魔法使いの稼ぎ方(3)
「魔法使いの方々には、国家の柱となる研究に日々時間を費やしていただき、いつも感謝をしていますわ。王家の一員として、ここで礼を」
食堂に謁見相手がやってきてから椅子に座り、マナ王女が発した言葉がそれであった。
(“いつも感謝”って、良く言えるよね、そういうこと)
マナ王女を見てクルトはそう考えていた。なにせ彼女とはさっき会った時、自分が魔法使いに対して無知であると話していた。
つまり、どれかの言葉が嘘だということだ。当然、クルトの顔だって覚えているだろうから、嘘がばれることは承知で話をしているのだろう。
「いえ、こちらこそ、王家の方々には多くの援助をいただいています。それに研究と言っても、多くの魔法使いは自らの仕事や趣味でやっていることです。それが国の役に立っているのであれば、感謝をするのはこちらの方でしょう」
ここは建前のみで話すべきだ。そう考えたクルトは、廊下でマナ王女と会ったことは無かったこととして話を続ける。立場が上の相手がそうしているのだから、こちらも合わせるのが道理だろう。
横に座るカップスはどうしているだろうと一瞬目を向けてみるが、どうにも緊張してか体を一切動かしていない。
少なくとも王族との会話については役に立たないと見て良い。まあ、そのためにクルトが雇われているのだから仕様がないか。
「さっそく私共の魔法研究について報告をさせていただきたいところなのですが、失礼ながら他の方々はどういった立場で?」
マナ王女については知っているという前提で話を続ける。ここでまず王家の方に自己紹介を頼むというのは、自分が住んでいる国に対して良く知らないと表明することになるので、礼儀としてやってはいけない。
「今回の研究報告について、事前に伝えていた通り、わたくし王女マナ・マジクトの他に、貴族ヒレイ・リッド・マヨサが参加しますの。ヒレイ殿、挨拶を」
椅子に座る人間の中で、唯一の老人が席から立つ。
「この度は王家の重要事項を決める場にお呼びいただき、姫には感謝をしてもしきれませんな。この様な形になったのはそれ相応の理由があるのですが、それはまた後で。とりあえず、今は貴族議会の議員としてここに来ているということを、魔法大学の方々には理解していただきたい」
そう言ってヒレイは席に座りなおす。
貴族議会。王家がマジクト国の指針を決める組織だとすれば、貴族議会は国家の運営を任された組織である。
基本的に国としての大きな目標は王家が決めるが、ではそれをどう現実化するのかを決めるのが貴族議会だ。その名の通り、貴族達が参加する組織であり、各方針の決定は貴族達の合議によって決まる。
魔法大学もこの貴族議会直轄の組織で、ヒレイが貴族議会の議員として来ているのであれば、それはつまり議会側が何かしら大学に注文をつけにきたという形になる。
「他の二人はそれぞれの護衛。確認が取れたところで、話の続きをお願いしても宜しいかしら」
マナ王女の言葉に頷く。ここからは専門知識も入り混じった会話になってくるため、カップスにも会話に参加して貰う場面が出てくるだろうが、大丈夫だろうか。頻繁に横を見るのもなんなので確認はしていないが、恐らくまだ緊張しているに違いないから。
「それでは魔法大学側の進行として、僕、クルトが行わせていただきます。まず、こちらで用意した資料の配布を。カップス先輩?」
「わ、わかった」
クルトが話しかけると、カップスは席から立ち、マナ王女とヒレイに紙束を配る。ヘリスラー教室の魔法研究に関する資料だろう。
(やっぱり動く姿がぎこちない)
実は資料の内容について、クルトは良く知らない。他教室にはあまり話せない内容だかららしいが、それはつまり、資料に関する質問があれば、クルトではなくカップスが話さなければならないということだ。大丈夫だろうか?
