魔法使いの旅行方(6)
広々とした部屋であるが、過度の装飾はされていない。一方で事務机や本棚、荷物置きなどの実用的な物品は数多く存在し、一種の機能美を見せてくれる。マジクト国魔法大学、その大学長の執務室らしい部屋だと言えばそうだろう。
しかし、この部屋の現在の主としては、もう少し見目を気にするべきだと考えている。ここは言わば大学の顔だ。頭脳は自分。だから化粧くらいはするべきだろうと。
「以上でカガ国内で行った現地魔法組織との会合について。報告を終わります」
「ああ、随分と無理をさせてしまった様だね。申し訳ないよ。その分、報酬は私のポケットマネーからも上乗せしておこう」
魔法大学大学長ことファイム・プリューニは、重要な仕事を達成した生徒を見る。クルト・カーナ。自分と同じ貴族としての姓を持ち、そして本筋から離れて魔法に関わっている。恐らくは自分と同種の人間だろう。
そう考えているからこそ、今回の仕事を任せる気になった。まあ、彼の教師であるオーゼ師の代用ではあるが。
「報酬云々に関しては有り難い話ですが、正直、気に入らない仕事でしたね。前もって内容を教えられてなかった事が特に」
あからさまに不機嫌そうなクルトの顔を見て、ファイムは噴き出しそうになる衝動を抑えていた。
なるほど。彼は間違いなく同類だ。他人の手駒にされることに納得できず、だがそうでなければ渡っていけない世の中というのも知っている。
自分に対する文句も、絶対に一線を越えない範囲で口にするのだろう。
「ことがことだからねえ。魔法大学としても、出来る限り内密にしておきたい話だったのさ」
そして君が無様な真似をしたのなら、すぐに切り捨てるつもりでもあったとは言わない。成功した者には賞賛だけを伝えるべきだし、口にすれば必ずこの生徒は敵になる。今回は使える人材だったのだ、口を滑らせて手から離れて行くと言うのは惜しい。
「そもそも大丈夫なんですか? カガ国が禁止している技術交流を魔法大学が勝手に行おうとするなんて」
不正に慣れていない物の見方だ。経験の浅い人間とは何時だってそうだろう。必ず世界の機構のどこかに、因果応報や勧善懲悪というシステムが存在していると考えている。
だが、日ごろから社会を間近に感じていれば、そんなものは存在しないと断言できる様になる。
「まず、カガ国はともかく、マジクト国は技術交流を禁止していない。そして、魔法大学があるのはマジクト国の方だ」
「そんなのは詭弁でしょうに」
「ならカガ国の方はどうだ? 他二つの家は技術交流を禁止したのかもしれないが、カガ家は大学との交流に乗り気だった。つまり為政者の許可は得ている。これは詭弁かな?」
話し相手はくやしそうな顔をする。そうコロコロと顔を変える物じゃあない。こう言う世界で生きて行くためには特に。
「さらに言えばカガ国との一件は、何も魔法大学が独断で始めたわけじゃあない。大学の意思とは、大学を管轄している貴族議会の決定だ」
畳み掛ける様に話し続ける。正当性という意味なら、確かにそれはあるのだ。正義か悪という話は、後付けに過ぎない。
「そうやって手に入れたものはなんなんですか? 今回の仕事、その目的がはっきりしません。もし、それを明かせないと言うのでしたら、僕は意地でも―――」
「意地でも、危険を冒して調べて見せる………とでも言うつもりかな? ならそれは嘘だな。君は自分の安全を第一に考えているだろう? こんな自分の魔法研究にも役に立たない情報に、命を賭けるだけの価値がないとも考えている」
少年の目の端が動く。図星だろう。
「経験の浅い若造の考えは、何もかもお見通しってことですか?」
「さてなあ。だが、そうだね。仕事を上手くやってくれた報酬として、教えてあげるというのも良いかもしれない。それと言うのも、実は君は薄々感づいているんじゃないかと思うからだ」
この少年は中々に聡い。話をはぐらかすより、誠意を見せた方が扱いやすいだろう。
「どういうことですか?」
「イーストカガに行ったのなら分かるだろう。あの町は近い将来、没落する。そもそもが何の取り柄もない場所なんだよ。ただカガ家が存在しているという理由だけで発展してきた町だ。それもそろそろ限界に近い」
カガ国はその名の通り、カガ家が中心となって誕生した国である。ただし、それはあくまで調停役としての意味でしかなく、他の二家がカガ家より力が劣るわけではない。むしろ、カガ家の力が三家の中でもっとも国家としての力が弱いからこその調停役なのだ。
「カガ家は二つの家に取り入り、まとめ、カガ国を作り出したが、時間が経つにつれ、そのメッキが剥がれだした。つまり自らが支配する場所の国力差だ。ハイパインを中心とするアスファル家には貿易力で劣り、ゴールドサーベルの金鉱を所有するコート家には経済力で劣る」
