魔法使いの研究方(6)
木々は折れ重なって壁となり、既にクルトの視界の半分を占めている。魔法で対処できる限界点は今だろう。これ以上囲まれればクルト達は完全に捕えられ、魂が喰われるのをゆっくりと待つだけになる。早急に状況を打開しなければならない。
ソウルイーターがどの様にして魂を喰うのかは少し気になるが。
「敵の本体。その精神の入れ物になっている木は、白骨死体のすぐそばにあると思う」
今すべきことはソウルイーターの本体を見つけて、そこに魔力を叩き込むこと。そうすればソウルイーターを倒すことができる。クルトも晴れて自由の身というわけだ。
「魂を喰うわけだから、魂が抜けた体の方は食べた地点の近くに残されるってことか」
ナイツは視線を白骨死体の方へと移す。既に木々の壁の外側にあるそれだが、まだなんとか見える。
「あの近くって言われても、木は何本かある様だけど………」
白骨死体の周囲には複数本の木が存在する。そのどれがソウルイーターなのか。
「どれかの木に魔法を当ててみよう。実験の反応と結果を見ることで、魔法研究はより良く進む!」
そう言ってクルトは杖の先端から雷の魔法を放つ。遠距離用に調整したそれは、まっすぐ木の壁の間をすり抜け、白骨死体近くの木。その一本へと直撃した。
「効果は……無いね。まったく」
木の壁はクルト達を包囲したままで、そこから伸びる枝も襲ってくることを止めない。
「おい! どういうことだ!」
「本体じゃない方の木に当たったみたいだね」
伸びる枝を燃やし続けるナイツは必死だ。そろそろ本格的に疲れが見え始めた頃だろう。
「まって、何か地面が揺れてない?」
アーシャは地面を見つめる。確かにクルトも微振動を感じる。
「しまった! 地面の根を動かして足場を崩すつもりかも!」
だとすればかなり知恵の回る化け物だということだが。
「ううん。違うみたい」
アーシャは白骨死体のある方向を指差す。地面の根が動いたのはその周囲だった。まるで白骨死体を守るかの様に木の根が地面から迫り出していた。
「木の壁の次は、木の防柵ってところかよ。おい、クルト! 状況はさらに悪くなったんじゃないか!」
防柵は魔法で狙われぬ様にするためだろう。白骨死体周辺への視界は壁と防柵によってさらに悪くなる。直進する雷撃を当てることはもう無理だろう。
「ええっと。とりあえず手当たり次第で魔法を当てるのはちょっと難しくなったかなあ」
「それじゃあソウルイーターを倒すのはもう無理?」
アーシャは恐る恐ると言った顔でクルトに聞いて来る。その問い掛けが肯定されれば、それは即ち3人がソウルイーターの餌になることなのだ。
「どうだろ。本体がどの木なのかはもうわかったけど……」
「本当か!?」
「う、うん。まず、今僕らを襲っている相手はそれ程頭が良くない。僕らを木の壁で追い詰めたんなら、地面の下の根っこを動かして襲えば、僕らはどうしようもないって言うのにそれをしないのは、それを思い付く知恵がないんだと思う」
木の壁で追い詰めて、そこから伸びる枝で獲物の自由を奪い、じっくりと魂を食べる。もっと汎用性の高い力を持っているというのに、そういう方法しか獲物を捕らえる方法を知らないのだ。
「頭が悪いってのはわかったが、いかんせん追い詰められてるのは俺達の方だぞ」
知識というのは力であるが、生来の能力が秀でていれば知恵なんていらないという証明か。
「知恵が無いってことは本能に従順だってこと。僕の魔法で狙われて危険を感じたからこそ、あの防柵を作ったんだ。それは即ち、あの防柵が一番厳重に作られた先にあるのがソウルイーターの本体ってこと」
クルトは防柵を指差す。白骨死体の近く。その中でも一番木の根の防柵がせり出ている場所。既に視界には映らないが、その先には木が一本あったはずだ。
「そ、そうか。でも、本体の木が分かったところでどうする? このまま高火力の魔法で壁を燃やし、あの防柵もやはり火で燃やし尽くし、火の塊になってその木に特攻するのか!?」
「あはは。ナイツがそれをしてくれるんなら成功率は高いんじゃない? 火の魔法、得意でしょ?」
「絶対にいやだ!」
木の枝を焼く作業を続けながら叫ぶナイツ。器用である。
「ナイツくんも大分疲れているから、やったとしても意味は無いんじゃないかな……」
アーシャはナイツの疲労を考えてそう結論付けた様だ。疲れてなかったらさせるつもりだったのだろうか?
