魔法使いの勤め方(1)
(大きな部屋だなあ)
宿「ゴールドキルト」の一室に足を踏み入れたクルトが、最初に考えたのはそんな感想だった。
もっと時間を掛ければ、窓からバルコニーにかけて見える景色が、街中とは思えない程に広い庭園で綺麗だとか、柱一本一本にまで掘られた彫刻が芸術的だなどと考えられただろう。
(ああ、でも結局は全部、手間と費用がかかってるって感想に行き着くか)
この部屋に一日泊まる値段で、クルトが借りている宿の家賃、2,3ヶ月分程になるのではないかと想像する。
「良く来てくれた。堅苦しい場ではないから、とりあえずそこらの椅子に座ってくれたまえ」
クルトがこの宿のこの部屋に来た理由。その人物である貴族のヒレイ・マヨサが話しかけてくる。
彼は部屋の一角に存在する仕事机らしき場所で、椅子に腰掛けていた。机の上は、なにやら様々な種類の本や紙束で一杯だ。
「ええっと、そりゃじゃあ遠慮なく」
言われた通り、クルトはすぐ近くにあった椅子に座る。しかしそこらの椅子に座れと言ったわりに、丁度良い場所に椅子を用意しているのは、座る位置を事前に決めていたからだろうか。
クルトの位置からはヒレイが斜め前に見えるが、これも何らかの効果を狙っているのか。
「さて、クルト・カーナ君だったか。ここに来てくれたということは、私の仕事を請け負って―――」
「ちょ、ちょっと待ってください。クルト……カーナ?」
「ああ、失礼だが、物事を頼む以上、少し君について調べさせて貰ったよ。前会った時は随分と貴族や王族相手に慣れていると思ったが、なんだ一応は貴族なんじゃないか」
感心した様にこちらを見るヒレイ。平民嫌いな分、貴族相手だと心が広いのだろうか。
「えっと、そうじゃなくて、どうして僕の姓を?」
というより、クルトには姓が無いはずだ。カーナ姓はクルトを養育した貴族の姓であり、クルト自身は庶民出の養子だ。姓など貰っていない。
「いや、姓を名乗る場合は王城への申請が必要だから、調べれば一発でわかる物だ……。ふん? そう言えば君の申請はつい最近行われているな。普通、こういう物は生まれてすぐにされるものなんだがな」
ヒレイは机の上にある紙を見て話す。
それを聞いて漸く理解した。以前、クルトの養父は、クルトが魔法使いの大学に入った祝いとして、クルトをカーナ家の一員にするという話をしていた。
その時、柄ではないからとクルトは断ったのたが、どうやらいつのまにかこちらの意思とは関係なく、カーナの姓を与えられていた様だ。これは実家に一言文句をいう必要がありそうだ。
「あの、僕はカーナ家の養子です。血の繋がりがない元は平民出身の。家には他に正式な後継者も存在しますし、その姓も僕が魔法大学に入学した結果いただいたもので」
要するに、貴族だからどうとかを考えないで欲しいとクルトは伝える。ただ、姓を名乗れる様になった以上、書類上は貴族である。
「うむ、理にかなっている。自分の家の箔づけに、魔法使いになった養子を利用したのだろうが、確かに効果はあるだろう。自家で養子を育てた以上、立場をあやふやなままで置いてられんしな」
まさしくヒレイのいう通りだった。基本的に、魔法使いとは大学で物事を学ぶ以上、知識階級であり、それを輩出した家も、それなりに学があると見られる。
貴族の場合も同様で、家内の誰かが魔法使いになれば、その者を家族の一員と見なす場合があるにはある。あくまで少数だが。
「そういうので良いんですか? 国家機構内に平民が入るっていうのなら、僕がまさしくそうなんですが」
ヒレイの平民嫌いは、貴族や王族が作ったマジクト国に、何も知らない平民が参加してくるという部分に起因している。
平民出のクルトが養子という形で貴族に参加するのは、そうでないのだろうか。
「なんども言う様だが、平民でも国のなんたるかを知り、権力者としての姿勢がしっかりとしているのであれば、私自身は文句がないのだよ。ある程度、礼儀作法を知っているのは、昨日、君自身が証明してくれたしな」
