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魔法使いの歩き方  作者: きーち
魔法使いの調べ方
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魔法使いの調べ方(3)

 カンガスの町で自警団の団員をしているゼルノは、平和を好み、波乱を難敵とする性質の男だ。

 自警団員としては適した性格なのかもしれないが、彼の根底にある思想を考えると、本当にそうであるか疑問を覚えざるを得ない。要するに、自分の仕事量は少ない方が良いと考える、事なかれ主義の人間なのだ。

「ったくよー。どうなってやがるんだ。妙な事件が起こったかと思えば、魔法使いが俺に面会したいだと? ふざけんなよ」

 口調が荒いのは地ではあるが、ここ最近になって増えた仕事が、彼を苛つかせているのも多少は関わっている。

「そんなことを言わずに早く会ってください。魔法大学から来たっていう魔法使いが、あの例の屋敷について聞きにきたんですよ? もしかしたら、一気に解決してくれるかもしれないじゃないですか。あの屋敷の幽霊を」

 自警団事務所の受付嬢が、ゼルノに早く行動するよう促す。確かに自警団は、町近郊にある、あの魔法使いの屋敷に悩まされてきた。家主の生前は、怪しげな実験を繰り返しているとの苦情に対処せねばならず、死後も死後で幽霊騒ぎだ。

 それを解決してくれるのであれば、猫の手でも頼るというものだが、魔法使いという人種に嫌悪感を抱き始めているゼルノにとっては、そんな相手と会わなければならない事も、面倒な仕事だと感じてしまう。

「どうだかな。もしかしたら、もっと厄介な仕事を持ち込みに来たのかもしれないぜ? なにせ魔法使いだ」

 愚痴をいうが、受付嬢はゼルノを睨むだけだったので、溜息を吐きながらその魔法使いの元へ向かう。

 件の魔法使いはすぐそこ、事務所のカウンターの近くに立っていた。椅子でも用意して座っているのかとも思ったが、単に背が低いだけの様だ。

「って、子どもじゃねーか。おいおい、こんなのがあの屋敷について聞きに来たのかよ。どうせ近所のガキが俺達へ嫌がらせにきたんだろ!」

 カウンターに体の半分以上を隠されている子どもにゼルノは怒鳴る。こっちは余計な仕事を増やしたくないのだ。子どもは子どもらしく外で遊んでおいて欲し―――

 カツンという音が鳴った。その音が、子どもの持っている杖が床を叩いた音であることに気が付いたのは、少し後のことである。

 その前にゼルノは、目の前に突然現れた炎に目を奪われていた。

「……これで魔法使いだって信じて貰えますか?」

 炎は子ども、いや、魔法使いが持つ杖の先端から発生していた。間違いなく魔法だろう。もし魔法ではないとしたら、杖が巧妙なギミックが仕込まれていることになるが、そんな物を普通の子どもが持つはずがない。

「あ、ああ。ええっと、郊外の魔法使いが住んでいた屋敷についてだったかな?」

 相手の身元を理解したゼルノは、仕事用の口調をなんとか取り戻して、会話を続けることにした。

 どうにも会話相手は先ほどのゼルノの態度を見て、不機嫌になっている様だが。

「ええ、はいそうです。一度調査のために立ち入らせてもらったんですが……」

 不機嫌そうと言っても、それを会話に挟むつもりはないらしい。だとすれば、話し相手としては上等な部類だ。

「“大変だった”だろう。あの屋敷は」

「知ってるんですね? あの屋敷に現れるゴーストについて」

 さすがに食いつきが早い。あの屋敷の幽霊について聞きにきたのは事実なのだろう。

「知ってるも何も、あの屋敷の主人が死んでいるのを見つけたのはこの俺さ。それと同時に、あの屋敷に現れた幽霊を初めて見たのもな」

 最初は定期的に町に来ていた魔法使いが、顔を見せなくなったという話だった。話を持ち込んだのは、魔法使いが食料や雑貨などを買い込む店の店長であり、常連客に対する気遣いがあったのだろう。

 魔法使いは町の外に住んでいる。そんな相手の生死確認などは町の自警団の仕事ではないのであるが、労力が必要な仕事でもない。

 断って町の住人からの苦情が来る方が面倒なので、ゼルノが確認に向かった。その時に見たのが……。

「魔法使いの死体をまず見つけた。その時はそりゃ驚いたが、まああり得るだろうなって気もしていた。定期的に町に来ていた人間が来なくなったってのは、それなりの事情があるからだろうし、死んじまったってのは可能性の一つとして十分にあり得る」

