魔法使いの手伝い方(4)
クルト達が遺跡からの転移によって移動した場所は、どうにも長い通路の様だった。非常用の避難通路なのだろう。道には分岐が無く、定期的に存在する大きな柱だけが自分達が前に進んでいることを教えてくれる。
「地下通路なんだろうね。遺跡の近くにこんな大規模な避難通路なんて無かったし」
歩きながらクルトは呟く。天井も壁も存在するこの通路がそのまま地上に存在するのなら、否が応にも気が付くはずである。しかしそんなものを目にしなかった以上、遺跡近くの地下に通路が用意されていたのだろう。
「実はもっと違う場所に移動していたということはないのか?」
窓の一つもないため外界がどうなっているかを確認できず、スガルはそんなことを言う。
「転移魔法は距離が伸びるごとに必要な魔力量が増えるんですよー。遺跡に流れてた魔力量だけじゃあ、そう遠くまで転移なんてできないと思いますよー。クルトくんの言う通り、遺跡近くの地下通路を進んでいるんでしょうねー」
ルーナはスガルに説明をするが、ここがどういう場所にあるのかは彼女自身も良くわかっていないはずだ。
いったい自分達はどこに向かっているのか、そういう不安が一同を包む。
「そう言えばさっきの壁に描かれた石画だけど、あれが所謂、古代に流行ったって言うラミ教の教えなのかな。結構、宗教っぽい描かれ方がしてたけど」
沈黙が続くのも何なので、先ほど疑問に思ったことをクルトは話す。
石画は神様やその奇跡やらそれを受け取る側やらだのが描かれていたところを見ると、何かの宗教が存在したのだろうとクルトは考えていた。
クルトの問いはルーナに向けてのものだったのだが、答えたのはスガルだった。
「ラミ教か? いや、それは違うだろう。あれは確かそういう教えじゃあ無かったはずだ」
「知ってるんですか?」
「古代国家についての知識は一通りな。一応、マジクト家は古代に存在した国家の正当後継者を名乗っているからなあ」
王族の基礎教養という奴だろうか。なかなかに王家も対面を保つために苦労しているらしい。
「ラミ教についてもその関係で? 大変ですねえ」
「おいおい。きみら魔法使いだって無関係ではないんだぞ。ラミ教の精神はマジクト国の文化にも強く根付いているし、それをもっとも受け継いでいると言えるのが魔法使いだ」
「僕らが? 宗教とは縁遠い存在だと思うんだけどなあ」
魔法研究は奇跡を起こすその力に反して、神秘性というのを嫌う傾向にある。それが神様の力だったり、選ばれた者だけが使える何がしかであるなどと言われれば、思う存分、好奇心のままに研究を続けられないからだ。
魔法研究は神秘性を切り裂き、その技術を独占しようとする者達から盗み続けることで進歩してきた。
「だから、そういう思考方法こそラミ教が推し進めた教えなんだよ。神は安易に人を救わず、ただ世界を見つめ続けた者が奇跡を知ることができる。だったか? 魔法使いが魔法研究をするみたいな感じだな。調べて発見して、利益を得る。その利益こそが神の奇跡だって教義だったそうだ」
スガル自身、実際に見た聞きしたわけでもないのではっきりとは言わない。ただ、一風変わった宗教だったのだろうとはわかる。
「となると、あの石画はラミ教を描いたものじゃあないんですね」
「だろうなあ。ラミ教が流行る以前は自然崇拝やら神秘主義やらを根本にした宗教が多種あったそうだから、その一つだろう。それらもラミ教が流行ると衰退したと聞いている。まあ、ラミ教自体も宗教的な考えで無かったからか、一度の隆盛の後、自然と国文化に吸収され、宗教としての体をなさなくなったそうだ」
結局何もかもの宗教が無くなり、マジクト国に限ってはその国風に微かな名残りがある程度のものとなったらしい。
「歴史ってのも色々あるんだなあ。あれ? ルーナさん? さっきまでの話で何か引っかかるものでもあったの?」
スガルと話しているうちに、何故だか何時になく真剣な表情をし始めたルーナを見て驚くクルト。彼女がこういう表情をするのは本当に珍しいのだ。というか、始めてみたかもしれない。
「そのラミ教より前にあったという宗教が気になるんですよねー。スガル様は何か知ってたりするんですかー?」
「そうさなあ。いや、人に語れる程のことは知らん。それらはマジクト国とは直接関係がないだろう? うちの管轄外だ」
