魔法使いの研究方(3)
悲鳴が上がったのは、ニケン宅へやってきた魔法使いの一人、ホーリーという女生徒にあてがわれた部屋からだった。
駆けつけるクルトとナイツ。二人が辿り着く前に、もう一人の魔法大学生徒リキルが既に部屋にいた。
彼は腰を抜かした様子のホーリーを心配して、彼女の肩を抱いている。
「いったいなにが―――」
ナイツは、悲鳴を上げたであろうホーリーに事情の説明を求めようとして、その言葉を止める。
理由がわかったからだ。ホーリーの部屋には、彼女以外に、人型で、輪郭がはっきりせず、薄く青い光を放つ何かが存在していた。
「みんな、あれから離れて!」
クルトはすぐにその存在がなんであるかを察知した。ゴーストだ。間違いない。人がどういうわけか、肉体よりも精神寄りになった姿。
現実の事象に干渉できず、普通なら無害な存在なのだが、魔法使いがいる場合は別だった。
ゴーストは魔法使いに憑りつくことができるのだ。もし体を触れられれば、そこを乗っ取られる可能性があった。
「危険なのか?」
ナイツはすぐにホーリーとリキルの肩を叩き、その場から離れさせる。そのついでに、ゴーストについてのことをクルトへ尋ねた。
「対処法なら知ってる」
ゴーストは魔法使いにとって危険な存在だが、一方で、純粋な魔力に弱いという性質を持つ。クルトの魔力でも十分に消滅させられるくらいに、ゴーストは不確かな存在なのだ。
「おい、どうした?」
魔力を放出するために、愛用の杖をゴーストに向けるクルト。しかし、それから続く行動を行わなかった。不審に思ったナイツはクルトを見る。
「おかしい。まったく動かない。こっちに気付いてもいないみたいだ」
ゴーストはただ現れたその場に存在するだけだった。体格は男の様だが、あやふやな光で形作られたそれでは、正確には判断できない。顔の部分にいたっては、本来の凹凸がまったくなく、ただぬるりとした丸が存在するだけである。
「本当だな。なあ、ホーリー。こいつが部屋に現れた時はどうだったんだ?」
ナイツは真っ先にゴーストを見たであろうホーリーの意見を聞く。
「え、ええっと。いきなり部屋の中に現れて……そのままよ。驚いて悲鳴を上げちゃったけど、それにも反応していないみたい」
腰は抜けたままだったが、ゴーストの様子が危険なものでないと判断したのか、冷静さを取り戻しているホーリー。
「俺が部屋に来た時もそのままだ。間違いないよ。その幽霊、まったく動いていない」
リキルもホーリーの意見に賛同する。部屋に現れたゴーストは、何かおかしい。
「ちょっと調べてみるよ。ナイツ、もし僕の様子がおかしくなったなら、僕に魔力光を放って」
この場で一番ゴーストについて知識のあるクルト自身が、ゴーストを調べてみることにする。
「魔力光って、なんでだ?」
「それが対処法なんだよ」
自分が憑りつかれたとしても、すぐに魔力光を当ててもらえば大丈夫だろう。まったく動かないゴーストに近づき、まずは目で観察する。
「身長は成人男性くらい……かな? 離れて見れば人型っぽいけど、どうにも体全体の凹凸がなくなってる感じ。最後にはただの丸い光になりそうだよ。これは」
人間らしさがどんどん無くなっていっている。そんな印象だ。
「手とかもそうなのか?」
「うん。うわ、2,3本ひっついて一本になってるよ」
間近でじろじろと見るものの、やはりゴーストは無反応。まるで部屋に存在するインテリアだ。
「足付近はどうかしら、さっき幽霊を見て驚いたのは、足が無かった様に見えたというのもあるのだけれど」
先ほどまでの驚いた様子はどこへやら。ホーリーもすっかり魔法研究者の表情だ。
「無いわけじゃあないね。ただ足の股が無くなって、2本の足が一つになってるみたいだ」
どこかで見た人魚もこんな感じだったか。いや、向こうはもう少し生物的だった。
「試しに触れてみる。何かあったら、さっき言った通りに」
「あ、ああ。気をつけろよ」
ナイツは冷や汗を流し見つめるが、クルトを止めようとはしない。彼もまた、恐怖より好奇心が勝る人種だった。
「………なんともないね。手がすり抜けて行く」
ゴーストに手が触れる瞬間。なんの感覚も無しに手が空を掴む。うっすらとした光の中に手が入っているのはわかる。しかし、その感触はまったくしない。
「本当に、そこにあるだけみたいだね。これは、いったいどういう存在なのか」