 そんな死体の処理も自警団の仕事だ。死なない人間がいない以上、見慣れた光景ですらあった。

「幸運なことと言えば良いのかわからんが、綺麗な死体だったから、嫌悪感もあんまり感じなかったな。まあ、仕事が増えたなとは思ったが」

「綺麗な死体? 見た目には本当に何もなかったんですか?」

「ああ、そうだが。何か?」

「いえ……」

 変な所を気に掛ける相手だ。魔法使いという人種についてはとことん理解できない。

「とにかく死体があった以上、どうにか処理しなきゃいけない。魔法使いには身元を引き受ける相手がいなかったから、町の共同墓地で埋葬する必要もあった。つまりあの屋敷から町まで運ばなきゃならない。俺一人じゃ無理だから、何人か手伝いを呼んで、運び出そうとした時だ」

 あいつが現れた。死体とそっくりな姿と服装をした、あの幽霊が。

「屋敷に幽霊が現れたんですね? それが一番最初の発見?」

「ああ、それ以前から魔法使いの屋敷ってことで、妙な噂なら流れていたが、幽霊が出たってのは俺が見て暫く経ってからだよ。大方、手伝いの誰かが漏らしたんだろうさ」

 あの時は大変だった。手伝いの何人かは死体を放り出して逃げ出すし。仕事上、死体を置いたままにできないゼルノは、少なくとも屋敷から出すまでは一人で死体を運ぶ必要がった。

「無害と言えば良いのか、幽霊の方は何もしてこなかったのが幸いだったな。とにかく、俺が見た幽霊についてはそれだけだよ。あれ以降は、一度だって足を運んでない」

「ちょっと待って下さい。ゴーストが何もして来なかった? 襲って来たりとかも?」

 驚いた様子で子どもが話す。いったい自分の話のどこに動揺しているのか。

「何もしてこないから、今でもあの屋敷はあるんだろうが。本当に危険があるのなら、町の人間総出でも屋敷を壊すぞ?」

 これまで、同じ自警団員や、怖い物見たさの若者があの屋敷に足を踏み入れ、ゼルノと同様に幽霊を見たが、それだけだった。

 幽霊は現れるだけで、生きている人間には何もしない。

「俺の予想じゃあ、何かの魔法かなんかだと思うがね。お前さんだってそう思うだろう? 生前の姿を映す魔法とか、あったりするんじゃないか? ただ、危害はないと言っても、奇妙な物は奇妙だ。あまり良くない風評も流れる。なんとかできるんなら、なんとかして貰いたいもんだが」

 なんとかできるのであろう子どもを見る。この子どもも魔法使いだ。何かしらの知識であの幽霊をなんとかしてくれると信じたいものだが、見た目はかなり頼りない。

「おかしいな……。じゃあなんで僕達には……」

「おい、人の話を聞いてたか? わざわざ呼びだしておいて、何一人で考え込んでるんだ」

 子どもの魔法使いは、すっかりゼルノに興味をなくしたかの様に、一人下を向いていた。

「あ、えっと。他に幽霊を見た人に心当たりはありますか? ちょっと別の人にも聞いてみたくなったんで……」

「あ? まあ、自警団内であの幽霊を見た奴は何人もいるからな。話を聞きたいってんなら、紹介しても良いが」

「頼みます。こちらとしてはもっと情報が欲しくて」

「ふん?」

 何やら子どもらしくない真剣な表情をする。向こうがそんな態度であるのならば、仲間に会わせるのもやぶさかではない。

「ついてきな。事務所で待機してる奴もいる」

 子どもをカウンター内まで通して、事務所の案内をする。これが、あの屋敷についての厄介事を解決する助けになれば良いのだが……。


 仕事で魔法使いの屋敷に出向いた事のある自警団員ほぼ全員と、肝試し目的で屋敷に侵入した若者数人。一日でそれだけの数から話を聞けたのなら上等だろう。

 夕方の街道。拠点にしている宿へと足を運びながら、クルトは満足気に頷いていた。

「思った以上に面白い話を聞けたぞ。先生と相談しなきゃいけないことも」

 自警団の男は少々クルトを苛立たせたが、屋敷の幽霊については早急に解決したいらしく、積極的に協力してくれた。自警団以外の人物から話を聞けたのも、男が屋敷に侵入したことがある人物数人に心当たりがあったからだ。

