魔法使いの遭難方(4)
救助船レッドセカンド号の船長カストナという男は、今年で年齢が50の大台に乗る年配である。
若い頃はアシュル港で漁師をしていたのだが、どういうわけかヒセイ海運社に雇われ、この年齢になるまで幾つかの船の船長を任されていた。
まあ、それも最近では体力の衰えを感じ始めたので、今では救助船の船長などという閑職を任されている。救助船である以上、滅多に出港することはなく、救助に必要な体力仕事も部下たちがやってくれる。つまり船長であるカストナは、することが何もない。
ただし、長年海の男として過ごしてきた経験から、海域の危険を察知することはできた。だからこそ、この仕事が勤まっているのである。
そんな彼の経験から、今、降り始めた雨の感想を述べる。
「おい、こりゃあ、かなり激しい嵐になるぞ」
カストナがいる場所は甲板の端だ。雨が降って来たという話を聞いて、船長室から飛び出してきたのである。話し掛ける相手は、そんな知らせを持ってきた部下だった。
「救助者の救出は、もう少しで終わります。そうすれば、すぐにでもこの海域を離れますか?」
カストナの言葉は、海に限ってならばよく当たる。部下たちもそれを承知しており、このままであれば、嵐が来るというカストナの言葉を信じきっていた。
「ああ。あの観光船、なんと言ったか……ええっと……」
思い出せない。随分と恥ずかしい名前だったと思うのだが。
「ラブきゃっち号ですか?」
「ああ、それだそれ」
なんともおかしな名前だ。社長が付けた名前なのだが、カストナにとっては理解の範疇に含まれないものだ。
「そのラブなんとか号も、嵐のせいで島に座礁したんだろう?」
「向こうの船員の報告では、魔力櫂の暴走が原因だと聞いてますが」
「いやあ、あれはそんなことができる大層なものじゃあないだろう」
カストナは、この救助船にも積まれてある魔力櫂という装置を思い浮かべる。レッドセカンド号には、常任の魔法使いがいないため、滅多に動かしたことはないが、便利な装置ではあると感じる。
船を動かす力は弱いが、気まぐれな風や海流に惑わされずに海を動けるのは、なかなかに良いことなのだ。それにこれまで使われてきた装置の事故率だって、それ程深刻な物ではなかった。壊れないわけでは無いのだが、壊れたところで、周りに被害を与える物ではないからだ。
「事故当時、雨が降ってたんなら、事故の原因はその雨か、それに関係する何かだろうさ。だから、すぐに来るかもしれない嵐にも注意しないとな」
救助船を名乗る以上、レッドセカンド号は多少の嵐は物ともしない。元々はマジクト国海軍の払い下げ品である。それも随分と旧式ではあるが、船体は頑丈であり、海の揺れを効果的に緩和する作りにもなっていた。
「ほら、早く救助者の収容を急げ、救助中、大雨に降られてはそれこそ一大事だ」
カストナの言葉にすぐさま動く部下たち。皆が皆優秀だ。これなら今回の仕事も無事に終わるだろう。
しかし海とは一筋縄ではいかない相手である。気は抜けなかった。
「子どもというのは、どうしたって落ち着きのない生き物ですな。遊覧船に乗れば、揺れる床と見える景色に騒ぎ、遭難して島でキャンプをすれば、キャンプ地の火に騒ぐ。そうして帰りの救助船では、行きと違った船に乗れることで喜ぶ」
「は、はあ。まあ、泣きわめかない腕白さは素晴らしいと思いますよ?」
救助船船内。救助者達にあてがわれた船室にて、クルトはひらたすらカナードの愚痴を聞いていた。
船室は遊覧船の様に個人毎にあるわけでなく、船底に近い大部屋で、所狭しと乗客が座っていた。
「そうなのです。どんなにやんちゃであろうとも、孫というのは可愛いもので、つい甘やかしてしまう。ですが、やはりそれは孫の将来を駄目にしてしまうのではないかと心配で心配で」
アシュルの港まで一日も掛らない距離とあって、居心地の悪い船室に文句を言う人間はいない。
しかし、やはりストレスが溜まるのか、隣の客と日ごろの愚痴を言い合う状況というのが、あちこちで発生していた。
立場は話し手と聞き手に分かれ、クルトはもっぱら聞き手だ。
「子どもの頃は子どもとして育てれば良いんじゃないでしょうか? 甘やかされるのも子どもの特権ですからねえ」
