魔法使いの参戦方(4)
翌朝になると、正式に人造馬で前線へと物資を運ぶことが支援団の任務となった。
前線となっている土地の名前はマバリ。リブクイン北部に位置する土地である。スリーアイランド港はマバリにより東側にある港であり、マバリまでの道中に遭遇するかもしれないフィルゴ帝国兵や盗賊から荷物を護衛するのも支援団の役目である。
ただ、まだ前線からスリーアイランド港までの道のりは治安が維持されているそうで、護衛役の仕事はあまりないだろうとのこと。一方で護衛役は必要以上の武装がなされていた。
騎士団員であるならば革で出来た軽鎧を着こみ、有事の際にはと短槍まで用意されている。では魔法使い達はと言えば、厚い外套に、十分に扱えぬと言うのに短剣まで持たされていた。
この武装した護衛役というのは、そのままマバリでの戦いに参加する役目を担っているのだ。
「まさか、お前が護衛役を買って出てくるとは思わなかったよ」
人造馬の周りを歩く護衛役達。その中には、クルトとナイツの姿もあった。
「大学じゃあ斥候役としての訓練をしていたからね。それを活かすチャンスかなってさ………冗談だよ。大学の訓練通りの役目なら、ナイツは真っ先に戦う役になっちゃうもんね」
重い装備によって重い足取りとなり、さらに会話の内容も重い。どうにも気分が落ち込むのは仕方の無いことであろう。
「最近は、お前らしく無いことばかりしているじゃないか。何かあるんだろう?」
「どうだろうね。何かしたいとは思ってるけど、何もできないかもしれない」
自分が戦う役目を引き受けることが、一番魔法使い達の被害を低くできるかと思ったのだが、どうにもそれは錯覚なのではないかとも思う。
自分は戦いなんてものの素人であるし、もし、今、目の前にフィルゴ帝国の兵が現れたとして、どうにかできる妙案が思い浮かびもしない。
「………それにしても、そろそろ休憩にしても良いんじゃないか? さすがに疲れて来た」
確かにナイツの目には疲労の色が浮かんでいる。重い装備は歩くだけで体力を奪う。これでも歩き続けてまだ1時間程であるが、体力不足が目立つ魔法使い達にとっては相当なものだろう。
一方でクルトにはまだ余裕があった。普段から外歩きの多い日常を送っているし、斥候役としての訓練では、延々と走ったり歩いたりさせられ続けた。
「人造馬が疲れ知らずでも、周りの護衛がそうじゃなければ意味無いよね。これでまた一つ人造馬の欠点が見つかった」
笑うクルトだが、それが作りの物であることは自分自身が一番良くわかっている。一歩一歩を進む毎に、自分が死地に赴いている気がするのだ。足取りは重い。
そんな二人へ同じく騎士団側で護衛役をしているイリスが近づいてきた。
「おい、お前。ちょっと付いて来てくれるか?」
イリスはクルトを指差して話し掛けて来た。
「僕ですか? 何か話でも?」
「いや、確か魔法大学側の斥候役なんだろう? その仕事だ」
イリスは人造馬を中心にした隊列の外側を続けて指差した。
イリスによると、隊列を組んだ騎士団の一人から人影を見たという報告が入ったそうだ。その人影が本当に危険かどうかなのかはわからないが、状況が状況なので、とりあえず確認をしておこうという話になったらしい。
確認するのは当然斥候役の勤め。偶然にもクルトとイリスは魔法使い側と騎士団員側それぞれの斥候役だったため、二人で怪しい人影の調査に向かうことになった。
「いや、偶然じゃあ無いか。お互い同じ役の方が、二人で会った時に怪しまれないからって、事前に決めていたっけ」
「何を今さらそんなことを話しているんだ。とにかく、人影は森の中でこちらを探る様に動いていたらしい。私達も森の中に踏み入って探索するぞ」
マバリへと向かう道の端には森林地帯がある。サンポ大森林と呼ばれ、リブクイン国の領土の中心部に大きく広がる森であった。というよりリブクイン国はこの森を囲む様に出来た国なのだ。この森を開拓することで資源を得て、尚且つ新たな土地を得る。そんな成長を続けるのがリブクイン国の特徴である。
「森を開拓し続けるから、主要道路も森周辺になるんでしたか」
「この森が国の中心にあるから、フィルゴ帝国もなかなか進軍できずにいるのだろうな。リブクイン国は山地も多いし」
山と森の国というのがリブクイン国を現す言葉だろうか。そんな森の中を歩くクルト達。あまり深入りはしない。人が存在していて、こちらを偵察しているのだとすれば、道から近い場所にいるはずだろう。
「ここにもいないな。これ以上、奥へ行っても仕方あるまい。隊列に戻るぞ」