好き好んで学んだことで無い以上、スガルもそう詳しくはないらしい。かなり残念そうな表情になるルーナ。
「うーん。詳しくわかれば良かったんですけどー………。あっ」
「何か名案でも浮かんだ?」
突然顔を上げるルーナ。
「いいえ、そうじゃなくてー。何かピカって光りませんでしたー?」
クルトは気が付かなかった。今のところ、光っているのはクルトが持つ杖くらいだ。
「気のせいじゃないの?」
「いや、私も見えた。確かにきみの魔法以外の何かが光った」
ルーナだけでなくランダルも見たらしい。
「となると、あと少しで外か?」
光る物と言えば外界の明かりだろうとスガルは考える。しかしどうやらそうでもないらしい。
「光ったのは我々が歩いてきた側です。向こうは行き止まりですな」
「それくらい自分の目で見てるから知っとるわい。問題はだな……なんだ?」
何故かクルトに意見を求めるスガル。どうしろと言うのだ。
「ええっとですね……。向こう側に明かりになりそうなものと言えば………魔法陣がありましたね」
「転移をするための魔法陣だな。あれが光るのはどういう時だ?」
今度はランダルが尋ねてくる。嫌な予感がするのでこれ以上考えたくないのだが。
「魔法陣が光るのは魔力が流れている時ですね。つまり魔法陣が起動したということで……あ」
言葉が詰まったのはクルトが何かに気付いたからというわけではない。クルトの頬を何かが掠めたからだ。
その後に何か冷たい何かが流れた感触がしたので、天井から漏れ水でも落ちて来たのかとクルトは思った。手で水を拭う。手のひらが赤い。
「え?」
「明かりを消せ! 矢が飛んできた!」
ランダルに手を引かれて柱の陰へと押しやられる。他の皆も同じく柱へ隠れる。
「襲撃者!? 追って来たんだ!」
クルトは漸く状況を察する。ルーナとスガルが見た光とは、魔法陣で襲撃者が遺跡から転移してくる際の光だったのだ。
そして襲撃者はクルトが魔法で発する光源を的に矢を放ってきた。
「おい! 遺跡の防衛魔法と転移用の魔法陣はセットだったはずだな! なら防衛魔法の効果が無くなっても、同時に転移の魔法陣も使えなくなるから、追って来れないんじゃないのか!?」
柱の陰に押し付けられたまま、クルトはランダルに怒鳴られる。
「知りませんよそんなこと! 遺跡の耐用年数なんてとっくの昔に過ぎてるでしょうから、防衛魔法の停止と転移用魔法陣の停止にズレが出たっておかしくはないはずですけど!」
「なんでそうこっちの不利な様に壊れてるんだ!」
「ええい! 静かにせんか! そう声を張り上げては敵にバレ……る………」
怒声を上げるスガルの眼前を影が通り過ぎた。光源を消しているせいで良く見えなかったが、第二射が通り過ぎたのだろう。スガルは冷や汗を流していた。
「ど、どうしましょうー。わたし、人に命を狙われたのなんて初めてですよー」
怯えるルーナ。クルトだって同じだ。この様な命の危険は初めて……では無いが慣れぬことである。
「せめて相手が何人いるのかがわかれば良いんだが。魔法陣で転移してきたと言っても、襲撃者全員という状況は考えづらいからな」
ルーナとランダルが光を見たのは一度だけ。襲撃者は一度の転移でやってきたということであり、人数もそう多く無いだろうとランダルは当たりをつけていた。
「雷を飛ばす魔法なら使えますよ。牽制にも使えるし、雷自体が光るから向こうの様子を一瞬だけど見れます」
とりあえず襲撃者に近寄られる状況は避けたいと考えるクルト。相手がこちらに来る前に撃退できれば幸いである。
「ふむ。ならそれを撃つタイミングは私が決定させて貰うぞ。全員、静かに柱の陰に隠れていてくれ」
この場でもっとも荒事に慣れているのであろうランダルが指示をする。従わない理由もないので、言われた通りにクルト達は話すのを止める。
そうしてランダルは柱から顔だけを出して、襲撃者がいるであろう道の先を見つめる。明かりが無いせいで暗闇であり、目で敵の位置を判断できないはずだが。
「………今だ! 道のど真ん中を撃て!」
「はい!」
ランダルの指示に従い、クルトは愛用の杖の先から雷光を放つ。既に慣れた魔法なので行動は素早く、襲撃者も直ぐには反応できぬ速度で雷光が通路を照らし進む。
