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魔法使いの歩き方  作者: きーち
魔法使いの勤め方
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魔法使いの勤め方(3)

「で、この大きな鉱山亀を見ての感想はどうかな。魔法使いとしての視点で頼む」

 フィブサークル鉱山、巨大鉱山亀の甲羅が見える崖にて、話が政治方向の物になりかけていたところ、元の方向に修正するためか、ティリッジは鉱山亀についてクルトに尋ねてきた。

「あー、えっと、この亀ですけど、小屋で見た亀とそう大差無いように思います」

 クルトは思考の転換に戸惑うも、なんとか答えを返す。

「大差無い? ただ大きくなっただけということか」

「まあ、それはそれでおかしいんですけどね」

「何が」

 クルトは大岩を見上げる。これほどの巨体で、小屋で見た亀と同じ様子というのは少し違和感を覚えた。

「物を動かす魔法って、動かす対象の質量が大きいほど魔力が必要なんですよ。その量は、倍の大きさの物を動かすには、倍の魔力が必要って単純な話でもなくて、こう、もっと多大に必要となってくるというか」

 説明が難しい。とにかくこの大岩は、小屋の亀と同じく、全身で魔力を放出してはいるのだが、それだけの量では、全身を生物の様に動かすには足りないとクルトは感じる。

「魔力の総量自体は増えているのかね?」

「それは体の大きさに伴って増えています。ただ十分に動こうとするのなら、それだけじゃあ全然足りませんね。大きくなるに従い、動きが鈍くなるっていうのは、魔力の量が原因かも……」

 不思議な生物である。魔力に依存して生きるのだが、その魔力自体が足りなくて不自由している様に見える。どの様な目的があって生まれてきたのかが非常に気になる存在だ。

「では、この亀が山中で動き、土砂崩れや地震を引き起こす可能性は少ないということか?」

「どうでしょう……。一応、全身に魔力が存在していることは事実ですから、ゆっくりとなら動けなくはないです。山に何の影響も与えないとは言い切れないんじゃあ……」

 山中に動くデカブツが存在していることには違いがない。あまり動かないというのは前から知られている情報で、それ自体に変化はないのだ。

「我々がしなければならないこと、というのはわかるかね?」

 クルトが自分の意見を話していると、ティリッジが突然そんなことを言い出した。

「鉱山亀を調べることじゃあないんですか?」

 というか、その調査のために雇われたのだから、それ以外に言い様がない。

「調査し、鉱山亀が危険な存在かどうかを見極めるためだ。危険性が無いと判断できれば、少なくともきみの仕事は終わる。ヒレイが望んでいる結果も、そういうものだろうからな。ただ、万が一にも危険な存在であるのだとすれば……」

「すれば?」

「今度は鉱山亀への対策を考えなければならん。といっても鉱山亀は自然に生きる動物だ。その対策は一朝一夕にできんということだな。相応の時間が掛るだろう。もちろん、それをするのも我々の仕事。その覚悟はあるのかなと思ってな」

「げっ。時間って、どれくらい掛りますか?」

 クルトの本分は魔法大学生だ。研究費用を稼ぐための仕事に時間を掛けていては、本末転倒である。

「状況にもよるが、数か月、いや数年か。それくらいの期間を鉱山の防災にだな―――」

「冗談じゃないですよ! こっちには学業があるんですから!」

 自分は魔法使いを目指しているのであって、地方の消防団員になりたいわけではない。

「そうはいっても、わたし達の仕事は鉱山亀の調査だからな。依頼料や経費を貰っている以上、おいそれとやめるわけにもいかん」

「だったら、この鉱山亀が安全な生き物だって証明すれば良いんですよね。実際、他の山と比べて事故が多いわけでもないんですから、きっと鉱山亀が危険な生物でない証拠があるはずです」