「特攻以外で何か方法! 思いつく奴は手を上げろ!」
ちなみにナイツは両手に炎を起こして忙しそうに枝を燃やしているため、手を上げることはできなさそうだ。なのでクルトが手を上げることにする。
「さっきの雷を放つ魔法だけど、ちょっと集中すれば、遠距離に方向を曲げながら撃つこともできるよ」
クルトは師であるオーゼに方法を教わっていた。実践出来るかどうかは別として。
「本当か!? だったらそれで防柵の向こうにある木を撃つこともできるんじゃないか?」
「成功すればできると思うけど………」
「なら早くやりましょう! ほら、ナイツくんも相当無理してる!」
木の枝がアーシャにも迫っている。ナイツの燃やし残しが伸びているのだ。木の枝の勢いは先ほどから変わらない様子なので、ナイツの魔法が弱くなっているのだろう。
「問題が一つあるんだよね。雷の魔法を曲げるっていうのは、雷が進む方向に魔力を流して、事前に魔力の道を作る必要があるんだ」
「確かにそれができれば、雷だろうとなんだろうと、魔法によるものならなんとか進路を操れると思うわ。どうして問題があるの? 流し方が分からないということ?」
「いや、魔法を流す方法なら先生から習ったんだけど……。魔力がどんな風に流れて行くのか、僕には感知できるだけの経験がない」
魔力感知は才能か経験の二つが必要だ。その二つに恵まれていないクルトでは、魔力を流しても、それが自分の思い通りに流れているかどうかを判断できない。
このまま雷の魔法を使ったとしても、突拍子も無い方向に放たれる可能性が高いのである。
「魔力が、あの防柵の向こうまで届けば問題無いのね? なら私が」
アーシャは魔力探知に優れた才能を持っている。近くにある木までの魔力を探知できるかもしれないが……。
「魔力を流すっていうのはコツがいるんだ。2,3日授業と訓練をして身に付けるもので、この場でいきなりってのは無理だよ」
アーシャが曲がる雷の魔法を使えれば良いのだが、その能力が今はない。誰も彼もが半人前だ。一人の技能では十分にことを成せない。
「だったら私が魔力を探知するから、クルトくんは私の言う方向に魔力を流して」
「なるほど。分業だね」
半人前なら二人合わせて一人前だ。上手くやれればソウルイーターを倒せる。
「ナイツ。もう暫く踏ん張って。今度こそなんとかしてみせる」
「さっきからそんな言葉ばっかりだな!」
悪態を吐くものの、ナイツは気を引き締めたらしく、木の枝に押され気味だった状態から少し持ち直す。
「よし、感覚的にあの枝の壁をすり抜けて、向こうの防柵を横に避けながら、柵の先にあるはずの木に当てる様なルート。そこまで上手い具合に誘導できる?」
「な、なんとか」
アーシャは少し前のめりになる。視界を白骨死体周辺に集中させ、感覚を研ぎ澄ますつもりなのだろう。
「そりゃじゃあ魔力を流すよ!」
クルトはとりあえず杖をソウルイーターの本体であろう木がある方向へと向ける。
「……うん。わかる。まっすぐ魔力が流れて行く。もう少しで壁に当たる。やや左に流してまたまっすぐ。できる?」
「やってみる」
クルトは杖から流れる魔力を微調整して、アーシャの指示する方へ向かう様にする。クルト自身は魔力を感じ取れないため不安だが、アーシャが何も言わないところを見ると、上手くいっているらしい。
「今はどのあたり?」
「壁を抜けた。防柵まで3,2,1今度は大きく斜め右下へ!」
「こうか!」
目隠しをしながら歩いている気分だ。確かに魔力を流してはいるのだが、色も無く感じ取れもしないものが、どの様に動いているか。それを判断できるのは自分ではなく、他人なのである。
「ちょっと行き過ぎ! 方向を修正して!」
「え、ええっと。修正するには魔力の流れがこうなるから……」
順調に進むのであればまだ良いのだが、一度間違えればもうどうなっているのか分からなくなり混乱してしまう。
「おい……早くしてくれ。本格的にやばい」
ナイツは顔に冷や汗を流しながら話し掛けてくる。こっちだってやばいのだ。お互い集中力を切らす様なことはしない方が良いと思うが。
「待って。ほんと待って。もうすぐだから。多分、もうすぐ魔力がソウルイーターの本体に届くから」