「先生の方はどうだろ。ヨアンフ本人の情報を集めるって言ってたけど……」

 まあクルトでもそれなりの成果があったのだ。こういう事件に対する経験もあるのであろうオーゼ師なら、上手くやれているはずだ。

「あ、丁度良く宿に着けた」

 そろそろ辺りが暗くなるだろうから、今の内に宿に到着できてホッとする。クルトは見た目が明らかに子どもであるので、夜中に一人でうろついていると、危険な目に遭いかねない。

 さっそく宿の扉を開く。中では数人の客が飲み始めたばかりらしく、騒がしい。

「うん? ああ、戻ってきたのか。飯はどうする?」

 昨日見た店主がまたカウンターにいる。朝もカウンターに立っていたので、一日中そこに存在するかのように思えてしまう。実際は昼時に就寝も含めて休息を取っているのだろう。

「多分、先生もすぐに戻ってくると思うんで、食事は後で注文します」

 なかなか心遣いをしてくれる店である。師の渡した宿代が効いているのかもしれない。

「先生? お連れさんは何か偉い立場なのかい?」

 クルトの言葉が気になったのだろう、店主が訪ねてくる。

「ああ、単に教師と生徒ってだけの間柄です。これでも魔法大学の学生なんですよ」

 手に持った杖を見せるクルト。今のところ、この杖だけが魔法使いらしさを表す道具だ。

「へえ。俺の知り合いも魔法使いだったんだが、大学には行ってなかったなあ。やっぱり違うもんなのか?」

「手に入る資料の数は段違いですね。なにせ国が集めてくれますから。後は魔法の基礎を教えて貰えるってのも強みなんじゃないかなあ。在野でいると、ちょっとした間違いにも気付き難いですからね」

 と、大学外の魔法使いについて良く知らない癖に、偉そうに語ってしまう。見栄の様な物である。双方、特に害もないだろうから許して欲しい。

「ふうん。あいつもそこらへんについて苦労してたのかねえ」

「あいつ、ですか? その人って……」

 魔法使いの才能は、人が皆持っている物であり、どこに魔法使いがいてもおかしくはないのだが、この町の人間で魔法使いに知り合いがいるとなれば、もしかして。

「ヨアンフという奴なんだが……。知り合いか? なら残念だったな。あいつはもう死んじまってる上に、住んでいた屋敷も今となっては幽霊屋敷だ。文字通りにな」

 予想通り、この店の店主はヨアンフの知り合いらしい。師は知っているのだろうか。もし知らなければ、思わぬ盲点になっていることだろう。

「文字通りというと?」

 屋敷にゴーストが出ることは勿論知っているが、相手から話を聞き出したいので、知らぬ振りをして話を続けてみる。

「幽霊がでるんだよ。俺も単なる噂だと思ったんだが、この目で直接見ちまってな。知り合いの霊なんて見るもんじゃないな」

「幽霊屋敷ですか……。俄かに信じられませんが」

 ただ本当にそこに行けば会えるのは知っている。ただ今欲しい情報は、あの幽霊への正体や対処方法だ。

「俺も、自分の目で見るまではそう思ってたよ。例え本当に幽霊がいるんだとしても、あいつが化けて出るなんてことはないと思ってたからな……」

「失礼かもしれませんけど、そのヨアンフさんとはどんな関係だったんですか?」

 話を聞く限り、どうにも生前のヨアンフと親しそうである。

「幼馴染と言えば良いのか……。あいつの家と俺家の宿とは昔から付き合いがあってな。その関係から、同年代の俺達も知り合いになった」

 ヨアンフの両親は町外からの物品を一括で買い取り、町内にてそれらの物品を卸す、所謂問屋の様な商売をしていた。

 カンガスの町の発展具合から見て、仲介料で儲ける類のその商売は、かなりの利益が期待できるだろう。

 何故なら、町が発展しているということは商品を卸す対象である店が多いということでもあるのだ。この宿も恐らくはそういった商売相手の一つであり、宿の主人とヨアンフに繋がりがあってもおかしくはない。

「実を言えば、僕らは魔法使いヨアンフの調査でこの町まで来たんです。本当は彼の屋敷でいったいどんな噂が流れているのかも知っていまして、できればヨアンフさんについて詳しく聞かせていただきたいんですけれど……」

 店主が思いの外ヨアンフについて良く知っている様なので、自分の目的を話し、さらに深い話を聞き出そうとする。何も知らない振りのままでは、表面的な話しか聞き出せない。

「だとは思ったよ。魔法使いが町にやってくるなんて、同じ魔法使いのヨアンフと無関係だとは思えないからな。だが聞かれても少し困る。なにせあいつは昔から変わった奴でな。子供の頃から、俺の理解の範疇を越える行動を何度もしていた。魔法使いになってからはもっとだ」