あんなちょっとした会話で分かる物なのだろうか。何やらこちらを持ち上げすぎだ。つい裏があるのではないかと勘繰ってしまう。
「それに、私の下に入る以上、足りぬところがあれば教えれば良いわけだしな。君はまだかなり若い」
既にクルトが部下になった様な言い方だ。頼みごとを聞いて金銭を授受する関係でしかないのだが。
それともヒレイとっては、部下なんてその程度の物と考えているのだろうか。
「仕事であれば、精一杯させてもらいますよ。そういった必要な知識の勉強まで」
「そうだ仕事だ、仕事。君を呼んだのもそのためで、余計な話はするべきじゃあない」
「はあ」
何故か嬉しそうな顔をするヒレイ。そんなに楽しみな仕事なのだろうか。
「前回は亀の調査だと伝えていたが、まあそれだけを聞いては理解できんだろう。順を追って説明するが良いかな?」
「ええ、できればぜひ」
海岸で亀探しでもするのかと思っていたので、説明してくれるのならうれしい限りだ。
「まず調査をする場所は、私の領内にあるフィブサークルと言う鉱山だ」
「鉱山? 海岸や川岸とかでなく?」
陸地に棲息する亀だっているにはいるが、亀と言えば水辺という印象があるクルトにとって、鉱山での調査というのは少し違和感があった。
「鉱山だ。産出資源は鉄と銅。偶に宝石が出てくる時もあるな。本当に偶にだがな。周囲には石切り場や精製所も設置され、ちょっとした町だぞ?」
普通、鉱山など国にとって重要な資源を産出する場は、マジクト国が直接管理している。だというのに領地に鉱山が含まれているというのは、さすが大貴族と言ったところか。もしかしたら、自分の領地だけで十分な軍備ができたりして。
「鉱山に棲む亀ですか……。確かに珍しいし、調査対象になるのもわかりますけど、魔法使いはちょっと門外漢なんじゃないですかね?」
動物の調査をする冒険家や探検家などは勿論存在する。国家が直接支援している魔法使いよりは数が少ないだろうが、マヨサ家の人間が調べて欲しいと頼めば、いくらでも見つかるし、そちらの方が適正だ。
「最初はそうやって専門家に依頼をしたんだが、どうにもな」
悩んでいるらしいのだが、その姿も何故か楽しげだ。
「つまり既に一度は調査をしたと?」
「それについての資料も纏めている。現地に調査へ向かった専門家の報告書だ。見てくれ」
ヒレイは机に広がる資料の海から、一つの紙束を取り出し、クルトの方へと向ける。クルトが座る場所からかなり遠いのだが、取りに来いということだろう。
クルトは椅子から立ち上がり、資料を受け取りに向かう。
「へえ、なになに? 一次報告書。長命な亀だと思われる。現地では神と崇めている人間までいた。見た通り亀らしい亀なのだが、長く生きているからかどことなく偉そうな風貌をしている。1000年や2000年を生きているだとか地元の老人は話すが、亀がそんなに長生きするはずない。100歳、200歳ならば有り得る。大方、それくらいの年齢の亀を、過大に表現しているのだろう」
それは鉱山の亀について、専門家の私見が書かれていた。
「なんだ、やっぱり珍しいだけで亀は亀じゃないですか。魔法が関わっていたりする様には思えませんけどね」
「それは噂を聞いた私が、とりあえず調査に向かわせた際に書かれた物だ。亀が本当にいるのかどうかの確認という奴だな。次にもっとちゃんとした知識人を呼んで調べてもらった物が後ろについている。読んでみてくれ」
「後ろの紙ですか?」
紙をめくると、そこには確かに二次報告書と書かれた資料が存在した。二次がなければ一次もないので当たり前だが。
「亀の様に見えるが亀では無い。どうして水場を好む亀が鉱山に棲息しているのかとか、そういう話ですらない。発見段階で既に既存の生物とは違って異常である。なにせ、鉱物採掘用に掘り進む岩肌の中から見つかるのだから。単なる亀だと断定するのは待ってもらいたい」
最後には専門家の嘆願になっている。それ程珍しい物を見つけたのだろう。
「確かに、岩の中から採掘された亀っていうのは、ちょっと変ですね」
普通、窒息死するか飢えて死ぬ。そもそも岩に押しつぶされて圧死しないのだろうか?
