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魔法使いの歩き方  作者: きーち
魔法使いの勤め方
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魔法使いの勤め方(6)

 鉱山亀とは、本来肉体を持たない生命体である。何かの力、恐らくは魔力によって、自らの知性や意思を維持し、この世界に存在している。

 ではクルト達が見た鉱山亀の姿はいったいなんなのかであるが。

「あれは本来の肉体ではなく、仮の、安定していない外界に出た場合の鎧みたいなものなんですよ」

「さっぱりだ。わけがわからん。順を追って説明してくれないか」

 クルトは鉱山亀についての説明をヒレイに話すが、首を傾げて理解をしていない様子。

 そういえばティリッジにも同じ答えを返された。ここにきて、漸く自分の伝え方が悪いのだと気が付くクルト。

「そうですねえ。まず大前提として、精神というものが存在しているんだということを理解してください。そんなのはないんじゃないかとか言われても困ります。だって無いと説明できない事象が起こっているんですから」

「ま、まあ、魔法が存在しているのだから、そういう心的な力が存在してもおかしくはないな」

 納得しがたいという顔をしている。それも仕方の無いことだろう。クルトが考える精神とは、いつかは解明するべき物であるが、今はそう都合よく答えが転がっていない物のだ。

「そうです。納得できないのなら、魔法的な何かだと思ってください。とにかく、精神、ここではゴーストと呼びますが、そういう存在が、フィブサークル鉱山にいるんです。それも何体も」

 それらはそもそも何なのかは分からない。自然発生したものなのか、それとも誰かの作為が混じっているのか。

 少なくとも、鉱山亀の存在が語られる頃には既に存在していたことになる。

「ゴーストというのは、幽霊みたいなものと解釈しても良いのかね? 透明で、あやふやで」

「誰かの死後の形とかではないです。ただ、あやふやで透過性が高いというのはそのまま正解ですね。ゴーストはそのままでは物質に干渉できず、一方でこちらからも触れることは叶わない。そんな存在です」

 ある意味無敵だ。意思さえあれば、どこまでも生きて行ける。肉体がないので、飢えや病の苦しみからも解放されている。

「私の頭の中では、ゴーストというと人型を思い浮かべるが、そうでもないのかね?」

「今回の場合は亀型です。だからこそ、鉱山亀が亀みたいな姿をしている。ゴーストが亀型だから、その入れ物になっている鉱物も亀型になっているって言った方が良いのかな?」

 ゴーストは恐らく多種多様な姿をしており、普通の生物が犬から蜥蜴まで様々な存在がいるのと同様、種類毎にまったく違う形を持っているのではと考えられる。

「さて、そんなゴーストですが、さっきも言った通り、あやふやな存在です。一見、思考だけで生きて行ける存在に見えますが、そのまま放っておけば、意識が自然と無くなってしまうくらいに曖昧なんです。多分、思考や知能というのは、肉体にも幾らか依存している物なんでしょうね。精神だけでは維持が難しい」

 ただ、それに特別な機関が必要なのだとは思わない。意識だけで存在できている以上、脳はかならずしも必要ではないのかもしれない。ただ、肉体は必要なのである。クルト達が生きている世界には、確固たる肉体が無ければ、存在できぬ法則でもあるのだろう。

「種族として鉱山亀が存在している以上、意識だけで存在する危険性から、なんらかの方法でそれを克服しているはずなんです。それがどういう方法かと言えば―――」

「岩を肉体にしたのか。その岩を見て、私達はこれを鉱山亀だと………」

 その通り、あやふやで曖昧で、放っておけば消え去ってしまいかねないゴーストは、そこら中に溢れている岩を肉体とすることで、この世界に存続していた。

「もっと正確に言えば、鉱山そのものを自分達の安定のために、その肉体としたんです。山は動かないし、多少の事じゃあ崩れもしない。安定した肉体としては最適だったんだと思います。それが、フィブサークル鉱山から鉱山亀が多く発掘される理由です」

 まあ鉱山を体にしたと言っても、個体毎に精神の影響が及ぶ範囲があるのだろう。その範囲こそが、発掘される鉱山亀であり、大きさがそれぞれ違うのは精神の大小によって体となる範囲も違ってくるからだ。

「山が体とは豪快なことだ。その豪快な生物だが、危険性は本当にないのかね? そこが一番重要だと思うのだが」

「岩が鉱山亀のゴーストに影響されると、ゴーストと同じ形に岩も固定されるみたいですから、地質の微妙な変化はあると思います。ただ、今まであの山で地面の陥没だったり、土砂崩れが多発していない点を見れば、危険な変化ではないと予想はできますね」

