魔法使いの遭難方(1)
ごつごつとした岩が足を刺激する。靴越しでもその感覚が足裏に響くのは、靴が濡れているせいだろうか。
濡れているのは靴だけではない。身を包む服もそうだ。ここは酷く湿っている。足場には水溜りがそこかしこにあり、一度濡れれば乾くことがない。
ここは海辺の洞窟。その中を進むのは、魔法使いのクルトだった。別に好き好んでこんな場所にいるのではない。やむにやまれぬ事情があるのだ。
「疲れたけど……こんな場所で休んだら、すぐに衰弱しちゃうって……」
時期はまだ春だ。気温はそう高くなく、こんな濡れ鼠な状況で足を止めれば、途端に体力を奪われて、二度と立てなくなるだろう。
「ああくそ! どうしてこんな目に……」
悪態を吐くものの、それを聞かせる相手はいない。時間は夜だろう。杖の先端から放たれる光源だけが、唯一の光だ。疲れた、怖い、寂しい。何か考え続けなければ、心が折れそうだった。
せめて今の状況を整理しよう。そう思ったクルトは、この洞窟にやってくるまでの経緯を思い出す。
ことの発端は1週間程前。魔法大学でとある噂を聞いた時だった。
「漁師がさ、水の精霊を見たんだってな」
魔法大学食堂。最近はどうにも山の幸が旬なのか、ランチもそれに見合った物が多い。
しかしあえて流れに逆らい、海魚の燻製を頼んだクルト。そんな彼を見ながら、突然思い出した様に話すのは、彼の友人、ナイツだった。
「水の精霊? 何をいきなり」
精霊という言葉に反応するクルト。彼が今、魔法研究の題材としているものは、精霊という存在が大きく関わる可能性がある。だから、ついナイツの話を聞き返してしまった。
「いや、こう、俺はここ一週間、山菜の佃煮やらサラダばかり食っているのに、目の前でそういうものを食べられると、ちょっと思うところがあるというか……」
日々、金欠に困るナイツは、食堂で一番安い食事を選ぶ。そしてこういう場所でもっとも安い食べ物と言えば、残り物である。今は山菜などが旬で、多く仕入れているのだろうから、残る食材もそういったものが多くなるのだ。
「偶には贅沢して、別の物を頼めば良いじゃないか」
魚を頭から齧り付きつつ、クルトは話す。
「いや、ここで節制しなければ、来週あたり、財布の中身がやばいことになりそうでな」
飽きた食べ物でも、まだ三食食えるだけマシだと答えるナイツ。難儀な生活である。
「それで、水の精霊を漁師が見つけたとかなんとか言ったけど、アシュルの街の話?」
魔法大学のあるアシュルは海に面した街であるため、船による運搬業の他にも、漁業が盛んに行われている。水の精霊についての話も、それに関わる物なのだろうか。
「ああ、らしい。ここ最近、そういうものを見たとかいう漁師が多いそうだ」
「水の精霊と言えば、ウンディーネとか、河童とかそういう感じで、昔話なんかで語られる存在だけど、眉唾ものの話じゃない?」
マジクト国では基本的に、精霊とは架空の存在だと考えるのが一般常識だ。クルトの研究では、もしかしたらそういう存在がいるかもしれないと思われるのだが、だからと言って、すべてがすべて真実とは考えられない。見間違いや空想の産物である物も多いだろう。
「かもしれないが、何かいるのは確かじゃないか? でなけりゃあ、噂なんて流れないだろ」
「ふーん」
なんでもない話である。食事中の世間話だ。あくまで。
まあ、だからと言って、無下にするのはちょっと早いとも思えた。だから、クルトはその話を聞いた次の日に、わざわざアシュルの港まで出向き、噂を流している漁師達への聞き込みを行ったのだ。
「ああ、本当だって。俺は見たんだ。確かにありゃあ精霊か何かだったぜ……」
自信を持って話す漁師の一人。船へ荷物を運ぶ途中らしいので、クルトは歩きながら話を聞く。
「どんな見た目だったんですか? 一目で、その、精霊みたいな感じに見えたってことでしょうか?」
例えば海で何やら不思議な物を見たとしよう。それは普段見ない何がしかだったとして、それを精霊と断定するのは、いったいどうしてだろうか。
「あれは……精霊ってより人魚だな、人魚。魔法使いなんだったら、そういうのにも詳しいんじゃないか?」
