魔法使いの遭難方(2)
春先の海は当然ながら冷たい。海は季節の変化が遅く、まだ冬の海なのだ。船から振り落とされた体が、温度差によってその活動を止めなかったのは、幸運だったのだろうか。それとも、苦しまずに海の藻屑となる方が幸せか。
ただ、少なくともクルトは、船から海へと体が落ちた時、まだその命と意識を保っていた。
海面へと叩きつけられた体が痛み、その痛みが寒さによって麻痺していくのを感じながらも、まだ生きていた。
(落ちた!? 海へ? 船は?)
体全体が上手く動かず、声も出せない。無理矢理に口を開けば水が口から入ってくる。ただでさえ悪天候なのだ。クルトの体は波に翻弄される。
(船に戻るなんて、無理だ……)
海面から見える船は、あまりにも大きく、海から登る術など存在しなかった。もしかしたら船員の誰かが気付き、助けてくれるかもしれないという希望は、甲板から見える景色を思い出して、無残に砕かれた。夜の海に溺れる人間を見つけるのは困難なのだ。
(ああ……これは…駄目だよ……ね…………)
体の不全は意識にも伝わる。強烈な眠気に襲われたクルトは、それにあがなうことすらできず、そのまぶたを閉じた。それが二度と開かぬことになることを確信しながら。
眠れば普通は夢を見る。もしその夢が永遠に覚めることがなければ、それは天国と変わらない世界と言えなくはないか。夢はそれを夢と自覚したのなら、ある程度の自由が効く。空を飛べて、好きなものを呼び出せたりもする。ただ、少しでも気が余所を向けば、途端にあやふやになってしまうが………。
クルトが見ている夢も、そんなあやふやな夢であった。ふわふわとした感触で、海に落ちた後だというのに、何故か温かい。
(もしかして……本当に天国か何かなんだろうか)
だとすれば、悪く無い場所だ。見ていて心地の良い世界だったから、そう思う。ただ、もう魔法を学べないのかと思うと、残念にも思える。幸福な世界より、好奇心が満たせる世界が良いと思うのは、クルトがやはり魔法使いだからだろうか。
(あはは、これって贅沢な悩みの一つにでも入るのかなって、痛っ!)
ふわふわとした夢に、突然、ごつごつとした感触が襲ってくる。それは全身をひっかくような痛みを伴い、クルトの夢を不快なものへと変えてしまった。
(痛い痛い。なんだこれ、このままじゃあ全身傷だらけになるぞ!)
痛みは覚醒を呼び込む。夢の世界はどんどん色あせ、急に体が重くなっていく。夢から意識は遠のき、また違う世界へと誘われていく。この感覚を、クルトは良く知っていた。丁度、朝、眠りから覚める時の感覚だ。
「はぐっ!」
そんな声が漏れた後、クルトは上半身を起こした。まぶたを上げた先に映るのは、岩だった。一部は丸みを帯びているものの、人肌には厳しい固さを持った岩。
下半身は何故だか非常に冷たい。どうしてなのかは見れば分かった。水に浸かっていたのだ。
「う、海からここまで流されたのか?」
辺りはどうにも洞窟の様だった。洞窟の入り口は、海に面している。海流によって削れた洞窟なのだろうか。なんども洞窟入り口から波が寄せて、クルトを岩肌に擦り付ける。夢で感じた痛みはこれだった様だ。
洞窟には深さがあり、クルトのいる場所からさらに奥がある。その先はまだ良く見えない。
「は、早く水から出ないと……」
水は非常に冷たく、このままでいれば、すぐにすべての体力が奪われるのは目に見えていた。
「うぐぐ……体が…上手く…動かない」
なんとか這いずり、水から出るものの、立ち上がることができなかった。当然である。何せ、クルトは冷たい海の中で溺れていたのだ。既に体を動かすための体温の大半が失われていた。
「火……なんとか…火を!」
まだ意識だけははっきりしている。いや、本当はまだ眠気があるが、眠るわけにはいかない。意識を集中し、魔力を放出させ、慣れた魔法を自分の周囲に発生させる。
「や、やった!」
クルトの目の前に火が発生し、失われた体温を急速に回復させていく。四肢に痺れた様な感覚が伝わった後、麻痺していた触覚が戻ってきた。
少しずつ、少しずつ、指の一本から足のつま先まで動かしていく。