ホーリーを支えていたリキルも、彼女の状態が正常であることを確認して、今度はゴーストに近寄る。安全だと判断したのだろう。
「光の正体は魔力光よね。なら、どうして人型なのかしら」
ホーリー自身も同じく、ゴースト観察のために立ち上がる。抜けた腰は元に戻ったらしい。
「クルト。お前、何か知ってるだろう」
今までのやり取りを見れば、どうしてもわかってしまうのだろう。ナイツは疑いの眼差しをクルトへ向ける。
「いや、それなんだけど………」
「みんな! いったいどうしたの?」
少し遅れて、部屋にアーシャとカーリー。そしてアーシャの母であるサリナがやってきた。
「ええ! それって幽霊!?」
カーリーの反応はクルト達と同様。
「……またでたんだ」
アーシャは幽霊を見て暗い顔をする。この霊に対してなんらかの危機感を抱いているのかもしれない。
一方で彼女の母親と言えば。
「あら、困ったわねえ。最近じゃあ、ここは幽霊屋敷だってご近所で噂されてるのよ。なんとかならないかしら」
幽霊に対しては迷惑している様だが、別に恐怖を持っているわけではない。部屋に虫が現れた程度の感想だ。
「困ったって、そういう問題じゃあないでしょう! 母さん!」
母親の態度に不満を感じたのか、アーシャは叫ぶ。
「でもねえ。どうしようもないし、何かするわけじゃあないのよ? 父さんも、最近じゃあ放って置いたら消えるんじゃないかって、無視を決め込んでいるし。でも、全然消えないわよねえ」
どうにも娘と両親の間で見解の相違がある様子。アーシャは実家へ帰る頻度が少なく、ゴーストに慣れていない一方で、毎日この家で過ごす両親は、すっかりゴーストに対する恐怖心が無くなったのだろう。
「そんな、こんなのが現れる家なんて変よ! 絶対何かあるわ」
「何かあるって、まだまだ新築よ?」
話が噛み合っていない。クルトが意識をこの親子に向けるべきか、ゴーストへ向けるべきかを思案し始めた頃、玄関のベルが鳴る音がした。
「ただいまー。おーい。誰がいないのかー」
家の主、マノリネク・ニケンの帰宅だった。
「なるほど、きみたちもアレを見て驚いたか! いやあ、私も始めて見た時もそうだったよ。年甲斐も無く腰を抜かしてね。妻には迷惑を掛けた」
マノリネク家の食卓。ゴーストを調べているうちに日が暮れ、マノリネク自身から晩餐に誘われたクルト達は、一家と共に食事を摂っていた。
マノリネク氏は芸術家肌と聞いていたので、気難しい人物だと思っていたが、話してみると気さくな人物だとわかる。
「でも今は随分慣れているみたいですね」
マノリネク家の夫婦は娘のアーシャと違って、ゴーストに対して楽観的である。その点が気になるクルト。
「まあ、あれだけ頻繁に現れればな。それに向こうは何もしないんだ。慣れもする。それにほら、暫くすると消えてしまっただろう?」
現れたゴーストは、あのまま何も変化せずに1時間程で消えてしまった。確かに最初は驚くだろうが、何度も経験すれば、すぐに関心を無くしてしまうだろう。
「消えたんじゃないわ。あの場所から移動しただけ。みんなは気付かなかったの? あの場には幽霊の魔力みたいなものがまだ残ってた………」
マノリネク氏の話に口を挟むアーシャ。どうやら彼女は、ゴーストの魔力を探知していたらしい。
「そう言えば、そうだった様な」
アーシャの言葉に同意するのは、魔法使いの中のリキルだ。彼もゴーストが肉眼で見えなくなってから、それでもゴーストの魔力はその場に存在していたと語る。
「二人とも、魔力探知で良い成績だったんじゃないかしら? だから分かった」
一方で、そういうものが探知できなかったらしいホーリーは、二人の探知能力が優れている点に注目する。
「有り得るね。ゴーストというのは魔力の塊みたいなものだから、止まって安定している時は魔力光を放ち、移動すると安定せずに、魔力探知能力が優れた人物だけが存在しているとわかる」
食卓に集まる者達の中で、一番ゴーストに関する知識を持ったクルトが、自然と話の中心となっている。
「じゃあさ、もしかしてアーシャが幽霊を必要以上に怖がっているのは、もしかして、ゴーストの魔力を探知しちゃってるからとか?」
アーシャがゴーストへの嫌悪感を抱いている理由について、カーリーが尋ねる。
「そうかもしれない……。父さんや母さんは、偶にしか現れないって言うけど、私にはずっとこの家に幽霊がいることがわかるから」
そりゃあ嫌だろう。悪さをしないと言っても、家に自分の知らない何かがいるのだ。アーシャの気持ちもわかる。