頭の中では厄介な人に絡まれたと考えているものの、それは心だけで抱えておく。こういう場所で、相手を辛辣に扱うのは、状況を悪化させる原因になってしまうものだ。
「いやはや、若い人にそう言われると安心しますな。この年齢になると、どうにも他の人間との考え方の違いが出てくる。老人はみな同じ考えだと思って貰っては困りますぞ? 頭は固くなりますが、固くなる成り方は人それぞれでして……」
(いつまで続くんだろう……この話は)
愛想笑いを浮かべるものの、今の状況にはかなり辟易してきたクルト。この場所から離れる口実はないものか。
「常々思っているのですが、老人が良く近頃の若者がと話すのは、やはり自身の、おっととと」
カナードは体のバランスを崩す。それはクルトの同様で、船室にいる人間の大半が、体を傾けていた。船が大きく揺れたのだ。
「雨か風か……勢いが強くなってるみたいですね」
この程度の揺れであれば大丈夫とは思うのだが、やはり不安は隠せない。船室には小さいながらもざわめきが起こっている。
「ううむ。自分ではどうしようもないというのはいかんともし難いですな。今度の旅行は山にしよう」
頷き、何かを心に決めているカナード。そういう問題でもないと思うのだが。
「ちょっと、外がどうなっているか見てきます」
場所を離れる良い口実だと考えたクルトは、その場から立ち上がり、船室の出口に向かう。
「危険ですよ。また船から落ちたらどうするのです」
カナードはそんなクルトを口では止めるものの、出口へと向かう足を邪魔することは無かった。彼も、船の状況が気になるのは一緒だからだろう。
「今度は注意します。まあ、落ちない様に神様にでも祈ったり?」
頼りにならない言葉を残して、クルトは船室を去った。
船室を出て、甲板へと上がる階段を見つける。そこは船員が昇り降りを繰り返しており、どうにも床が濡れている。船員達の殆どはびしょ濡れだからだ。
「うわ、凄い雨だよ。嵐じゃないか」
階段の下から上を覗くと、横殴りの雨が見える。風も強く、畳んであるはずのマストが、風によって揺れる音が聞こえる。
「ここから外に出るのはさすがに駄目だよね……」
遊覧船から落ちたことが、かなりのトラウマになっているクルト。階段を昇る気にはなれない。
「けど、このまま船室を出るのもなあ……」
またカナードの愚痴を聞くのは結構辛い。どうにもできず、その場をうろうろとしていると、船員の一人がクルトへ話しかけてきた。
「きみ、もしかして、ハマツさんが言っていた魔法使いかい? 確か、クルトとか言う」
「え? は、はい」
知らない相手から自分の名前を呼ばれて驚く。相手は息を切らせて肩を上下に動かしていた。かなり慌てている様に見えるが、何の用だろう。
「きみがそうなら、船長室まで来て欲しいんだ。ちょっと、うちの船長とハマツさんが揉めてて……」
船は嵐で大変そうだというのに、船員二人が口論になっているらしい。しかも片方が船員に指示を出す側の船長だから深刻だ。
「別に良いですけど、僕が顔を出したところで、解決できる話に聞こえないんですが」
「同感だが、ハマツさんがどうしても君に来て欲しいらしい。頼む。今、船がどういう状況か、ここからでも分かるだろう?」
人を探して呼びに行く労力だって惜しい。恥も外聞もなければ、船員はそうクルトに話していただろう。
クルトが船長室の扉を開こうとした時、扉越しにも聞こえる怒声が聞こえて来た。
「だから! あれを今ここで使えば、ラブきゃっち号の二の舞だと言っているだろうに!」
「ならどうしろと? 船員と乗客を危険に晒して、この嵐の中で船が転覆するまで待てとでも言うのか? それとその遊覧船の名前を出すのはやめろ。前々から気に食わなかったんだ!」
「魔力櫂を動かすこと自体も危険に繋がると何度も説明しているだろう! 私は社長から、あれの管理を任されている。勿論、遊覧船の名前を出す自由もな!」
聞いているだけで船長室に入るのが嫌になる。ただ、扉のノブに手を掛けたまま立ち尽くすわけにはいかないし、何より、クルトをここまで連れて来た船員の目線が痛い。その目線を言葉にするのなら、きっと、早くしないと次の仕事に移れないだろうという声になるはずだ。
「あ、あのう。失礼します」