「焦るな……時間さえあれば、回復するはず」
体には欠損などはない。大きな傷も。恐らく、自分が船から落ちてから、そう長い時間は経っていないのだ。でなければ、あの寒い海で溺れて、生きているはずがない。その証拠に、洞窟から見える外の様子はまだ暗い。
「は……ああ」
体がゆっくりと持ち上がってく。手で上半身を支え、下半身に力を入れて足を曲げる。うつ伏せから四つん這いの姿勢へ、そのまま洞窟の壁になっている場所まで這って進み、背中を預けた。
「ふぅ。なんとか……大丈夫みたいだ……さて、もう一度」
体を動かしたせいで集中力が切れ、火の魔法が消えていた。再び魔力を放出して、火の魔法を発生させる。
再び適度な温かさか体を包む。
「体を十分に動かせる様になったら、洞窟を調べてみないとな……」
クルトは随分と疲労していたが、そう心に決める。このまま眠りに落ちるという考えもあるにはあるが、それより、眠っていては魔法が使えず、火の魔法で暖をとることもできずに凍死もしくは衰弱死する怖さの方が勝っていたからだ。
せめて、焚き木になる様な物を見つけなければ………。
「………………そろそろかな」
服がガサガサと音を立てている。水分が乾き、塩分が服に染み込んだままになればそうなるだろう。体を動かすたびにチクチクと痛いものの、まあ我慢できない程ではない。
「とりあえず、この周辺から何かないか探して……あ、これも一緒に流れついてたのか」
丁度、先程クルトが倒れていた場所に、一本の細長い木材があった。先端についている緑光石を見れば、それがクルトの杖であることがわかる。船から落ちた時、この杖も同様に海へと流されたのだろう。もしかしたら、クルトがずっと手を離さず持っていたのかもしれない。
「幸先の良い探索物だ……うん?」
杖を拾おうと体を屈める瞬間、何かが見えた。あれは………。
「もしかして……いや、今はそれよりも、洞窟探索が先だ」
気を引き締め、探索を続ける。しかし何も見つからない。
「流木でもあれば……いや、こんなところじゃあ湿ってて、焚き木には使えない」
となると、洞窟の奥へ足を向けるしかない。一応、洞窟の入り口から泳いででるという選択肢もあるにはあるが、今は水に浸かる気分ではまったくない。
「奥が、別の場所に繋がってれば良いんだけど……」
行き止まりで何もなければ、それこそ泳ぐしかなくなる。不安に思いながらも、クルトは足を動かした。止まっていれば、二度と動けなくなる気がしたから。
洞窟の探索は、ただでさえ疲労している体に鞭を打ちつける行為だった。乾いていたはずの服がまた濡れ始めて、疲労を忘れるために、これまでの状況を整理してみたりもした。
「そろそろ、本当に危ないかも……」
足がふらつく。光源に送る魔力も十分ではないだろう。もしかしたら、緑光石は残留している魔力だけで光っているだけであり、魔力放出自体ができていないのかも。
「………あ、あれは」
意識まで曖昧になりかけた頃、幸運なことに、岩壁以外の景色がクルトの目に飛び込んできた。洞窟の出口だろう。洞窟の穴の先には、草むらと夜空が見えた。
(安心するのはまだ早い。とりあえず、焚き木を集めてもう一度火の魔法を使わないといけない)
洞窟にも草むらにも、人が歩いていた跡はない。ここはまったくの自然なのだ。人間より獣が強い場所である。
休息するにしても、火をおこさなければ危険極まりない。
(木は……良かった、ある)
歩く度に洞窟から見える外の景色が広がっていく。どうやら洞窟の近くには森があるらしい。ただ、木の数はそう多く見えない。
「ふぅ……。燃料になりそうなものは…」
洞窟から出て、木が生えている付近を探す。枯れ木が丁度良く見つかり、さっそく集めて焚き火をおこす準備をしていく。
(枯れ木の量は心許ないけど、この周辺にはもう無い。さらに歩いて探す余力も……無い)
まだやらなければならぬことはあるのに、まぶたが落ちてくる。まだだ、眠るのはもっと後でなければ……。
(魔法は……使えるかな? 洞窟で歩いている間、もう少し魔力放出を控えていれば良かったか?)