 話すことに抵抗はないが、そもそも何を話せば良いのかわからない。それが見る限りでの、店主の反応である。

「何か……ヨアンフさんがいったいどんな魔法を研究していたかとか、分からない物ですかね?」

 本人が何とも思っていない情報だとしても、こっちにとっては重要かもしれぬ。話を聞ける時間はあるのだから、聞いておくべきだろう。

「魔法ねえ。門外漢だから良くわからんが、あいつが死ぬ少し前に、珍しくうちに飲みに来て、妙なことを口走ってたなあ」

「妙なこと?」

「ああ。肉体という枷からの解放だとか、精神は偉大だとか、ついに見つけたなんてことを嬉しそうに語ってたよ。昔からおかしな奴だと思ってたが、その時はそこらへんの酔っ払いと同じだったな」

 懐かしむ様に話す店主を見ると、店主はヨアンフのことを友人だと思っていたのだろう。自らの死の前に、この宿にきたヨアンフの方も……。

「おや? 先に帰っていたのか」

 宿の扉が開き、オーゼ師が顔を出す。タイミングが非常に宜しい。

「二人そろったか……。なんならこれから晩飯でも作ってやろうか?」

 店主は気さくに声を掛けてくる。

「うむ、頼む。料理については、なんでも良いかの?」

「そうですね。腹に溜まる物ならなんでも」

 とにかく昨日、今日と動き回っていたので、クルトは空腹だった。


 夕飯が済み、場所が変わってオーゼ師が借りた部屋にて、明日はどう行動するかを相談する。

「ほう、あの店主はヨアンフの知り合いじゃったか。これはまた盲点じゃのう」

 クルトは集めた情報をオーゼ師に伝える。

「真っ先に聞いておくべきでしたね。店主の話を聞いたおかげで、ヨアンフが研究していた魔法について、僕にも分かりかけてきましたよ」

「屋敷に出るゴーストについての話も興味深い。今のところ、ゴーストに襲われたという例は君だけじゃろう?」

 ゴーストを見たという人物達から話を聞くうちに、誰もゴーストに襲われていないことがわかった。

 屋敷に出向けば、高確率でゴーストと出遭うが、誰ひとりとしてゴーストが襲ってきたという話はしない。右手に憑りつかれるなど以ての外である。

「そうなんですよね……。なんで僕の場合だけ」

 だが確かにクルトはゴーストに襲われている。これはいったいどういうことだろうか。

「ふうむ。ヨアンフが研究した魔法。それに関係しているのかもしれんのう……」

 ヨアンフが研究していた魔法。いったいそれはどういう物だったのか。

「先生はそっちの情報を集めていたんですよね?」

「まあのう。とりあえずあのゴーストの外見だが、やはりヨアンフの物に間違いはないじゃろうな」

「この店の店主の話が証明してますね。彼は本人もゴーストの方も直接見ています」

 そしてゴーストがヨアンフの姿をしていると語っていた。

「さて、そこが証明されると、次に気になるのが、あのゴーストはヨアンフとどの様に関係しているかじゃな。まず考えられるのが、あれは単に魔法で作成した幻覚の類であり、生前のヨアンフを映しただけの物という物じゃが……」

 幻覚は人を襲ってはこない。ただそこに映るだけである。

「自発的に動いていたことからして、あのゴーストはなんらかの意思を持っています。つまり、幻覚足り得ない。あやふやな存在ですけど、あのゴーストは現実です」

「ではその現実であるゴーストの意思とはいったいどういう物か。わしは今日一日、町の本屋を探し回っていた」

「なんでまたそんなところを?」

「ヨアンフが個人で魔法の研究をしておった以上、外部から多くの資料を必要としていたことじゃろう。町を離れたことがないヨアンフがそれらの資料を集める場所と言えば―――」

「本の中ですね。そして本を手に入れるにはまず本屋に行く必要がある」

 だいたい本を買うとなれば行きつけの店だ。その店さえ見つければ、店主にヨアンフ自身の事についてもいくらか聞けるし、購入している資料を調べられれば、ヨアンフの魔法研究内容についても大まかに知ることができる。

「ヨアンフ個人のことについては、この宿の店主の方が詳しいかもしれんがのう。ただ、彼が収集していた資料にはとある傾向があった。魔法とその根本について……つまりは、魔力の正体はいったいなんぞやと言った物じゃのう」