カップスが席に戻るのを見計らって、クルトは口を開く。
「そちらの資料が、今回魔法大学ヘリスラー教室が作成した、魔法研究についてのまとめです。ヘリスラー教室の研究は、マジクト国の軍備に関わることが多く、それらの資料は閲覧後、厳重に保管、もしくは処分をお願いします」
クルトが話し終えると、マナ王女とヒレイが資料を見始める。紙をめくるスピードを見るに、それほど細密には読んでいない様だ。パラパラと紙を捲る音だけが食堂に響く。
「ふむ……。やはりな」
なにやら納得した様子でヒレイが呟く。独り言の様に思えるが、クルトの耳に聞こえたということは、聞こえる様に言ったのだろう。
「姫、この資料には我々に報告するべき事項が記載されておりません。これは魔法大学側の重大な失態かと」
とうとうきた。本来、王族とヘリスラー教室間でのみ行われる情報交流に、貴族のヒレイが参加したのは、ヘリスラー教室に意地の悪い文句をつけるためである。
そしてこちらには、中傷に値するかもしれない失敗があった。恐らくヒレイはその話を持ち出すはずだ。
「こう話しているけれど、そうなのかしら?」
マナ王女はクルトではなく、横に座るカップスを見る。カップスが研究資料の説明役だと判断したのだろう。実際そうなのだから、なかなか鋭い勘をしている。
「は、はい。それはその、以前伝えていたゴーレムに関する研究で、予定していた結果が得られず、報告に値しない物であるとこちらが判断したためで………」
これは駄目だ。カップスは自分の答えられる情報をすべて出してしまうつもりらしい。こちらに非がある以上、それに対する責めを軽減しようとすれば、情報は小出しにする必要があるというのに。
これではいいわけをする機会が一度に限られてしまうではないか。しかも、研究内容についての情報まで口に出してしまっている。ゴーレムについての研究とはクルトも聞いていなかった。
「本当にそうなのかね? 私も君たちが研究している物について小耳に挟んではいるが、真に完成すれば国家間のバランスを崩しかねない代物だ。何らかの意図があって隠しているのでは?」
なにやら凄い言葉が耳に入ってくる。
(国家間のバランス? そんなとんでもない研究だったのか?)
そうであればクルトに詳しく話さないのもわかるが、思っていた以上に問題が大きくなってしまう。
「そ、その様なことは。ただ、当初想定した通りの成果が達成できずにいたせいで……」
完全にカップスは混乱している。予定した物ができなかったというのは、先程伝えているのだ。相手はそれを疑っているのだから、まず疑いを晴らさなければ意味がない。
「魔法研究とは未開の物が多く存在します。予定通り進む事の方が珍しい。今回、報告せずにいた研究についても、他の一般的な研究と同じく、平等に遅れているだけなんですよ」
このままではいけないと考えたクルトは、会話に口を挟む。研究内容を良く知らないくせに、良く言えた物だと自分でも思う。
「ほう、つまり、私たちが期待のし過ぎだと?」
「勿論、予定通り研究の成果が出ますなどとのたまった魔法使いについては、かなり厳重な注意が必要ですね。あなた方はその言葉を信じたのですから、非などまったくない。しかし、研究が遅れていることに対しては仕様がないと言いたいのです」
実際は、研究が予定通り進まないという状況があるにはあるが、予想していた通り順調に進む研究だってある。しかし向こうはそれを判断できないだろう。
(話を有利に運ぶには、相手が知らない専門知識で煙に巻くという方法があるよね。卑怯だけれど、仕方ないか)
問題は、こちらがそう考えていることに相手が気付いた場合だ。
「そうなのかもしれないわね。けれど、やはり不誠実には代わりないわ。だって、この資料を渡されるまでには、研究が遅れているなんて一度の耳にしなかったのだもの。ヒレイ殿の疑いも当然のことと思うわね」