「専門家曰く、この亀を見た時感じた奇妙さは、初めて魔法を見た時の同様の物だったらしい」
「もしかして、魔法使いの僕に頼んだのは……」
「ああ、その専門家が魔法使いの手助けが欲しいと言ってきたからだな」
それはつまり、まだ本当に魔法使いが必要かどうかわかっていないということだ。根拠が専門家の直感というのがどうにも。
「そんな顔をするな。確かにまだ君の力が必要かどうかはわからんが、その専門家というのが私の古い知り合いでね。信用に値する人物ではある。その人物が魔法使いを必要だと言っているんだ。恐らくは、君が向かって無駄足にはならないだろうさ」
それならば良いが。結局、魔法とはなんの関係も無かったとなれば、残念どころの話ではない。
「正直、上手くやれるかどうか心配になってきましたよ。魔法が関係していたとして、僕の知識でどうにかなるのかどうか……」
「別に、何から何まで正しい調査をして欲しいわけじゃあない」
「え?」
「私の趣味を教えてやろう。ファンタジーや幻想だよ。自分の知らない未知なる世界がある。そう思うと、年甲斐も無く胸が熱くなる。それを満たしてくれるのなら、例え多少の嘘が混じっていたとしても構わん。勿論、正確な調査をしてくれるに越したことはないがね」
凄いことを言う。金で魔法使いを雇い、鉱山まで出向かせて、やることは自分を楽しませろだと。
「俄然やる気が湧いてきましたね。そういう話は嫌いじゃありません」
スポンサーとは趣味が合う方が良い。クルトはこの出会いを幸運と考えることにした。
ヒレイとの話を終えて部屋を出る時、扉の前で立っていた男がクルトに話し掛けてきた。ヒレイの護衛をしているアレクという男だ。ずっと部屋の前で立っているのだろうか。
「なかなか面白かっただろう?」
苦笑いに近い表情で聞いてくる。昨日も今日も彼一人がヒレイの護衛をしているということは、信頼のおける側近といった立場なのだろう。
「ええ、まあ。あなたは僕がどんな仕事を頼まれたのかはご存じなんですか?」
「昨日は隣で聞いていたしな。鉱山の亀のことだろう。あの方はどうにも子供っぽいところがある。まあ、その点がマヨサ家の当主になるまであの方を押し上げたのかもしれないが」
どんな人間が権力闘争に向いているなどクルトにはわからないため、なんとも答えられないが、とにかくアレクはヒレイの護衛としてなかなかに苦労しているのだろうと推測することはできた。
「ヒレイさんは自分の趣味だっていってましたが……」
「だろうな。権力者というものは、だいたいが日ごろからストレスにまみれているらしい。だから時々、そういった鬱憤晴らしの趣味を実行する」
「あはは、じゃあ僕はストレス発散に巻き込まれた形なんですかね」
「そう卑屈になるな。人間関係なんて、本業とは関係のないところでできるもんだ。貴族との繋がりができて、幸運だと思えば良いんじゃないか?」
「ですねえ。そう思ってますよ。それじゃあそんな幸運のために、一仕事してきます」
扉の前で長話もなんなので、そろそろ立ち去ることにする。
「ああ、頑張れよ。良い同僚ができることを祈ってる」
(同僚って、まるで本当に僕がヒレイさんの部下になるみたいじゃないか)
実際、そういうことなのかもしれないが、釈然としない物を感じるクルトであった。
「それで暫く授業を休みたいと? まあ、日ごろサボっているのはわしの方じゃから、文句はないが」
場所は変わりオーゼ教師の研究室。
オーゼ教師から外出の許可を貰い、クルトはヒレイの依頼を正式に実行できることになった。
「不安ではありますけどね、仕事内容もそうですが、依頼主が大貴族ですから」
「まあ、早い内から後援者を見つけておくのは悪いことではないの。ただ、おぬしの実家はどうなのじゃ? 貴族同士の関係性というのは、思いのほか大事じゃろう?」
「うちなんかは小さな地方の領主ですから、そういう問題からはある程度離れています。大丈夫だとは思いますけど……」
心配がまったくないわけでもない。後で今回の仕事に関する手紙でも、故郷に送っておくべきだ。
「本人がそういうのであれば、こちらからは何も言えんのう。しかし亀か………」
「何か心当たりでも?」
