魔法使いの調べ方(4)
結局、町で情報を集めたところで、あのゴーストへの対抗策は見つからなかった。ヨアンフが目指した魔法の結果が、ゴーストであると予想はできたが、では何故クルト達は襲われたのか。あのゴーストの目を盗み、ヨアンフの研究資料を手に入れるにはどうすれば良いのか。そういった実際の仕事に繋がる情報となるとまだまだである。
「虎穴に入らねば手に入れられぬ物があるということじゃのう。あのゴーストについて、もっとも情報が存在する場所と言えば、やはりヨアンフの屋敷じゃろうし……」
現在、クルト達はもう一度ヨアンフの屋敷に向かうべきかどうかを、宿にて話し合っている。
「行くんなら朝にしましょうよ。夜だとゴーストに奇襲される恐れがあるじゃないですか」
「あれは体が光源になっている様だから、夜の方が見つけやすいと思うが……。やはり怖いか?」
別に幽霊だから怖いなどという訳ではないが、確かに怖い。
「襲われたら体が乗っ取られるのは、やっぱり怖いです。まだ朝や昼間の方が、心持ち余裕がありますから、日が昇っている内に行動したいというか」
別に朝でも襲われれば体に憑りつかれるのだろうが、これは気分の問題であるので、理屈ではない。
「憑りつく云々もどうなんじゃろうなあ。わしら以外は襲われておらんのじゃろう? 何故なのか。そこに関する答えも屋敷にある以上、行かぬわけにはいかんのう。明日の朝に屋敷へ向かうということで良いか?」
何もせずに立ち去るという選択肢もあるにはあるが、残念ながらここにいる二人は、そちらを選ぶことはない。肝心なところで少し一般人と感覚が違うのだ。
「異存はないですけれど、一つ気になる事があります」
「なんじゃ?」
「あのゴーストがヨアンフなんだとしたら、まだ生きてるってことですよね。生きている人間の屋敷から研究資料を持ち出すのは、盗みになるんじゃないですか?」
もしかしたらヨアンフは、自分の家に侵入する盗人を、懲らしめるために襲ってきたのではないかとすら考えてしまう。
「………」
「先生?」
「ヨアンフの死体は見つかっておる。それは事実じゃ。まさか法廷にゴーストの姿で現れることもあるまい?」
盗人猛々しいとはこのことである。ただ、確かに訴えられる心配はなさそうなので、反論はしないでおくことにしたクルトだった。
鳥のさえずりが心地よい朝のカンガス。そのまま町並みを楽しみたい気分であるが、今クルト達はそのカンガスから門を潜って町外に出るところである。
「屋敷までは歩いて半刻も掛からないんでしたっけ。あの屋敷、本当に近場にあったんだなあ」
初めて足を踏み入れた時は、屋敷に泊まるか、町を目指すかを天秤に掛けていたが、事実を知れば、町に向かう方を選ぶだろう。
「魔法の研究には色々と入り用じゃからな。研究用に閉鎖された環境が必要じゃが、ある程度の利便性もまた不可欠じゃ。個人が魔法研究をする場合、町の中ではないが、町の近く。そんな場所に落ち着くわけじゃな」
「そうして面倒事が起こった場合は、町にまで迷惑が及ぶと」
傍迷惑な話だ。屋敷に幽霊がでる様になった程度の話は、まだマシな方なのかもしれないが。
「扱う物が良くわからん魔法などという物である以上、周囲に迷惑を掛ける可能性が常にあるからのう。じゃから、魔法使いは社会貢献が必須なんじゃ。ギブアンドテイク。普段迷惑を掛ける代わり、同じくらいに役立つ存在でなければ」
だから、カンガスの町が魔法使いの幽霊騒ぎを迷惑に思っているのなら、解決する必要があるのだろう。
「ついでに大学外の魔法資料も集めておけば、損にはならないかもしれませんしね」
「なかなかに分かって来ておるの。そろそろ魔法大学に入って一年。魔法使いとしての心構えが出来てきた様じゃな」
「そうかもしれませんね。ただ、それを魔法使いとしての信条にするのはどうなんだろうなあ」
これからヨアンフの屋敷を漁りに行くのだ。偉そうなことは言えないし、胸を張れる行為でもない。根本にあるのは、自分がやりたいから。自分を客観的に見れば、それだけのために行動していると考えるクルトだった。
まだまだ日が落ちるまで時間がある。ヨアンフの屋敷は、夜に来たときよりは多少マシに見えるが、それでもかなりボロボロである。
「それじゃあ入りますよ。ゴーストにはくれぐれも注意してください」
「うむ」