イリスが周囲を見渡してから答える。木々のせいで全景は見えぬものの人影は無い。クルトも同意して戻ろうとした時のことである。
「あ、もしかしたら足跡ですか? あれ」
「うん?」
クルトは少し離れた場所にある土を指差した。その場所は湿気が溜まる場所なのか、地面がぬかるんでおり、特徴的なへこみが存在していた。
「確かに足の形に近い。獣でも無いな。人間のだろう」
「じゃあもしかして………」
「最近できたものだ。見かけた人影というのは本物かもしれない。もう少し奥へ行ってみるか?」
イリスの言葉に頷くクルト。調査対象を見つけた場合、より情報を得る様に動くことが斥候役であると訓練を受けている。
「人間だとして、なんで隊列を探っていたんでしょう」
「それは色々だろう。近くに住む人間が、興味本位で近づいた可能性もある」
「まあそうなんですけど。敵の可能性は?」
クルト達は森の奥へと歩み、話を続ける。
「フィルゴ帝国のか。半々だな」
「何がですか?」
「可能性としての問題がだ。私はこの国の地理についてはそう詳しく無いが、我々が向かうハマツという土地が、どうして最前線となっているかと言えば、そこにしかリブクイン北部へと出る道が無いからだそうだ」
「やっぱりこの森林地帯があるからってことでしょうね」
「ああ。ちなみに森林地帯を避けて、さらに海岸線沿いを辿って北部に出ようとしても、カナワ山という山が大陸北西端に存在していて、森を越えるよりもっと困難な道となる」
やはりハマツを通って抜けるしかリブクイン北部を攻める方法は無いらしい。
「その状態で、とりあえずリブクイン側の状況を探ろうとすれば、少人数で森を抜けさせて、直接見聞きさせるのが一番だろう」
森が進軍不可能な場所だとは言え、なにも道を塞ぐ壁では無いのだ。十分な装備と時間があれば、そこを抜けることも不可能ではない。
「敵がいたとしたら、そっちも斥候役ってことですか」
「そうだな。有り得る話ではあるのだが、だからと言って、そんな都合良く私達が見つけられるのかと言えばどうだろうな。軍隊が斥候役を送ったとすれば、それは玄人だろう。そう簡単に見つかるわけが―――」
突然、口を閉ざすイリス。それと同時に足も止める。ついでに手をクルトの前に伸ばして、クルトの進行方向も塞いでいた。
「いきなりどうしたんですか」
「………人の気配がする」
小声でそんなことを呟くイリス。
「人の気配ってなんですか。そんなものが存在してるとでも?」
イリスに釣られてクルトも小声で話すが、彼女が言う気配には懐疑的である。もしそんな物を察知できるとしたら、それは超能力者じゃないか。
「こういう森の中を歩いた経験はどれくらいある?」
「何度かありますけど………」
「私は一週間程、食糧調達も含めてずっと過ごすという訓練を、10回したことがある」
「それ何の意味があるんですか………」
「感覚が研ぎ澄まされるんだ。離れた場所のことも、まるで目の前にあるかのように感じられる」
「本当ですか?」
「勿論、3回目くらいまでは錯覚だった。本当に自分の感じた通りになるわけじゃあない。だが、5回目からはその感覚を取捨選択できる様になった」
「意味がわかりません」
イリスが受けた訓練とやらは、もしかしたら騎士団員としての訓練だろうか。だとすれば、騎士団員全員がこんな訓練を受けているのかもしれない。ならば、彼女の言い分に信憑性が出てくる。
以前、彼女以外の騎士団員に会ったことがあるが、その騎士団員は、暗闇の中で襲撃者を見つけるという離れ業をやってのけた。
「これは本当の感覚。これは錯覚といった具合で、本当に役立つ感覚を手に入れられる様になる。離れた場所に人がいるだろうなと感じて、それが本当なのかどうかもわかる。それが気配だ。今回の場合は………」
ぐるりと周囲を見渡すイリス。並び立つ木々の一本を腰に刺した剣を抜き指し示す
「本物だ」
イリスの断言通り、木の陰から人が現れた。一風変わった格好をしている人間だった。曲がりくねった刺繍が織り込まれた服に、これまた曲がった短刀を持っている。背中には布袋で包んでいるのだろう荷物を背負っていた。
武装をしている。おかしな恰好であるがクルトにはそう思えた。おかしな服は機能的を過ぎる物であり、なによりその手に持つ剣とこちらを睨み付ける目が証拠である。みなまで言うまい。現れた人間は、クルトが想像する異大陸の敵兵そのものの姿だった。
「フィルゴ帝国兵!?」
クルトは驚きの声を上げた。思わぬ所で敵と相対してしまった。どうすれば良い? 戦うか? 逃げるか?