あちこち旅に出かけている教師だ。どこかで似たような話を聞いていたとしても、おかしくはない。
「おかしな場所から現れる動物という話なら、幾つか聞いたことがある。馬が空を飛んでおったり、鳥が砂浜を走っているといった話じゃな」
「へえ、信憑性に関してはどうなんですか?」
「この目で見たわけじゃあないからのう。見間違いと言えるのなら言えるし、もしかしたら本当に存在するのかもしれん」
「なんだ、結局は本当かどうかわからないってことじゃないですか」
残念ながら師の話は役に立ちそうになかった。
「だが、その鉱山の亀に関しては実在しておるのは確かなんじゃろう?」
「ええ、そうですね。だから何だか面白そうではあります」
既に旅の準備はしてある。道中の旅費はヒレイが出してくれるそうだ。あとはそこへ向かう意思と足だけが必要だった。
マジクト国内で魔法大学のあるアシュルの位置は東の端であり、一方、マヨサ家の領地は北西に位置する。
道中、ヒレイが領地へと帰る道のりに同行させて貰ったのだが、フィブサークル鉱山はマヨサ家の領地内でも南東の端にあるため、彼の領地に入ってすぐ、別々の道を進むこととなった。
「位置的に結構、未開な部分が多いと思ったけど、さすがに流通用の道はしっかりと整備されてて良かった」
クルトは鉱山へと進む道を歩いていた。愛用の杖を突きながら足を進めるが、地面はしっかりと整備されており、むしろ杖は邪魔になりそうである。
「鉱山から街へ産出物を運ばなきゃならないから、道の整備には手間をかけてるんだろうね。思ったよりは短い旅路だった」
合間には宿と、その周辺に集落まであり、深刻な辛さを感じない旅である。その分、宿代は随分とかかったが、ヒレイから事前に貰った予算内になんとか収まっている。
「さて、そろそろ鉱山に着く頃かな」
クルトの目には高くそびえたつ山々が映っている。その麓には鉱山街があるはずであり、目的の亀も、そこに存在しているらしい。
麓と言っても山と平地の境界線は曖昧だ。どうにも道が上り坂ばかりになり、辺りに木々が増えだした。
「道、間違ってたりして」
そんなクルトの心配は杞憂に終わる。木々が開け、そこに町並みが広がっていたからだ。
「やっとついたあ」
町というより、村に近い規模だが、それでも鉱山の労働者や、労働者たちの金銭が目当てで存在するであろう、宿や食堂などの店で賑わっている。
クルトはと言えば、道中にある宿を朝に出発し、着いた現在は夕暮れより少し早い時間帯だ。足を休めたのは昼食時くらいで、随分と疲労している。
「とりあえず、この町の宿を探そう。色々調べるのは拠点を見つけてからだよね」
一応、先だって来ているはずの専門家も村内にいるはずなのだが、やはりその前に少し体を休めたかった。
「おい、ちょっと止まってくれ」
村中に足を進めるクルトに、話しかけてくる人間がいた。格好からして衛兵だ。短い剣に、胴だけを覆う鉄板を着ている。
「はい、なんでしょう?」
「この先はマヨサ家が所有する鉱山街だ。身分を紹介してくれなければ、おいそれと中に入れるわけにはいかない」
良く見てみれば、村の周囲には木材で作ったであろう囲いがあり、中に入ろうとすれば、道から続く門からしか入れない作りになっている。まあ、囲い自体は見た目からして脆そうで、無理矢理入ろうとすれば入れそうではあるが。
「鉱山街ですもんね。一応、身分の証明となると、こういうので良いのかなあ」
荷物袋からヒレイより貰った紹介証を見せる。元々は村にいるはずの専門家に見せるための物として渡されていたが、村内へ入るために、使わせるための物でもあるのだろう。
鉱山街とは技術の集積場所でもある。発掘工程から金属の精製や、その周囲の工作物に至るまで、他に漏れては困る技術が結構ある。だから、その周囲にはかなりの監視がなされている。
技術を盗みに来た者を決して村内に入れない様に。
「ちょっと待ってくれよ………。ああ、確かにマヨサ家の家紋が入っている。もしかして直接紹介されてきたのかい?」
クルトの紹介証を見て、態度を柔らかくする衛兵。悪意なく村に来た者であるなら、歓迎してくれるのだろう。
「マヨサ家当主、ヒレイ・マヨサの依頼で村に来ました。ただ、何か重大な事では無いのでそんなに心配しないでください」