 それでも心配だから調べろと言われれば、今度は地質研究家でも雇ってくれと答えるつもりだ。それは魔法使いの領分ではない。

「だが、鉱山亀が魔法で消えてしまう点はどうなる? もし、山の中でも同じ様に転移するのだとすれば、山が穴だらけになるのでは?」

 鉱山亀が魔法を使って転移する件を、ヒレイは心配しているらしい。

 鉱山亀は転移魔法によって姿を消して、どこかへと移動する。山に埋まった状態で同じことをすれば、山は鉱山亀の転移跡によって穴だらけになるし、そうなれば地盤も脆くなる。

「やっぱりその件が一番心配ですよね。ですがご心配なく。鉱山亀が転移するカラクリも調べてきましたから。結論から言えば、その点は特に山へ悪影響を与えないということがわかりました」

 鉱山亀は害の無い生物である。それは、これまで鉱山亀によって大きな事件が起こってないことから既に証明されているのだ。

 ただ人間とは証明に説明を求めるもので、クルトやティリッジの様な者が、わざわざ調査して、安全である理由を探すことになるのだ。

「悪影響がない。ということは、鉱山亀は山の中で魔法による転移を行わないということで良いのかな?」

 概ねその通りだ。鉱山亀が魔法によって姿を消すのは、あくまで地上の話。山の中ではそういうことをしない。

「さっきも言った通り、鉱山亀の本体はゴーストです。そして、山を肉体にしている以上、ゴーストは山の中を自由に動けます。一旦移動すれば、元の場所にあった亀型に変化した岩は、元の岩に戻り、移動した後の場所に、亀型の岩ができることになりますね。もし断面図を見られれば、まるで鉱山亀が山中を泳いでいるかの様に見えるんじゃないでしょうか」

 ただその移動の場合は、山に特別影響を与えることはない。山の中の岩が少し固まったり、そうでなくなったりを繰り返しているだけだ。そういう現象は、別に鉱山亀がいなくても、自然の原理で起こっているものである。

「そういう移動ができるのなら、どうして地上に出た鉱山亀は、消えてなくなってしまうのだ?」

「良く考えてみてください。安定した山の中に本来は棲んでいる鉱山亀ですから、地上に出されるというのは危険なことです。自分を固定するものが、亀型の岩しかない。だから、早急に山中へと帰らなければならない。それも一気に移動しなければ、肉体を失ったゴーストが外界に剥き出しになってしまうかも」

 普段、山中を移動するやり方では、外界からそのまま山中に戻ろうとしても、部分的に無防備な精神が露出する可能性があるのだろう。

 それでも場合によっては、鉱山亀自体に危険はないのかもしれない。しかし、魔法によって一気に山中へと転移する方法をとる鉱山亀が、今まで生き残って来たからこそ、そういう形態が一般化しているのだろう。

「なるほど、それが地上にでた鉱山亀が消えてしまう理由で、さらに山中に存在する鉱山亀は危険でない証というわけか」

「ちょっと違います。山中の鉱山亀が危険でない理由についてはその通りなんですけど、地上から消えさってしまうのは、もっと違う理由です」

「うん? 魔法で転移すれば、そのまま消えたことになるのではないのかね?」

「そうなんですけど、それなら崖に埋もれた鉱山亀はどうなります? 体の一部だけが崖から出ているんですから、そのまま転移すれば、崖にぽっかりと穴が空いてしまう」

「それもそうか……。何か鉱山亀の消失には、別の理由があるということになるな」

 話を続けるクルトとヒレイ。いつの間にか、ヒレイから感じていた威圧感は、すっかり消えていた。

 どういうことだろうと、クルトはヒレイを見るが、どうにもヒレイの目が輝いている様に見える。

(ああ、興味が完全に鉱山亀の生態を知ることに移っているんだな)

 今までは権力者として、自分の保身も交えて報告を聞いていたのだろうが、今は不思議な生物を見つめる少年の心情に近いのかもしれない。プレッシャーも無くなるわけだ。

「転移の魔法っていうのは、工夫がなければ、かなりの魔力が必要になるんです。そして鉱山亀は、ある方法によってその魔力を用意している」

「ある方法とは?」

「転移して山中に戻るのならば、亀型の肉体は邪魔ですよね? 山中には肉体となる岩が周囲に存在している。むしろ、岩の肉体を持ったまま無理矢理山中に戻れば、山に大きな変化を及ぼす可能性だってある。それは、鉱山亀自身も避けたい結果のはずです」

「鉱山亀の肉体は山そのものなのだからな。むしろ鉱山亀は、山の変化を好まない性質を持っているのだろう」

 その洞察は正しい物だ。鉱山亀は、山に危険な変化をもたらす存在ではない。むしろ、自分の行動によって、山に何らかの変化が起こることを極力避ける生物なのだ。

「では、どうやって魔法による転移を可能としているのか。答えは、鉱山亀が地表に出た時に持つ、亀型の肉体にあります」

「ほう、あくまで緊急用の肉体であるはずの岩が、重要な意味を持つと?」

「鉱山亀にとって、その体が緊急用なのは確かですよ。だから、積極的に利用するんです。鉱山亀は、地表に出た体を、魔法に変換できる物質へと変質させる魔法が使える。そういう生物だったんです」