「ほら、言った通りだろう? 私は人の気配がわかるんだ」
何故か胸を張るイリス。状況がわかっていないのだろうか? 今はそれどころでは無いだろうに。
「………凄いのはわかりました。けど、できれば隠れている人数も当てて欲しかったですね」
クルトは体の芯が冷えて行く様な感覚に襲われた。恐ろしかったのだ。木の陰から現れた敵兵もそうだが、別の場所からも似た格好の人間が4人程現れたことが。
合計で5人。クルトの視界から扇状に現れたそれらの敵兵を見て、どうやら自分達は襲われようとしているのだろうとクルトは考えていた。
「残念ながらそこまで便利な感覚では無くてな。まあ、これくらいのことならできるが」
イリスは突然走り出した。森の中を感じさせぬ速さの特攻。まるで猿か猪だ。向かう先はクルトから見て一番右側に立つ敵兵。
まさか数の少ない方が突撃してくるとは思っても見なかったのか、敵兵は一瞬固まった。その一瞬だけでイリスは接敵し、手に持った剣で相手の足を斬った。
倒れる敵兵を見て、漸くイリスが奇襲を仕掛けたのだとクルトは理解した。
「……!!! …………!!!!」
足を斬られた敵兵が、知らぬ言葉をわめく。片足の筋を斬られたのか、その場に倒れて怒りか痛みかの叫び声をあげているのだろう。だがそれもいつまでも続かない。倒れる敵兵の顔面に、イリスの踵が踏み落とされたからだ。
敵兵の声が止む。気絶したのか、それとも命を無くしたのか。イリスの靴は軍用の重く頑丈な物で、女性の体重とは言え勢いをつけた一撃だった。少なくとも、もう一度立ち上がってくることは無いだろう。
「!!! ………! …………!」
残った敵兵は4。その中でリーダー格らしき人間が、他の3人に指示を出す。イリスを警戒する様に動き、さらに死角へと回ろうとする。動きと決断が早い。最初の一人は敵の虚を突くことでなんとかなったが、同じ手は通じないだろう。
だから、今度はクルトが奇襲を行うことにした。
「イリスさん! 魔法を撃ちます!」
クルトはリーダー格らしき男に向けて雷の魔法を放つ。迅速さが重要なので、命中は気にしない。魔法が敵兵に向かって飛べば良いのだ。
雷の魔法は予想よりやや左に向けて飛び、案の定、敵兵を外れる。だが敵兵の意識をそちらに向けることに成功した。
迂闊にもイリスから視線を外した敵兵の一人は、先程倒れた敵兵と同じ方法で地面に倒されることになった。
「これで2対3か………」
イリスの声がクルトにも届く。数の上ではこちらが劣るが、勢いはクルト達にある。さらにもっとも有利な状況にあるのはクルトだ。
クルトと敵兵の距離はある程度離れており、クルトは遠距離を攻撃できる魔法が使える。どうにか対処できるかもしれない。そう考えたクルトの予想は、残念ながら外れてしまった。
リーダー格の男がクルトへと突っ込んできたのだ。早い。先ほど特攻したイリスと同程度はあるかもしれない。
その様な速度で襲い来る敵兵を見て、クルトはさっきイリスに襲われた敵兵を思い出す。あの様に足を斬られて、顔を踏み抜かれ、そのままここで命を落とすのか。
それだけは嫌だった。混乱の真っ只中であるが、クルトはひたすらに行動した。とは言っても、杖を目の前に向けて炎の魔法を放つ程度のことだったが。
「あああああああああ!!!!!!!」
すぐ目の前で叫び声が聞こえた。クルトが放つ炎の中。偶然にも敵の突撃とクルトの魔法のタイミングが合い、クルトの魔法は敵兵を燃やしていたのだ。
「あ……え」
目の前で人が燃える。しかも自身の魔法で。なんとも言えぬ恐ろしい気持ちが心を過ぎる。それはそのまま通り過ぎるかと思えたが、何故か心に留まり続けた。
「………!!!!」