「そんなに嫌だったの? ごめんなさいねアーシャ。あなたの気持ちも知らないで」
申し訳なさそうにアーシャの母が話す。これも仕方ない。彼女は魔法使いでないのだから、娘の嫌悪感もいまいち理解できていないはずだ。
「それについては任してください。俺達は、あの幽霊を解決するためにやってきたんです」
何故かナイツが胸を張って答える。確かゴースト調査が目的だったはずだが、いつのまにだか解決が目標になっていた。
「ふうむ。娘の友人達が頼もしいというのは嬉しいことだが、あれを解決するというのは………いや、娘が怖がっている以上、親としては」
マノリネク氏はどうにも悩んでいる様子。いったい何をだろう。
「ゴーストについて、何か思うところでもあるんでしょうか」
普通は無害とは言っても、あの様な存在が家にいるという状況をなんとかしたいはずだ。だというのに戸惑う理由はなんなのか。クルトは気になった。
「ああ、いや。ちょっとしたことなんだが、我が家に伝わる話を思い出して、あの幽霊に何かしら符合するものがあるなと」
「あら、あなたったら、まだそんなことを考えているの?」
笑うアーシャの母。どうやらマノリネク氏の考えがわかるらしい。
「浪漫だよ。浪漫。そういうことに拘るのが男というものだ」
「いったい何の話でしょうか」
興味をひかれたらしいリキルは、マノリネク氏に話の続きを促す。
「うーん。なんとも現実味の無い話なのだが……。そうだな。食事時の雑談としては丁度良いかもしれない。それというのも、我が家の先祖、アカウト・ニケンにまつわる物語でね―――」
今からおよそ400年前。マジクト国が国家としての体制を整え始めた頃。マジクト家に仕える一人の武人がいた。名前をアカウト・ニケン。当時、戦乱が続く大陸で、いち早くマジクト家の勢いに気付き、側近としてその力を発揮した男である。
そんな人間も壮年を過ぎ、体力の衰えから隠居の道へと進む。自らの故郷。丁度、現在のニケン宅がある場所を自分の所領として与えられたアカウト・ニケンは、その武勇をいったん鞘へと納めた。
しかし納められた剣がもう一度抜かれる機会がきた。この土地に、人を喰らう化け物が現れたのである。
「化け物………。それを倒す英雄。なかなかの英雄譚です」
先祖の話をするマノリネク氏へ感想を述べるホーリー。だが、その場の裏には、在り来たりな話であるという意見が読み取れた。
「いや、倒すことは倒したんだが、相討ちに終わったと聞く。アカウト・ニケンは化け物、丁度、この家の裏の森に現れたそうだが、森へと向かい、そのまま帰ってこなかったそうだ」
珍しい話だと思うクルト。英雄譚というのは英雄がその子孫を残すことで終わる。その英雄譚を語り継ぐ一族を特別な存在だと証明するために。
「そうだ、マノリネクさんがアカウト・ニケンの子孫ということは、アカウト・ニケンには既に子どもがいたんですね?」
「ああ。話を信じる限り、アカウト・ニケンは当時でもかなり高齢だったわけだから、跡継ぎも既にいたんだろう。そして自分が犠牲になることで化け物を倒し、自らの家名に栄光をもたらした。そういう筋書きだ」
まさしく英雄譚だ。命を賭して強大な敵を内倒し、その家系の名声を上げる。そういう種類の話はあるだろう。
しかし、ナイツはその話に疑問を抱いたらしい。
「その話はわかりましたが、屋敷に現れる幽霊とは何の関係が? 幽霊騒動の解決に反対する理由にはならない様な」
ナイツの問いはクルトも同様に思ったことだ。アカウト・ニケンの話に幽霊は一切出てこない。ではこの話はいったい何なのか。
「まあ待ちたまえ。この話には人を喰らう化け物が出てくるが、化け物らしく面白い特徴があるのだよ」
「そう言えば、どんな姿かは聞いてませんねー」
食事の方に気を取られているらしいカーリーは、話を流す様な相槌を打つ。マノリネク氏は気にせず話を続けた。
「姿については諸説あって正確にはわからないが、その特徴は共通している。なんでも、人間の魂を喰らうらしい」
「ソウルイーターという奴でしょうか」
リキルはわざわざ化け物に名前をつけて表現する。魂喰らい。まあ、それらしい名前ではある。
「ソウルイーター。格好の良い響きだ。これからはそう呼ぼう。うん」
どうやらマノリネク氏はソウルイーターという命名が気に入った様だ。好みというのは人それぞれだとクルトは考える。