枯れ木の山に杖を向けて、火の魔法を発生させようと集中する。しかし、魔力が上手くでない。
(いや、多分、魔力放出を行えないくらい朦朧としているんだ、僕は……)
眠りへの誘惑がどんどん甘美な物へ。心ではひたすら覚醒しようとしているのに、どうして体はそれに従ってくれないのか。
(お願いだ……ここで点いてくれないと、苦労した甲斐がないじゃないか!)
ほんの少しだけ、眠気が遠のく。これっきりのチャンスであった。杖の先からは、小さいながらも火が発生する。搾りかすの様な魔力の火であった。
(なんとか……種火になれば良いけど……)
杖の先端を枯れ木に近づける。火は消えそうながらも枯れ木を乾燥させて、さらに黒く焦がしていく。
(もう少し……もう少し…)
気力を振り絞る。もしこれが途切れれば、すぐにでも意識を手放してしまうだろう。
黒く焦げた枯れ木は、ほんの少しずつ赤くなり、パチパチとした音と共に、火の粉を上げ始めた。
(や、やった……)
杖からの火と、新たに火種となった焦げる枯れ木が、さらに別の枯れ木を燃やしていく。それを見届けたクルトは、そのまま地面へと倒れた。安全の完全な確保にはまだほど遠い状況ではあったが、クルトができることの限界は、ここまでだったのだ。
不思議なことに夢は見なかった。熟睡と言えば良いのか、体は休息をひたすらに求めるものなのだろう。夢を見る体力さえ惜しいと考えるのかもしれない。
(まったく。それくらい生きることに貪欲なら、夜に焚き火を用意する時くらい、眠るのを我慢してくれれば良いのに)
鳥のさえずりが耳に聞こえて、クルトは目を覚ました。太陽は見えないが、空は青く、夜が明けたことを知らせてくれる。どんな場所であろうとも、朝を告げるのは鳥の声だった。
「ふ……わぁ」
あくびをしながら、背を起こす。固い地面の上で寝たから、体が痛い。筋肉痛も。生きているからこその痛みだ。
「火は……おお、まだ点いてる。体もなんとか寒い程度で済んでるし、大した幸運だよ」
船から落ちた事を鑑みれば、悪運とも言える。燻る程度ではあるが、焚き火はまだ点いていた。これが昨夜から今朝にまでかけての生命線である。獣を遠ざけ、クルトの体温を守った。
「他に燃え移らなかったこともラッキーかな。海でおぼれた後に山火事に遭うなんて、冗談にもならない」
できるだけ拓けた場所で焚き火を起こした覚えはあるのだが、当時からして記憶は曖昧だったのだ。今朝を迎えられたのは、クルトの力の他に、諸々の偶然が味方してくれたのだと感じる。
「腹の具合は……うん、少し空いている程度だ。昨日、夕飯をちゃんと食べておいて良かった」
空腹は行動する気力を奪うし、魔法に必要な集中力だってなくなる。
「とありあえずは……、今の状況を再確認しよう」
無事に助かった以上、これからのことを考えなければならない。
「そもそも、ここはどこだろう……」
船から落ちて、海に流され、流れ着いた洞窟。そこから考え出せるのは一つ。
「そう長い時間、溺れていたわけじゃあない。となると、ここはあの船の近くにあったらしい無人島の可能性が高い……」
船員の言葉を思い出す。船はアシュルからもっとも遠いルート地点にあり、そこには自然のままの無人島がある。そんな話だった。
「海底がそのまま隆起した様な洞窟もあるって話。もしかしたら、僕が流れ着いた洞窟も、その場所なんだろうか?」
人が通った様子が無いのも頷ける。そもそも人が住んでいないのだ。
「すぐにアシュルへ戻るのは諦めた方が良いだろうね……。数日、もしくは、もっと長い期間、この島で生きることを考えなきゃならないかも……」
サバイバルの自信はあまりない。農家の息子であるが、その人生の大半は、貴族の家で過ごしてきたのだから。
「島なら海岸線があるはずだよね。島自体、それ程大きくもないかも、多分、その方が良い」
大凡、希望的観測ではあるのだが、情報が足りない現状では、そういう希望にすがるしかないだろう。
「海岸があるのなら、そっちに行った方が良い、見晴らしが良い場所の方が安全だし、助けが来る可能性が高い」
たった一日の航海で来れる場所なのだ。アシュルからそれ程遠くない。船が通りかかり、助けが来る可能性だって低くはないはずだ。
「よし、海岸を探そう。それが当面の目的だ」