オーゼ師の返事を聞き、屋敷の玄関扉を開く。屋敷の構造についてはある程度覚えている。向かう先は、ヨアンフの魔法研究資料が収集されている書庫だ。
「探すのは、ヨアンフ自身が書いたであろう資料じゃ。自分をゴーストにするなんて魔法は聞いたことがない以上、ヨアンフ独自の魔法じゃろうからな」
ゴーストへの対処法も、ヨアンフがしていた研究も、ヨアンフが残した資料だけが頼りだった。
クルトとオーゼは、出来る限り死角を作らぬ様に注意して屋敷の廊下を進む。そうして、とりあえずゴーストとは出会わぬまま、書庫へと辿り着けた。
「中には……。良かった、ゴーストはいない」
内部を確認してから、書庫へと入る。見知った資料から、魔法とは一見関係無さそうな物まで多種多様であるが、本としての装丁がなされている物は無視する。ヨアンフが本屋でない以上、彼が残している資料の多くは、単なる紙束であるはずだ。
「本棚よりも、金庫みたいな場所に収まっているかもしれん。もしくは、机の引き出しとか」
手際よく書庫内を調査するオーゼ師。そんな師に負けぬ様、周囲に意識を張り巡らせて、クルトは資料を探す。
「うん? これは……」
師が本棚以外を調べるので、結局クルトは本棚を調べざるを得ない。それが幸いしたのか、特徴的な資料を見つけた。
「薄い二枚の板に紐が巻きつけられている……。間に紙を挟むためかな?」
板と板の間には紙束が存在しており、紐を巻いた圧力で、紙が折れ曲がらず本棚に収められる様になっていた。
「もしかして」
板を本棚から取り出し、紐を解いて中の紙を見る。正解だ。これはヨアンフの資料である。内容はまだ詳しくみていないが、精神や生命といった単語が複数、特徴的な字体で書かれている。
「先生、見つけましたよ」
「ほんとうか?」
クルトの言葉に資料を探す手を止めて、オーゼ師がこちらにくる。
「これです。どう思いますか?」
書庫の机に紙を広げる。それを舐める様に見た後、オーゼ師は頷いた。
「間違いないのう。これはヨアンフが研究しておった魔法の資料じゃ。なになに? 魔力の源泉は自身の精神にあり、精神とは人の命の一形態?」
興味深いのだろう、オーゼ師はヨアンフの資料にのめり込んでいく。
「ほほう。ヨアンフは精霊について調べておったのか」
「精霊ですか?」
単語自体は知っている。土や水、自然物の何もかもに潜んでいると伝えられる、意思の様な物のことを総称して精霊と呼ぶ。
ただ実際に存在するのかと言えば、単に自然現象を擬人化した程度の物であるとクルトは教わっていた。
「あちこちから精霊に関わる民間伝承を集めて系統化しておるの。この地方から出た事がなかったせいで、苦労しておったみたいだが」
精霊についての知見を書いた項では、ところどころに注釈の様な形で、資料が足りないだったり、どうすれば情報が手に入るかなどといったヨアンフのメモ書きがある。
「精霊って、本当にいるんですか? ゴーストと同じ様に迷信の類だと思ってたんですけど……」
「わしも知らぬが、ヨアンフについては精霊とゴーストを同一視しているのう。というか、精霊を調べることで、人間もその様になれるのではないか。それが霊やゴーストといった物なのではと」
首を傾げるオーゼ師。ヨアンフがやっていた魔法研究が特殊なこともあり、オーゼ師の知識でも、少しわかりかねぬらしい。
「とにかく、人間は精神、つまり魔力の源と言える物と、普段わしらを形作る肉体の二つによって生きているとヨアンフは考えておったらしい。これは医療関係の魔法を研究していくうちに辿り着いた、ヨアンフなりの哲学じゃろうなあ」
それはなんとなくわかる話だ。命とはなんぞやと聞かれて、真っ先に考えるのが心臓の鼓動や肉体の動きであり、その次に思いつくのが、頭や思考といった物だろう。
この二つを肉体と精神という言葉にすれば、命とはそれらを総称した物だと言える。
「それがどうしてゴーストやら精霊やらに繋がるんですか?」
「ふうむ。この二つの命の内、人間は肉体寄りの生物じゃとヨアンフは結論付けておる。そして肉体は不自由の象徴であり、精神は自由な存在だとも……ああ、これはヨアンフの単なる感想じゃな」
人に見せる資料でないためか、ところどころに本筋から外れた文章が書かれているらしい。オーゼ師は研究内容を読み解くのに苦労している。