「魂と幽霊。確かに関わるものかもしれないけど………」
父親の話をずっと聞いていたアーシャだが、まだ納得できていない様子。
「ここからまさに浪漫の話になるのだが、アカウト・ニケンは、ソウルイーターに食べられかけたんじゃあないかな。そしてなんとか化け物を倒すものの、魂を食べられかけたことで肉体から魂が離れ、幽霊になった。しかし郷愁の念は消えず、この屋敷へとやってきた」
確かに浪漫のある話だ。何百年かの時を経て、アカウト・ニケンは自分の家に戻った。マノリネク氏が再現した領主宅へと。
ただ、やはり信じ難い話だ。というより、浪漫に寄り過ぎて現実に沿わない。
「あの幽霊が、そのアカウト・ニケンだと本当に信じているんですか? 何百年前からの帰還だったり、食べられかけたけど魂だけで助かるとか、その、馬鹿にするわけじゃあないんですが………」
あの幽霊とアカウト・ニケンは直接的に関係ないのではないか。その言葉だけは押しとどめるクルト。浪漫の話とマノリネク氏が言う以上、彼だって心の底から信じてはいないのだ。
「本人ではないんだろうなあ。それに娘が嫌がる以上、なんとかしなければならない問題でもある」
「父さん………」
自分の浪漫よりも娘の事情。マノリネク氏は父親だった。
「君たちが解決してくれるというのなら、頼んでも良いかね? 対処法については何か案でも?」
「ええ、ええ! 勿論ですとも! 実はこのクルトという生徒が、幽霊について色々知っている様なんです。きっと、退治する方法も知っているはずですよ」
だからどうしてナイツが威張るのだろうか。他人の知識を当てにしている癖に。
ただ、クルトがゴーストの退治方法を知っているのは本当だった。
「手っ取り早く退治ならできます。でも……」
少し考え込むクルト。退治できたとしても、あの幽霊の正体はわからないままだ。まさか、本当に昔の英雄が幽霊になって現れたわけじゃああるまい。それに………。
「でも、何かね?」
「マノリネクさんの話ですけど、本当にあったかどうか確認する方法はありませんか? 退治するなら、まずはマノリネクさんの仮説が本当かどうか、調べてみてからでも遅くはない」
「おお、なるほど。魔法使いというのは、きっちりとした調査をするのだな。まかせてくれ、土地に住む長老の様な人がいてね。古い文献も多く所有している。幾らか貸して貰えないか頼んでみよう」
どこか嬉しそうなマノリネク氏。そりゃあそうだ。自分でも馬鹿らしいと思う話が、真剣に調査されるとなれば嬉しく感じる。クルトもそういう意図があったからこそ、調査を買って出た。それがまさか新たな展開を呼び込むことになろうとは、思いも寄らないままに。
幽霊騒動と晩餐会から翌日。いつの間に借りたのか、マノリネク氏がこの土地に関する資料を屋敷へと持ち込んでおり、魔法使い達はそれらを読み込む作業を続けていた。
「年代記では確かに400年くらい前、この土地で多くの人間が獣に食われたとあるな」
ナイツは土地の歴史を記した年代記を調べている。その時々に書かれ続ける物で、信憑性は高いのであるが、何分事務資料的な意味合いが強く、単調な文が続き、当時、どういう状況であったのかというのが良くわからない。
「見聞録的な物もあるけど、駄目ね。もう既にお話としてのアカウト・ニケンの話が出来上がっている」
残念そうに本を畳むホーリー。もう少し得る物があると思っていたらしい。
「だから言っただろう。ホーリー。そういうのは噂話が主体だって。歴史の事実を知りたいのなら、こういう一次資料こそが大事さ」
リキルは随分と親しげにホーリーと会話している。クルトは薄々、この二人はそういう関係なんじゃないだろかと考えていた。まあ、今は資料を調べることに集中したいので気にはしない。
「なーによ。そんな偉そうにするなら、役立つものは見つかったの?」
惚気に見えたのだろう。苛立つカーリーがリキルを睨む。
「勿論さ。ほら、これを見てくれ。当時を生きた人の日記が残っている。しかも、事件の詳細まで」
皆の視線がその文献に集まる。内容は色々と主観が混じり、正確な状況というものを知ることはできない。しかしだからこそ、当時起こった事実を書いていることがわかる。
「書き手はデカい狼と表現しているね。その化け物を。しかし、人を襲う癖に襲った獲物を食べない。だから魂を喰っているんだと考えていたわけだ」
リキルがアカウト・ニケンの英雄譚に関わる部分だけを抜粋していく。