 クルトは必死だった。まさか、こんな村で何年も過ごすわけにはいかない。何としても、数日中にヒレイの依頼を終わらせたいのである。

「それができれば苦労はしないが………。できるのかね?」

「やってみせますよ! とりあえず、仕事と問題となってる物の概要はわかりましたから、次は情報集めです」

 肩をいからせて下山の準備をしていくクルト。

「何をするつもりだ?」

「聞き込みです。鉱山亀が昔からこの山に存在する生き物なら、村には鉱山亀の生態について、知っている人がいるはずですから」

 ここで立ち止まっていれば、さらに調査に要する時間が長くなる。クルトは急いで仕事を行うことを心に決めた。


「あー、お亀様の話かね? むかしっからこの村ではお亀様が守り神として見られていてねぇ」

 だからなんなのかとは聞かない。

 現在、クルトは山を下りて、村で鉱山亀の情報を集めていた。聞く相手はできる限り年配の人物を選んでいる。いま話を聞いているのも、村に住む老婆からだった。

 わざわざ老婆の家まで出向いて話を聞いているのは、老人の方が長く生きている分、鉱山亀についての珍しい事件を知っていると思ったからだ。

「だから様付けで呼んでいるんですよね」

「ああ、ああ。うちの爺さまも、お亀様が発掘されれば、すぐ拝みにいってねぇ」

 まあ、いまのところは空振り続きであるが。

 現在までに知れたことは、この村では鉱山亀のことをお亀様と呼んで、まるで神様の様に扱うこと。亀は結構頻繁に発掘されていること。さらに亀は発掘されることはあっても、辺りをうろつくことはないということ。

「そのお亀様が何か変わったことをしたり、されたりとかってありましたか?」

「お亀様はなーにもせんよ。こっちが何かしたって、じぃっとしとるだけだからのう」

 それはもう何度も聞いていた。クルトが見た通り、鉱山亀は殆ど動かず一日を過ごす。

「その、じぃっとしてるだけ以外で何もしないんですか?」

「ああ、ちょっと首を動かしたり足を動かしたりするだけじゃなあ」

「そうですか………」

 みんながみんな、鉱山亀についてなんのことはない生き物だと思っている。長生きの象徴として拝みこそすれ、特別な存在ではないのだ。だから、そう深く観察することもない。

「採掘された亀は、そこらへんに放っておかれることになるんですよね? その時、亀がこうしたとかは……」

「岩とおんなじじゃからして、ゴロゴロと」

 捨て置かれたとしても鉱山亀は何もしない。これで動かなければ本当にただの岩だ。

「それじゃあ捨てられたお亀様はあちこちにいるってことですね……。小屋の亀もその一つなのかなあ」

 村人達にとって、鉱山亀がいる風景は日常の一部なのだ。それ以上のことを知ろうとはしていない。

「たまに無くなるがの」

「無くなる? どうして?」

 殆ど動かない亀が、急に無くなるというのはおかしな話だ。

「さあのう。誰かが片づけているのか………。ぽんといなくなる時がたまにあるから、村がお亀様だらけになることはなくて、助かっとるよ」

「そうですか」

 この老婆から聞ける情報はこれくらいだろうか。あまり長居すれば文句も出てくるだろうから、クルトは礼をしつつ老婆の家から出た。


「しかし突然いなくなるか……。なんでだろうね、何人かに聞いてみたけど、みんな知らないって答えるし」

 老婆の話が気になったクルトは、他の村人にも訪ねてまわったのだが、鉱山亀が消える理由については、誰も答えられなかった。

「誰から片づけているのなら、絶対にその姿を見ているはずなんだ。それがないってことは、鉱山亀自身が姿を消している? どうやって? 何のために?」

 鉱山亀の生態さえわかれば、危険かどうかがわかりそうなのだが、それすらも謎が多い。

「まずいなあ。このままじゃあ、本当にこの村で数か月過ごすことになり兼ねないぞ?」

 それだけはなんとしても避けたい事態である。どうにか、もっと有用な情報を集めなければ……。

 そう考えながら、足は鉱山亀を置いている小屋へと向かう。

 一度、ティリッジとも相談しておきたかったし、もう一度鉱山亀を見れば、何か新たな発想が生まれるのではないかと思ったからだ。

「ティリッジさんはまだいるかな……」

 小屋に着き、その扉を開ける。鍵が閉まっていないということは、まだ中にティリッジがいるということだ。

「ティリッジさん、ちょっと相談したいことが、あれ?」

 小屋に入り、異変に気が付く。ティリッジが茫然とその場に立っているのだ。それ自体は不思議なことでも無いだろうが、何故、そんな状況になっているのか、それに気が付いた時、クルトは思わず声を漏らしていた。

