魔法使いの稼ぎ方(4)
「亀だよ。甲羅を背負ったあの爬虫類の」
知っている、そんなことは。
貴族ヒレイに突然亀の調査をしてくれと言われて、クルトは戸惑わないはずが無かった。
「はあ、亀………。その亀と僕みたいな魔法使いに何の関係が?」
「まあ、普通はそんな顔をするだろうな。ただ、その亀というのが少し特殊でな。仕事を請け負ってくれるまでは詳しく言えんが、恐らくは魔法使いの知識を必要とする物だろう」
話しながら笑うヒレイ。その笑みが、作り物や企みによる物でなく、何故か楽しそうに見えたのはどうしてだろうか。
「詳しく話せない仕事を請けろっていうのは、少々無茶じゃないですかね」
もしかしたら危険な仕事かもしれない。言われてはいそうですかと答えられる問題ではない。
「なかなかに慎重だな。仕事についてはそれ程難しい物ではないのだが、内容を説明できんというのは些か面倒だな。ではこういうのはどうだ? この仕事、もし請けてくれたのなら、それ相応の報酬を払おう」
「報酬? 多額の金銭ってところですか?」
「そうとも言えるが、君たち魔法使いにとってはこういう言い方をした方が良いのじゃないか? 研究資金とな」
「!?」
当然、その言葉に反応するクルト。欲しくないわけがない。なにせ今ここにいるのも、それを欲してのことなのだから。
「資金だけでなく、仕事の成否次第で君の後援者になっても良い。どうだ?」
すぐにでも飛びつきたい仕事ではある。大貴族の後援がつくということは、クルトが今後する魔法研究について、資金関係の悩みが無くなるということだ。
「理屈に合いません。はっきりいって、魔法使いとしての僕は優秀な部類とは言えない。それを、あなたの言う通り難しい物ではない仕事で、そこまでして貰う理由が……」
明らかに大盤振る舞いのし過ぎである。頼む仕事に裏があったとしても、一介の見習い魔法使いには過大な報酬だ。
「当たり前だ。君にだけ得をする報酬で、そこまで払うはずがないだろう? 君にそれなりの報酬を払うことで、私にもそれなりに見返りがある。頼みごととは別にな」
自分などに報酬を与えて、貴族が得するとはいったいどういうことか。
(待てよ? この人は、ヘリスラー教室の生徒が国家機構に参加していくことを嫌悪している。それを止めようとすれば、どうするか)
真っ先にするのが相手を潰すことだ。権力者のヒレイならば可能そうであるが、相手が王族の承認を受けた側であるので、難しくはあるのだろう
では次善の手はどうなるか。それは勿論―――
「僕に恩を売って、魔法大学内に自分の手が回る派閥でも作るつもりってことですか?」
ある集団が気に入らない場合、その集団を潰す以外に、その集団と同じ方向性を持った別の集団を作るという方法がある。
パン屋のシェア争いの様な物だ。どれだけ労力と資金をつぎ込むかによって結果は変わるが、上手くやれば自分が作った集団が気に入らない集団に取って代われる。
まずその一人目として、クルトを自分の手札に加えるつもりなのだ。
「言っただろう? 私が嫌いなのは、国家をよくわからん連中がその機構に入ってくることだと。一方で魔法使いの有用性は良く理解している。今更、魔法無しの状況を作れん以上、むやみやたらと王族に取り入ろうとする者達以外に、別に魔法研究をしてくれる集団を新たに作るしかない」
そして何時かは魔法大学内に貴族マヨサ家肝いりの研究集団が誕生するという訳だ。
「そういうことでしたら、仕事を請けてもいいかもしれませんね。そちらの行動の理由も分かった以上、断る理由がない。ただ………」
ヒレイが作る派閥に入る。そのこと自体に嫌悪感はない。所詮自分は一魔法使いだ。研究の後援をしてくれる貴族に何か裏があろうと、研究の邪魔さえされなければ何でも良いという魔法使い的な思考をしていた。
しかし人間としての心情が、それを素直に受け入れることを拒んでいた。
「現状、仕事を請け負っている相手はヘリスラー教室だから、不義理に思えるのだろう?そう思えるというのはなかなか好印象だ。雇っている間は裏切らんわけだからな」
