魔法使いの遭難方(3)
元大型輸送船シーサーペント号、現アシュル海遊覧船ラブきゃっち号の船底。本来なら船員でもなかなか入らない場所で、クルトと、この船の船員であり、尚且つ魔法使いでもあるハマツは、船を構成する部分の一つを見ていた。
その部分は、幾つかの木材を組み合わせた太い棒に見える。一本が真っ直ぐ伸びているのではなく、所々の部品が組み合わさって、角ばりながら曲がっている。一方の先端は、船底の天上付近へ、もう一方は船底を突き抜け、船の外へと延びていたと思われる。過去形なのは、その棒が無残にも折れているからだ。
「これは……なるほど」
頷きながら、折れてしまった棒を見るクルト。棒にはもう一つ特徴があった。曲がりくねった紋章の様な物が彫り込まれているのだ。
「やはり、これがなんであるのかわかるのかね?」
「ええ、これ、物に推進力を付加するための魔法陣ですよね」
彫られた紋章の手でなぞりながら答えるクルト。折れた棒に描かれた魔法陣は、物体にある方向へと進む推進力を与える魔法を発動させるものだった。特殊なものではない。むしろ単純な知識と技術で作られるもので、魔法陣に詳しくないクルトでも理解できた。初期の授業で習う類の物だからだ。
「そう。船に魔力による動力を与えると言えば、なにやら特殊な装置に聞こえるが、何のことはない、『魔力櫂』というのは、こういう魔法陣で無理矢理船を進ませる物ということなのだな」
ハマツはそう謙遜するが、クルトはこの装置が非常に面白い発想の元で作られた様に思えた。
まず、船に魔力による推進力を与えるとなれば、船の外装に魔法陣を刻むというのが、ありきたりな発想である。だが、船の外装は常に海水の浸食を受ける場所であり、結果、魔法陣の一部が欠損する恐れがある。そうなれば、魔法陣はその機能を失ってしまう。少しでも描いた物が消えれば、その意味自体変わってしまうため、魔法陣を描くのであれば、描かれた部分が消えない安定した場所が必要不可欠だ。
一方、この棒状の部品は、船内にある部分だけに魔法陣を描き、恐らくだが船外にある部分には、何も刻まれていないのだろう。こうすることで、船内に魔法陣による推進力を発生させながら、外部にその推進力を伝えているのである。
「いろいろと、工夫がされてますよね? こう、幾つかの部品で魔力櫂を作ってあるのは、推進力を発生させる方向を、部品を動かすことで、変化させるんじゃないですか?」
「そう、その通り。魔法陣自体は、一方向にしか推進力を発生させないようにしてある。その方が、同じ規模でもっと大きな力を行使できるからな」
この魔力櫂という装置において、魔法が関わるのは、推進力を発生させる部分だけなのである。その他は、職人や操作技能者の知恵や努力によって成り立っていた。
「一番面白いのは、量産に向いてる点ですね。一旦、作り方さえわかれば、難しい技能は不必要に見えます」
「ああ! わかってくれるかね! 私はね、魔法というものを、もっと生活に密着したものとして行使したいのだよ。この魔力櫂は、その完成形の一つに成るかもしれない。問題としては、構造上、やはり大きな推進力を発生させることが困難ということだが………」
ハマツは自分の思想と、魔力櫂についての話を力説する。例えば、一部分から無理矢理推進力を発生させるため、その周囲の木材に、大きな負担が掛かってしまうのが難点だとか、それさえ解決できれば、航海技術に革命が起こる可能性があるといった具合にだ。それらの内容はそれなりに面白くはあったが、クルトは別に気になることがあった。
「聞く限り、構造はそれなりに単純なんですよねえ。なのに、なんで暴走したんだろう」
魔法が暴走するというのは、一応、実際にある出来事だ。当初見込んだ効果と違う事態が起こったり、効果が過剰に発生したりというのは、実践、実験問わず、常に起こり得るものだった。ただし、それらを正確に捉えるのであれば、暴走という言葉は相応しく無く、魔法調整の間違いであったり、魔力の過剰投入と言ったものがそもそもの原因なのである。