「あと半分くらいだよね」
アーシャの言葉に心が折れそうになる。まだ半分か。
「ええい! 明日寝込むこと覚悟でやるぞ! ぶっ倒れるかもしれないから、その時は運んで帰れよ!」
「生きてたらね………」
気絶しながら死ねるのなら楽で良いなと少し思うクルト。ここでナイツが倒れるかクルトが失敗してしまえば、実際そうなるだろう。
ただ、やはり死ぬよりは生きていたい。クルトも死ぬ気で集中して、魔力を流す作業を再開する。
「うん! 柵を抜けた。後は少し方向修正して、見えない場所に別の障害物がなければ魔力が届くわ!」
「そ、そう言えば木が視界に映らないから、ある程度は運に任せるしかないんだった……」
木の根以外の障害物は無かっただろうか。思い出せない。命を自分の意思以外の何かに任せるというのは不安で仕方なかった。しかし、もう後戻りはできない。
「魔力がまっすぐ進んでいく………。多分、順調ならもう届いていると思う」
アーシャは自信無さげだ。いくら魔力探知の才能があっても、見えないところがどうなっているかは分からない。不安はクルトと同様に感じているのだろう。
「よし……頼むから届いてよ。いけ!」
雷撃の魔法を放つ。クルトが魔力を調整すると、まずクルトが持つ杖の先から雷が発生して、連鎖的に空間に漂う魔力も雷になっていく。
魔力の雷への変換はクルトが流した魔力にも同様に起こり、他人が見れば、まるでクルトの杖から雷が変則的な軌道を描きながら飛びだした様に見えただろう。
クルトの主観でも、それらは一瞬にして起こっている。杖の先から障害物の向こうにあるソウルイーターまで、それこそ雷の早さで飛ぶ。視界に雷の光が映るのと、それが何かに直撃し、ドンという大きな音が聞こえるのはほぼ同時にすら思えた。実際は稲光が何かに当たった後で音が鳴ったのだろうが。
「当たった! ナイツ、木の壁の様子は………」
ソウルイーターの本体に当たっているのなら効果はあったはずだ。クルトの拙い魔法であれば魔力はダダ漏れであり、雷の直撃によって肉体は破壊され、魔力によって精神部分にも害を与えているはず。
「はぁ……はぁ…枝の……侵攻は…止まっている」
もう既に精一杯という様子のナイツは、既に火の魔法を使っていなかった。しかし木がクルト達を襲うことはない。クルトの魔法がソウルイーターを仕留めた証明であった。
「や、やったあ」
クルトはその場で尻もちを突いた。クルトもクルトで、一生分の集中力を使った気分であった。自分に命の危機が無ければ、この様な集中力の発揮は無理だっただろう。
「ああご先祖様……あなたが倒しそこなった化け物は、私がちゃんと処理しましたので、どうか安らかに」
アーシャも突然気が抜けた影響か、なにやら怪しげな言葉を呟いていた。
「は、はは。そう言えば、伝説の中の化け物を倒したってことなんだよね、僕ら」
「そう……なるな。今度はアカウト・ニケンに代わる英雄か?」
酷い目のくまが出来ているナイツだが、冗談を言う余裕はまだある様子。
「いいえ! 違うわ! ご先祖様がここにソウルイーターを追い詰めてくれたからこその成果よ。私達はその後押しをしただけ」
ありがとうご先祖様と天に祈るアーシャ。彼女も精神的に追い詰められていたのだろう。不憫な。
「これ、いまさらの話なんだけど、ソウルイーターを仕留めた変化する雷の魔法さ、実は今回が初めての成功だったんだよね。いやあ、上手く行って良かった」
「………」
「………」
何故だかクルトは他二人に睨まれていた。どうやら自分達が想像以上に危険な賭けをしていたことを、後になって理解したらしい。
「次からお前の案に乗るってのは、少し考えてからにするよ………」
「ご先祖様。ありがとうございますご先祖様。今、私の命があるのはご先祖様のおかげです」
「失礼だなあ………」
まあ、こういう愚痴や妄想を口にできるのも、無事助かったおかげだろうとクルトは考えることにした。
事が終わってからもクルト達は大変だった。まずソウルイーターが作った木の壁は、クルト達を襲わなくなったもののまだ残ったままであり、それを破らなければならなかった。
そのためにナイツは本当に最後の力を振り絞り、衝撃を発生させる魔法で壁を壊したのだが、そのすぐ後に気を失って倒れた。精神力の限界という奴だ。