「亀が……消えてる?」

 小屋の中心に置かれていたはずの鉱山亀が姿を消していた。


「いったい何が起こったんでしょう?」

 とりあえず落ち着きを取り戻したクルトとティリッジは、宿で夕食をとりながら、起こった現象について整理することにした。

「わからん。村に降りた後は借りている部屋で荷物の整理をして、その後に小屋へ向かった。そうしたらあの状況だ」

「僕も、村人からの聞き込みばかりしていましたから、小屋へは立ち寄ってませんでした。だとすれば、僕らが山へ登っている間に何かあったのか……」

 物取りでも入ったのか。いや、小屋には鍵がかかっていたはずだし、何より鉱山亀を盗んで何をしようというのか。

「誰かが持ち出した可能性はないだろうな。欲しいのなら、坑道から採掘されるのを待てば良い。わざわざ小屋からあの重い亀を持ち出すなど、労力と利益に見合わん」

 持ち出すとしたら複数人でないと、動かすことすらできない。つまり、誰か他の人物が盗んだ訳でなく、何らかの現象が起こったことになる。

「魔法で姿を消すことはできるのかね?」

「光を屈折させればできないことはないですけど、調整が難しいでしょうね。それにできたとしても、いなくなる訳ではないですから」

 手を伸ばせば触れられる。だが、鉱山亀自身は魔力を放出できるので、何らかの魔法である可能性は確かに存在する。

「テレポート!……は、場所を指定しないと、すごく魔力が必要になるんですよね……。出来たとしても短い距離だけで」

「とても小屋から抜け出せる魔法ではないと? そういう風に進化したとは考えられんかね?」

「それりゃあ工夫次第で距離を伸ばせるかもしれませんけど、ある質量を別の場所に移すのは、どうやったって過大な魔力が必要ですよ。魔法陣なんかで場所を指定さえしていれば、距離に関してはある程度無視できたりもするんですけどね」

 ただ、魔法陣は間違いなく人が生み出した技術であり、他の生物が使えるなどとは聞いたことがない。

「ならば瞬間移動の可能性もなしか……」

「うーん、どうなんでしょう。実際にいないんですから、移動していることに違いはないとは思うんですけど……」

 小屋に居たはずの亀がいなくなる。鉱山亀についての謎がまた一つ増えてしまった。

「こういう亀が突然消えてなくなるという話は、村人から何度も聞いたが、実際に体験したのはこれが初めてだな」

「消えた状況や場所、頻度なんかを何例か知れれば共通点みたいな物が見つけられそうなんですけどねえ」

 何はともあれ、対象を知るにはより多くの知識が必要だった。そのために調査をしているのだから当たり前だが。

「一応、昔、村人から集めた資料が幾つもあるから、見てみるかね?」

 ヒレイとティリッジが若い頃に行った調査によるものだろう。現在はクルト達が作った物になっているのだろうが。

「とりあえず、今日はその資料を読み進めることにします。明日からは別の鉱山亀を見つける必要がありますけどね」

 小屋の鉱山亀が居なくなったということは、調査対象が手の内から離れたということだ。調査を続けるのであれば、早急に別の鉱山亀を用意しなければならない。

「運さえ良ければ、坑道の出入り口付近に労働者が置いているが、それ以外となると、あの崖から甲羅の一部が出ている巨大亀くらいしか無いな」

「それじゃあ、鉱山亀が坑道近くにいることを祈っておきましょうか。調べるために毎回山を登るのは大変ですもん」

 そんな風に話し合い、今日の調査は終了することになった。いや、まだ終わってはいない。ティリッジから渡された古い資料の山から、有益な情報を手に入れなければならないからだ。