「獣ならそれは珍しいね。人を襲うのは危険を感じた時か、食糧のためかの二択。後者の場合、獲物の体をそのままにしておくわけがない」
別の資料を読みながら、クルトはリキルの話を補足した。
「ご先祖様は、どういう風に関わっているのかしら……」
気になったのだろう。アーシャが続きを要求する。
「この土地の人間で、自身も腕の立つ人物だったのは本当らしい。土地に住む人々は、アカウト・ニケンに退治を頼んでいる。そして何人かの兵士と共に狼退治を開始した」
「なんだ。一人でやったんじゃないんだ」
つまらないと呟くカーリー。化け物が本当に存在していたのなら、むしろ当たり前の行動だと思うのだが。
「武器を使う訓練をした人間が数人。獣一体なら十分に対処できる数だね」
クルトは自分の故郷を思い出しながら答える。村に野獣が忍び込んだ場合、何かしらの鈍器か棒を持ち、集団で移動するのが決まりであった。そうすれば、人間が獣に負けることはない。怪我人は出るかもしれないが。
「そう。アカウトと兵士達のおかげで、大狼は退治できた。けど、とどめを刺した訳じゃあない。狼は森に逃げたと書かれている」
古い日記を捲って、その箇所を指差すリキル。
「手傷を負った獣は凶暴になる。逃げたとは言っても、まだ安心できない以上、後日、兵士達は森に獣を倒しに行くんだが………」
「帰ってこなかったのね。だから、アカウト・ニケンは化け物と相討ちになったという話になった」
リキルが最後まで話す前に、ホーリーが落ちを話す。誰だって予想できる結末だった。
「その通り。村が獣に襲われることはその後無かったことから、獣は倒された。一方で兵士達は帰ってこなかった訳だから、そっちも返り討ちにあった。そういう推測が成り立ったわけだ」
これがアカウト・ニケンの英雄譚。その真実か。アカウトが一人で化け物を退治したという点は誇張されているが、大凡、マノリネク氏が語った通りの結末である。
「その日記さ。もっと後に、森がどうなったかを確認に向かった話とか書かれてない?」
クルトはあることが気になって、リキルに尋ねた。
「それは……お、あったあった。なるほど、村人を募って、森に向かったらしい。筆者もその一人だね。そこで、兵士達の死体と獣の死体を見つけた。なんだ、ちゃんと相討ちの証拠があったんじゃないか」
拍子抜けした様にリキルが答える。後の残る話が、村人達の想像だけで成り立っていると考えていたらしい。
「木々で邪魔されて、手負いの獣を退治することが困難だったんだろう。兵士達やアカウトの体のあちこちに、木の枝や蔦が刺さっていたり、絡まっていたそうだ」
「ふうん。そりゃ死闘だったわけだ」
口に手を当ててクルトは考える。この符合をどう考えるか。
「しかし、そうなると、屋敷に現れる幽霊がアカウト・ニケンだってのは可能性が薄いな。なにせ、死体が見つかったってことは、ちゃんと弔われたわけだろ?」
ナイツは幽霊とアカウト・ニケンが関係の無い存在だと結論付ける。
「だったら、あの幽霊の正体はなんなのかしら?」
結局は正体不明。そんな状況を不安に思っているらしいアーシャ。
「これらの資料じゃあわからないかもな。なあ、クルト。とりあえず幽霊は退治するってことで良いんじゃないか? 正体まで探っていたら、ずっと屋敷内部に幽霊が漂うことになるんだぞ?」
「そうだね。とりあえずそうしようか」
クルトは持っていた本を置いて、幽霊を消滅させることを決める。
「よし。じゃあさっそくしよう。アーシャとリキルは、なんとなく感知できるんだったか」
事が決まれば、状況を進めるのはナイツだった。魔力探知に秀でたアーシャとリキルに屋敷を探って貰い、幽霊を見つけたらクルトが退治する。そういう段取りを決める。
「それにしても、お前、今までそんなものを調べてたのか? 悪趣味だな」
ナイツはクルトが置いた本を指差す。その本の表紙には、村人達の死亡記録と書かれている。
「ああ、化け物が本当にいたとしたら、それに関する死亡記録が残っているんじゃないかと思ってさ」
「うへぇ。良く調べられるな。しかも、結構最近の物まで持ち出してる」
気持ち悪い物でも見るかのように、クルトに視線を向けるナイツ。
「ちょっと気になって。結局、化け物についてはあまりわからなかったけど………」
それでも、別の気になることが出来た。それは周囲に伝えず、クルトは屋敷の幽霊退治を開始するのだった。