そのせいでクルトはナイツを背負いながら村へと帰らなければならず、壁を壊すくらいの魔法は自分でやっておけば良かったと、その頃になってようやく後悔をした。
村に帰ってからも大変である。一応、村人の家族であるアーシャと共に、一人の少年がもう一人の少年を背負いながら森から出てきて、さらには森の中で人の死体を見つけたというのだ。どういうことなのかと騒ぎにもなる。
その説明と状況確認のために一日。さらに現場の検証と、倒れてから起きないままのナイツの看病を宿の主人に頼むのに一日。無事復活したナイツと共に、再びソウルイーターがいた場所に向かい、魔法研究のための調査をするのに一日と、計三日程、さらに村で過ごすことになった。
そうして分かったことと言えば………。
「ソウルイーターなる怪物は、確かに森の中に存在した。ソウルイーターは魂を喰う精神生物で、しかも自分の精神を違う物に移すことができると。既存の情報が当てはまる生物がいたって程度かなあ」
村で過ごす恐らく最後の日に、クルトはナイツと宿で今回の調査の統括を行っていた。
「俺にとっちゃあ驚きの生態って感じだけどな。ソウルイーターの本体らしき木、お前の魔法で表面は焦げていたが、木としてはまだ生きていたらしい。だが、この数日で急速に枯れ始めていた」
別にクルトの雷撃が環境破壊を促したわけではない。仮説ではあるが、木の中にあった精神が無くなったから、木はその生態を止めてしまったのだ。植物が植物人間の様になったと考えると、どんな冗談かと思うが
「木の精神を乗っ取ったってことなんだろうねえ。おお怖い。そんな生き物がいるなんて、世の中危険がいっぱいだよ」
「木になる前は狼みたいな姿だったらしいが、それも本来の体じゃあないかもだもんな。いったいどこから来た、どんな生き物だったのか」
倒してしまった後では何もわからない。かと言って、じっと観察できる程温厚な生物では無かった。人の魂を喰うのである。
「村の方も大変だよ。これまで事故だと思ってた事件の幾つかが、森の中に潜んでいた謎の化け物の仕業だったと知れたんだ。もう大騒ぎ。正式に魔法大学に調査を依頼するそう。まいった話なんだよね。精神生物についての情報が広まる可能性が………」
「お前の心配はそれかよ……。まあ俺としては、魂というものが生物には存在するってことが証明されただけで大収穫かな。後はどうやってそれをゴーレムに誕生させるかだが」
ナイツは今回の事件で一番苦労した立場だろうに、今では自分の魔法研究について考えており、楽しそうである。
「………ま、そういうもんだよね」
「なんの話だ?」
首を傾げるナイツを余所にクルトは考える。今回は本当に生きるか死ぬかの瀬戸際だったのである。木を操る化け物に魂というあやふやな物を食べられかけた。
トラウマになってもおかしくはない事件だ。だと言うのに、クルトもナイツも自分達の魔法研究についてばかりを考えている。
現実から逃避をしているからだろうか? いや、違う。
「それこそ物語の中に出てくる人間だと思ってたんだけど、僕らは知識を得るために自分の命を賭けちゃう様な人種なんだろうなって、ふと考えてさ」
命というのは大切なものだ。誰だって何かしらの事情が無ければ生きたいと考える。クルト達もそれは同じなのであるが、それは生き続けなければ新しい知識が得られないからという理由が、最近になって出来たとクルトは考えるのである。
つまり、新しい知識のためなら、命を天秤に掛けるかもしれないということだ。今回の件はまさにそれである。ソウルイーターが魂を喰う危険な存在であることは事前に知れた。それが森の中で生き残っている可能性だって、まったく考え付かなかったわけでもない。だというのに、クルトは森へ調査に出掛けたのだ。
その結果が今回の事件だ。
「いまさらだろ。だから魔法使いなんだ。魔法が使えるだけじゃなく、魔法に命を預けているから、そういう風に呼ばれているのさ」
再びナイツは笑う。そういうことなのだろう。知識のために悪知恵を働かせ、知識のために苦労をし、知識のために命を賭ける。それこそが魔法使いの研究方なのだ。




