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魔法使いの歩き方  作者: きーち
魔法使いの勤め方
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魔法使いの勤め方(2)

 ティリッジが調査をしているという小屋は、随分と小さい物だった。そもそも物置として使われていたらしく、領主からの依頼でやってきた学者が滞在するというので、村が急遽用意した場所だそうだ。

「寝泊りするのなら、宿があるんですからそこに案内すれば良いのに」

「お亀様を持ち込むって話だったから、宿の部屋じゃあちょっと手狭だったんだ」

 小屋について聞くクルトに、衛兵がそう返す。

「お亀様?」

 聞き慣れぬ単語だ。亀ということは例の調査対象だろうか。

「先生、いますか? 入りますよ」

 小屋の扉を叩き、衛兵が扉を開ける。碌に換気ができていないのだろう、外とは違う空気の層がクルトの顔にかかってくる。

「なんだポール、また仕事のサボりか。そりゃあここは立ち入りを禁止にしとらんし、人気もわたし以外に無いが、そう何度も―――うん? そこの坊やは誰だ?」

 小屋は扉を開けば中がすべて見渡せる構造だった。元が物置なのだから、複雑な構造では困るのだろう。

 小屋内部は隅に元々ここに置かれていたであろう荷物が纏められ、中央には何故か大きな岩の塊がある。その塊の横で、岩を触っている大柄な老人が一人。

 老人は小屋に入る衛兵を見て話すが、隣に立つクルトに気が付き、興味をそちらに向ける。

「先生、多分、先生の助手役か何かですよ。領主様から先生に会う様に頼まれて来たらしい」

 ポールとかいう衛兵が、クルトを見て話す。

「ヒレイが? ああ、もしや魔法使いの件か。うん? 君みたいな子どもがか?」

「え、ええ。一応、魔法大学の生徒ですけど………」

 疑わしげにこちらを見るティリッジ。まあ、自分の見た目が魔法使いらしくないのはクルト自身知っていることだ。

「魔法はどれくらい使える? 知識は?」

「基礎的な部分は一通りできるかと。知識については、研究対象の物ならある程度は」

 自分の研究以外の分野では、基本的に無知に近いのが魔法使いだ。基礎教養については大学に入って一年で終わる。あとはずっと、選んだ研究について調べ続けていく。

 師からの授業があるにはあるが、基礎教養を終えれば、後は師の好み次第であり、やはり一般的な知識からは乖離しがちだ。

 ちなみにクルトは自分の魔法研究を始めたばかりであり、専門の知識に関して言えば、実は心許ない。

「ふうん。まあ良い。ヒレイに頼まれているのなら入ってくれ。ポール、お前は仕事場に戻る様に。良いな」

「今度はサボりで来たわけじゃないですって先生」

 そう言い残し、ポールは小屋を去って行った。

「まったく。やっている仕事に対する真剣さが足りん」

「そんなに良く仕事を休んでるんですか?」

「ああ、日に二,三度はここで煙草を吸いにくる。衛兵と言っても物資の輸送以外で出入りする人間は稀だから、暇なのだろう」

 なんともいい加減な話だ。穏やかな雰囲気を持つ村と言えなくもないが、鉱山街という場所はもっと忙しい物だと思っていた。

「さて、もう知っているだろうが、わたしの名前はティリッジ・グローザ。今はここで鉱山亀の調査をしている」

 鉱山亀とは要するに、ヒレイから言われていた妙な亀の名前だろう。ティリッジが勝手に名前を付けたのだろうか。

「魔法使いのクルトです。ヒレイさんからはティリッジさんの手助けをする様にと」

「うん。さっそくだが一仕事をして欲しい」

「仕事……ですか?」

 正直、疲れているので仕事があるのなら明日からにして欲しい。ただ、そんなことを言えるはずもなく、クルトはティリッジの言葉に従うことになる。

「この岩。何に見える?」

 ティリッジは部屋の中央に置かれた不自然な岩を見る。岩は全体的に丸いが、どちらかと言えば楕円形である。またそれだけでなく、6つの突起が岩から生えている。うち4つは岩を支える様に地面へと伸び、床から岩を少し浮かしている。残りの2つは床から水平方向に伸びており、それぞれ反対側から生えていた。まるで顔と尻尾の様に………。