「ギャッ!」
そんな声が聞こえて来た。クルト達一同の声ではない。恐らくは襲撃者の一人だ。
「撃ったらすぐに体を隠す! 反撃が飛んでくるぞ!」
ランダルの言う通り、クルトが再び柱の陰に隠れると同時に、すぐそばに風切り音が鳴った。矢が撃たれたのだ。
「今ので一人倒せたみたいですけど、他はどうでしょうか?」
「残りは3人ってところか」
ランダルは何でも無い様に話す。
「さっきので見えたんですか!?」
クルトが放った雷光は一瞬で通路を通り相手にぶつかった。つまりそれだけの時間しか光源とならなかったはずである。その間に襲撃者の人数を把握できるものだろうか。
「私を誰だと思っている。王立騎士団の騎士だぞ。動体視力だってそれなりさ。それに相手が動く足音でもそれくらいだろうと当たりはつけられるしな」
その足音とやらでクルトが魔法を撃つタイミングを図っていたらしい。どんな聴力だ。
「思ったよりも多くないな」
ランダルの判断は正しいと考えているのだろうスガルは、少し安心した様子である。
「多くないって、相手は武器を持ってるんですよー?」
一方ルーナはまだ不安な様だ。それはそうだろう。彼女はこういう荒事には慣れていないはず。
「こっちは4人であっちは3人。どう考えてもこちらが有利だと思うが」
両者の頭数だけを見るスガル。しかしそれはどうだろうか。
「ちょっと聞きますけど、武器を持って王族を襲うんですから相手は恐らく手練れですよね?」
「だろうな」
クルトの問いに頷くスガル。
「こっちでそういう人間を相手にできる人って何人いると思います? ちなみに僕は無理です」
「わたしもですねー」
「俺もだな」
クルト、ルーナ、スガルが襲撃者を相手に戦うことはできないと話す。つまりランダル以外は襲撃者に対応できぬということ。
「1対3になりましたよ。どうするんですか。さっきみたいに遠くから何度も魔法を放った方が良いんですかね?」
そっちの方がクルトにとっては安全だ。矢は飛んでくるかもしれないが。
「いや、こっちから仕掛ける。おいおい、みんなそんな顔をするな。やるのは私一人だ」
ランダルが威勢よく話すので、他3人は嫌な顔をした。荒事は誰だって嫌な物だ。
「やれるか? ランダル。お前の腕を信じぬわけではないが………」
一対多数という状況では、どうしたって少ない方が不利になる。相手が素人でこっちが玄人だとしても、案外素人が勝ってしまうのが多人数との戦いであろう。
「勿論むやみやたらと突っ込むわけではありません。相手の虚を突きます」
自信を持ってランダルが口にする。
「隙を突くってことですか? 都合良くそんなものができるかなあ?」
クルトはそんなランダルに懐疑的だ。襲撃者側へ奇襲できれば、3人と言う数は確かにランダル一人で倒せる数である。しかしそれができれば苦労しないという奴で、そもそも奇襲というなら先程クルトが放った魔法がそれなのだ。
「隙はできるものじゃあない。作るものだ。そのために君らを使わせて貰う」
「僕らですか?」
ランダルはクルトとルーナを指差す。
「襲撃者連中はいま足を止めている。それは君が放った魔法を警戒しているからだ。次にくる攻撃も魔法によるものだろうとも思っているだろう。そこへ私が突撃すればどう思う? 驚くだろう」
「驚きますけどー。あ、獲物が向こうから飛び込んできたーって思い直しそうな気もしますけどねー」
ルーナの言う通りだ。自分の予想した状況と違っていたからと言って、襲い掛かって来た相手に反撃しないということはあるまい。
「まあ待て。それはあくまで前提だ。相手はこちらの行動を勘違いする可能性があるということを言っているんだ。例えばだ、我々がここから敵とは反対側に移動すれば、相手はどうなる?」
「慌てます」
「そう、慌てる。慌てて我々を追ってくる。しまった、反撃してくると思ったが逃げられた! こちらも早く追わないと。そう考えるわけだ。そこで私だけが逃げずに奴らを襲う。魔法を警戒し、逃げる我々に慌てる襲撃者は、まさか直接逆襲してくるとは思いも寄らない」
確かにそういう状況ならランダルの行動は奇襲になるだろう。3人の襲撃者を倒すことができるかもしれない。