その差は絶対に埋まることはない。なにせ最初から差があったのだ。唯一存在しているかもしれない立ち回りの良さで、なんとか騙し騙し支配者として君臨してきたに過ぎない。
「何時かは権力者としての地位を脅かされる。だから今度は、マジクト国に取り入ろうとした?」
少年の返答は素早い。これは理解が早いのではなく、恐らく既に想像していたことだったからだろう。
「まさにその通り。今回の件を最初に持ちかけたのはカガ家だ。マジクト国の魔法技術を、カガ家へ融通して欲しい。対価としてはカガ国内での幾らかの権益だ。この対価というのが侮れない。カガ国内にあるカガ家の支配地域は知っているかい?」
「カガ国の東部がカガ家の支配地域………ということは」
やはりクルトという生徒は賢い。仕事内容を話して良かった。既に相手が予想していたことを話すのだから、こちらにデメリットは少なく、一方で本音を話すことで恩を売れる。
「そう。丁度マジクト国との国境線沿いにカガ家の支配地域がある。国境線とは国家間の問題が多発する地域だけど、カガ家はその問題の多くを、すべてマジクト国が有益な方に譲歩すると提示してきた。これがカガ家側の対価」
そうして魔法大学、そして貴族議会が動いた。これは想像以上の利益になる。そう考える貴族がいたのだろう。
「こうして大学とカガ家、おっと、魔術同盟『山猫』だったかな? それらの会合が成立することになった。今後は魔法大学から数名の人材をカガ国へ送ることになるだろうね。なかなかに遣り甲斐のある仕事だぞ? なんなら君も推薦してあげようか」
「遠慮しておきます」
すぐに否定の言葉が返ってくる。やはり子どもだ。ここでこちらの提案に賛成された方が、よっぽどこちらを困らせることができるというのに。
「まあ、最初は慎重に行きたいから、厳選した人員を送ることになる。大学に入って一年と少しの生徒が参加するのは難しいか」
「そうですか」
意外にもあっさりしている。嫌味を若干混じらせて伝えたのだが。
「さて、金銭面での報酬は後で渡そう。報告に関しては良かったよ。状況がすごくわかった。あとは……何かあるかな?」
「いえ、それじゃあ退室させて貰います」
拗ねたのだろうか。先ほどまでの百面相が無くなった様だ。
「あ、そう言えば一つだけ」
「うん?」
「頑張ってくださいね?」
そんな言葉を残して、少年は執務室を去った。
「ふん?」
去り際に見た顔がどうにも記憶に残る。今までの表情はどういう感情が籠っていたのかがすぐにわかったのに、最後だけは、どうにも良く分からぬ顔をしていたからだ。
クルトは早歩きで執務室を去る。心臓が高鳴り、感情を押さえつけるのが難しくなってきたのである。
「はあ、はあ、はあ」
ペースも考えない動き方なので、すぐに息が切れてしまう。体力に関しては長旅を結構繰り返しているので自信があるのだが、いつものテンポを崩せばこんなものだ。
「ふぅ。ここまで離れたなら、気付かれることはないよね」
クルトは執務室の方を振り向き。その扉が見えぬ場所まで来たことを確認して、息を深く吐いた。
その顔には、今のクルトの内心を現す満面の笑みが浮かんでいた。
「やるじゃないか、僕もさ。概ね予想していた通りの展開だ。大学長からも、知りたかった情報を得ることができた」
そのまま笑い出したい気分だが、大学構内でそんなことをすれば、狂人か、もしくは魔法実験を徹夜で繰り返した生徒か何かだと思われてしまう。
「あれ、だったらそんなに不自然じゃないのかな?」
自分の想像に水を掛けられた形になり、冷静さを取り戻すクルト。
「さてと。とりあえず、一通りの仕事は終わったわけか。後、することとかはあったかな?」
少し規模の大きい事に巻き込まれていたためか、どうにもやり残しがある様に感じてしまう。
自分ができることは、すべてしてきたと思うのだが。
「なんだったかなあ。何かを忘れている気が………」
「どうしたクルト。こんなところで。ここら一角は生徒とは縁の無い場所じゃぞ」
「あ、先生」
クルトが考え込んでいる間に、彼へ話し掛ける人間が一人。クルトの師であるオーゼだ。
「大学に帰ってたんですか? 1週間くらい大学外に出掛けてるって話で………ああ、そう言えば丁度それくらい経ってるか」
「なんのことじゃ?」
クルトがカガ国へと出掛けていた期間もそれくらいだ。子弟そろって大学外へ出て、同じ時期に帰ってきたのだろう。
「ちょっと僕にも色々ありまして………。ああ、そうだ。元々は先生の代理だったんだから、先生にも報告しとかなきゃあいけないか」