全身を火で包まれているというのに、敵兵は何かを叫び、なおクルトに近づいて来る。なにもできずにいるクルト。敵兵は漸くクルトの目の前に来て、力尽き、そのまま倒れた。
黒焦げの体は痙攣した様にビクビクと動いているが、それはどうしてだが生きている物の動きに見えなかった。
「え?」
声が漏れ出るクルト。ただじっと倒れた敵兵を見ていた。
(自分がやったのか? この人間を、まるで人間じゃなくなった様なこんな物に変えたのか? 自分の魔法で? 人を殺した?)
考えが頭の中に溜まっていく。まだ敵は二人いる。そんなことはわかっているのに、どうしてだか動けない。
何時の間にか足を折り、膝で立っていた。力が抜けたのだ。そのまま倒れそうになり、両の腕で体を支える。
四つん這いになったところで、胃の内容物が口から零れ出た。ひたすらに気持ち悪かった。自分が人を燃やしたことも、燃やした相手の姿も、焦げた死体から漂う生温かさも。
何もかもが気持ち悪い。自分は何故こんなところにいるのだろう。どうしてこんなところで―――
「おい」
後ろから話し掛けられる。それがイリスの声だと判断するのには数秒を要した。
「い、イリスさん?」
なんとか顔だけでそちらを向く。首を動かすだけで見える場所にイリスは立っていた。
「終わったぞ。全員な」
イリスは残り二人を一人で倒したらしい。
「森を抜けて来た連中だろう。動きが鈍かった。疲労だろうな。万全ならやられていたのはこちらだったかもしれない」
「………」
イリスが話すものの、クルトの頭には入ってこない。ただ、イリスが口を開いたり閉じたりしている。そんなことしか考えられなかった。
「………そうだな。初めてならそんなものだ」
イリスは焦げた死体を見てそう答えた。その後、クルト腕を掴み自身の肩に回す。
「いくぞ。私達の仕事は斥候だ。この状況を、支援団に伝えないと」
イリスはクルトの体を支えながら、森を抜ける方角へと歩き出した。
クルトは自分の力で歩こうとするが、どうしても力が入らない。そのことがわかっているから、イリスはクルトを支えているのだろう。
目の前で人が死んだ。自分が殺した。攻撃的な魔法を人に使ったことは初めてでは無い。もしかしたらその時に、敵の命を奪っていた可能性もある。
だが、クルトの認識では今回が初めてだったのだ。人を殺すという経験は。
ナイツが斥候から帰って来た友人を見かけたのは、ハマツへの道の途中にある休憩地であった。
休憩地と言っても、拓けた広場があるだけであり、そこに支援団がテントや焚き木を作って漸くそれらしくなる。
一日歩き続けてまだハマツまでの行程の半分というのを聞いて、気が沈みそうになっていた頃。自分より落ち込んだ様子のクルトを見つけたのだ。
「おい、どうしたんだよクルト。斥候に出掛けて、そのまま見かけなくなったから心配したぞ」
既に辺りは暗がりになっており、焚き木の近くに座る友人が、ナイツにはより一層落ち込んでいる様に見えた。
「………ああ、ナイツ。ちょっと色々あってさ」
顔を上げる友人の顔は、どうしてだか真っ青であった。
「色々って、森で何かあったのか?」
「多分、今日中に支援団全体へ情報が回ると思うけど、敵兵と遭遇した」
「本当か? ハマツまではまだ安全じゃあ無かったのか?」
「向こうも斥候だったんだ。森を抜けて、ハマツよりこっち側の状況を知ろうとした。そこを僕らが偶然遭遇して………」
そこまで聞いてナイツは察した。恐らくクルトは、支援団の魔法使い達の中では、もっとも早く戦争を体感したのだ。落ち込んでいるのはそのせいか。まだ話せるだけ、彼はマシなのかもしれない。