「亀? そうだ、なんだか亀の姿をしている。もしかしてそれが?」

 岩を支える突起は前脚と後脚で、他は顔と尻尾。岩自体はまるで甲羅の様にも見える。

「そうだ、この岩こそが鉱山亀だ。時々、この村の鉱山から“採掘”される」

 異様な言葉だ。亀を採掘などと。

「ただ亀に似た形の岩ってことはないんですか?」

「一日中観察すればわかるのだが、しっかりと動くんだ。本当の亀の様に」

 確かにこの岩を亀と認識してしまえば、亀にしか見えず、今にも動き出しそうだ。

「へえ。この岩みたいな姿で………うん?」

 岩に触ろうとして何か違和感を覚えた。なんだこれは、似たような感覚をどこかで知っている様な………。

「ほう、何かやはり魔法と関係が?」

「魔法……そうだ、これって魔力を放出している時の感覚に似ているんだ」

 魔力はその量が多ければ可視化できるが、本来は目に映らない物だ。ただ、魔力の放出や調整に慣れた魔法使いであるならば、感覚的に見えぬ魔力察知できる。

 クルトは未熟でその様な芸当は到底不可能なのだが、それでも魔力を感じたのは、それだけ岩周辺の魔力量が多いからだろう。

「鉱山亀が魔力を放っている? そんなことって………」

 無いとも言い切れない。魔力を扱えるのは人間だけではないからだ。自然界においては魔力を利用することで優位に立つ動物というものが存在している。そういった動物は魔法生物と呼ばれており、大学でも研究対象として見られていた。

「やはり魔法と関係のある生物だったか。こうやって色んな生物の調査をしているとな、どうにも不合理だったり生物として矛盾している様な生き物を見つける。その場合、だいたいが魔法生物だったりするんだな」

 岩を撫でながら話すティリッジ。見た目は亀であるが、未だにそれが生物だとは思えないくらいに岩だった。

「ティリッジさんは、こういった生物の調査を続けているんですか?」

「生物全般だな。様々な土地で、珍しい生き物や変わった習性を持った生物を見つけて、調査する。そうしてその情報を好事家に売るわけだ。その中に魔法生物が入っているに過ぎん。まあ今回は、この亀の調査であることが事前にわかっていたが………」

 なにやら歯切れが悪い。言いたくないことを隠している様な。

「確か一次調査では別の人が調べて、その結果、二次調査の形でティリッジさんが来たんですよね?」

「ああ、まあ、そういうことになっているな」

 そういうことに? 実際は違うということか。

「うーん。これは話すべきかどうか……。いや、どうせ話さなければ助手なんぞできんし、そうだな、今日は疲れただろう。明日になればこっちの事情を話す。それまでは宿で旅の疲れでもとっておいてくれ」