 ティリッジは現在こそ学者と言える知識量を持っているのだろうが、若い頃では単なる趣味人だ。当然、相方のヒレイも同じだろう。

 つまり、彼らが昔作った資料というのは、信用度の低い物が多いということだ。

「本人たちもその自覚があったんだろうね、あれもこれもと雑多な情報や観察結果を大量にまとめてる。読む側にとっては迷惑な話だけど……」

 宿に借りた部屋で、過去の鉱山亀を調査した資料を読み続ける。

「まいったなあ。こりゃあ徹夜になるかもしれないぞ」

 資料はまったく役に立たないという物でもない。10に2,3の割合で、クルトも知りたいと思っていた情報が存在する。

「鉱山亀が発掘された場所や、消えた場所と時、一日でどれだけ動くか、大きさで違いがあるかとか、もしかしたら有益な情報になるかも」

 ただ、一覧化されていない物が多いので、再度クルトが資料をまとめ直さなければならないと感じる。そのせいで、これらの資料を役立つ物にしようとすれば、かなり時間が掛かるだろうと予測出来た。

「宿の店主に、紙とペンのインクが無いかどうか聞いてこよう……。これって経費の内に入るよね?」

 面倒事は実に多い。ただ、こういった作業が何故か楽しく思えるのは、研究を主な仕事とする魔法使いだからなのだろうか。

 結局、資料の編纂は朝焼けに鳥が鳴く頃にはなんとか終わる。

「あー、駄目だ。10分でも20分でも眠っとかないと、頭が動かない」

 村の朝は早いが、今日はそれに付き合えそうになかった。資料を読み解くのに夜更かしするかもしれないと、ティリッジには伝えてあるので、調査用の小屋に向かうのが多少遅れたところで文句はあるまい。そもそも、朝、絶対小屋に向かうと決めているわけでもないのだ。

「できれば起きて小屋に向かった時に、鉱山亀が再び配置されていますように」

 調査は二人でしているのだ、面倒な仕事を幾つか任せてみようと勝手に考えて、クルトは朝から眠りについた。


「残念ながら、鉱山亀は最近採掘されていないらしい」

 昼ごろになり、目を覚ましたクルトが小屋に顔を出したところ、やはりからっぽのままの室内に、ティリッジは立っていた。

「ということは、鉱山亀を直接観察しようとすれば、山登りが必須ってことですね……」

 まあ、今一番問題となっているのが、崖の巨大鉱山亀だからそれでも構わないのだが、体力面では心配だった。

「そっちはわたし達が作った資料について、何かしら得るものはあったのかね?」

「傾向というかなんというか、やっぱり発掘された鉱山亀は、暫くすると消えてしまうみたいですね。それも大きさによって決まるみたいで、小屋にいた鉱山亀くらいだと、2~3週間で消える計算になります」

「あの鉱山亀が採掘されたのは、確か先月の終わりごろだ。確かに予想と合うな」

 今は月の中ごろである。クルトが予想した日数と同じくらいの期間で、鉱山亀が消えたことになる。

「僕の予想ですと、大きければ大きいほど、消えてしまうまでの期間が長いことになります。やっぱりこれは魔力の関係でしょうね。大きい質量をどうにかするためには、それだけの魔力量を用意する必要があります。もしかしたら、鉱山亀は魔力を溜めることができるのかもしれない」

 放っておけば霧散する魔力を、溜め置ける技術という物は存在する。それは物や道具に依存するものが多いため、鉱山亀の肉体そのものがそういう風になっていると仮定すれば、魔力の貯蓄は可能だ。