目的が見つかれば、行動できるのが人間だった。クルトは焚き火の火を消して、立ち上がり、歩き出す。森の方向よりも、木々が少ない方へ進めば、きっと海岸辿り着くと信じながら。
そんなクルトの予想は当たる。歩き続けた結果、海と砂浜が見えたのだ。一方で、予想が外れた部分も当然ながらある。だが、その外れた予想があまりにも突拍子も無いものだったので、茫然とするしかなかった。
「なんで……砂浜に船が?」
普通は驚くようなことではない。砂浜に船は付き物だろうし、むしろ無人島だと思っていた場所に、人工物があることに喜ぶべき状況でもあるだろう。
しかし、砂浜の存在する船は、あまりにも大きい物で、しかもクルトが見たことのある船でもある。
「え? あれって、遊覧船だよね?」
砂浜に存在する船。それはクルトが昨夜まで乗っていた、アシュル近海一周旅行を続けているはずの遊覧船だったのだ。
クルトはとりあえず船へ向かう。砂浜の遊覧船に近づくにつれ、その周辺状況が良く見える様になっていった。
遊覧船の乗客乗員は、どうにも船から降りて、その周囲にいる様で、砂浜にはかなりの人数が存在している。
船自体は砂浜に停まっているというより、座礁している様子である。でなければあの大型船が、水底の浅い砂浜に存在するはずがない。
「お、おお! きみ! どこにいたのかと思えば、無事で良かった!」
船へと近づくクルトに、話し掛けてくる人間が一人。船上で会った、カナードという老紳士だ。
「カナードさん? っていうことは、やっぱりこの船は、昨日まで僕が乗っていた……」
船を見上げる。大きな船だ。無理矢理動かさなければ、こんな場所に存在するはずがないくらいに。
「ううん? 船は船でしょう。あそこから、私達はこの砂浜へと降りたのですぞ?」
どうにも話がかみ合わない。カナードは、クルトがずっと船に乗っていたと思っている様だった。
「ええっと。どう説明すれば良いのやら……」
とりあえず状況確認のため、クルトはカナードと互いの情報を交換することにした。
「なんと。まさか、船から落ちて、海で溺れていたとは……。いや、本当に大変でしたなあ」
驚きの様子でこちらを見るカナード。仕方のないことだ。クルト自身、脅威の出来事だったのだから。
「死ぬかもしれませんでしたからねえ」
カナードの話を聞くに、船はクルト一人が落ちたことに気付かないくらいに、大変な状況だったらしい。
「前に、船の動力には魔法が関わっているという話をしましたでしょう?」
「補助的に使われているというアレですね」
それがなんでも暴走したらしい。本来なら有り得ない程の馬力を出しながら、この島へ突っ込んだとのことだ。
もし進む場所にあるものが岩礁だったなら、もしかしたら沈没していた可能性だってあったらしい。
「幸か不幸か、船はこの島の砂浜へと向かったおかげで、死亡者などは出ておらんようですな。けが人も数人程度。船医が見るに軽傷だそうです」
状況はそれ程悪くは無い。しかし船をもう一度出港させるのは不可能だろう。水深のある場所まで船を運ぶ術が見当たらない。
「救助のアテとかはあるんですか? もしかしたら、船に乗っていた全員が遭難って状況になってるってことですよ?」
「恐らくは近いうちに救助の船がくると話しておりましたな。1泊2日の船旅ですから、少しでも遅れれば、異変に気付く者も出てくる。港には、そういった時用の調査船を配置しているそうです。そして調査となれば、この島は観光の目玉として紹介されていますので、もしやと思い、真っ先に来てくれる可能性が高いとのことでした」
それが真実なのか、それとも乗客を落ち着かせるため、乗員が吐いたでまかせなのかはわからぬが、それ程深刻な状況では無さそうであった。
もし万が一救助がこなくても、いざとなればあの大きな船を分解して、アシュルへ向かうためのイカダでもなんでも作れば良いのだ。海と言っても、アシュルからそう遠くない位置にある島だ。それくらいのことはできるはず。船乗りというのは、そういう技能を持っているのである。
「となると、心配なのは当面の食糧と、島で数日過ごすための場所ですか……」
「食糧に関しては、全員がたらふく食べても1週間はもつくらい船に積んでいるそうです。キャンプ地に関しても、救助用の目印と共に、船員達が作り始めていましたな」
準備も行動も素早くそつがない。こういう遭難事故の場合、怒りの矛先は船員に向かうのは常であるが、現在、乗客達が不思議と落ち着いているのは、船員達の仕事に文句が無いからだろう。