 独り言を聞くに、問題を先に伸ばしただけな気がする。しかし向こうの事情は良く知らないので黙っておく。

「さっき仕事を頼むとか言ってませんでしたか?」

「仕事ならもう終わっただろう。鉱山亀を見て、魔法使いとしての考えをここで述べてくれた。それが生物調査でもっとも大事な一歩目なのだよ」

「そんなもんなんですか?」

 なんだかすごく簡単でいい加減な気がする。

「第一印象というのは大事だよ。生物の特徴なんて九分九厘、それが正解なんだ」

 自分より知識を持つ相手に言われれば、反論の仕様が無い。

 とりあえずクルトはティリッジの言葉に従い、今日の宿を探すことにした。


 朝になる。クルトはベッドから体を起こし、部屋の窓から外を見た。

外来者用の宿は村に一つしかなかったが、その分内装はしっかりとしていて、十分に体を休めることができた。

「鉱山街っていうのは朝が早い物なのかな?」

 太陽はまだ昇り始めたばかりなのだが、窓の外では既に人々が動き出している。鉱山労働者の姿も見える。体格が良く、みな頬を黒く汚していた。

「それじゃあ僕も早めに行動しておくかな」

 郷に入っては郷に従え。この村の朝が早いのなら自分も早めに行動しよう。

 身支度をして、宿で朝食を貰う。塩気の多いサンドイッチを持ち運べる様にランチボックスに入れて貰い、鉱山亀のいる小屋へと向かう。

 ティリッジも小屋とは別の場所で寝泊まりしているらしく、小屋へは何時でも自由に出入りして良いと、鍵を借りていた。

 人々の動きは恐らく鉱山口へと向かっているが、その動きに逆らって物置小屋へ向かう。小屋にはまだティリッジが来ていないらしく、鍵が閉まっている。

「鍵はっと、あったあった」

 ズボンのポケットに入れていた鍵を取り出し、小屋の扉を開ける。

 やはり一番に目に映るのは小屋の中の大岩だ。しかしその様子を見て、クルトは考えを改める。

「昨日とは少し違う形をしてる。やっぱり動くんだ、この亀」

 顔に当たる突起が昨日見た時より下がっている。4本の足も微妙に位置が変わっていた。

 やはり大岩でなく大岩の様な生き物なのだ。

「うん、今日も魔力を放っている感じがする。僕がわかるくらいだから相当に」

 もう少し量が多ければ、魔力光を放つのではないだろうか。調整さえすれば、すぐにでも魔法を使えるだろう。

 その量の魔力を常時放つのは人間では無理である。すぐに疲労してしまうからだ。

ただ、もし魔力を常に放てる様に進化した生物なら別だろう。馬は常につま先立ちをしているが、別にそれを辛いとは思わない。

「つまり、この亀は何らかの魔法を使いながら生きているってことだ。そして多分、それはこの生物にとって、生きるために必要不可欠の」

 だんだんとこの亀に興味がわいてきた。魔法を使いながら生きているとは、まるで亀の魔法使いだ。きっと、面白おかしい生き方をしているに違いない。

「鉱山亀の様子はどうかね? 魔法使いらしい意見の一つか二つほど生まれたと思うが」

 鉱山亀の観察に意識を向けていたため、いつのまにか背後にいた人物に、気が付かなかった。

「ティリッジさん。おはようございます」

「おはよう。まあ君ほどではないだろうがね。それより、魔法使いとしては気になるか? この亀が」

「魔法使いとしてかどうかはわかりませんが、面白い生き物であることは確かですよ」

 クルトは、亀を観察してみて気が付いたことをティリッジに伝える。

「なるほど、魔法を使いながら生きているかもしれないと。もしかしたら、それは肉体を動かすためなんじゃあないかな」

「肉体を、ですか?」

 ティリッジは手を握り、甲で鉱山亀の甲羅にあたる部分を叩く。

「この亀の体は、そのすべてが石でできている。我々の様に生物的な肉体ではないのだよ」

 手足の先から甲羅に至るまで、確かに岩らしい体をしているが、それらはすべて擬態でもなんでもなく、本当に岩らしい。

「こう頑丈では解剖もできんが、採掘された鉱山亀を誤って割ってしまった鉱山労働者がいたらしく、聞いてみると、内臓らしき物は見当たらず、その体すべてが岩だったそうだ。全身が岩でできている。そうであれば、1000年、2000年生きているという話も、あながち嘘とは言えんな」

 すでに鉱山亀を生物として見ているため、割ってしまった状況をあまり想像したくないが、その労働者が本当の話をしているのならば、かなり奇妙である。

「人間や他の生物は、頭で考えたことが筋肉や体の細部に反映されて、体が動きますよね? でも、この亀にはそれがないってことですか?」

「ああ、肉体自体もそう柔軟には見えんから、どうやって体を動かしているのかずっとわからなかった。だが自分の目の前では確かに動く亀がいるわけで、どうにも不気味に思えてな」

 だから魔法使いを呼んだのか。不気味な物の正体が魔法に関わる物かもしれないと考えて。

「この亀が魔法を使っているのならば、体を動かす謎については説明できます。例えば、ここに小さい箱がありますよね」

 小屋の隅に積まれている木箱の一つを持ってくる。中に何も入っていないことを一応確認しながら。

「ふむ」

 顎に手をやって、ティリッジが興味深そうにこちらを見る。

 クルトは木箱を床に置き、自ら魔力を放つ。魔力が自分の周囲に充満して行くのを感じながら、それを感覚だけで調整していく。

 調整された魔力は方向性を持ち始め、現実に具体的な事象を引き起こす。起こす結果は魔力を推進力に変える魔法。ただ単純に前へ押すだけの魔法であるが、これがなかなかに難しい。

「よっと、上手くいくかな」

 生み出した推進力に、さらに向かう先を指定させる魔法を付加する。そうすることで、初めてこの魔法はクルトの手を離れ、床に置いた木箱に手を触れず動かすという結果を作り出すのだ。

 カタリという音と共に、木箱が少しだけ床を動く。ただそれだけである。派手に爆発したり空に浮かんだりはしない。

「まあ、僕ができるのはこんなのが精一杯ですけれど、この亀は体全体をこういう魔法で動かしているのでは?」

「ふうむ。確かにそれができれば、体を動かすための特別な機関は必要ないわけか。魔力と、それを魔法にする思考さえあれば、どんな物だって自分の体と成り得る。しかし君だって箱を動かすのが精一杯なんだろう? 肉体を動かす方法に魔法を使うなど、できるものなのかな?」