 魔法使いにとって一番身近に存在する謎が魔力である。何故人間は魔法を扱えるのか。それは勿論魔力を持っているからだが、ではその魔力はいったい何なのかと言えば、諸説ありハッキリとしない。とりあえず使えるのだから利用しているというのが、多くの魔法使いの考えである。

「魔力についての研究は、一種の罠だって言われてますよね。身近な謎なのに、誰も答えを出せない。研究している人は多いですけど、結果を出せる人がまったくいない。だから罠だって」

 一度研究を始めたら、中々やめられない物でもあるらしく、魔力の研究を始めた人物を、罠に嵌ったと表現する場合がある。

「あまり生徒に勧める研究でもないのう。ヨアンフも元々は医療系の魔法を研究しておったのに、どういう心変わりか……」

「自身の分野外で別の研究をするのは、どういう時でしょう……。例えば、今やっている研究に限界を感じたとか?」

 ヨアンフは魔法に限界を感じていたのか? それともまた別の考えが?

「もしくは、何がしかの“答え”を見つけたが、“結果”を出すには別の研究が必要であったとも、考えられる」

 まるで、既にヨアンフが行ったことについて知っているかの様な口振りだ。恐らくオーゼ師は、自分なりの答えを見つけているのだろう。

「先生、何かに気が付いているなら言ってくださいよ。これは授業じゃなくて仕事なんですから」

 わざわざ生徒からの答えを促せる必要はない。

「なら端的にいうが、ヨアンフは新たな生を欲し、自らあの姿になったのではないかと、そう思うのだ」

「話が飛び過ぎている様な気もしますが……」

 今度は結果だけを話すオーゼ師。クルトも師が言いたいことについて、分かってはいる。ヨアンフは元々、医療関係の魔法を研究しており、そこに限界を感じていた。だからこそ、新たな展開を探究し、あのゴーストの様な姿なったのだと。

 しかし、何故そうなるのかについてはまだ良く理解できておらず、過程の説明を欲しているのだが、師の口から返ってくるのは、クルトへの問いと結果のみだ。

「魔力の正体について、仮説の一つに人間の精神に起因するという物がある」

「精神?」

 あやふやな言葉である。心と言い換えて良い物なのだろうか。

「人の内的世界。固く表現するならそんな単語になるが、要する妄想じゃな。わしらは常に頭の中では超人じゃ。全知全能の神にすらなれる。そして、そこから零れ出た力こそ、魔力の正体ではないかと。まあ、そんな感じの説がまことしやかに語られておる」

 物凄く強い神様が頭の中で想像できるなら、その神様の力は現実にも影響を及ぼすはず。馬鹿らしい話であるが、真剣に考えられている研究らしい。それくらい、魔力の正体については謎が多い。

「頭の中だけで考える思考でも、現実に影響を及ぼすかもしれない。そんな夢みたいな話があると、聞いた事はあります」

「真実かどうかは別として、わしはヨアンフがその説を信じていたのだと考えておる」

「医療に携わる人は、精神や神の存在について、何故だか強く信仰する様になる事が多いらしいですね。ヨアンフもそうだったのかな?」

 命に深く関わるからか、それとも常人にはわからぬ世界があるのか、とにかく、今の自分以上の存在を信じる様になるらしい。

「さてそこで、ヨアンフという魔法使いは考えた。精神に、魔法の様な奇跡を起こす源があるのなら、精神を極めることで、自分の肉体を捨てて、新たな境地に至れるのではないかと」

「ちょ、ちょっと待ってください。頭の中で素晴らしい世界を創造することはできますけど、そこに実際に住んでみようなんて、考える人はいないでしょう? ヨアンフにしたって、肉体を捨てるだなんて……」

 だれしも辛い現実から逃げたいと思った時はあるだろうが、実際に逃げられた人間はいないはずだ。

「ヨアンフは魔法使いじゃった。そして、その死体は随分と安らかな表情をしていたらしい。まるで、これから赴くのは死後の世界ではなく、もっと素晴らしい生の世界である様な……」

 死は恐怖だ。知らぬ世界は怖い物であるし、生きている以上、死の体験とは一度も味わった事がない経験なのだから。だから死を前にして、幸せそうな顔をするのは、その先にあるのが死ではないと考えているからに他ならない。

「肉体を捨てて、頭の中の世界で生きる。その結果が、あのゴーストだとでもいうんですか?」

「精神だけの存在になる。あのゴーストは、そんな存在には見えんかね?」

 魔法使いヨアンフは、肉体に限界を感じ、肉体の枷を抜け出そうとし、結果、ゴーストとなった。

 普通の人間とは違う新たな生。それがあの屋敷にでる幽霊の正体なのだろうか。



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