とりあえず一安心といった心地のクルト。そうなってくると、気になるのが事故の原因である。
「船の中には、もう入れないんですか?」
「いえ、乗客すべてを降ろした後、なんどか荷物の運搬を船員が行っています。島での寝泊りも、船の中ですれば良いという話もありましたから、中に入るくらいは大丈夫でしょうな」
さすがに、座礁した船に長くいるのは不安だったそうで、現在は、島に仮のキャンプ地を作っているそうである。
「なら、ちょっと見てきます。船から落ちた後、船がどうなったのかを全然見てませんでしたから」
「はあ? お気をつけて……」
船へと向かうクルトを、ぼんやりと見送るカナード。こんな状況だというのに、変に元気のあるクルトを見て、呆れているに違いない。
砂浜に乗り上げた船の先。船上から縄梯子が降ろされたその場所には、船員が数名立っていた。
「あのう。すみません」
クルトは船員達に近づき、船内へ入る許可を得ようとする。
「乗客の方ですか? 疲れたのでしたら、キャンプ地へ向かってください。寝転がれるくらいの場所なら、もう用意できているはずです」
食事もちゃんと用意しますから、ご安心をと説明する船員に向かって、クルトは手を横に振りつつ返答する。
「いえいえ、ちょっと、船内に入れないものかと相談に来たんですよ」
「船内に? 忘れ物があるのでしたら、我々が取りに向かいますが」
「そうじゃないんです。なんと言えば良いのか……ええっと。こう見えても、僕、魔法使いでして」
船の事故に魔法が関わっていると聞いて、興味本位で覗きに来ましたとは言えない。不謹慎である。
だから曖昧にしか返答できないのだが、どうしよう。
「魔法使い? 魔法使いと言ったかね!?」
と、船員の一人が、クルトの言葉を聞いて走り寄ってきた。壮年の男の様で、他の船員ががっしりと筋肉質な体をしている分、随分と細身に見える体格をしていた。
「は、はい。アシュル魔法大学で生徒をしている、クルトと言います」
「おお! なんと乗客の中に魔法使いがいたか! 船員と言っても、皆、肉体労働に向いている者ばかりで、こっちに関して働ける者がおらず、どうしようかと思っていたところだ!」
こっちに関してと自分の頭を指先でつつきながら、男は話す。
「は、はあ?」
クルトは戸惑うしかなかった。何が何やらわからない。
「先生。お客様が困っています」
他の船員が、先生と呼ばれた男を制止する。そうしなければ、何時までも騒がしいままだったろう。
「むむ。すまんすまん。私も、かつては魔法大学に在籍していた人間でね。つまり君の先輩だな。ハマツという」
ハマツはこちらに手を向ける。握手をするつもりだろう。クルトは恐る恐る手を握り返した。
「先輩……ですか?」
すぐに手を放してから、クルトはハマツという男に聞き返す。
「すぐに他と差をつけられて、研究者としての道を諦めた口だがね。まあ、魔法技能だけはちゃんと学んだから、こういうところで就職場所を見つけられた」
こういう場所というのは、つまりこの遊覧船の乗組員ということだろうか。
「魔法使いが、船員をしているんですか?」
「違う違う。いや、正しくもあるのだが、この遊覧船による旅行を企画したのは、ヒセイ海運社という組織でね。私はそこで雇われている。勿論、魔法使いとして」
「魔法使いとして? じゃあ、どうしてこの遊覧船に? まさか……」
本来、船に必要なのは海の男であり、魔法使いではないはずだ。それでも乗組員として存在している以上、何か理由がある。そして、この船に関しては、恐らく魔法使いが必要である部分があった。
「噂で耳にしていたかね? この遊覧船、シーサーペント号という古くなった大型貨物船を改修したものだが、ある特殊な機関が存在し、その設計と整備に私が関わっている」
「もしかして、今回の事故の原因になったかもしれないっていう………」
「そうだ。船を魔力によって動かす装置、『魔力櫂』の調査を、できるのであれば、魔法使いのきみにも手伝って貰いたいのだが、良いかな?」
断る理由が無かった。そもそも、それを調べるために近づいたのだから。渡りに船とはこのことだろう。
(ことが船に関わるものだけにね……)
随分とつまらない冗談を思いついたクルトだった。