「ええ、まあ」
ヘリスラー教室の力になりたいなどといった感情が、そこまであるのではない。先ほどの王家との謁見では、クルトに詳しく情報を教えないままに交渉の望ませている節があるわけで、実を言うとクルトはヘリスラー教室に好印象を持っていない。
一方でそうする理由がヘリスラー教室にあって、その上でクルトに仕事を頼んでいるのだから、仕事自体はまっとうする必要はあるとクルトは思う。
「ならば私はこう提案すれば良いわけだ。今回に限り、私はヘリスラー教室に注文はつけん。そろそろ良い頃合いだ。姫との謁見に私たちは呼び戻されるだろう。その時、私は沈黙を保つ。どうだ?」
「文句は……無いですね」
今回の仕事ではヘリスラー教室からの依頼を全うし、尚且つ今後、ヒレイに雇われる。悪く無い提案に思えた。
(きっと、悪い顔をしているんだろうなあ。僕)
だがこれも大事な大事な研究費用のため。魔法使いとしては仕方の無いことだろうと、クルトは自分を納得させるのだった。
ヒレイが話したように、食堂に呼び戻されたクルト。話は計画通り、つつがなく進行した。
無事に進む理由については、帰って来た時点で話し合いの大筋は決まっていたこともあるが、やはりヒレイがその決定に文句をつけなかったことが大きい。
「それでは魔法大学、ヘリスラー教室から王家への情報提供について。ここで終了させていただきます。皆様には貴重がお時間を割いていただき、感謝を。それぞれ、入城の際に案内した部屋にお戻りになった後の行動はご自由に行動してくれて構いません。お帰りの際は衛兵か従者に話して頂ければ、すぐに出口まで案内しますわ」
そう言ってマナ王女が礼をしたところで、今回の話し合いは終わった。
「おい、なんであのヒレイ殿が帰ってきたら大人しいんだ」
部屋を出る際、またもやイリスがクルトに突っ掛ってきた。
「さあ、詐欺師が何かしたんじゃないかな」
とぼけて食堂を後にするクルト。
部屋に戻った後は、用が無くなった王城に長居するのもなんだと思ったので、すぐに王城を出た。
王城からの帰り道、クルトへカップスは礼の言葉を話してきた。
「いやあ、今回は助かったよ。あの貴族から研究の失敗を責められた時はどうしようかと」
どうやらクルトの仕事は成功に終わったらしい。こうやって感謝されることが何よりの証拠だ。
(だからこそ、ちょっと心が痛いんだけどね……)
不義理と言えば不義理で、裏切っているとも言える。何故なら彼を責めた貴族に、クルトはこれから雇われるのだから。
「ところで、謁見の最中にゴーレムがどうとか言ってましたけど、あれって僕の前で話しても良かったんですかね?」
これ以上、カップスに仕事を褒められるのは、自分の精神にとって不健全だと考えたクルトは、話を別の方に向ける。
「あ! いや、それは、ちょっと困るなあ。つい話してしまったが、うちの教室では機密事項なんだよ」
なるほど、秘密にしなければならない事をつい話してしまうのか。
(こりゃあ、ヒレイさんが危機意識を持つのもわかるなあ)
こうやって国の秘密に対して口の軽い人間が増えれば、最終的に被害を受けるのは国家そのものだ。本人に悪意が無いのが、なお性質が悪い。
「わかりました。聞かなかったことにします。あとは、ええっと」
「報酬の件だね。結局うちの教室は来年度の予算を減額されることになったが、それでも、まあ平和的にことを進む事はできたから、当然、額面通りに払うよ」
なるほど及第点と言ったところか。ならば良い。
「それじゃあ、報酬については生徒組合の宿舎で受け渡しをする決まりですから、明日、組合まで来てください。今日のところは……この後、何か用事はありませんよね?」
「ああ、特には。僕はこれから教室に行っていろいろと報告しなければならないが、君についてはこの後に手を煩わせることはないと思うよ」
それを聞いて安心した。これ以上、ヘリスラー教室に関わる仕事をしていれば、嫌でも情が移ってしまう。同じ魔法使いなのだから感情移入も容易なのだ。