そういう観点から魔力櫂を見れば、これは暴走を起こすほど複雑な物ではない。光の魔法というものがあるが、その魔法は発生させる過程が単純なので、どうやっても暴走のさせようがないのと同じだ。
「それがわからんから悩んでいる。事故が起こったのだから、原因はある。それは認めよう。しかし解決方を提示できないとなれば、責任の取り様もない」
ハマツは魔力櫂の開発者だ。これの成果によって自身の地位を向上させようという野望だって持っていたのかもしれない。しかし、原因不明の事故によって、その夢は儚く散る可能性が大だろう。そうして、事態を出来得る限り小さくしようとすれば、何故事故が起こったのかを知る必要があるはずだ。
クルトにはまったく関係の無い話なのだが、興味本位で首を突っ込んだ立場としては、なんらかの助言ができなければ、立場が無い。
「構造に不備がないのだとすれば、事故の原因は外部にあるってことです」
「船の事故は、魔力櫂が過剰な推進力を放出して、この島に突っ込んだことから起こったのだぞ? 魔力櫂以外に原因があるとは思えんが」
事実、船員が勝手に作動する魔力櫂を見たのだという。ハマツ自身の操作を受け付けなかったそうだ。
「なら、誰かが勝手に魔力櫂を操作したとか」
「今のところ、船に魔法使いが乗っていたという事実は、君と私を除いて存在していないなあ。君はそういうことをしたのかね?」
「僕は……してませんよ?」
「私だってそうだ。そもそも、魔力櫂が本来出せる推進力以上の物を出したというが問題じゃないか? そんなことを実際にしようとすれば、この魔法陣に備わった推進力以上の力を起こせる、膨大な魔力が必要になる。そんなもの、人間の魔法使いには不可能だろう?」
魔法陣とは、人間が本来行える以上の効果を起こそうとして作られた技術である。であるから、魔法陣に備わる力の殆どは、人間が直接使う魔法以上の効果を持っていた。
「“人間の魔法使いには”ですか………。つかぬことを伺いますが、救助が来るとすれば、どれくらいの期間が掛かると思います?」
少しクルトは今までの状況を整理して、ちょっとした仮説を立てた。思い付きに近いものだ。
「唐突だな。救助に関してだが、他の乗客たちにも知らせた通り、すぐに来るだろう。もしかしたら、もう既に我々の捜索だって行われているかもしれない。乗客の大半が富裕層だからなあ。救助側も血まなこになっているのではないか?」
「へえ、そうなると、急がないといけないかもなあ」
早急な救助の話は助かるが、事故の原因解明をするとなれば時間が足りないことになる。
「急ぐ? いったい何の話だ」
「時間をくれませんか? 今日と、明日、それくらいなら、事故の原因について、何がしかの仮説を聞かせられるかもしれません」
そうすれば、ハマツだって助かるだろう。
「いや、手伝って貰っているのは私の方だし、そもそも、救助が来るまでどうしようと君の勝手なのだから、文句なんぞないが……」
戸惑うクルトを余所に、クルトはさっそく行動を開始した。対価は別にない。あるとすれば、好奇心を満たせるというものくらいだろう。だが、クルトにとってはそれが一番の報酬なのかもしれなかった。
「さて、もう一度ここに来ることになるなんてなあ」
クルトは船の乗客が集まるキャンプの方ではなく、この島に流れ着いた時にいた、洞窟の出口付近に立っていた。先ほど、ハマツと話したすぐ後にここまで来たのである。一応、キャンプ用の道具を幾つか船から借り受けてだ。もう一度命の危機の遭うのはさすがに遠慮したかった。
「まさかだと思うけど、そのまさかが当たっていたら、船の事故にも理屈が通るんだよ。うん」
ただし、遭難して死ぬ思いまでしながら脱出した洞窟に、数時間程度で再び戻ろうとするなんて、まったくの馬鹿な行為である。そんなことはクルトだってわかっている。
「いや、でも、研究をするのが魔法使いだもの。仕方無いって。本当」