「ああ、なるほど……。病気やら苦痛は肉体に起因するものじゃから、肉体から精神に命の依存度を移せば、それらからは解放されるとヨアンフは考えたんじゃな。だから。肉体を捨てて、精神によって生きようとした」
「精神……。そうか、だからヨアンフのゴーストが」
ヨアンフはなんらかの魔法を使い、肉体を捨てたのだ。精神によって生きるために。結果、この屋敷ではヨアンフの肉体としての死体と、精神であるゴーストが発見された。
「それじゃあ、ヨアンフは自分の魔法に成功したってことでしょうか」
あのゴーストがヨアンフなのだとしたら、精神によってのみ生きるというヨアンフの宿願は叶えられたことになる。
「じゃろうなあ。おお、どうしてわしらを襲うのかもなんとなくじゃがわかってきたぞ!」
オーゼ師は顔を上げる。清々しいといった雰囲気の表情を浮かべている。調査の結果、新たな真実を見つけるというのは、なかなかに快感なのだ。
「普通の人は襲われず、何故か僕らだけ襲われましたよね。今このときも、狙われているのかもしれない……」
少し怖くなり、辺りを見渡す。それらしき物は見当たらなかったので、胸を撫で下ろした。
「何故わしらだけが襲われたのか。それはじゃな、わしらが魔法使いだからじゃ。精神とは即ち魔力の源なわけじゃろう。そしてその魔力を頻繁に行使する魔法使いは、一般人よりも精神寄りな存在じゃといえる」
頭の中の妄想を現実化するのが魔法なのだとすれば、それをしている魔法使いは精神的な生き物だと言えるかもしれない。ヨアンフの仮説が全部正しければの話だが。
「精神とは、普通、物質には不干渉な存在じゃろう? 頭の中で物を動かしたいと念じたところで、実際に物が動くことはない。じゃから、精神によって生きているゴーストは、普通人の肉体には干渉できない。じゃが、魔法使いとなると話は別じゃ」
「精神寄りな生命体である魔法使いなら、精神だけのゴーストでも干渉できる。そういうことですか?」
乗り移られたのも、魔法使いの体なら干渉できるためなのだろうか。
「肉体と精神は本来セットじゃからな。精神のみのゴーストであるならば、人の肉体を乗っ取ることができるのかもしれん。干渉できる相手に限るがのう」
つまり魔法使いの肉体に限り、憑りつくことができるということか。魔法使いキラーみたいな存在だ。
「あれ? でも、ヨアンフは自分から望んでゴーストになったんですよね? ならなんで、わざわざもう一度、人の肉体を乗っ取ろうとするんでしょうか?」
肉体の束縛から抜け出し、精神のみの存在になるのがヨアンフの望みではないのか? ならば何故、クルトはヨアンフのゴーストに襲われたのか。
「ううむ。それについは―――」
オーゼ師は何かを話そうとしたが、途中で視線を一点に集中させて、言葉を止めた。クルトは気になったので、オーゼ師の視線が向かう先を見る。
「あっ……」
オーゼ師が見ている物。それは光だった。丸い光から、人型へと移ろうとしている光。それは先日クルトが見た、ヨアンフのゴーストとほぼ同じ姿。
「って、ヨアンフのゴーストそのものじゃないか! 先生、逃げましょう! 触れられたら、体が乗っ取られる」
ヨアンフはクルトの目の前で、どんどんその形を、生前の姿へと変えて行く。完全な人型になれば、今度はクルトたちを襲いに来るかもしれない。
「し、しかし、資料がまだじゃし……」
机に広げた資料を、勿体無さそうに見つめるオーゼ師。身の危険よりも、魔法研究の資料の方が大事か。
「じゃあ、早くまとめて! この部屋は狭いから、対処の仕様がないんですよ!」
本棚に囲まれた部屋では、逃げる場所も少ない。ゴーストが先日の様に素早く動ける様になれば、体への接触を避けようがない。
「……魔法は効いたんじゃったか?」
「い、一応は……」
オーゼ師の目が細くなる。そして手を気怠そうにゴーストへと向けた。
「……どんなもんかのう」
やる気のないその言葉とは裏腹に、オーゼ師の手のひらから迸ったのは雷撃だった。クルトがゴーストに使ったのと同じ魔法である。
いや、それ以上だ。稲妻だというのに、光線の様に真っ直ぐと直進する雷撃は、そうなる様にオーゼ師が調整した物だろう。師の魔法の腕が熟達しているからこそできる芸当だ。