ノブを回し、扉を開ける。ガタがきているのか、固く、うるさい音が鳴る。その音のおかげで、中の二人の口論が止まったのは僥倖だった。
「おお! 来てくれたか!」
ただ、声が止まったのは一瞬で、入ってきたクルトを見て、口論をしていた二人の一方、ハマツがまた喋り始めた。
「きみ、この男に説明してくれないか。魔力櫂を使うのは危険だと。再び事故が起こる可能性が高いのだ」
どうやら、自分の言い分を補強するためにクルトを呼んだらしい。
「おい、乗客まで呼び出して何のつもりだ。さっきから、危険があるのは承知だと言っているだろう。だが、今のまま何もせずにいた方がもっと厄介な状況になる」
ハマツの言葉へクルトが返事をする前に、部屋にいたもう一人の男が話し出した。
「嵐の本体は、もうすぐそこまで来ている。何年か、もしかしたら何十年かに一度の勢いだ。俺の直感がそう告げているんだ。嵐の勢いに、この船は耐えられないとな。それなら、島に乗り上げるくらいの事故の方が、なんぼかマシだろう」
「だから! 魔力櫂が暴走した先にあるのが、島の砂浜に乗り上げる程度であることは保証できんと言っているだろうに!」
「嵐の方が絶対的な危険であることは保証できるがね。何度も言う、これは船長命令だ。魔力櫂を動かして、船を早急にこの海域から離れさせろ」
どうやら、もう一方の男は船長の様だ。ここは船長室で、ハマツが船長でない以上、残りの男は船長であることは、容易に想像できることだったが。
「この男が呼んでいた、魔法使いの乗客というのは君のことかね?」
船長は話し相手をクルトへ変えたらしく、こちらを向いた。
「は、はい。そうですけど………」
邪魔だから出ていけとでも言うつもりなのだろうか。そうであれば、喜んでこの部屋を去るのだが。
「魔法使いということは、魔法陣を作動させることは可能か?」
「それはまあ、魔力を込めれば動くのがだいたいの魔法陣ですから………」
「おい、まさか、この少年に魔力櫂を動かさせる気か!」
クルトと船長の会話に割って入るハマツ。聞き捨てならぬ話だったらしい。
「悪いかね? 船員の中で動かせるはずの人材が仕事を放棄しているのだから、仕方のない措置だと考えるが」
「彼は魔力櫂の動かし方を何も知らないのだぞ!? まさか魔法陣を作動させるだけで操作できるとでも思っているのではあるまいな」
「だから他の船員がいる。魔力以外に必要な操作であれば、知っている部下はお前以外に何人もいるさ」
再びハマツと船長の口論が始めった。クルトはと言えば、呼び出されたというのに、どうにも自分を飛び越えて会話が繰り広げられているため、正直、不快であった。
「あの、何で呼び出されたのかは良くわかりませんが、今ここで繰り広げられている会話が、いったいどういった類の物であるかくらいは、説明してくれても良いんじゃないですか?」
クルトは大声という程ではないが、しっかりと聞こえるはずの声量で、二人の口論を遮る。
「まあ……それもそうか。乗客に船の危険を知らせるのはどうにも好かんが、この場合はどうしようもないからな」
答えたのは船長だった。ハマツもこれについては口を挟むつもりはないらしく、クルトは船の現状についての説明を受けることになった。
「つまり、嵐が近づいてきていたから、もしかしたら船が転覆するかもしれない。けれど、帆や人力では激しい風のせいで自由に動かせない。だから魔力櫂の動力を使って、この海域を脱出する必要があるってことですね」
嵐云々については、船長の経験に基づく物だそうだが、自信を持って話しているところを見るに、有り得る話なのだろう。船員達が慌ただしいのも、船長の話を信じているためか。
「一方で魔力櫂を動かせば、また遊覧船みたいな事故が起こる可能性もある。だから、ハマツさんは魔力櫂を動かすことに反対ってことですか」
これについては船の安全以外に、ハマツ自身、また事故が起これば、自分の立場がさらに危うくなるという危機感があるのだろう。
「その通り。君なら、あの島付近で魔力櫂を動かす危険性はわかるだろう? 精霊の存在と、魔力櫂の関係を指摘したのは君自身なのだからな。船長に是非説明してくれないか?」
ハマツにとってはクルトにそういう意図があって呼び出したのだろう。そうして船長はと言えば………。