「魔法に熟達した人間なら、それに似た魔法を使えるかもしれませんよ。生来から魔法を使えるわけじゃない人間からして、それくらいできるんですから。そういう風に生まれた生物なら、もっと上手くやれるんじゃないですか?」

 鉱山亀が体を動かす原理であれば、いくらでも理由がつけられる。この亀が魔力を放っているのは確かなのだから。

「気になるのは、どうやって魔力を放っているかですね。もしかしたら核みたいな物でもあるのかな? 頭付近が怪しいかも……」

「いや、頭の中には無い。昔、頭付近を切り取って調べてみたことがある」

 それはまた酷いことをするものだ。学術的解剖と言えばそこまでだが、頭を切り取るなど―――

「うん? 昔? ティリッジさんが鉱山亀の調査を始めたのは、つい最近なんですよね?」

 領主のヒレイからはそう聞いている。一次、二次といった調査書は、ごく最近に作られた物であった。

「ああ……それなんだがな………」

 ティリッジが腕を組み、言い難そうに口を開いた。


「全部ウソ!?」

 叫ぶクルト。場所は変わらず物置小屋。朝食用のランチボックスを開けて、中のサンドイッチを摘まみながらの発言であった。

「嘘というわけではない。わたしが鉱山亀の調査をしていて、ヒレイの奴がわたしに助力をしてくれているというのも事実だ。あいつ自身、鉱山亀に興味があるというのも本当だろう」

 言い訳をするが如く、頭を掻きながらティリッジが答えてくる。彼もまた朝食を食べながら話している。内容は分厚い干し肉。見ていて胸焼けがしそうだ。

「でも、調査はティリッジさんが若い頃から始めていたんですよね? それをつい最近始めたみたいに偽って、僕をこっちに向かわせたっていうのはどういうことなんですか?」

 ティリッジの話はこうだ。元々、この鉱山に存在する亀の話は、マヨサ家の領内では随分と昔から語られていたそうだ。

 当然ながら、その亀に興味を持つ人間も幾らかいた。その中の一人が若き日のティリッジである。

「こういう生物学者みたいな地位になる前から、生物の不可思議といった分野に興味があってな。当時、領主一族の若造と一緒になって、ここフィブサークル鉱山まで亀の調査に出向いたことがあった」

「その若造っていうのが……」

「ああ、現マヨサ家当主、ヒレイ・マヨサその本人だ」

 つまりこの鉱山亀は、ずっと前にヒレイとティリッジが調べていた生物ということらしい。

「それで調査を最近始めたことにして、何が目的なんです?」

「隠すためだよ。ヒレイが鉱山亀を調査していたという事実をな」

「隠す?」

 何故そんなことをわざわざしなければならないのか。

「昔のわれわれは、それはもう暇人だったからな。鉱山亀の調査を随分としたものだ。その際の調査資料も膨大にある。それをすべて処分するのは手間だからな。別の者に調査をさせておいて、我々が作った資料も、その調査の際に作られた物にしようと考えた」

 そうすれば、資料の作成にヒレイが関わっていることは隠せるだろう。しかしそれだけで納得できる話ではない。

「だからなんでそもそも隠すんですか。権力者が昔は遊び人だったなんて話、そりゃあ恥ずかしい話かもしれませんけど、よくある話じゃないですか。わざわざ、手間をかけて隠すなんて………」