それだけではない。ゴーストに直撃した雷撃は、ゴーストへ届くと、そのあやふやな体を貫かぬまま、弾け飛んだ。雷撃がゴーストの体を抜ければ、一点にしかダメージが無い。しかし直撃の瞬間、面状に雷撃が広がれば、その分効率よくゴーストに雷撃による衝撃を与えることができる。
「今の……何ですか? 手から離れた魔法まで操れるんですか?」
雷撃を直線状に放つのは、クルトも修練を積めば可能かもしれない。しかし、手から離れた魔法は自然現象とほぼ同じであり、人間の技術でも操作は不可能だと思うのだが。
「ある程度の距離が離れておっても、魔力の運用が熟達しておれば操作は可能じゃが、今のは事前にそうなる様に魔法を調整していただけじゃの。魔法によって起こる現象は、自然現象と似た物じゃが、魔力によって起こった物じゃから、最終的に魔力へと還元されて、消失する。その魔力へと還元される瞬間に、別の現象を起こす様に魔力を調整しておく。かなり難しい技術じゃが、使えると便利じゃから、覚えておく様に」
つまり雷撃がゴーストへと直撃する瞬間、雷撃の一部が魔力へと戻る。その魔力には、雷撃を放射状に拡散させる調整がされていたという訳だ。訳が分からない。
「努力すればできるもんなんですかね?」
「できるできる。むしろ才能云々ではできぬな。経験とどれだけ魔法に打ち込んだかによって、可能になる技術じゃ」
とりあえず目標にはしてみようと思う。できるようになった自分は想像できぬが。
「これなら、いくらゴーストでもひとたまりもないんじゃ―――」
雷撃の光が収まった瞬間、その場所から雷撃の光とは別の光源が飛び出してくる。ゴーストだ。
「そんな、効いてない!?」
クルトの魔法でも、ある程度の効果があったというのに、今回は完全な人型を保ったまま、魔法が効いた様子も無く、ゴーストが素早くクルトへ接近する。
「しまっ―――」
真正面からゴーストとぶつかるクルト。咄嗟に避けようとするが、ゴーストに比べると、その動きは遅く。全身がゴーストと重なってしまう。
「あ……え…ああ…」
声が上手くでない。体中が金縛りにあったかの様に不自由だ。
「クルト! 大丈夫か!」
叫ぶオーゼ師の姿が目に映るが、何故かその声は小さく聞こえる。どこまでも遠く、視界さえも歪み、ついにクルトの五感は静寂と暗闇に包まれてしまった。
自分の教え子がゴーストに襲われた時、オーゼがまっさきに考えたことは、これからどう状況が変化するかということだった。
「まったく……難儀な性格をじゃのう」
自分の性格ながら嫌になる。一応、声にした言葉は弟子を心配する内容だったが、自分の心中とは少し違う。
オーゼの心情は、弟子にゴーストが憑りついた結果、いったいどう変化するのかという興味の方が強い。
「あ……あう…うう」
弟子の口から、獣の様なうめき声が聞こえて来た。いや、どちらかと言えば、赤ん坊の喃語に近い。
「なんじゃ? あれがゴーストの憑りつきに抵抗するための声なら、もっと苦し気な物のはずじゃが……」
ある程度の距離と保ちながらも、観察を続ける。もしや既にクルトの体は奪われており、今声を出しているのは、ゴーストではないか?
「ふうむ。となると、早くクルトの体からゴーストを退散させねば、大変なことになりそうじゃのう」
具体的には弟子の命が無くなってしまうかもしれない。完全に体を乗っ取られるとはそういうことだろう。
「しかしゴーストにわしの魔法は効かなかった様じゃし、今わしが魔法を使えば、傷つくのはクルトの体。八方ふさがりじゃな」
とりあえずはこの屋敷から逃げた方が良いかもしれない。クルトには悪いが、ここで自分まで巻き込まれるのはもっと厄介だ。
「資料はと……。うむ、今はこれだけで良いか……。しっかし動かんのう。体を手に入れただけで満足しておるのか?」
屋敷から出る前に、ヨアンフの魔法研究資料だけは集めておく。この資料のためにここまできたのだ、おいておくことはできない。
ただ、そうやって資料をまとめる時間、ずっと弟子が動いていないのが気になった。ゴーストが憑りついているのであれば、なんらかの挙動があってもおかしくないのだが。
「ヨアンフにしてみれば、目の前で自分の研究資料が奪われていることになる。だというのに、何もしてこないのは少し変じゃ……」
良く見れば、クルトの体は震えていた。特に足周辺が痙攣している。もしや、立っているのが辛いのか?