「人魚?」
漁師は人魚を見たらしい。遠目であるが、上半身は人っぽい姿が確認できて、さらに海に潜る瞬間、尾びれを持った下半身を確認できたそうだ。
「ありゃあ間違いなく、噂にきく人魚ってやつだろうな。俺も長年漁師をしているが、そういうのは単なるおとぎ話だと思ったんだ。だが、この目で見たから間違いねえ」
どうにも、嘘を言っている様には見えない。だとすれば、アシュルの街近海に、その人魚とやらが潜んでいるということか。
「でも、人魚がどうして精霊と結びつくんですか? 人魚はまあ人魚じゃないですか」
同じ昔話と言っても、精霊と人魚は別物だろう。精霊と言えば、自然現象がそのまま形になった様な姿をしているのに対して、人魚はあくまで幻想の生物と言った見かたがされる。
どっちにしろ、本当にいるかどうか怪しい物なのは共通であるが。
「そういやあそうだな。なんでアレを見て、人魚で水の精霊だって思ったのか……」
自分の見た印象では、間違いなく人魚かつ水の精霊だったと漁師は話す。何か、見た目に特徴があったのかもしれない。
「もし、僕なんかがその精霊を見ようとするなら、どうすれば良いと思いますか?」
結局は、クルト自身で確認しなければならない。だからクルトはまず、その方法を探すことにした。
「ああ、魔法使いさんなら、そういうのに興味を持つんだろうな。しかし、漁の船に乗せるわけにはいかん。はっきり言って邪魔だ」
まあそうだろう。魔法使いのだいたいは、魔法しか能の無い人間である。漁業を生業にしている漁師にとって、同じ船に乗られれば、邪魔な存在でしかない。
「かと言って、旅客船に乗る訳にもいきませんよね」
「ははは! そのまま余所の街や国に行っちまうからなあ!」
豪快に笑われる。笑い話ではないのであるが。
「となると、もう港から遠目で探す程度しかできませんかねえ」
「いや、船に乗りながら探すのなら、良い方法がある」
金さえあれば。という条件付きであるが、漁師はとある方法を提案してくれた。
アシュル近海遊覧船。その名の通り、アシュル付近の海を観光するための船である。そう頻繁に出るものでもないらしいが、好都合なことで、近日中に出向予定があるらしい。しかも、まだ乗船客を募集中とのこと。
つまり金銭さえあれば、アシュル近海を調査できるということだ。
「ただ海に出たところで、精霊を見つけられる保障がないって点が問題なんだよね」
「そもそも遊覧船ってー、乗船代が高かった覚えがあるんですけどー。そっちの心配はしないんですかー?」
漁師からの聞き込みよりさらに一日。朝から生徒組合にて話すクルトとルーナ。授業がどうしたのかと聞かれれば、例によってオーゼ教師が大学内にいないので、自習中である。
「それは大丈夫。大学からの研究費と、後援費とかもあるから」
本当は大学からの研究費は子どもの小遣い並であるし、とある貴族からの後援費も、それに毛が生えた程度の物でしかない。それでも一番安い客室であれば、なんとかなる乗船代だった。
まあ暫く、学食で飽きながらも安いランチを頼む友人並には、生活が困窮することになるだろうが。
「お金を出せるのなら……行ってみたら駄目なんですか?」
クルトからの言葉を返す相手が、ルーナ以外にもう一人。先日、生徒組合事務員になった、ルーナの妹、アンナだ。
「乗るのが観光用の船だからね。もし何の発見も無かったら、研究費と後援費を両方無駄に使って遊んでるってことになるから……って、アンナちゃん、こんな朝早くから、こんな場所にいちゃ駄目だって。ヘックス教室は僕らの教室みたいに、ちゃらんぽらんなところじゃないんだからさ、授業だってちゃんとあるんでしょ?」
アンナが所属するヘックス教室は、大学内でも能力の高い者達が所属する教室であり、その授業や研究も、中々に厳しい物がある。
朝から、益体もない話をぐだぐだと話せる様な教室ではないはずなのだが。
「朝は見習い向けの授業を行うから、私は出席しなくても構わないって言われました……。高難易度な魔法や、研究知識を教える授業には積極的に出る様にと……」
なるほど。アンナは年齢に見合わない能力を持った魔法使いだ。一方で今年大学に合格した新入生でもあるため、受ける授業の内容が、普通とは少し違うのだろう。
