導いてくれと言った依頼が、魔法大学へ紹介される事も少なく無いのだ。
勿論、大学側は事前にそれらの依頼を精査して、生徒へと仕事を紹介する。しかし、その調査に漏れが無いなどと誰が言えよう。
「この依頼に関しては、依頼者側がしっかりとした組織だ。その心配は無いんじゃないか?」
アシュル港整備隊は、商人達に雇われているだけあって信頼も厚い。信頼があると言う事は、迂闊な事もできないと言う事であり、彼らからの依頼も、それ程突拍子が無い物では無いだろうとは思うが……。
「じゃあなんでそのしっかりとした組織が見習い魔法使いに仕事なんて頼んでくるんだよ」
「見習い魔法使いに頼んだ訳でも無いだろ? 本来は在学歴がある大学生向けの仕事だ。二人で請け負う事にしたから、見習いでもOKが出た」
「結局は正攻法じゃあ無いって事でしょ。どんどん不安になって来る様な……」
そうこうしている内にアシュル港整備隊の事務所に着く。海に面した場所に建つ家屋であるためか、潮風に少々錆びれている。中に入ってみると、非常に小ぢんまりした内装で、事務所として最低限の機能しか無いのが分かる。
「すみませーん。魔法大学から派遣されて参りましたー」
クルトは入室早々に声を出して挨拶をする。こう言った仕事は第一印象が大切である。ただでさえ見習い魔法使いだからと舐められた目で見られ兼ねないのだ。それ以上の悪印象を持たれるのは良い事では無いだろう。
「うん? なんで魔法大学? ああ、例の仕事。漸く働き手が見つかった奴か」
事務所の入り口近くに座る男性がこちらを向く。どうやら応対してくれる様で、こちらに近づいて来た。
「君たちが大学から派遣された魔法使いかい? まだ入学して間もないと聞いているが、大丈夫かね?」
さっそく、こちらの立場を疑う言葉が出て来た。この印象を払拭するのは難しいだろう。
「詳しい仕事内容を聞いておりませんのでなんとも言えませんが、我々二人共、一応の魔法を使う事はできます」
どこからその自信が出てくるのか、胸を張って答えるナイツ。まあ、自信などと言う物はハッタリで無ければ、自分の能力への自負から来る物なので、悪い印象は与えないだろう。この場合の自信はハッタリでしか無いが……
「それは聞いているよ。こちらが必要とする魔法が一通り使える事が条件だからね。と言っても、君たちにしてみれば既に覚えていて当たり前の物だったかな?」
条件に有った魔法と言うのは火の魔法である。基礎的な物なので、自由自在と言う程では無いがクルトとナイツ両方が使える。
「まあ、そこは経験相応って事です。それより、仕事内容についてまず話しませんか? 申し訳無いんですが、そちらの組織が行う仕事について、詳しくは知らなくて……」
不必要に相手の期待が膨れる前に、クルトは話を仕事へ戻す。できればさっさと仕事を終わらせたいと言う気持ちも十分にある。
「そう仕事だ。私達アシュル港整備隊は、その名の通り港を維持、管理する仕事を多くの商人達から任されている。とは言っても、何から何まで出来る物でも無くてね、例えば港から海へ一歩出た場所で起こった事は、漁師や商船の船員に任せる事にしている。従業員募集の欄に泳ぎが必須とは書いていないからだが」
「つまり、魔法使いでしか出来ない仕事があるから、それを行ってくれと?」
何故かやる気を出すナイツ。魔法使いだからこそ出来る仕事と言う点に、興味を惹かれているらしい。
「他の人員では絶対に無理と言う程では無いんだが……。それでも効率的にやろうとすれば、魔法使いを雇う金銭を用意する方がマシだと思える物だね」
報酬は中々高い訳で、つまりそれくらいの金銭ならまだ人員を用意するよりも利益があると考えて居る訳か。
やはり厄介な仕事では無いか。
「その魔法が使えた方が効率的な仕事って、いったい何なんですか?」
「うん。港に関係する物でね。君たちはアシュルの街に張り巡らされた下水道を知っているかな?」
アシュルは水道が町のあらゆる場所で配備されている。アシュルをマジクト国の中心都市とするために開始された水道整備は、確かに住民の生活を豊かにし、町の発展を助けている。
「詳しくは知りませんが、確か魔法に関する知識や能力も、水道事業に大きく関わっているとか」
授業で習ったのだろうかナイツが話す。ちなみにその事をクルトは知らなかった。自習が多いクルトは、そう言った専門から横に逸れた知識と言う物をあまり学べない。
「そうだ。水道と言う以上、水を引く上水道と流す下水道がある訳だが、今回は下水道に関する仕事だな。君の言う通り、魔法能力が大きく影響する仕事だ」
聞こえが良い様に聞こえるが、下水道と言う言葉に嫌な予感がするクルト。
「なるほど、まさに魔法と言う力が直に社会へ貢献する仕事だ」
随分とナイツは嬉しそうである。そんなに魔法を使う仕事が好きか。碌な物が無いぞ。
「なんか良さげに語ってますけど、実際どうなんです? 見習い魔法使い二人で出来る仕事がどうかは、そちらにとっても重要でしょう?」
一方でクルトと言えば、今回の仕事に疑いの眼差しを向けている。何度か自らの師の仕事を手伝う内に、こう言った手合いへの会話に慣れてしまったせいかもしれない。
「はは、そうだねえ。仕事自体は簡単だよ。ただちょっとばかりの労力が必要なんだ。その仕事と言うのはね……」
「その仕事と言うのは?」
勿体ぶった風に整備隊の男が一呼吸置き、再び口を開く。
「下水道掃除だ。臭くて疲れる仕事だが、魔法が使えるんなら出来るだろう」
ほら見ろ、碌な仕事じゃ無かった。