「御当主の!? いや、これは失礼しました」
いきなり畏まられてもかなり困る。
「その、本当に大した用事ではないですからね? 僕の立場だってそう高くありませんから」
「は、はあ。うん? ということは、もしかして、あの学者さんの関係者か何かかい?」
「学者? ティリッジって名前の人ですか?」
ティリッジ・グローザ。それがクルトよりも先にこの鉱山街に来て、亀の調査をしている専門家の名前だ。
姓が示す通り貴族であり、マヨサ家が治める地方のすぐ隣にあるグローザ地方を治める領主一族だった。
過去形なのは、そのグローザ地方の領主一族が土地経営に失敗したらしく、マヨサ家に吸収される形で消滅したからだ。
それも随分と前の話らしく、ヒレイとティリッジが知り合ったのは、グローザ家がマヨサ家に吸収された後だそうだ。
本来、没落した貴族は姓を奪われるのだが、ティリッジは冒険を生業とする学者として、一定の成果を収めるくらいには才能があったらしく、王家から消滅したグローザの姓を、名誉の褒章として与えられたそうだ。
そして現在も冒険家兼学者として、あちこち旅をしているとのこと。
「そうだ、ティリッジ。あの変な学者さん。そうか、手助けが欲しいとかなんとか言ってたが、君はそのために来たわけだ」
「ええ、そうみたいです」
どうやら、ティリッジの名前は結構知れ渡っている様だ。これなら探すのも容易だろう。
「それじゃあ、これからティリッジさんのところに案内しよう。なあに、心配するな。多少、見張りをサボったところで、来る人間なんてあまりいないさ」
「え、いや、えっと、え?」
何故か衛兵がティリッジのところまで案内してくれることになったらしい。戸惑いながらも衛兵の後ろに着いて行くクルト。
(って、本当は村に着いて真っ先に休むつもりだったのに………)
やはり足がかなり重い。ティリッジと会えば、否応なく自己紹介やら仕事内容などを話さなければならず、休めるのはもっと先になるだろう。
(トホホだよ。やっぱり、楽な仕事なんてないんだなあ)
ここで足を止めるわけにもいかず、唯々クルトはティリッジがいるはずの場所へ進むのだった。
馬車に揺られる故郷への道。振動が辛くなってきたのは歳のせいだろうか。若いころは、馬を一日中乗り回しても飽きなかった物だが。
そんなことを考えるヒレイ・リッド・マヨサは、今年で71になる。既に一家の当主を退き、隠居するべき年齢だ。
「まったく、この馬車というのはどれだけ労力を注いでも、揺れなくなることはないな」
ついこんな愚痴を吐いてしまうのも、きっと歳のせいだ。
「それが嫌なら、息子さんかお孫さんに今の地位を譲れば良いじゃないですか。俺に言われても困ります」
自分の愚痴を聞く相手は、今回アシュルまでの旅に同行してくれた、護衛のアレクだ。傭兵として様々な場所で剣を振るってきたらしく、腕が立つ。それを評価して雇ったわけだが、自分の愚痴に物怖じせずに答えてくる性格も、好印象と言えば好印象だった。
「まあなあ。ただ、面倒事を2,3片づけてからでないと、恰好がつかんではないか。あいつは仕事も碌にせず隠居したなどと言われては、死んでも死にきれん」
権力に対する執着がないわけではないが、この年齢になればさすがに誰かへ譲ろうという気にもなる。彼が現在の地位にとどまっている大きな理由は、恥によるものだ。
「若いころは随分と無茶をした。そのせいで、家に負担をかけたことも何度かある。歳をとってからそのツケを返済するというのは、まさに自業自得だな」
「あの魔法使いの坊やに仕事を頼んだのも、それが理由で?」
なかなかに鋭い。もっともらしい理由と茶目っ気をつけて依頼した仕事だが、実は一つだけ本音を隠していた。
「建前だって十分な理由にはなるさ。ただ、本音を話すのもやはり恥だからなあ」
「まあ、俺には関係のない話ですから別に構いませんけどね」
丁度良いところで引いてくる。こういう心遣いができるからこそ、自分の警護を任せている。
「ティリッジの奴め。望み通り魔法使いを派遣してやったぞ、今度はしっかり解決してくれるんだろうな」
これは愚痴ではなく独り言だ。昔、自分がやらかした恥を思い出しての、小さな呻きである。




