魔法使いの調べ方(1)
時間は止まることがない様に、移り変わる季節も留まることを知らない。つい最近、魔法大学へ入学したクルトであるが、それでも既に一年近くが過ぎようとしていた。
実感などはない。しかし、この一年で魔法大学に対する慣れの様な物はできたと思う。例えば授業を教えてくれるはずの教師が、またもや大学外へ出かけるというのも、既に慣れ親しんだ光景だった。
「今度は北の方ですか?」
「ああ、マジクト国北方の国境沿いにあるカンガスと呼ばれる町でのう。現地の魔法使いが死んだ後、何やら妙な事件が多発しているらしく、大学側に派遣の要請が来たのじゃよ。大学外の魔法使いだから管理する必要も無いのじゃが、独自研究などをしていれば得る物もあろう」
自身の研究室で椅子に座って話すオーゼ。クルトの師である彼は、大学外の魔法使いから、大学にない魔法研究資料を集めることを専門としていた。
「それじゃあ、また暫くは自習生活に戻ることになりますね。さて、誰かに教えてもらうか、それとも自分で出来る事を探してみるか……」
師が大学を出ることが多いので、師に頼らず魔法の知識を得ることはもう当たり前だった。しかし最近は、テキストだけの勉強では魔法知識の発展が見込みづらい状況になっている。
魔法に関する基礎的な部分を、もう既に知識として習得し始めているからだ。これからは魔法の応用や、クルト独自の研究が主になってくるだろう。
「その件じゃがな、今回の大学外での仕事、きみも手伝ってみんか? どうにも大学へ来ている情報じゃと、人手が必要そうな一件でな」
「僕もですか? 別の良いですけど」
オーゼが大学外へ繰り出す時、クルトも同行することが偶にある。仕事の手伝いや、大学内で間に合わなかった授業を大学外で引き続き行う場合などだ。
今回はオーゼ教師からの頼みなので、前者になるのだろうか。
「一応、行き帰りや時間の合間に、授業の様な物を予定しておるから、そのための教本を持ってきておいて欲しい」
オーゼからメモを渡される。そこには幾つかの本の題名が書かれていた。どれも大学図書館で借りられる内容だろう。勉強が遅れがちなクルトにとっては朗報である。
「わかりました。さっそく準備をしておきます。出発はいつに?」
「明日の朝を予定しておる。旅道具の準備を平行して行っておく様に」
指示を受けて、クルトは研究室を出た。
「しっかし、今回は結構こっちのことも考えてくれてるみたいだなあ。何かあったのかな?」
研究室の扉を閉めた後、クルトは自分の疑問を口にする。オーゼが大学外へ出る場合、その殆どは唐突な物で、クルトの授業は蔑ろにされてしまう。今回の様に、わざわざ事前に準備やら授業やらの話をしてくれるのは、随分と珍しい話だった。
「まあ、こっちとしては、最近魔法の勉強に手詰まり感があったから、先生の授業を受けられるのは嬉しいことなんだけどね」
疑問には思っても、自分にとって都合の良いことならば詮索はすまい。どうせ、ことの展開によっては、すぐにわかるかもしれない話だ。
「さっそく準備っと。図書館で全部本を用意できたら他にすることもなさそうだけどね」
旅道具の準備に関しては、良く大学外へ出かける事が多いので、何時でも用意は出来ていた。これも慣れなのかもしれないと考えながら、クルトは図書館に向かう。
「僕独自の魔法研究をどうするかですか?」
大学で旅の話を聞いてから時が過ぎ、目的地へ向かう旅路の途中、クルトはオーゼにそう尋ねられた。
現在クルト達は船に乗っている。大陸沿岸を進む輸送船では無く、川を渡るための渡し船だ。
魔法大学のある都市、アシェルのすぐ北にはラッキーフィールドと呼ばれる川がある。内陸へと繋がる大きな運河としても利用されており、その川の渡し船ともなると、屋根が付き、数十人が乗れる規模の物であった。
そんな船の中、オーゼは話す。
「きみももう大学に入って一年になる。一人の魔法使いになる準備をしなければなるまい」
魔法を使うだけでは魔法使いではない。矛盾する様な話だが、事実そうらしい。例えば自分の雑用のために、軽い魔法ならば使用できる能力を持つ人間がいたとして、その人間を魔法使いと呼ばない。
「ではどういった人種を魔法使いと呼ぶのかといえば、要するに魔法で生計を立てている者のことをいう」
「確かに貴族で魔法を使える人がいたとしても、魔法使いと呼ばずにどこそこの貴族様って言われますよね」
「魔法使い」とは職業を表す名前なのだ。能力があるだけで魔法使いを名乗れるのであれば、魔法を覚える才能があるすべての人間が魔法使いということになってしまう。
「うむ。じゃからのう、大学に入り、本当の魔法使いになるためには、魔法の知識や技術で、社会に貢献しなければならぬ。現状、もっともそれを行い易いのが、魔法研究ということじゃな」
魔法を歴史で表せば、未だ開拓期である。わかる物よりもわからない物の方が膨大であり、ちょっとした実験でも新発見が生まれることは多々ある。