「少し考えてみよう。もし、わしが別の人間の体に、心だけが移ったとして、その体を存分に扱えるじゃろうか?」
体を動かすという行為の殆どは経験と感覚によって行われる。赤子が二本の足で立てないのは、それがかなり複雑な技能であり、それを達成できるだけの技能がないからである。
「まったく同じ技術でも、場所や使用する状況が違えば、自身の経験を活かしきるのは難しい。人間の体でもそうなのでは?」
興味が今、目の前の弟子へと移っていく。考えてみれば、ゴーストに憑りつかれた人間なんて、一生に一度出会えるかどうかといった存在だ。しかもそのゴーストは魔法に関わる存在である。オーゼの食指が動かぬ訳がなかった。
「ヨアンフとクルトの体は体格からして大きく違うはずじゃ。本来の自分の体とは大きく違う状況で、それを存分に動かすことは、できるのかどうか……」
目の前で震える弟子がその答えかもしれない。クルトに憑りついたゴーストは、クルトの体を十分に動かせず、戸惑っているのはないか、と―――
「あああああああ!!!!」
弟子が叫び声を上げる。ただただ、思い切り激しく鳴いたという印象を受けるその声は、部屋中に響き、オーゼもつい耳を閉じてしまった。
「おおっと!」
叫び声の後は、腕を振り回す行為に移る。いったい弟子、いや、弟子の体に入ったゴーストは何をしたいのか。
「体を自分に馴染ませようとしているのか? だとすれば―――」
弟子が振り回す右腕が、近くの本棚にぶつかる。そう広くない部屋だ。体を広げれば、どこかに当たってしまう。そして、その当たった本棚は、なんと床から浮かび上がった後に倒れた。華奢な弟子の腕が、本棚を少し吹き飛ばしたのだ。
「力の加減ができとらん! これでは体を馴染ませる前に壊してしまうぞ!」
本棚とぶつかった弟子の腕からは、血が流れていた。これが裂傷による物であればまだ良いが、骨折による物であればかなり深刻な状況になる。
「暫く様子見でも良いかと思ったが、今すぐ対処せねば、本当に死んでしまうかもしれん」
ゴーストであれば、壊れた体から立ち去れば良いかもしれないが、あの体は弟子の物。嫌味を良く聞かせてくる弟子ではあるが、今のところ、唯一の生徒である。失うには惜しい。
「ゴーストには効かんじゃろうが、入れ物の体になら効くじゃろうな」
手を弟子に向けて、魔力を放つ。起こす現象は火でもなければ雷撃でもない。そんな物がぶつかれば、弟子の体をさらに壊してしまう。
「火の魔法も雷の魔法も自然が起こす現象を模倣しているに過ぎん。模倣であれば、起こる結果も想像し易いから、初心者向けではあるが、純粋に魔力を効率よく使おうと思うのであれば、模倣なんぞは余計な要素となる」
弟子に授業を聞かせる様に話しながら、魔力の調整を続ける。弟子はその場で暴れているが、まだ歩けもしないらしく、時間的な余裕ならまだある。
「魔力はその名の通り、方向性を持った力じゃ。力は力のまま使うのが一番効率の良い使い方といえるかもしれん」
当然、使用目的や方法によって適した魔法という物は違ってくるが、魔力の総量に対して、もっとも大きな結果を起こそうとするのならば、今、使おうとする魔法が最適だとオーゼは考える。
「“力場”の魔法と呼ばれておる。聞こえとったら覚えておれ。そうでなければ……再授業じゃな」
オーゼの腕から、なにかの圧力が放出される。本来目に見えぬその力であるが、部屋を舞う埃によって、なんとか可視できた。
もしクルトが意識を保っていれば、それが前に彼の友人が使っていた風の魔法の良く似ていると感じたことだろう。
事実、力場の魔法と風の魔法はほぼ同じ物である。ただ違う点が一つ。後者が一方向にしか力場を放出できないのに対して、前者は力場そのものをある程度自由にコントロールできた物をいう。
「ああああ!!! ぐっぐぐ………」
叫び続ける弟子の声が止まる。その体の動きもだ。
現在、オーゼが放った力場は、クルトの顔以外、全身を覆っている。まるで空間中に綿を敷き詰められた様な感覚を味わっているに違いない。
方向性のある力場を全方向から掛ければ、対象を身動きできなくすることが可能となる。かなり強力な魔法であり、勿論、それなりの技術と経験を要する物だ。
「さて、動きは止められたが、どうしよう……」
難しい魔法なので、長時間は維持できない。魔法の効果がなくなれば、再び暴れ出すのは目に見えている。事態はまだ好転しておらず、八方ふさがりのままなのだ。
「はぁ………」
とりあえずオーゼがとった行動は、溜め息を吐くことであった。