できれば研究内容についての話に持ってきたかったが、そう上手くは行かない。マナ王女は話をこちらのミスを責める方に向けている。
それについては正しい意見である。研究が遅れ気味で、それが重大な物であるのならば、ヘリスラー教室がしっかりと伝えるべきなのだから。
「だからこそ、今回の報告でそれらの責めを受ける覚悟で参りました。資料をお渡しした後、問題となっている研究についての情報がない理由を、説明するつもりでしたので」
「そう、なら良いわ。ヘリスラー教室へ配分される今後の予算について、一考する必要があるけれど、覚悟はできているわけよね?」
カップスが肩をビクリと震わせる。クルトにとっては他人事であるし、妥当な判断だと思えたので、そこに対する意見はない。問題があるとすれば、もう一人の意見だ。
「姫、金銭だけの問題ではありません。もし今回の件が単なる研究の遅れだったとしても、ヘリスラー教室が王家に不誠実な対応をしたことは事実。これは、軍事に関わる魔法研究を、魔法大学に一任していることそのものを再考する必要があるのでは?」
やはり注文をつけてくる。とにもかくにも問題を大きくしようとするのがヒレイの狙いだろう。
このご老人は端からそのつもりだ。ヘリスラー教室が魔法研究を隠しているのは、何らかの意図があるからなどと、本人だって信じてはいまい。ただ、その話が通ればヘリスラー教室の存続自体が危うくなる。それを狙っているのだ。
「ヒレイ殿? わたくしはあまりことを荒立てたくはありませんの。もし言いたいことがあるのであれば、もう少し穏便に話してくださるかしら」
ヒレイの言葉に答えるのはマナ王女だ。彼女に向かって話しているのだから当たり前だろうけれど。
(マナ王女が状況を穏便に収めたいというのは好都合だね。立場的には僕ら側に近いってことだ)
となると、やはりここはヒレイをなんとかしなければなるまい。
「ふむ。ならばこう言えば宜しいか? 彼らは国家の機構に関わっているという自覚が足りない。罰を予算の減額のみに留めるのであれば、その性根はこれからも変わることがないのではないかと」
よくもまあここまで言える物だ。明らかに敵意をむき出しにして責めてくる。
(多分、何を言っても難癖をつけてくるんだろうなあ。そういう隙を見せているこっちが悪いと言えば悪いんだけど)
ただ、このまま言わせたままにしているのは癪に障る。
「不義理かそうでないかは、あなたが決めることなんでしょうか? 確かに命じられたことを達成できないのは不名誉なことです。しかしそれを責めるべきなのは、命じた者でしょう?」
「なるほど。それはそうだ。君らを責める権利は王家。ここでは姫にこそある。で、あればこそ、私は姫に厳罰を頼みこんでいる」
話しているのはマナ王女に対してだから、部外者は黙ってろ。口を閉じなければそう続いていただろう。
(だけどわかっているのかな? それはこの場において、一番の失言になるってことがさ)
考えていた策を使うのは今だ。こんなねじれ曲がりそうな会議など、さっさと止めてしまおう。
「そうですね。こちらをどうこうできるのは王家だけだ。それは勿論、成果を出せなかった魔法研究にも適用される」
「だから私に口を出すなと? そういう態度はより人の心象を悪くするとは思わんかね?」
構うものか。ここには自分を含めて5人しか人がいないのだ。
「口を出す出さない以前の問題かもしれませんよ? 何せ、こちらが進める魔法研究は国の軍事に関わる物だからです。 あくまで国の」
マジクト国は王家が治める国家だ。貴族とはその国家から領土の統治を代行している存在だという名目がある。
ただし、実際はマジクト国が出来た当初から存在していた地方の豪族が、さらに大きな力を持つマジクト家に吸収された結果、貴族となった場合が殆どだ。つまり、いつマジクト家に反抗しだすか分からない存在だとも言える。