「良い案だって言うのはわかります。でも奇襲が終わればやっぱりランダルさんは危険じゃないですか? 最初に首尾よく一人倒したとして、あとの二人はどうするんです?」
「相手が2人ならなんとかなるだろうさ。私は騎士だぞ? 戦闘そのものを職業にしているんだ。やるなと言われてもやるぞ。他に案があれば聞いてみなくもないがな」
クルトに反論は無かった。ランダルが言う方法が一番効果的に思えるからだ。このままクルト達が逃げたとしよう。そうすれば襲撃者は自分達を追ってきて、背中を見せたクルト達の誰かが襲われるかもしれない。
かと言って遠くからクルト達が魔法で迎撃したとしても、襲撃者の方が人を襲うということに慣れているのだ。どうにか対処されて、こちらが疲労したところを襲われるかもしれない。
ならば襲撃者側に隙を作らせ、逆襲するという手が一番に思える。
「そうですね。ランダルさんが策は正しいですよ。ただ、やっぱり正統派って感じがするんですよね」
「正統派?」
ランダルが首を傾げる。クルトが言いたいのは、ランダルが王立騎士団員らしく、奇襲に関しても直球勝負であると言うことだった。
ランダルは命の危険があるのは自分だけで良いと考えている。それは立派な考えだと思うのだが、状況が状況なのだ。多少クルト達が危険な目にあったとしても、力を合わせることで全員の危険性自体が下がるのだとすれば、その手を使うべきである。
「ここには二人魔法使いがいます。魔法使いってのは手品師みたいな見られ方もするんで困る時があるんですが、今は手品師みたいに振る舞うべき時なんですよ」
「手品師? 何が言いたいんだ」
首を傾げるのはスガルだった。クルトの考えがわからない。そういう顔はクルト以外のみなが浮かべている。
「だからランダルさんの策に、ちょっとスパイスを利かせてみようって話なんですよ。こすズルく人を騙す手品師みたいにね」
こういう危険な状況だというのにクルトは何故だか笑みを浮かべていた。クルト自身にもこの笑みの理由はわからない。ただ、状況をひっくり返すというのは中々に快感のあることなのかもしれない。
アブスはこの仕事を請け負ったことを今更ながら後悔していた。仕事というのは、まあ荒事全般を指している。
子ども頃は近所のガキ大将として過ごしてきた彼だが、普通は大人になり丸くなる。しかし彼はどうしてだが腕力に物を言わせるという性格のまま大人になり、何時の間にか血生臭い仕事を生業とするまでになっていた。
そんな彼だが、自分の能力については過小にも過大にも評価していない。子どもの頃から、荒事をする場合は自分に対処可能な範囲で無茶をするということを繰り返してきたせいか、荒っぽい性格のままで、仕事を達成するための観察眼を身に付けていたのだ。
そんな能力が、今の状況は危険であるということをアブスに伝えていた。
「おい、お前ら動くなよ。標的の護衛には魔法使いがいやがる」
現在、アブスとその仕事仲間はある人物を襲えと依頼を請けていた。どういう対象なのかはわからない。依頼人も本人では無く、二重三重の代理人を経てのものだった。
明らかに怪しい仕事ではあったのだが、怪しくない仕事の方が少ないこの業界だ。前金だけでもたんまりと払うその姿勢を見て、仕事を請け負っても良いかという気にはなった。それが失敗だったのだ。
「くそ。あの遺跡周辺は人目が少なくて標的を狙いやすいんじゃなかったのか。おかしな遺跡と魔法の壁に、それが無くなったと思えばこんな場所に移動させる魔法陣ときたもんだ。獲物もここに来ていたことは幸運かもしれないが………」
依頼は標的が遺跡にやってくるから、護衛に守られているであろう標的を襲い、殺せという物だった。
護衛を殺すという段階までは上手く行っていたと思う。それなりに手練れだったのかもしれないが、こちらに気が付く前に襲撃できて、3人程を仕留めることができた。
だがそれ以降にケチがつく。まず標的と残りの護衛が遺跡に立て籠もり、さらには光の壁の様な物を遺跡周囲に発生させたのだ。仲間の一人はその壁に吹き飛ばされて生きているのか死んでいるのかわからない状態になった。
その光の壁は少しして無くなった。当然、遺跡内部に侵入したアブス達であるが、なんと内部にいたはずの標的がいなくなっていた。逃げられたのだ。