「何も用が無いんであれば、ちょっと疲れたんで家に帰らせて貰いますね」
「ああ、それじゃあゆっくりと休んでくれ」
カップスに見送られて、クルトは家路につく。疲れたのは事実であるが、本音は少し違う。
もしヒレイの仕事を請け負うのであれば、クルトはヘリスラー教室に被害を与える存在になるかもしれない。そう思うと、カップスと話すことに少し苦痛を覚えてしまうのだ。
「それじゃあこの報酬は、ちゃんと仕事を請け負った生徒に届けておきますねー」
生徒組合事務員ルーナは、その宿舎にて、久しぶりに人から感謝される仕事をしたので、笑みを浮かべていた。
「ああ、生徒から聞いている。随分と世話になったらしいな。本人に直接伝えたかったのだが、彼は留守かね?」
正確に言えば、ルーナが感謝をされる対象ではなく、今、組合に来ている男、教師ヘリスラーから仕事を請けた、後輩のクルトが良い仕事をしたらしい。ルーナはその代理として、彼からクルトへの報酬を受け取っているのである。
「クルトくんは、なんだか急な用事ができたらしくてー。彼、すっごく行動的で、しょっちゅうどこかへ行ってるんですよねー。どこかに行ってない時はいつもここにいるんですけどー」
「ふうん。それでは代わりに礼を言っておいてくれ。本来なら私自身がしなければならない仕事だった。いかんな、なんでも生徒任せにするというのは。余計な気苦労を周囲にさせてしまう」
そう言ってヘリスラー教師は宿舎を出た。肝心のクルトは、今日ヘリスラー教室が仕事の報酬を渡しにくることをルーナに伝えて、すぐに用事があるからとどこかへ向かってしまった。
「クルトくん、なんだか最近忙しそうですねー。目標が見つかった魔法使いなんて、みんなそうですけれどー」
魔法使いの本分はやはり魔法研究だ。その対象が見つかった魔法使いは、どんどん研究にのめり込んでいく。
組合へ頻繁にくることも無くなるのだろうか。それはそれで寂しい気分になる。
「うーん。後輩を見る先輩の気持ちって、そんな感じなんでしょうかねー。あれ? そう言えば、クルトくんはもうそろそろ先輩になるんでしたっけ?」
暫くしたら入学式の日が来る。魔法大学に新たな入学生が入ってくるのだ。入学生の勧誘はお祭りごとに近いので、生徒組合だって色々と準備をしなければならない。
「せめて、その時はちゃんと生徒組合にいてくださいねー」
どこにいるとも知れない後輩に向かって、ルーナは囁いた。
アシュルの街内にある、宿「ゴールドキルト」身分が高い者を対象にした宿であり、その見た目の豪奢さ以上に、警備や安全を重視されている宿だった。
大金持ちの豪邸よりも、さらに大きく部屋数の多い宿。その安全を守るためには、さらなる費用を必要としており、そのすべてを宿代で賄っている。そんな宿だ。
クルトが宿内に入るだけでも、荷物検査から身分の紹介など幾つものチェックを受けた。
(最後には宿泊客の紹介がなければ、結局一般人は入れないんだよなあ。だったら最初に聞いておいて欲しいよ)
クルトはヒレイ・マヨサの紹介によってこの宿にやってきた。彼の仕事を請け負うのならば、この宿まで来て欲しいと伝えられていたのだ。
もし、これでクルトが宿を勘違いしていたり、ヒレイの伝え忘れがあった場合は、とんだ無駄足になるところである。
「詳しい話もここで。どんな仕事なんだろうね。楽しみでもあり、不安でもある」
宿内の廊下は柔らかい絨毯が敷かれており、足への振動は優しいが、なんだか歩きにくい。良いのか悪いのかわからない。
まるで自分の心情が反映されているかの様だ。どんな仕事を頼まれるのだろう。魔法使いを必要とするのであれば、自分の興味の対象になるかもしれない。だけど厄介事なら嫌だ。
「良いことかもしれないし、悪いことかもしれない。けど、ここまで来たんだ。断るって手は無いよ」
ヒレイが泊まっている部屋まで進む。その先にどんな事が待ち受けていようと、足を止めるつもりはないクルト。
何事にも挑む精神と、魔法研究に対する欲望。それらこそが、魔法使いが研究費用を稼ぐために必要な物だ。