自分で自分に言い訳をしながら、洞窟内部を進む。足を止めない以上、馬鹿な行為は続くのである。
「ふむ。ここが僕が流れ着いた場所だけど……。案外、短い距離だったんだな」
洞窟の出口から、海水が入り込むこの場所まで、2,30分程で辿り着いた。最初にここから出た時はもっと時間を要した気もするのだが、疲れていたからだろう。
「さて、まだいるかな。もしかしたら見間違いかもしれないけど………」
海から落ち、ここへと流れ着いた時、クルトはとある発見をしていた。その時は、自分の安全を守ることで精いっぱいで、詳しく調べることをしていなかったが、今ならその余裕がある。
「確か、あの辺りに……いたよ、まだ」
クルトの目の先には、ある生物がいた。体の半分を海水に浸したまま、こちらを覗く不思議な生物だ。上半身は人間の様で、輪郭だけを見るのなら、美形だと思わる。男性より女性的か? 髪は無いので人間らしさは幾分か低い。一方で下半身は魚である。鱗のような物が見えなくもない。海水の中にあるので、その全体は見えないが、恐らく尾びれもついているのだろう。まさに、話の中の人魚であった。
「そして水の精霊でもある。のかな?」
人魚の姿をしたそれは、もっと大きな特徴を持っていた。漁師が一目見て水の精霊だと考えた特徴。それは、人魚の体が水で出来ていることだった。
「半透明で、向こうの景色が覗ける。内臓とかも無いみたいだ。同じ水で出来ているから、海に沈んだ状態だと、光の加減で、もう何も見えなくなる。
「不思議な生き物だ。人間みたいな姿をしているってことは、知性はあるんだろうか?」
水の精霊らしき生物へと、少しずつ近づくクルト。自分の予想が正しければ、恐らく、向こうに敵意は無いはずだ。
「ええっと、言葉はわかるのかな?」
確認のために声を掛けてみるも、反応がない。ただじっとこちらを見ている。これは、言葉というものを理解していないからなのだろうか。
「ううん。もしかしたら猫とか犬並の知能だったりして……」
ただ、クルトが近づいても逃げない点を見ると、人に慣れている様に見える。姿が近いから、仲間だと思っているのかもしれない。
「あー、えっと。もしかして、僕が海に溺れていた時、助けれくれたりした?」
諦めず話し掛けるも、ただ、こちらの声に反応して瞬きだったり首を傾げたりするのみである。あちらから何かしらのアクションが無い点を見るに、独自の言葉を持っている風でもない。本当に犬猫と同程度の動物なのかもしれない
「でも、やっぱり僕を助けてくれたんだと思うんだよなあ。僕が船から落ちた時、この島まではかなり距離があったはずだ。それでも短時間で僕がここまで流れ着いたのは、この精霊が僕をここまで運んでくれたから……かもしれない」
船上にて、海に変な生き物がいるという船員の話を聞いたせいで、船から落ち、海に溺れることになった。
その生き物がこの精霊だと仮定して、今、この洞窟にいるということは、ここまでクルトを運んでくれたという話が成り立つ。命の恩人ということだ。人ではないが。
「水で出来た体に、内臓らしきものが見当たらない。あれ? こういう生き物をどこかで……」
クルトが精霊を見て悩んでいると、その精霊が素早く動いた。何事かと思っている内に、クルトの顔に冷たい感触が。
「うわっ! な、なんだ!?」
顔を拭うと、海水で濡れていた。どうやら、精霊に水を掛けられたらしい。
「な、なんなんだよいったい……」
両手をこちらに向ける精霊。相手を睨むものの、向こうはじっとこちらを見たまま、他に反応を示さない。じゃれたつもりなのだろうか。その割には、楽しそうにも見えない。むしろ、不安そうな顔をしている。人間と同じ感情と表情をしているのであれば。
「ううーん。生物学者ではないから、相手の反応を見て、どうだっていう考察は難しいんだよなあ。魔法使いとしての観点で見ると……、やっぱり、微弱だけど魔力を感じる。生き物としては、あの鉱山亀と同じ物なんだ」