「だとすれば、やはり鉱山亀は魔法で肉体を移動させているのか」

「そうなんですけど……。やっぱり長距離の移動は無理だと思いますけどねえ。瞬間移動って、ちょっとした移動でもかなりの魔力が必要ですから」

 だが消えてしまった亀がいる以上、魔法を使って瞬間移動ができる生物であるのは間違いがないと考える。

「それに関連して、もう一つ気になることが」

「ふん?」

 なんだろうと疑問符を浮かべるティリッジ。

「あの崖の鉱山亀、最近発見されたらしいですけど、どれくらい最近なんですか? もしかしたら、近いうちに消えてしまうかもしれませんよ?」

 地表に出た鉱山亀は時間を経て消えてしまう。それは、あの巨大鉱山亀にも同じことが言えるはずだった。


 再び山を登り、巨大鉱山亀が存在する崖までやってくる。まさか既に消えてはいないだろうが、それでも心配だったので、確認をするためにここまで来た。

「良かった、まだちゃんといる」

 丸みを帯び近づけば魔力を感じられる岩は、まだ崖から迫り出しており、鉱山亀が消えていないことを証明していた。

「これが発見されたのがだいたい3ヶ月程前。実際、地表に出たのはもう少し早かっただろうから、4ヶ月を想定して置こう。どうだ? まだ大丈夫か?」

 いきなり消えられたら大切な研究資料がいなくなる。そんな心配をしているのだろう。さらに言えば、これだけ巨大な岩が消えたのなら、崖に巨大な穴が開くはずだ。そうなれば、バランスが崩れて崖が崩壊する。かなりの規模の土砂崩れとなるだろう。

「何分資料が少ないんで大まかな予想しかできませんが、この大きさだと3ヶ月から半年くらいの期間で消えるのじゃないかと……」

 短ければ、もう既に消えていてもおかしくない状況だ。

「それはかなり危険な状況ということじゃないかね? もし、今、この場所で鉱山亀が消えれば、わたし達まで巻き込まれるということに……」

「ですね。だから正確に判断するために、また山を登ってここまで来たんですよ。直接魔力を感知すれば、もしかしたら、もっと正確に消える時と場所がわかるかもしれませんから」

 魔法の使用には魔力が必要だ。魔法は魔力によって周囲の環境を変化させるため、必ず対象に魔力を放出しなければならないのだ。

 一方で鉱山亀は、常に魔力を放出している。魔力はそのまま放っておけば、霧散してしまう力である。それを常に出し続けるのは、一見無駄な行為に思えるが、鉱山亀の場合、魔法の対象は自分の肉体だ。魔法によって肉体を動かしているのだから、常に魔力を放出する必要性がある。

「鉱山亀は自分の肉体のために魔力を放出しているわけですが、消えてなくなるというのは肉体を動かすのとはまた別の魔法です。つまり、放出する魔力量に違いが出る可能性があります。そこをなんとか見極められれば、消える時期がわかるかもしれない」

「できる物なのかね? なんだか酷く難しそうだが」

 難しそうではなく、事実難易度が高い。ただでさえ魔力の察知技能があまりないクルトであるのに、そこからさらに、魔力の微量な変化を見極めなければならない。

「成功の可能性はかなり低いです。それに出来たとしても、鉱山亀自身に瞬間移動の魔法を使う意思がなければ、察知なんてできるはずもないですし………」

 だからまあ、これはとりあえずやってみようと考えた試みに過ぎない。できなければできないで、どうとでもなる物だった。

「魔法を使う時が分かれば、鉱山亀が消える瞬間を自分の目で見れますから、上手くいくことを祈りたいですけどね」

「確かにそれはうれしい話だ」

 成功すればの話ではあるが。

 とにかくクルトは神経を集中させる。魔力の察知は自分の感と経験だけが頼りだ。自分の肉体は、魔法を使う時に放出する魔力の独特な感触を覚えている。ただ、それは酷く曖昧で、頭の中で一旦想像してしまえば、それが本当に魔力なのか、それとも単なる自分の妄想に過ぎないのか分からなくなる。

(だから経験が必要なんだ………。体に伝わる感覚が、確かに魔力による物だと思える自信に繋がるから………)

 ただクルト自身にはそれがないので、無駄なことを考えない様にしなければならない。魔力の察知に気を配りながらも、余計な感覚を感じぬ様、思考を単純化する必要がある。

(これ……違う…これは魔力………いつもの魔力……)

 魔力を察知するも、それは鉱山亀が常に放出している魔力だ。今知りたいのは、鉱山亀が瞬間移動をするための魔力である。

(無い………存在しない? いや…これは……どうなんだ…………これは僕自身の……感覚じゃあない……もっと違う……別の感覚の………魔力!)