「これから、どうして研究が遅れているのかを説明するつもりなのですが、実はここで話すべきなのかどうなのか迷っているんです。なにせ、国家のバランスを崩しかねない研究、ですからね」
遠回しに、王家の弱みに関わることだから貴族のあなたは席を立つべきだと伝えている。これに反応するのはヒレイではなく、マナ王女だろう。
「その言葉は確かかしら? となると少し考えなければならない事項が増えたのだけれど……」
マナ王女は横目でヒレイを見る。あえてヒレイに分かる様にじっくりと。
「はい。かなり重要な話です。ねえ、カップス先輩?」
と、これから頑張らなければならないカップスを見る。
「え!? あ、ああ。その通りです。重要な研究ですので」
肩を揺らせて、明らかに動揺しながらも、言葉を振り絞るカップス。頑張ってほしい、なにせ、魔法研究について話せるのは彼だけなのだから。
「……そうですな。元々は王家と魔法大学だけで行われる会談だ。部外者はこれくらいで去るとしようか。アレク、行くぞ」
隣に立つ護衛の男に声を掛けてから、ヒレイは席を立ち、部屋を出て行った。
(あれ? 思ったより簡単に引き下がったな)
あれだけ敵対していたのに、何故かあっさりとこちらの言い分を認めるヒレイ。これではさらに何らかの裏があるのではないかと、心配になってしまう。
「そ、それではこれより、問題となっている魔法研究については説明しようと思うのですが……その…」
今度はカップスがクルトを見てくる。
(ああ、そうか。ヘリスラー教室の研究内容だから、他教室の僕が居られると困るんだ)
目線の意味を察したクルトも、部屋を去ることにする。
「研究内容についてはこちらのカップスが専門なので、門外漢の僕は席を外させていただきます。研究内容についての説明が深くまで及べば、僕が知ってはいけない事項がでてくるでしょうから」
「あら、そうなの? てっきり、あなたが主体と思っていたのだけれど。まあいいわ。そちらがそういうのなら、仕方ないわね」
何故か残念そうな顔をするマナ王女。だからと言ってこの場に留まることはせず、席を立つ。そしてクルトが部屋から出ようと扉へ歩き出した時、マナ王女の横に立っているイリスが、クルトだけに聞こえるであろう小声で、話し掛けて来た。
「やはり詐欺師だ」
「だから魔法使いだって」
こちらも他に聞こえない様な声だったので、聞こえたかどうかも怪しいが、とりあえず反論しておく。
扉を開き食堂を出たクルトは、とりあえず手持ち無沙汰になったので、食堂の前に居た来客用の部屋に戻ることにした。
部屋に帰って一息つく。食堂ではマナ王女とカップスの間で話し合いがなされているのだろうが、お互い問題を大きくしたくないという姿勢があるので、まあどうしたってまとまるだろう。
「あー、でも、今回の件でヒレイって貴族の人には、目をつけられたかもね」
ヘリスラー教室の前途は多難であると言える。研究内容が内容なので、当たり前と言えば当たり前だが。
「教室からの報酬はどうなるだろう。一応、つつがなく話はできたと思うけど、結局、ヘリスラー教室側はなんらかの罰を受けることになったからなあ」
一見クルトに非はないのだが、だからと言ってクルト側に失点が無かったとは言い難い。
「この場合、100点満点のやり方は、ヘリスラー教室に一切の被害がなく済ます方法だからねえ。そんなのは僕には無理だけど、報酬が減ったりして………」
まあ、そもそも単なる会話だけで報酬を貰う仕事なのだから、その額にはそれ程期待はしていない。腕の怪我が治るまででも、なんとか研究費用を稼ぎたいと考えて請け負った仕事だ。
「あとはなるようになれってところかなあ―――うん?」
部屋の扉からノックの音が聞こえてきた。カップスだろうか? となれば、話は随分と早く終わったことになるが。
「失礼するよ」
間をおかず扉が開く。そこから顔を出した人物を見て、クルトは悲鳴をあげそうになった。
(なんでヒレイ・マヨサがここに!?)