岩の体を持ち、魔力でその体を動かす鉱山亀という生物がいる。見た目は似ても似つかないが、海水でできた体で、常に魔力を放っていることを考えれば、この水の精霊は、鉱山亀と同じ生物か、もしくは似た生き方をしているのではないだろうか。
「鉱山亀は安定した山に精神を置いて、不安定な心を維持している。海だって考えれば安定した場所だ。鉱山亀みたいな生物が存在していてもおかしくはない。この精霊だって」
精神を本体とする生物ということだ。心だけで生きて行けるが、現実に精神がさらけ出されていれば、心は途端に不安定になる。だから仮の体を作ってこの世界に生きる。それが精神を本体とする生物である。クルトは個人的にそういう生物をゴーストと呼んでいた。
「これは幸運なことかもしれないぞ。そもそも今回船に乗ったのだって、この生き物を探すためだったんだ。そうして、僕の研究に役立ちそうなのは確かだ」
色々と調べてみたい意欲に駆られる。一方で、相手がもしかして危険な生物ではないかという懸念は少なからずある。
「こっちに敵意はないかもしれないけど、実は凄い力を秘めているかもしれないんだよなあ」
クルトは考える。今回の船の事故と、この精霊。無関係なのだろうか? 魔力を動力とする船が暴走して、その付近に、魔法生物と呼べるこの精霊が存在していた。もし関係性があるのだとしたら、この精霊は、弱い力でしか船を動かせないはずの魔力櫂を使って、船を暴走させたことになる。それだけ、強い魔力を持っているかもしれないのだ。
「魔法を使わせてみる。ってのは危険かもなあ。それに、これが人間程の知性が無いのだとしたら、使う魔法だって、生物の機能として使っている物しかないだろうし………」
人間以外の生物だとしても、魔法を使うことは多々ある。しかし、あくまでもそれは生物の本能として使っているのだ。それは、人間ほど柔軟に魔法が使えないということである。こうしてくれと頼めたところで、言った通りにできるとは限らない。
この精霊が使う魔法も、この精霊が生きる上で必要なものしかできないと考えられる。
「使える魔法があるとすれば、船を暴走させた魔法だよなあ。この生物にそういうことができるんだろうか」
少し考えて結論を出す。できるだろう。ゴーストは仮の肉体を動かすために魔力を使う。そういう魔法が使えるということだ。
例えば、魔力によって推進力を放出する魔力櫂に、肉体を動かす要領で魔力を送り、その効果をある程度操るというのは、この精霊にとって容易い魔法であるはずだ。
「なら、やっぱり事故の原因はこの精霊かあ」
事故の原因はわかった。では、何故、この精霊は船を暴走させたのだろうか。それはまだわからない。直接聞ければ手っ取り早いのであるが、いかんせん言葉が通じない。
「とりあえず、ハマツさんに事故の原因らしきものが見つかったって報告しておくか……。それじゃあね、また、もしかしたら来るかもしれないけど、その時はよろしく」
言葉の意味は通じないだろうが、そう言い残して、クルトは洞窟から再び出る。そんなクルトの背中を、水の精霊はじっと見つめていた。
「なるほど、その不思議生物のせいで、私の発明は失敗作となり、船はこの砂浜に座礁したということか。まったくの災難じゃないか!」
叫ぶハマツを見て、クルトは頬を掻き苦笑いを浮かべるしかなかった。現在、二人は船員達が用意したキャンプ地にいて、救助船が来るまで、他の乗客と共に待っていた。
「海は怖い場所ってことなんでしょうねえ。今まで、こういうことは起こらなかったんですか? もしかして魔力櫂を使ったのは今回が初めてだとか?」
そうだとすれば、あまりにも迂闊である。
「いや、さすがに一般乗客がいる遊覧船で実験なんてことはせん。何度も別の船で動作を確認し、十分に実用化してから導入したものなのだ。遊覧船以外にも、我が社が所有する船の半分くらいには、既に魔力櫂が装置として存在している。今回の様な事故も起こってはいない」
嘘を吐いている風ではない。魔力櫂については、既に十分な実験を繰り返してきたのだろう。実用も、客が多く乗る船でなく、輸送船などから始めているらしい。