「体を魔法物質に変えるということかね?」

「はい。緊急用の肉体を、魔法に変換できる体に変えて、その体を使って、自分の精神を山中へ転移させる。肉体自体は転移の魔法に使う魔力に変換されるので、その質量は消費されて、跡形も残らない」

 巨大鉱山亀の場合は、崖から出た部分のみを転移用の魔法物質に変換したのだろう。結果、崖から剥き出しになった肉体だけが消えて、崖に埋もれていたはずの肉体は、ただの岩に戻った。

「なるほど、随分と効率的に生きているというか、生態はわかったが、わかったそれがもっと不思議な性質というか」

 ヒレイの言う通り、鉱山亀とは不思議な生物だ。その印象は、調査が終わった後も変わらない。

「その性質を利用して、ちょっと面白いものを作ってみたんですよ。それがこれです」

 クルトは自分の隣にある、大きな岩を指差す。岩はクルトがヒレイの屋敷内に運び込んだものだ。

 なんとか両手で持ち抱えられる程度の大きさであり、なかなかに重かった。

 屋敷へと案内してくれたアレクにも手伝って貰って、ようやくヒレイの執務室へと持ち込めたのだ。

「ああ、ずっと気になっていたよ。それはなんなのかね?」

 岩は執務室を汚さぬ様に、大きな布の上に置かれている。岩自体には細工がされている。ちょっとした衝撃を与えれば、真っ二つに割れる様になっていた。ただし、この岩はまだ一度も割れていない。

「見世物のつもりで作ったんです。さてこの岩、すぐ割れる様に作ってはいますが、まだ割ってはいません。つまり、この岩の内部には何ら細工がされていないってことになりますよね?」

「ふん。君が手品師で、実はタネが仕込まれているということではない限りな」

「タネは仕込みましたが、面白い物ですよ。えい!」

 愛用の杖を石に近づけ、その先端から直接、魔法による衝撃を岩に送る。距離が離れた場所に衝撃を伝えるのは不得手だが、零距離からの衝撃魔法ならば、ある程度の威力は出せる。

「ほう………」

 感慨深げに岩を見るヒレイ。その目の先には、二つに割れた岩があり、その内部から小さ目の鉱山亀が現れた。

 岩の内部には、鉱山亀が潜んでいたのである。

「もうちょっと感激して欲しかったんですが……」

「いや、驚いているよ。ただ齢をとると、驚くことにも慣れてしまってな」

 まあ、そういうことにしておこう。最後に資料として残った鉱山亀を、この岩の中に仕込むのは苦労したのだが。

「鉱山亀の転移は、長距離を移動できません。というより、細工のない転移魔法なんて、そんなものなんです。だから転移をした鉱山亀の精神は、すぐ近くの岩場に移動していることになる。なら、鉱山亀の周りに岩場を無くし、唯一、こういう岩を置けば、この中に鉱山亀の精神を閉じ込めることができるんですね」

 ちょっとしたびっくりアイテムだ。鉱山亀の生態を証明する道具にもなるため、ヒレイへの報告用にと持ってきたのである。

「ふむふむ。なかなか面白い見世物だったよ。調査報告も聞く限りは満足できるものだった。これは約束通り、報酬をはずまんとな」

 ヒレイはこれにて仕事を終了させるつもりらしい。仕事を自体は成功に終わったことになる様で、胸を撫で下ろすクルト。

「報酬というと、僕の魔法研究の後援ってことでしたけど」

「ああ、まだ研究内容も聞いていないが、約束だ。君の魔法研究については、こちらからある程度便宜を図ろう。成果次第では、増額も考えるぞ?」

 それ程、莫大な金額を払われるわけでもないらしい。

 別にそれで構わない。というより、今回の調査程度の仕事で、過大な報酬を払われては、また裏に何かあるのか心配しなければならない。

「それじゃあ詳しい内容はまた後で。研究内容については、定期的にこの屋敷へ大学から資料を送るってことで良いですか?」

「そうだな。私は一年の半分くらいはこの屋敷にいるから、その方が都合が良い。面白い研究を期待しているよ?」

 事務的な話を続けながら、クルトはふと考える。

(あーあ。とうとう、貴族から支援を受ける立場になっちゃったよ。宮仕えってやつなのかなあ)

 重苦しい感じがして、クルトは少し気分が鬱になる。

 しかし仕様が無いことだ。魔法研究とは金の掛かることが殆どだ。その資金を稼ぐために、こうやって気を重くするのも、魔法使いの勤めなのだから。



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