貴族ヒレイ・マヨサと、その護衛が扉を開いて、部屋に入ってきた。
内心、クルトはかなり焦っているのだが、それをなんとか外面に出さずに抑え込む。この部屋にいるのはクルトだけというのは、相手だって知っているだろう。つまり、大貴族がクルト個人に会いに来たことになる。
「どうしたんですか、こんなところへ。さっきの話の続きなら、食堂でやった方が建設的だと思いますけど」
「知っている。どうせ君に魔法研究の話を吹っかけても、碌に答えられまい? 研究者ではないのだからな」
もしかして、自分がヘリスラー教室に雇われただけの存在であることがバレたのだろうか。
「それはどうでしょう。確かに同行していたもう一人よりは知識において劣るでしょうが、これでも魔法使いですから」
「隠さんで良い。魔法使いと言っても、その知識の差は個人ごとに大きいだろうし、何より君がヘリスラー教室の人間でないことをこちらは知っている」
「……それは引っ掛けとかでなく?」
クルトの言葉を聞き、ヒレイがにやりと笑う。
「交渉事を仕事にしようと思うのなら、交渉相手の情報をしっかり収集しておくべきだな。私はヘリスラー教室生徒の名簿を入手している。その名簿の中に君の名前がないのも確認済みだ」
しまった。どうせ謁見の代役として出るのならば、名前も偽っておくべきだったか。
「それでその、一体どの様な要件で?」
代役として来たと言えればそれで良いのだが、そう話したら話したで、身分を偽ってどうする気だと責められかねない。
「お互い、余計な詮索は時間の無駄になるから言っておくが、別に君に敵意を持ってここに来たわけではない」
そう言われても安心できるクルトではなかった。なにせ、身分が大きく違う相手だ。一応、貴族の末端のさらに端くらいには存在するクルトであるから、相手の立場が良くわかってしまう。
「でも、仲良く話をしようって雰囲気でも無いと思うんですけど」
「それはそうだ。私が君に会いに来たのは、ちょっとした頼みごとがあったからでね。それと言うのも………」
ヒレイは一旦言葉を止めて、辺りを見渡す動作をする。
「どうかしました?」
「いや、部屋に机と椅子があるのだし、そこで話さないか?」
つられてクルトも辺りの様子を見る。大きな部屋だというのに、扉の近くで話し合いをする姿を想像し、クルトは少し間抜けに思えてしまった。
机を挟んで、クルトとヒレイが向かい合う形で椅子に座る。アレクとかいったヒレイの護衛は、ヒレイの横に立ったままだ。
(王城内は武器持込み禁止だから、剣一本も持ってない。傍から見れば何の人なのか良くわからないや)
護衛のアレクを見るクルト。何かあった時、本当にヒレイを守れるのかも怪しい。そう思うと、護衛の仕事もなかなか大変なのだと思う。
「君に頼みごとと言ったが、一つ確認しておきたい。君は魔法使いであることには違いないのだね?」
「ええ、そうはまあ、魔法大学出身の魔法使いですけれど」
「ならば良い。君に魔法使いとしてとある調査をして欲しいのだ」
「調査?」
何故貴族が自分などにそんな仕事を頼むのだろう。内容を聞いてみなければはっきりとはわからないが、頼むつてなどどこにでもあると思うのだが。
「何故、自分に頼むのかわからないと言った表情だな。正直に言うが、私は魔法使いに何かを頼む人脈が無い」
それは驚きだ。人脈が広いからこその権力者だというのに。
「もしかして、ヘリスラー教室と敵視していることに関係が?」
平民が政治に参加することを嫌うマヨサ家は、平民出を多く王家に関わる組織へ排出しているヘリスラー教室とそりが合わない。
「話が早いのは良いことだな。人脈が無いと言ったが、正確に表現すれば、ヘリスラー教室と関わりの薄い魔法使いとのパイプが少ないのだ」
「お抱えの魔法使いだっているでしょうに」
「今回の調査は私個人の依頼でね。お抱えと言うことはマヨサ家に属する魔法使いということだ。個人的な頼みに使えば、余所から文句を言われかねん」
余所と言うのは、マヨサ家内でヒレイとは違った立場にいる相手のことだろう。まさか別の貴族が大貴族のマヨサ家に口を出してくるとは思えない。ヒレイは自分の家内部の権力闘争に、余計な手出しをしてしまわないか心配しているのだ。
(小さな貴族なら一家は血縁で纏まってるけど、大きなところはそうでもないのかなあ)
さすがに他人の家の内部までは知りようがない。
「そこまで言うのなら、話を聞かない理由にはなりませんけど……。一応言っておきますが、魔法使いとしてはまだ半人前ですからね。しかも生まれは平民だ」
ヒレイの望むような立場ではないと思うのだが。
「基礎的な知識はあるのだろう? それで十分だ。それに私は平民を嫌っているのではない。国という物を良く分かっていない者達が、国家機構に参加することが許せんだけだ」
「そーですかあ」
理屈は分からなくないが、関わり合いになりたくない話である。権力闘争とはかくも嫌らしい。
「それでその、肝心の仕事内容というのは?」
「ああ、それなのだが………、君、亀を知っているかね?」
「亀?」
ヒレイの口から出てきたのは、なんとも間抜けた発音をする単語だった。