「精霊云々に関しては知らんが、嵐はどうする。現状、アレを動かす以外で船を動かす手立てがない」
基本的に、船とは海からの脅威に無力だ。激しい嵐に遭えば、ただただ耐えるしかない。そして嵐が船の耐久力をこえる物であれば、船はあえなく沈没してしまうだろう。
「君が魔法使いとしての技能を提供してくれるのならば、この状況からは逃れられる」
船長側は、肝心のハマツが魔力櫂を動かすことに反対しているため、別の魔法使いを必要としており、クルトを利用したいと考えている様子。
「七面倒くさい話だなあ………」
「うん? 何か言ったか?」
つい小声で呟いた言葉が、相手に聞こえてしまったらしい。内容までは伝わらなかった様なので胸を撫で下ろした。
「いえ、どうしたものかとちょっと悩んでます」
状況がどうあれ、選ばなければならない選択肢は二つである。この海域で嵐に耐えるか、魔力櫂を動かすか。
どっちを選ぶにしろ、早急に決定して準備をしなければならない状況なのである。だというのに揉めているのは、船長とハマツの信頼関係の問題だろう。
船長側は、ハマツの言葉を鼻から信用いていない。一方で魔力櫂に対する信頼はある様で、使わせないとするハマツに苛立っている。ハマツはハマツで、嵐が船を沈めるという船長の話を、個人的な推量によるものだと切って捨てている。
別々の船の船員だから、お互いのことをあまり知らず、結局、話が平行線になってしまっているのだ。歩み寄りがない。
「話は簡単だと思うがね。嵐は現在も船を襲っているんだ。その勢いが増すという予測に、なんの疑いがある」
まあそういうことだろう。船長の言い分が正しい。海や船についての経験をもっとも持っているのは、この船の船長なのだ。その意見は、どうしたって聞かなければならない。
しかし、ハマツが強硬に反対する。
(どうしてだ? ハマツさんだって、船長の言い分くらい理解できると思うんだけど)
「ついさっき、船員が船の近くで妙な生き物を見かけたという話を聞いても、そう言えるかね?」
「それ……本当ですか?」
妙な生き物。この会話の中で関係のあるものであれば、それは水の精霊。あの人魚のことを指しているはずだ。
現在、船は人魚がいた島からかなり離れた場所にある。だというのに人魚が見られたというのなら、それは船に着いて来ているということだ。何故?
「ちょっと待って下さい。一応の確認ですけど、それは人魚みたいな外見をしているってことで間違いはないんですか?」
「ふん。だそうだよ。部下がそう報告している以上、否定するわけにはいかん」
忌々しそうに船長が話す。そうして、ハマツが強硬に魔力櫂を動かすことを反対している理由がわかった。人魚が近くにいるということは、魔力櫂が高確率で暴走するということだ。
「使えば絶対に暴走する道具があるとして、使うかどうかって話なんですね………」
「まあ、君ら魔法使いの話を全面的に信じるのであればの話だがな」
船長は半信半疑と言った様子だ。こういう状況では、それでも考慮してくれるだけ有り難いのかもしれない。
「どれだけ話あっても、埒がいかない。どうすれば良いのやら。君には何かしらの発想はないものかな?」
船長とハマツの視線がクルトへと向く。人魚と魔力櫂の暴走に関する話を考えたのはクルトだ。であれば、何か解決策も考えて欲しいという感情が込められたいた。
「待ってくださいよ。僕もあの精霊に関しては、まったくの情報不足なんです。本格的に観察する前にこの救助船が来たから………」
意見を求められても困る。本当にあの精霊が船を暴走させたのかどうかだって、証明はされていないのだ。
「となれば、やはり魔力櫂を動かすべきだな。本当に起こるかどうかも疑わしいことで、乗客や船員の危険を放置することはできない」
こうなるだろう。船が暴走する可能性より、嵐から逃げることが先決になる。
「確かにそうかもしれないが………」
ハマツも弱気になっている。このまま話が進めば、船長の案が全面的に採用されて、魔力櫂を動かすことになるだろう。
別にそれは構わない。現状を考えれば正しい選択にも思える。しかし、クルトは何故か納得できずにいた。本当に、このままで良いのか?