「となると、今回の事故はやっぱりあの精霊の仕業かもしれませんね。あの精霊は、最近になってアシュル海に来たらしいですから。他の船が暴走せずに、この船だけが暴走したのは、そういう理由かも……」
まるで本当に物語の中の人魚だ。人魚は船乗りを誘惑する歌を歌って、船を沈没させるのである。
「厄介だよ。そういう生物がいれば、迂闊に魔力櫂を使うことができん。せめて、どうして魔力櫂を暴走させるのがわかればなあ」
頭を抱えるハマツ。自分の発明が、特定の生物のせいで破たんしてしまうとなれば、そういう心持ちにもなるだろう。
「一番気になるのはそれですよね。あの精霊、どうして船を暴走させたんだろうなあ。やっぱりその生態と関係するんだろうか。もう一度、調べに行ってみようかなあ」
ハマツには申し訳ないが、既に船の事故の解明という思考はクルトにはない。自分の研究に役立ちそうな生物が見つかったのだ、クルトはすっかり研究者として、水の精霊を調べてみたくなっていた。他はついでである。
「おいおい、そろそろ日暮れ近くだぞ。調べるのなら、明日に……で…も」
ハマツの視線が、クルトから別の方向に移動する。それは、キャンプ地から海が見える方向だった。
「どうかしましたか? あ」
クルトもハマツが見る方を向く。そこには一隻の船があった。クルト達が乗っていた遊覧船ではない、それよりも一回り小さく、観光用に見た目を改修されてもいない、武骨な船。それがクルト達を救助に来た船であることがわかったのは、一時間ほど後に、船員から説明された時だった。
一夜明けて再び朝になる。昨日、島へとやってきた救助船は、遊覧船と同じくヒセイ海運社が所有する船らしかった。
昨日の夕方には既に島でクルト達乗客を発見していたのだが、島から救助船へ乗客を運び込むのは、明るい時の方が良いという話で、今日に救助作業を行うこととなっていた。
つまりクルトは、まだ島のキャンプ地にいた。
「いやはや、助けが早くて良かった。孫などは、野外でのキャンプというのではしゃいでいましたが、何日も続けば、どうしたって不安に思うでしょうから」
砂浜で一列に並びながら、乗客の一人、カナードは、後ろに立つクルトへと話し掛けていた。
「そうですね。まあ、もう少し救助が遅くても良かったんじゃないかなあと思ったり思わなかったり」
沖に存在する救助船から、幾つかの手漕ぎボートが砂浜へとやってくる光景を見る。いまクルト達が並んでいるのは、その手漕ぎボートに乗る順番待ちである。浅瀬の島から大型船に乗り込むには、こういう手間が必要だった。
そして、あのボートに乗ってしまえば、クルトはこの島から離れてしまうことになる。まだ、あの水の精霊を十分に調べられていないというのに。
「ははは、御冗談を。こういう経験は滅多にないものですが、できるなら一生遭遇しない方が良い類のものでしょうに」
一般人ならそうだろうが、馬鹿で向こう見ずな魔法使いにとっては、得難い経験なのだった。
「せめて、あと1日あれば、何かわかったかもなあ」
水の精霊を思い出しながら嘆く。貴重な研究対象だったのに……。
「何か思うところでもあったのですかな? おや」
カナードはクルトへと振り向くも、すぐに空を見上げた。何故か頬を擦っている。
「何か?」
「いえ、雨、のようです」
クルトも空を見上げる。空はいつの間にか曇っていた。カナードの頬は、その雲から降ってきた雨粒に濡れた様だ。
「不吉ですなあ。事故が起こったのも、確か海が荒れたせいでしょう?」
事故の原因は魔力櫂の暴走によるものだが、他の乗客にそう説明したところでわかるわけもなく、嵐の結果、島に船が乗り上げてしまったということになっている。
「救助船は、遊覧船と違って船体が安定していますし、酷い嵐じゃなければ大丈夫ですよ」
嵐自体が事故の原因ではないのだ。そう心配することも無いとは思うのだが。
「しかし、やはり不安です」
カナードは呟く。その言葉については、クルトも同意見であった。