「まあそういう時代に、なんとか魔法を体系化しようとして作られた施設が魔法大学じゃから、何がしかの研究をしておれば、大なり小なり報酬が貰える。生徒が行う様な研究じゃと、それも微々たる物じゃが、やっておいて損は無い。むしろ魔法大学生としてやらなければならぬことじゃと言えるのう」
魔法使いと呼ばれる人種の多くは、魔法研究によって一定の成果を出した人物達である。見習い魔法使いでしかないクルトが一人前を目指すのであれば、確かに何らかの魔法研究を始めた方が良いだろう。
「他の同期生もそんな感じなんですかね。皆、これから何を研究するか悩んでいるんだろうなあ」
同じ魔法大学一年目として、それぞれの道を進む気がして複雑な気持ちになる。嬉しいやら寂しいやら。
「いや、他の生徒はもう既に決めていると思うが?」
「え? どういうことですか?」
「この前の学園祭があったじゃろう。あそこで発表する研究内容を、そのまま継続して行う者が殆どであろうから」
ああ、そういうことか。クルトの友人であれば、小さな人形を動かす研究を学園祭で発表していたが、今でもその研究か、もしくは発展させた研究を続けているのだろう。
「僕は“諸事情”により学園祭に参加できませんでしたから、今のうちに考えておく必要がある訳ですね」
「う、うむ。その通りじゃのう」
諸事情とはつまり、この教師が学園祭についてのことをすっかり忘れていたからだが、今さらそれを言っても仕様がない。そろそろ魔法使いとして魔法研究に勤しまなければならないのであれば、そうするのが得策である。
「でも、いきなり何か研究をし始めてみればなんていわれても、困るというか、そもそも思いつきませんよ」
ある程度なら魔法を使える様にはなったが、それを研究、解析するとなるとピンと来ない。
「使うことと調べることには大きな隔たりがあるからの。そう思うのも仕方のないことじゃ。普通は、教師側がとりあえず簡単な研究を指示するものじゃが……」
「先生はそうでないと?」
「ああ。何を研究しておるかというのは、魔法使いにとっての個性みたいなもんでな。他人にとやかく言われる代物ではないと、個人的には思うとる」
何かを研究したいのなら、その対象を見つける時点から自分でやってみせろということか。
「でも、やっぱりそういわれても、何から始めれば良いのやら……」
「まあそうじゃろうな。今回、わしの仕事に付き合わせたのも、何がしかのヒントの様な物が得られればと思ってのことじゃ。少しは意識して取り組めば、得る物があるかもしれんぞ?」
そういう物だろうか。師に言われたことをまだ理解しきれないクルトは、とりあえず疑問に思うことを聞く。
「そもそも、今向かっている、カンガス……でしたっけ? そこでの仕事自体を良くわかってないんですが……」
死んだ魔法使いの遺留品集めであることは知っているが、そこで起こっているという妙な事件については詳しいことをまだ聞いていない。もしかしたら、そちらの解決も仕事に含まれているのだろうか。
「基本的には何時もと変わらず、魔法使いの元研究室だった場所の探索じゃな。独自研究を続けていたらしく、大学側が欲しがる資料も多いじゃろう。それでまあ、現地の人間がいう、その魔法使いに纏わる事件についてじゃが………」
オーゼ教師は少し言い辛そうに頬を指で掻いた後、口を開いた。
「クルト、きみは幽霊を信じるかね?」
マジクト国北方の町、カンガス出身の魔法使いヨアンフは、子供の頃は神童として知られていたらしい。そして幸運なことに、両親は商人として成功した部類の人間で、それなりに裕福であり、生まれ持った才能を活かす状況があった。
親と同じ商人になるか、知識を得て、領主御用の学者を目指すか、医学を学び医者の道を目指すのも良い。そんな多くの選択肢の中、ヨアンフが選んだのは魔法使いとしての道だった。
「もし魔法大学の試験を受けていれば、間違いなく受かっていたじゃろうなあ。それくらい、ヨアンフの研究には知性が感じられる」
既に幾つか大学に存在していた魔法使いヨアンフの資料を見て、オーゼ教師は感想を述べる。
オーゼとクルトはまだ川を渡る船の上である。対岸まで着けば、カンガスまで半日も掛らない距離だ。
「本人も魔法大学自体には興味があったんじゃろうな。事実、彼は幾つかの研究成果を大学へ送っている。土地への執着もあったからか、一度もアシュルには来ておらず、大学生徒にはなっておらんかったがの」
魔法大学側としては、大学に属さぬ魔法使いは好ましくないが、何か事情のある人物を無理矢理招致して、協力的な立場を取る魔法使いに、悪い印象を与えたくなかったのだろう。
結局、ヨアンフの死亡が確認され、大学に報告されるまで、大学に属したことは一度も無かったそうだ。
「ヨアンフの両親は既に死去しており、子供もおらん。両親の代でカンガスに移ってきたらしく、親戚も別の土地に住んでおる。つまりヨアンフの魔法研究場所は、今のところ誰の手にも渡っておらんことになる」