忘れていたことを思い出す。カガ国での仕事は、オーゼ師が大学内にいなかったので、クルトが請け負うことになったのである。
クルトは大学長代理の予定だったオーゼ師のさらに代理だったわけだ。なので、このオーゼ師にも事情を知っておいて貰いたい。
オーゼ師が、いったいどういう類の仕事を頼まれる予定だったのかを。
「わしが出ている間に、何かあったのかの?」
「ええ、まあ、そうです。その件について、話したいことがあるんですけど、これから時間あります?」
「うむ。それは大丈夫じゃが………」
何が何だかわからないという様子のオーゼ師を見て、カガ国での話を聞けば、一体どんな感想が返ってくるだろうかと、楽しみに思うクルトだった。
「ふうむ。ややこしい仕事じゃったわけか。大学を出ていて良かったよ」
まあこんな感想だ。生徒を労わろうともしない。オーゼ師とはこういう人物である。
お馴染みの研究室にて、クルトは自分の教師の性格を再確認していた。
「ややこしいことが分かったのが後になってからでしたから、きっと、オーゼ先生がいれば、請けてたと思いますよ」
カガ国へ短期的な旅行に行く程度のことだとクルトも思っていた。それがまさか、国家間の交渉事になるとは思いも寄らない。
「いや、しかしまあやる様になったのう。カガ家と大学の間で立ち回るとは。魔法関係の技術に関してはさっぱりじゃというのに」
「それは言わないでくださいよ………。最近、余計な事が多くて魔法研究に専念できないことに悩んでいるんですから」
自身の魔法使いとしての技能は、同期と比べて少し劣っているということは、なんとなく感じ始めている。
他が具体的な魔法研究を進めて、それに伴う魔法技能を身に着けているのに対して、クルトはどうにも立ち遅れているのだ。
「もういっそ、外交員でも目指してはどうだ? そっちの才能の方が優れていそうじゃ」
「勘弁してくださいよ。これでも、魔法使いに憧れている立場なんですから」
一応の夢は、一人前の魔法使いである。それに交渉事が得意なのかもしれないが、好きというわけではない。魔法研究をしていた方が、よっぽど心が安らぐのだ。
「そういうおぬしじゃが、結局、今回はいったい何をやらかした」
「なんのことです?」
クルトは首を傾げる。
「とぼけるな。好んでおらんことをさせられて、何もせずにおるおぬしじゃなかろう。必ず、何かしらの意趣返しを、雇用主か交渉相手にする。そんな性格じゃろうに」
なんだそれは。まるでこちらが意地の悪い人間みたいじゃないか。
「まあ、やったんですけどね。あの仕掛けが表に出るのは何時になるだろうなあ。将来に向けての嫌がらせですから」
嫌がらせ。端的に言えばそういうことを、クルトはカガ家と魔法大学大学長にしたのである。
「将来に向けて? 気の長い話になるのかのう?」
「そうですね。言うなら仕事の複雑化。他人に汚れ役までさせた仕事が、そう簡単に達成できてたまるかって感じの嫌がらせです」
クルトが考えたのは、カガ家と大学長の目論見を潰すことではなかった。もし交渉を台無しにすれば、二つの力はクルトを敵視して襲い掛かってくる。それは避けねばならぬので、仕事を成功させることは大前提である。
クルトが行ったのは、仕事を遅延させる行為だ。
「カガ家は自分の町の魔法技術を発展させようと目論んでいる訳ですけど、その場合、数名の大学出身魔法使いの他に、現地の魔術同盟の協力も不可欠ですよね?」
「まあのう。と言うか、現地の魔法組織の底上げこそが、魔法技術の発展と言うことではないかの?」
「その通り。大学側の魔法使いが、魔術同盟『山猫』に対して技術を譲渡、恐らくは講義や資料の形で行うと思いますけど、そういうことをして、初めてカガ家の利益になるわけです」
クルトが細工をしたのは、この部分に対してだ。
「ふうむ。それを邪魔するとなると、余計な情報を与えて混乱させると言った方法しかないと思うが………」
悩むオーゼ師であるが、良い線を行っている。
「まさにそれです。僕は向こうの魔術同盟に対して、必要ではない情報を与えたんですよ」
それを行ったのは、会合の後での世間話の時だ。大学で流行している魔法研究について。そんな話をクルトはしたが、それがクルトの一手だったのである。
「しかし、もし不穏な真似をすれば、おぬしに害が向かうのではないか? その心配は無かったのかのう」
「監視役の兵士は魔法について良く知っていない様でした。だから気が付かなかった。僕が話をした魔法研究が、実益にまったく結びつかないものだったことに」
魔法研究にも、役に立つものと役に立たないものがある。例えば火の魔法研究は、それだけで多方面に役立つものだ。家庭料理から戦場の火力まで。あらゆるところで火が使われているからである。