まあ、ヘックス教師はしっかりした人物であるため、そういうズレも調整していくだろうから、こういう風に暇な時間というのも、将来的には無くなるだろう。
「人の心配をしているより、自分のことを考えるべきですよー。遊覧船の出港予定はいつなんですかー?」
「あーうん。4日後。完全予約制らしくて、明日までには乗船予約をしなくちゃならないんだ」
だから色々と今の内に考える必要があるのである。船に乗るべきか乗らぬべきか。
「乗るべきだと思います……。あの、こういうのは失礼かもしれませんけど…、魔法研究というのは、百失敗して一成果がでれば良いという話を、先生がしていた様な……」
「さすがに、そこまで失敗するのはどうかと思うけど。まあ、できる状況があるのにしないのは、研究者としてどうだろうって話だよね。なら、やっぱり船に乗るべきなんだろう」
アンナの助言を聞き、遊覧船に乗る決断をしたクルト。この時は、それが正しいと思っていた。
しかし、今になって見れば、もうちょっと慎重になっても良かったのではないかと思うのだ。
アシュル近海遊覧船は、アシュル海一周旅行と名付けられた一泊二日の船旅である。何をもって海を一周と呼ぶのかはわからないが、とにかく船の上から見えるアシュルの街や、近くにある離れ小島。海の生物などを観光する。
総乗員数200名に及ぶ大型の船の上で、豪奢な海産物料理に舌鼓をうちながら、世間話をするのも、楽しみの一つであるらしい。
これらから言えることは、とにかくこの船は一般庶民向けの物ではなく、金と時間に余裕がある者達向けだということであった。
「場違いと言えば場違いだよ。大学の学生がさ、こんな船に乗って、さらに観光じゃなくて、研究調査が目的だもの」
結局、遊覧船へと乗ることになったクルト。今は船室の中で出港を待っている。一応は、一番安い部屋をとっているのだが、船の上で個室をあてがわれるという時点で贅沢である。乗客用の部屋は30部屋程あるらしく、それぞれがそれなりの立場にいる人間なのだろう。
「あー、駄目だ。居心地が良い場所のはずなのに、座りが悪い」
根が庶民に近いクルトは、贅沢をするということに慣れていない。なんとか気を晴らそうと部屋を出る。
しかし一歩部屋を出れば、見た目にも凝ったであろう広々とした通路が目に映り、さらに船上へと出向けば、常に何らかの料理や乗客を楽しませる芸などが催されていた。
「くらくらしてきた。こんなことにお金を使って良かったのかなあ」
一度決めたことだというのに、今さら後悔し始める。こういう時は、別のことに目を向けるしかないだろう。
「そうだよ。僕は海に潜むかもしれない、精霊を調査しに来たんだ。なら、船じゃなく海を見ないと……」
ふらふらと歩きだして、船の縁までやってくる。当然、そこからは青い海が見えるものの、特別な何かがいるわけではない。空は幸運なことに、晴天そのものであるのだが。
「漁師の噂によると、精霊の見た目は上半身が魚より人間っぽくて、下半身はちゃんとした魚なんだっけ? まさに人魚だ。けど、それがどうして精霊に見えたのかについてだけど……」
聞く限り、それは随分とおかしな特徴だった。だが、確かにその特徴を見れば、それがどんな形をしていたとしても、水の精霊に見えてしまうだろう。
「その特徴……それは―――っと、船が動き出したのかな?」
船が揺れる。大型船であるこの船は、常に海に浮いた状態であるため、乗船中は常に波の振動を感じてはいたが、今回の揺れはもっと大きい。
「そもそも、船員が帆を開こうとしてるんだから、見えればわかるか……」
慌ただしく船員が走り回っている。中にはマストを曲芸か何かの様にスルスルと登り、帆を縛る縄を外す者もいた。
「どうやら、出港するみたいですな」
マストへ登った船員を見上げていたクルトは、突然、視界の外から声をかけられた。
「は、はい?」
声をかけられた方向を見ると、初老の男性が立っていた。礼服を着た、老紳士と言った風であり、服に見合った帽子も被っている。
見るだけで富裕層であることがわかる相手だ。