「手間か……。まあ、その通りだな。こんなものは余計な手間だ。やらなければならないことは別にある」

「え?」

 ティリッジは鉱山亀を見ながら話す。

「そうだな。今日はそっちの調査を手伝って貰うことにしようか。あちらの方も魔法使いとしての意見を聞いてみたい」

「うん?」

 クルトにとってはわけのわからないままであったが、どうにもティリッジの中では話が進んでいる様であった。


 フィブサークル鉱山は標高800m程の山である。さらに鉱山採掘のために主要山道は整備されているため、登るのに難しい山ではない。

 だからと言って朝から特に準備をせずに登れば、殆どの人間が疲労するだろう。

「ちょ、ちょっと待ってください。なーんで齢をとってる人はみんなこんなに元気なのかなあ」

 朝食の後、何故かフィブサークル鉱山を登ることになったクルトとティリッジ。

 登り慣れているのか、ティリッジは常にクルトより早く歩くので、クルトはその背中を必死になって追うことになる。

 こんな状況を、以前どこかで経験した覚えのあるクルトだが、今は置いて行かれぬ様にすることが精一杯だった。

「もう少しで到着する。何も山頂に向かうわけじゃあないんだ」

 そう話し、足を止めずに進むティリッジ。いったい何を目指しているのだろうか。それすらも話して貰っていない。

「ああ、確かこのあたりだ。この丸み。間違いない」

 山道横の崖を撫でながら話すティリッジ。崖は大岩が迫り出しており、風雨によるものか丸みを帯びていた。

「この岩がどうかしたんですか?」

 どうやら目的の場所というのは、この大岩だったらしい。

「この岩だが、恐らく鉱山亀だ」

「え、これが!? 崖から出ている部分だけでも、僕の身長3倍くらいの高さがありますよ!」

 背伸びをしたって届く大きさではない。その上、この岩が鉱山亀なのだとすれば、恐らく崖から出ているのは甲羅にあたる部分のさらに一部。全身を想像すれば、巨大怪獣と呼べなくもない大きさになる。

「だな。この巨大鉱山亀こそ、わたしやヒレイが危惧している物の正体なんだ」

 ティリッジは岩を見上げる。

「この大きな鉱山亀が暴れるかもしれない、とかですか?」

「惜しいが少し違う。鉱山亀自体は殆ど動かない生き物だ。例え外から危害を加えようとも、反抗しようともしない。その傾向は、大きくなればなる程に強くなる」

 確かに小屋にいた鉱山亀もあまり動かない。こちらがベタベタと触れたって、なんの反応も返して来ない。

「だったら別に良いじゃないですか。大きいだけで大人しい生き物ってことですよ?」

 これが田畑や人に被害を与える害獣であれば話は別だが、岩に埋もれて動かない生物をどうこうするのは無駄に思える。

「実際、昔にヒレイと調査した時もそういう結論に至った。最近になって、この大きな鉱山亀が見つかるまではな」

「ああ、この巨大亀って、最近見つけた物なんですか」

「うむ。土砂崩れがあったところを見に来た鉱山労働者が、偶然見つけた物でな」

 つまり土砂崩れがなければ、この大きな鉱山亀も、ずっと山の中にいたということか。

「あれ? でも土砂崩れがあって、そこから鉱山亀が出てきたということは……」

「もしかしたら鉱山亀が珍しく動いた結果、崖崩れが起こったのかもしれん。そうではないかもしれないが……」

 ただ、一概に無関係とは言い切れないと話すティリッジ。

「危惧していることって、そのことなんですか? 鉱山亀が動いて、崖崩れが頻繁に起こるんじゃあないかとか」

「まあそういうことだ。フィブサークル鉱山が特別崖崩れが多いというわけではないから、鉱山亀が原因でそれらが起こる可能性は低いのかもしれない。だが万が一ということもあるだろう。なにせ、こんな大きな鉱山亀が見つかった。見つかった以上、これが複数山中い存在するかもしれんし、さらに大きな亀がいるかもしれん」

 巨大怪獣がたくさん山の中に埋まっている。それを想像すると、かなりゾッとしてしまうクルト。

「ここの鉱山は、まだかなりの埋蔵量が残っている。鉱山亀が動いた結果、坑道が崩れたとあっては、マヨサ家にとってかなりの損失となるだろうな」

「だから僕なんかを雇ってまで、鉱山亀を調査しようと思ったんですね」

「大まかにはそうだ。だが、ヒレイ個人の理由はもう少し違う」

 顔を歪めて話すティリッジ。頭ではヒレイを思い浮かべているに違いない。

「何か特別な理由が?」

「鉱山亀が暴れたせいで被害が出たとする。そうなれば、何故被害が出たのか、事実究明の動きが当然あるはずだ。そんな中、過去に領主がこの鉱山の鉱山亀について調べていた事実が知られれば……」

 余計な権力闘争が起こりかねない。何故、領主は鉱山亀について知っていたのに、何ら対策を行っていなかったのか。そんな感じの悪評が必ず立つ。

 事実関係や時系列などはまったく関係ない。悪評を立てる人間は、悪意をもって広めるからだ。

「それで鉱山亀については、自分が直接調べたわけじゃないってことにしたいんですね」

「まあ、そういうことだ。なんのことはない、起こり得るかもしれない事件に比べれば、些細な駆け引きだよ。結局、われわれに調査を依頼している時点で、ヒレイが鉱山亀の調査に関わっているという事実は変わらんのだからな」

 ただ、ヒレイが直接調査したのか、それとも誰かに依頼をしたのかといった事実が変わるだけだ。

 しかし、それだけでも聞き手側の印象はかなり変わる。ヒレイはそれを狙っているのだろう。

「頭が良いのか悪いのか、よくわからない話ですねえ」

「まったくだ」

 山中にて、クルトとティリッジは揃って頭痛を覚えていた。

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