一方、魔法で空気の泡を作るとか、砂糖をすっぱく感じさせる魔法だとか言った、一体何に役に立つのかわからない魔法研究というのも多々にある。
「ああ、生徒個人個人が趣味でやっている研究なんぞは、そういう物があったりするのう」
「そうそう。なんでそんな研究が存在するのかについては、先生なら説明しなくてもわかりますよね?」
長年、大学で教師を務めている人だ。役立たずと呼ばれる魔法研究が何故存在するかについては、クルトよりも良く知っているだろう。
「面白からじゃな。大学側が実益に伴う研究を望んでいる以上、配当される予算は微々たるものじゃと言うのに、それでも細々と続けておるのは、純粋に研究していて楽しいからじゃ」
社会の役に立たない魔法研究とは、要するに魔法使いが趣味で行っている魔法研究なのだ。これが思いのほか厄介で、周囲が実益を欲しても、本人が望んで行っているため、方向修正が難しいのである。
「僕はね、カガ国の魔術同盟に、そういう研究をなるたけ多く伝えてきたんですよ。そうなると、どうなると思います?」
「ははは。魔法技術を大学側が譲渡したとしても、向こうの魔法組織は、発展性の望めない魔法研究ばかりに使ってしまうという訳か。魔法使いというのは、面白そうな魔法研究に飛びつく人種じゃ」
「はい。そういう嫌がらせをしてきましたよ」
これはなかなか有効な策だとクルトは考えている。役に立たないのに存在している魔法研究というのは、一度始めれば中毒性があるのである。なにせ役に立たないと分かっているのに、その研究に労力を割いてしまうのだから。
その証拠に、クルトがそんな研究を魔術同盟『山猫』のバーンズに紹介していると、彼の目はどんどん輝いていった。
「まあ、成功したとしても計画は止められんがな。発展が遅くなれば、なんらかの介入があるじゃろう。無理矢理、別の研究を推進したりの」
「だとしても、それをすれば魔法使い達の士気が下がりますよね。どっちにしろ、カガ家の目論見は随分な足止めをくらったかたちになるわけです」
これにてカガ家への意趣返しは完了し、クルトの溜飲は下がることとなったのである。
「じゃが、それはカガ家に対してだけではないかのう。おぬしに仕事を頼んだのは、うちの大学長じゃ。大学長としては、当初の計画が遅れたとしても、カガ家が国境線に関わる争いを全面譲歩するという契約がある以上、高笑いを止めることはできんな」
今回は大学長の一人勝ちだと結論づけるオーゼ師。
(だけどそうでもないんだよねえ)
これはクルトの内心だけで留めている話だ。大学長は、今回の仕事は貴族議会の承認を得ているという話をしていたが、どうもそうは思えない。
あの功名心の強そうな男が、議会全体に今回の件の利益配分をするはずがないのだ。つまり、承認を得たというのはあくまで議会の一部からであろう。
(もし、この件をあの人が知らなければ、僕の完全勝利だ。必ず、知った後に何がしかの行動を起こしてくれるはず)
最後は他力本願だが、クルトはとある人物に願いを託していた。大学に介入したがっており、権力を持ち、大学の弱みを探している。そんな人間を、クルトは一人だけ知っていた。
そんな人間であるところの老人は、一日の大半を過ごす執務部屋で、手紙を一通読んでいた。自分が支援をしている、ある魔法使いからの手紙だ。
手紙には魔法使いの魔法研究が書かれており、まだまだ荒唐無稽で拙いものも多いが、読み手である老人を楽しませるくらいには面白いものである。
そんな手紙であるが、最後には少し趣向の違った内容が書かれていた。曰く、マジクト国魔法大学が、なにやら他国と不正な取引をしたという話。
「さて、どうするかな」
老人はこの話については、少し耳にして知っていた。だが、何もかもを知っているわけでもない。貴族議会の中では若手に属する連中が、他国との交渉で独自の利益を得よとしている。それに魔法大学が関わっている。そういう噂程度の話である。
「まさか、当事者の一人にあの魔法使いがなるとは、やはり良い拾いものだったかな?」
あの背の低い魔法使いを思い出す。まだまだ魔法も交渉事にも見習いであるものの、一定の成果を見せられるくらいには面白い人間だ。
「失脚を狙う。というには、些か弱い材料だ。しかし………」
調子に乗っている若造に、ほんの少しだけ痛い目にあわせるというには丁度良い情報だろう。若造、あの若手の大学長の弱みを握れば、大学の内部に幾らか介入できるかもしれないし。
「うん? おいおい、この情報が役に立ったのなら研究費用を上げろとまで書いてあるぞ。わかっているじゃないか。さすが魔法使いクルトだ」
手紙を見ながら、大貴族ヒレイ・マヨサはニヤリと笑った。