「失礼。こういう船では珍しい客を見かけたもので、声をかけさせてもらいました」
帽子を脱ぎ、礼をする老紳士。
「え、えっと。そんな、失礼だなんて。自分でも、こういう場には似合っていないと知ってますから」
「そうですかな? いや、不愉快でないのであれば、それは良かった。私はアシュルで服装屋をしている、カナードというものです。この遊覧船には家族で乗っているのですが、遊び盛りの孫の世話に皆が気を取られて、私などは邪魔者扱いでして、暇をしているのですよ」
つまり、話し相手が欲しいのだろう。どうしてクルトなどを選んだのかは疑問であるが。
「この船には何度か?」
「いえ、これが初めてですな。こういう観光業は、最近になって始まった物ばかりですから、物珍しさについ出向いてしまったのですよ。あなたもそうですかな?」
「あー、僕は研究調査が目的といいますか……」
そうしっかりとした理由でもないため、あまりはっきりと言えないクルト。
「研究ですか。いったいどの様な? もしや学者かなにかで?」
カナードはクルトが学者に見えると言うのか。大人か子どもかと言えば、子ども側の見た目をしているというのに。
「いえ、僕は魔法大学の学生で。この船に乗ったのも、魔法関連の調査が目的というか」
「ほう! 魔法使い。長らくアシュルで商売をしていますから、知り合いも何人かいますぞ。誰も彼も変わった人物でしたが、なるほどなるほど。観光用の船で魔法調査とは、やはり魔法使いの方々は一味違うというやつですかな?」
褒められているのか、呆れられているのかわからぬ会話だ。まあ、相手がこちらに対して敵意を持っていないだけでも良しとしよう。
「何かしら、得る物があると良いんですが……。これで何も無ければ、本当に観光目的で来たことになります」
「いやいや、それもまた結構。どんな時でも経験は増えて行くものです。そしてその経験は、必ず何かの役に立つ」
いったい、船上で周囲の景色を見ながら、豪華料理を食べるという行為で、どれだけ役立つ経験が積めるのだろうか。
「ふむ……魔法云々に関してであれば、この船。なかなかに大きく、これ程の規模を観光船に使うというのは、驚くべきことだと思いませんか?」
「そうですね。乗客を多く乗せるということは、それだけ船員が少なくなるってことでしょうし、船が大きくなれば、それだけ安定性が低くなる。難しい操船技術が必要でしょうからね」
技術というのは、金銭に代替えし難い物だ。いくら乗客が富裕層と言えども、この規模の観光船を動かすのは、かなり難しいことに思える。
「なんでも、この船の操船には、魔法が関わっているらしいですな。風や手漕ぎ以外に、魔法による推進力を持っているとか。魔法は人為的な物ですから、自然現象である風よりも、安定して船を動かせるそうです」
なるほど。そういうのはあるだろう。魔力を推進力に変える魔法は存在するのだ。この大きさの船を動かす程の魔法となれば大規模だろうが、船の構造を見る限り、魔法による推進力は補助的な物だろう。他の船と同じく、帆による推進力が主な物であり、魔法はそれを安定化させているのだと想像できる。
「確かに興味深い話ですが、僕の調査とはちょっと関係ありませんね……」
大層な技術に思えるが、残念ながらクルトの調査とは関係のない物だった。自分の興味の対象は、船でなく、海の方にあるのだが、やはり何も見つからない。
クルトは肩を落とし掛けるも、小腹が空いていることに気が付き、料理が出されている場所まで向かう。安くない金を払っているのだ、せめて料理で元をとらなければ、本当に無駄金になるのではないか。
ことの変化が起こったのは、船上から見える日が沈む頃である。
相変わらず船の縁で海を観察していたクルト。日の光が頼りなくなってきているので、目からの情報はあまり当てにできなくなっているが、耳からは、船に乗る客を楽しませるために船員が話す、周辺海域の説明が聞こえて来る。
「ここは丁度、遊覧船のコースとしまして、もっともアシュルから遠い場所にあります。ですがご安心を、なにせこの船は観光船。なんとも臆病なことに、海流が安定した場所しか向かいません」