慌てたアブス達は遺跡内部に脱出通路があったのだろうと探りを入れ、おかしな光を放つ丸い紋章の様な物を見つける。仲間の一人が魔法陣だと指摘していた。
迂闊にそれに触れたアブスと数人は、視界の変化の後、突然この場所に放り出されたのである。
「おい。仲間の応援は来ないのか」
アブスは現在、魔法陣に触れた後に放り出されたこの通路で、同じく魔法陣を使って逃げようとしていたらしい標的を狙っている。
最初は幸運だと思った。逃がしかけた獲物を見つけたのだ。普通はそう思う。しかし、どうやら相手を過小評価していた様だ。相手側に魔法使いが居て、しかも反撃してきた。結果、数少ない仲間の一人が気絶した。痙攣が続いているところを見ると、生きてはいるが暫くは戦闘人数に含めることはできまい。
「誰も来ませんぜ。俺達だけでやるしかない」
仲間の一人。確かガダだかバダだか言う名前だったはずだが、今回の仕事限りの仲間であるためしっかりと憶えていなかった。
とにかくそういう技術的にも心情的にも信用できぬ仲間ばかりのため、せめて数を用意したかったのだが、それが期待できない。自分達はこの通路に移動できたが、どうにも他の仲間は無理だったらしい。
「馬鹿言え、相手の人数を見ただろう。標的1に護衛3だ。護衛だけで俺達と同じだぜ。迂闊を過ぎればどっちが襲撃に遭うかわかったもんじゃない」
慎重に物事を進める必要がある。とりあえず敵に魔法使いがいる以上、そいつをどうにかしなければ。
「ここで隠れたままだってのかよ。標的が逃げれば報酬がパアだぞ」
もう一人の仲間。こっちはもう名前すら思い浮かばない禿頭の男。弓の腕が良いらしく、今回の仕事でもっとも役に立っているかもしれない。
「とりあえずは相手の出方次第だ。逃げればそれこそこっちのものさ。背後からバサリだ」
剣を軽く素振りする。アブスの武器はこれ一本だ。我流の剣術だが、一対一で負けたことは無い。頭を動かす場合、真っ先にどうやって一対一の状況を作り出すかと考える。
「へっ旦那たちも良くやるよ」
ガダが笑う。ここにいる全員が、それなりに修羅場を潜った事がある人間だ。滅多なことでは気を抜かない。だから慎重に行こうというアブスの言葉にも反対は無い様子。これも幸運か。ならばその幸運は、仲間の応援が来ず、さらに相手に魔法使いがいるという不運を覆うことができるか。
「おい、相手が動いたぞ」
禿頭の男が呟く。この暗闇では弓使いとしての視力も当てにならぬだろうと思うが、標的が逃げ出そうとしている姿はアブスにも分かった。明かりが灯ったのだ。
「やっこさんら、焦れて逃げ出すみたいだ。追うぞ」
明かりは恐らく松明が何かだろうか。それなりの速度で通路の先へと向かう。こちらがじっとしていればそのまま逃がしてしまうだろう。それは避けたい。
「俺とこいつは奴らを追う。あんたは弓で援護を頼む」
「ああ、任せろ」
禿頭の男は遠距離から標的を狙い、アブスとカダは走り標的に急接近しようと走る。その速度は早く、数秒もしない内に敵を捉えるだろうと予測した時、もっと早い物がアブス目の前から横を通り過ぎた。
「敵か!?」
アブスが振り返った先にいたのは禿頭の男だけ。ただ、どうしてだが先程魔法でやられた仲間と同じ姿勢で倒れている。
「魔法使いか!」
禿頭の男は魔法使いによってやられた。そう判断したアブスは姿勢を低くしてさらに逃げる明かりへと近づく。魔法使いだとしたら、真っ先にやらなければこちらがやばい。稲光の様な魔法で撃たれればひとたまりもないのだろう。そう考えて、次の魔法を使わせぬ様に剣の餌食にしようとする。
しかし、動く明かりに近づいたアブスは自分の失態に気付いた。明かりの近くに人影はいなかった。ただ、火の玉が宙に浮いているだけだったのだ。
「こ、この明かりも魔法か!」
ならば標的はどこに。振り向くアブスの目に映ったのは、もう一人の仲間カダが、背後から襲われたらしくうつ伏せに倒れた姿。そしてその近くに立つ男が一人。いや、さらにその後ろには標的と他の二人もいた。
逃げる明かりに気を取られたアブスは、何時の間にか標的すらも通り過ぎてしまっていたらしい。
「ああ。これで残りは一人か。上手く行き過ぎて怖いが………。まあ、敵が一人だけなら、どうとでもなるさ」
カダを倒したらしい男は、背後にいる仲間の人間にそう呟いていた。