「今聞くのはどうかと思うが、それでも聞く機会が今くらいだから聞いておくぞ? どうだったんだ?」
相手の傷に塩を塗り込む様な形になるかもしれない。しかし、ここで聞くことこそが大切だとナイツは考えていた。
「そうだね………どんなことがあっても、力を抜かないことが大事かな。あと、強い人が隣にいる様にしないと」
「何の話だ?」
「イリスさんが隣にいなかったら、僕はあの森で死んでたかもしれないってこと。森の中でさ、敵兵に遭って、始めて魔法で人を燃やしたんだ………」
「それって………」
友人は真っ先にその手を血で染めたというのか。敵兵と言えども、納得できるものではないだろうに。
「戦争だからね。仕方無いよ。でも困ったのは、その時、何も考えられなくなって、立っていられなくなったんだ。まだ敵兵は残っているのにさ。人を殺しておいて、そのすぐ後に僕自身が死ぬ可能性もあった。もうさ、まるっきり戦争だよね。これ」
顔を振るクルト。彼の内心がどうなっているかはナイツにはわからない。ただ、彼の言葉は、理解できなくとも覚えておこうと心に誓う。
彼のこの表情は明日の自分なのかもしれないから。
ナイツと暫く話した後、クルトは就寝することになった。テントの中でという寝苦しさもあったからか、目を瞑っても眠れぬクルト。
(ちょっと歩くか………)
テントを抜け出すクルト。
実を言えば、斥候から帰って来た後、ずっと人造馬の荷車の中で休んでいた。恐らく眠れぬ一番の原因はそれだろう。疲労を利用して倒れることもできない。
(顔色が悪いから休ませて貰えるなんてのは、まだ余裕があるからなのかなあ。だったら幸運なことだったんだろうか?)
とてもそうは思えないが、ハマツに到着すればその様な状況になるのかもしれない。そして何度も自分は森の中であった様な体験をするのだろうか。
季節は春だというのに、どうしてだが寒く感じる。きっと夜だからだろう。
(うん? あれは………)
テントの外には常に支援団の誰かが起きている。周囲を見張る役目を絶やす訳にはいかない。
そんな見張りの中にイリスがいた。
「イリスさん。起きてたんですか?」
「なんだお前か。起きてたというより、さっきまで寝ていた。あと一時間もすればもう一度眠れる」
騎士団側の見張りは時間毎の当番制らしい。魔法使い側は日ごとの交代制だ。今からこうもバラバラで大丈夫だろうか。
「僕は……眠れないんですよ。今日、見張りの役を代わっても良かったかもしれませんね」
「止めておけ。今日は一日、お前は使いものにならんだろうからな」
「わかります?」
何時も通りに頭が動かない。というより、頭を動かせば森でのことを思い出してしまう。
「そういうものだ。明日にでもなれば慣れる」
「そんなに早くですか?」
「だからそういうものだ。どんなことがあったとしてもな、一日あれば慣れるのが人間だ。そうなれば、今度は慣れてない奴を支えてやれ」
「………もしかして慰めてくれてるんですかね?」
「茶化すな」
かなり酷い表情で睨みつけられた。この表情は忘れられぬものだ。夢に出てきそうである。
「すみませんって。やっぱり無理にでも眠っておくべきだったんでしょうか?」
「そうだな。目を瞑って寝転がるだけでも休息にはなる。休むのも仕事の内だ」
そう言われては、テントに帰るしかなくなる。クルトは早々にテントへと帰ることにした。
そんなクルトの背中に、イリスが言葉を投げかけて来た。
「道中で敵兵に遭ったということは、ハマツではもっとだ。その時、今日、誰よりも早く経験したそれは、生き残る上で一番大切なことになる。幸運だと思え」
やはり慰めてくれていた様だ。まだ眠れそうには無かったものの、休む気にはなったクルトだった。