何人かの笑い声が聞こえて来た。どうにも笑うところだったらしい。
「見どころとしては、この近くにある無人島でしょう。人間の手から離れた自然そのままの離れ小島。海底がそのまませり上がった様な岩場もあり、それらが島の一部に洞窟を作っているのです」
そう説明されても、日の光が心許なくなっているため、その島がどこにあるのかも判断できない。船自体はあちこちにあるランプによって光源が保たれているものの、海全体を照らすことなど不可能だろう。
「さて、その島の洞窟には、なんでも最近、おかしな生き物が棲みついたという噂が―――」
船員の話が止まる。何事かとクルトは思ったが、原因はすぐに気が付いた。頬に冷たい水が触れたからだ。
波しぶきではない。空から降る水。雨だった。ついさっきまでは晴れていたと思うのだが、海の天気は変わりやすいということなのだろう。雨は小降りから、どんどん勢いを増している様に思えた。
「皆様、申しわけありません。どうにも夜の海は機嫌が悪い様子。この勢いであれば、明日の朝には雨も止んでいるでしょうから、今日はひとまず、部屋で雨宿りということで宜しくお願いします」
もう既にすっかり日は落ちており、船外で何かを見るという状況ではない。だから乗客たちからの不満も特になく、皆、自分達の部屋に帰って行った。
クルトはまだ海を観察していたくもあったが、何も見えない黒い海を眺めたところで、得るものは何もないと考えて、大人しく部屋に帰ることとなった。
部屋に帰ればすることがなくなる。船を叩く雨音が激しくなり、少々不安を覚えるも、部屋に運ばれた夕食を食べ終わる頃には、既に慣れていた。
ただ、船の揺れが大きくなってくれば、とても安心できる状況ではない。雨音はずっと変わらず、勢いも増してはいないはずなのだが、どうにも船が大きく揺れる様になっている。それも、規則性がある様に感じる。まるで一方向のみ、大きく揺れている様な。
「何かあったのかな?」
部屋の扉から顔を出して、周囲の様子を探る。通路にはクルトと同じく気になったのか、部屋から出ている乗客が数人いた。
その一人に、昼間話したカナードを見掛け、クルトは部屋から出て話してみることにした。
「何かあったんですかね?」
「ああ、きみか。船員達がなにやら焦っている様子だが、私にはさっぱり……」
カナードは不安そうにあたりを見つめている。それは、他の乗客も同じ様だった。
「………ちょっと、外を見てきます」
「お、おいきみ!」
カナードの制止を振り切って、クルトは船外へ向かう。ここで様子を伺っていたところで、何も進展はない。せめて今の状況だけでも知りたかった。
船室を出て、甲板まで出たクルト。未だに雨が降りしきっており、視界も悪い。その中を船員達が動き回っている。
「なんで舵が聞かない!」
「帆は畳んでます!」
「魔法櫂はどうなってるんだ! 気休めでも、あれなら少しは!」
「だから! あれの調子がおかしいから、こうなってるんですよ!」
「このままじゃあ、島の岩礁にぶつかるぞ!」
飛び交う怒声を聞けば、状況が生半可な物ではないことは理解できる。内容そのものはまだ良くわからないものの、どうやら船の機能のどこかが不調である様子だった。
「まいったな……本格的に危険なんじゃないか?」
頭を掻きながら嘆くも、操船技能などないクルトにはどうしようも無い。
「おい! なんだ、あれ!」
船員の一人が、海を指差して騒いでいた。
また新たな問題かとクルトは指が示す方向を見てみると、海に何かがいた。
「うん? なんだろう……うっすらと…」
夜の闇のせいで良く見えない。気になるクルトは、少しでも近づこうと、船の縁まで歩いていく。
あまりにも不用心であった。こんな悪天候で、しかも不安定な船の上。船自体にも問題が発生しているのだ。行動の報いがあるというのなら、今まさにそれは起ころうとしていた。
「えっ」
視界が突然変化したので、息が漏れる様な声を上げるクルト。船が揺れたのだ。それも大きく。
足元が崩れる様な揺れだったせいで、クルトは足を滑らせてしまった。体が浮く。自由に動けない。クルトの体はそのまま船の縁のさらに外へ―――