「船長、魔力櫂を動かして、この海域を脱出するまでの余裕というのは、どれくらいあります? 現状のままで状況を放置したとして、挽回できる時間は?」
考える時間が欲しかった。少しでも余裕があるのならば、その時間だけでも。
「嵐はまだそう近くはない。だが、何も対処しないでおける程、悠長な状況でもない。1時間だな。限界まで待ってその程度だ」
多いのか少ないのか。思考するだけであれば長いが、そこから何がしかの行動を起こさなければならないことを考えれば、短いかもしれない。
「それと、考えや発想があるのなら、ここで話して貰いたい。迅速な対応のためというのも勿論だが、君の口から船の現状が乗客へ漏れて、パニックになるのは嵐よりも怖い」
勿論そのつもりだった。時間が惜しいので、口の手を当てて、さっそく思考を始める。
まず一つ目の疑問、あの人魚みたいな精霊は、本当に船を暴走させるのかどうか。それについては、今考えたところで仕方ないという答えをだす。
証明作業とは膨大な検証が必要であり、それを行う時間は残されていない。現状では、精霊が船を暴走させる存在として仮定するしかない。
次に二つ目。どうして船の近くに精霊がいるのか。島にいる個体とは別の個体とは考えられない。アシュル近海にて精霊の発見がされたのは、つい最近になってからだ。発見例も群れではなく単独である。違う個体とは考え難い。つまり、島からあの精霊は船を追って着いてきたことになる。一体、何のために?
(あの精霊は人間に対して敵意はない。そのはずだ。なら、わざわざ着いてくるのは、善意か好意かのどっちかだってことだ)
そうであるならば、三つ目の疑問が浮かび上がる。どうして船を暴走させるのか。
「精霊がどうして船を暴走させるのか。その理由が分かれば、魔力櫂についての対処はできる。そう思いませんか?」
「それはまあ、その通りだが。それがわからないから悩んでいるのであってね」
ハマツが答える。仮説に仮説を重ねる様な話であるため、建設的な話ではない。それは分かっている。しかし、どのみち魔力櫂は動かさなければならないのだ。その時の安全性を高める可能性があるのなら、話を進めておくべきだろう。
「人魚が船を沈めるのは、自分の同類を増やすためだと昔話で聞いたことがあるなあ。人魚によって溺れさせられた人間は、最後は人魚になるって話だ」
意外なことに、船長がクルトの話に参加する。協力的になってくれるのなら、非常に助かる。
「昔話でしょう?」
呆れながらハマツは船長を見る。船長はそう見られることは承知していると言った風に言葉を返す。
「そうだ。昔話だよ。それくらいは知ってる。だが、精霊だの人魚だのと聞かせられれば、そういう話をしたくなるもんさ」
さすがに関係の無い話だと思ったのだろう。船長は肩をすくめる。
「いえ、もしかしたら、そうなのかもしれない………」
クルトは船長の話に賛同する。
「まさか、今ここで溺れ死んだら、人魚にでもなるとでも?」
クルトが架空の話を信じている様子なので、ハマツはさらに驚いた表情を浮かべた。
「それについては眉唾ですけど、人魚が僕たちを同類だと思っている可能性はありません? だって、魚の部分はともかく、他は人間と同じ姿をしているんですから」
自然界において、仲間の見分け方にもっとも用いられるのは、見た目である。住む環境も、生き方も違う生物であるが、その見た目が似ているのであれば、相手に好意を抱くのではないだろうか。
「それで? 人魚がこっちを同類だと考えているのなら、どうして俺達の航海を邪魔する? 魔力櫂になんぞちょっかいを出さずに放っておいて貰える方が、こちらとしては助かるんだが」
船長はそう言って、船長室の窓を見る。空と船の縁しか映らぬものの、船長は海にいる人魚を睨んでいるのだろう。
「ちょっかいを出すのは、悪意でなく善意から。そうであるのなら、そのちょっかいも、何かしらの意味があるのかも……」
これで、ただ単にじゃれついているだけなのであれば、どうしようも無いのだが、魔力櫂に細工をしようとすれば、魔力放出が必要である。人魚が精神によって生きるゴーストであるならば、魔力放出は生きるために重要な行為であり、遊び半分で使うはずがないだろう。
「善意の行動と言えば人命救助とか?」
善意という言葉から来る発想だけで話すハマツ。だが、その言葉はクルトに新たな考えを与える。
「人命救助……こちらを助ける……。ああ、そうか、だから人魚は僕らに着いてきてるんだ!」
クルトは人魚の生態について、ある種の答えを導き出した。これが正しければ、やることも決まる。嵐が本格的に船を襲うまで、出来得ることはまだあった。