 察知できた。間違いない。これは鉱山亀が放っている。肉体を動かすための魔法とは違う、別の魔法のための魔力である。

(この感覚を忘れるな………これだけを感じ取れば…何時、何処で魔法が使われるか、分かるはずだ)

 一度感じ取ればこっちの物である。あとはその感覚だけを頼りに、魔力の量、範囲を予想していく。

「大丈夫なのか?」

「静かに!」

 余程必死な顔をしていたのだろう。ティリッジが心配そうに話しかけてくる。しかし、話し掛けられれば、この感覚を忘れそうになる。それだけ魔力の感知は繊細なのだ。

(良かった、まだ感じ取れる……はっきりと。 心なしか強くなっている様にすら感じる。それだけ神経が研ぎ澄まされてるってことなのか?)

 そんなはずは無かった。クルトが感じる何かは、どんどん大きくなっていく。もう、いちいち心を集中させる必要がない程に。

「やばい! なんで、いまここで!?」

「どうかしたのか?」

 クルトが突然口を開いて叫ぶので、戸惑うティリッジ。

「ティリッジさん、走って! ここからできるだけ遠く、下じゃなく上が良い!」

「だから何を―――」

「この鉱山亀、今すぐ魔法を使うつもりです! 多分、瞬間移動の魔法を!」

「!!」

 ティリッジの行動は早かった。身を翻し、崖から走って離れようとする。

 鉱山亀が消えるということは、崖を支える大岩がまるまる一つなくなるということだ。その下にクルト達がいれば、そのまま崖崩れに巻き込まれてしまう。

(いや、もう手遅れかもしれない………)

 鉱山亀は光を放っていた。魔力の光だ。一定以上の魔力が集中すれば起こる現象。

「あれだけの質量を消してしまう魔法だ。そりゃあ魔力光だって放つか………」

「おい! クルト君!」

 ティリッジが逃げながらも、立ち止まるクルトを心配して叫んでくる。だが、もう既に魔力は発動している。魔法使いのクルトだからこそわかった。

(なら、せめてどんな魔法なのか、間近で見てやろう)

 クルトの目の前。鉱山亀の甲羅部分が、強い魔力光を放ちながら揺れる。縦や横一方ではなく、全方向に揺れを繰り返し、甲羅の輪郭が無くなっていく。それと同時に、目に映る岩の色が薄く、半透明に、質量そのものが霧散していく。まるで、岩が魔力によるへと変化してくかの様にも見える。

 気が付けば、そこには何も無かった。今まで目の前に居たはずの大岩が消えてなくなっている。

 クルトは目を閉じた。

(生き埋めって、苦しいのかな。だったら嫌だなあ)

 自分に降り注いでくるだろう多くの土砂を想像しながら、クルトはそんなことを考える。しかし、何時まで経ってもクルトの想像は現実とはならない。

「え?」

 クルトは目を開いた。そこには崖がある。崩れもせず、ずっとその位置で安定している崖が。

「ティリッジ……さん?」

 わけがわからずティリッジがいた方向へクルトは振り向くも、彼はクルトの同じように呆けていた。

「鉱山亀が……消えた」

 その言葉は真実を物語っているが、正確性に欠けていた。しっかりと表現するのであれば、もっと別の言い方になるだろう。

「鉱山亀が消えたのに、なんで崖に穴が開いてないんだ?」

 消えた去った鉱山亀は、崖から露出した甲羅の部分のみ。鉱山亀の体の大半が埋まっていたはずの場所には、まるで最初からそうであったかの様に、別の岩が違和感なく存在していた。



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