要するに魔法大学が一番乗りさえすれば、研究資料を無条件で手に入れられる可能性があった。
「そういう意味で言えば、カンガスで起こっている事件も、好都合といえるかもしれん。ヨアンフに纏わる事件を魔法大学が解決したとすれば、大学がヨアンフの研究資料を物色することに、土地の者は反発せんじゃろう?」
なかなかにあくどい算段だ。ただ他人に迷惑を掛けない以上、文句のないやり方でもある。むしろクルト個人からしてみれば、さすがの方法だと感心したくなる。
「でも、肝心の事件がちょっと……。幽霊でしたっけ? 霊とか魂とかそういった?」
疑わしげにオーゼを見るクルト。
「ゴーストやらファントムなどとも言われとるの」
「何にせよ、その幽霊が集団ヒステリーや幻覚の類ならともかく、死んだ人間の魂であるなら、そんなものは信じませんよ。一生会えなくなるから死なんです」
クルトの死生観では死というものは絶対である。死人が蘇ったり、幽霊となって前に現れるということは絶対に無いと考えている。
死とは別れなのだ。もう一度会えることは無い。だから皆、ずっと昔から生死を大切にしている。両親の死を理解できなかった頃のクルトに、姉が語ってくれたことだ。
「同感じゃな。魔法があるのだから、幽霊だっていても良いという人間もおるが、魔法使いとして奇跡的な現象を見ているからこそ、それでも触れ得ぬ世界があると感じられる。人間の死とはその一つなんじゃろう」
「ならどうして、死んだヨアンフの自宅に、ヨアンフの怨霊が出るなんて噂を信じるんです? もしかして、その怨霊の正体が、魔法的な何かだと思っているとか?」
ヨアンフの死亡報告が大学に持ち込まれると、死んだはずのヨアンフの家に、ヨアンフが再び現れたという噂も同じく届けられた。
生死確認の不備なのではと疑われたそうだが、ヨアンフの死体自体は確認されている。保存状態も良く、人違いの可能性は低いそうだが。
「魔法的な、か。大凡その通りじゃと思っとるよ。先ほど霊魂について信じるからどうか話だが、死んだ相手には一生会えないから死と呼ぶといったのう? ならば、生きている相手ならどうじゃ?」
「生きている相手なら、会えるのは当然じゃないですか」
何を当たり前のことを言っているのだろう。死んでいない以上、互いに会おうと行動すればいつでも会える。それが生きているということである。
「そう、出会って当然じゃな。そして死んだと思われていたはずの人間が実は生きていて、それを偶然見かけた者はどう思うかな? 幽霊や怨霊を見たなどと騒ぐのではないかね?」
「ちょ、ちょっと待ってください。魔法使いヨアンフの死体は確かに見つかっているんですよね」
師の言わんとしていることに気付き、それが矛盾する話だとクルトは尋ねる。
「死体はまあ、恐らくはヨアンフの者だろう。確認者が余程早とちりでなければの」
「なら―――」
「ヨアンフは生について研究していた」
「え?」
師の言葉に戸惑うクルト。
「未だ探究すらできぬ死ではなく、今確かに存在している命について、魔法使いとして研究を続けていたらしいのう。ヨアンフの死生観も我々と同じ、死んでしまえば何もかもお仕舞いだと考えておったみたいじゃ。だから死を遠ざけようとした。我々が生きている以上、命という物が確かにあるのだから、それを延命もしくは増加させることができるのではないか。とな」
なんとも突拍子のない研究だと思う。突き詰めて辿り着くのは不死や不老の類だろう。
「できる物なんですか? 魔法とは言え、そんなこと」
魔法は万能の力ではない。奇跡の様な現象を起こすが、できることとできないことが有るのだ。
「考え方によるのう。例えば出血が続く傷口に、止血治療を施すことは延命と呼べるじゃろ? 命や生命だのと聞けば神秘的に思えるが、その程度の物だとも言える」
状況にもよるが、医者は人の生命を長引かせることはできる。ならば魔法使いでもそれは可能かもしれない。
「ヨアンフの研究は医療に関するものだったんですか?」
「元々はの。魔法大学に発表された研究内容も殆どが医療関係の物じゃ。例えば傷口付近の新陳代謝を活発化させて傷口を塞ぐものであったり、単純に元の状態に戻す魔法などもあった」
「人の治療ができる魔法っていうのは結構ある物なんですか?」
需要はありそうだが、クルトは見たことがない。
「ヨアンフの研究以前にも以後にも、人体治療の魔法を研究する物は多いの。単純な興味から、医療行為の向上を目的としたものまで様々じゃが、共通しているのは魔法としての難易度がどれも高いと言った点じゃ。理論自体は確立されておるが、実用に耐えん魔法ばかりでな。魔法を使う手間よりも、医者に掛かった方が早いし確実だというのが現状じゃな」
小さな傷口なら放って置けば自然と塞がる物だが、それを魔法で行おうとしても、自然治癒と同じ速度でしか効果が無いらしい。
「それって本当に効果があるのか怪しいですね。ヨアンフの研究資料を手に入れられたとして、大学の利益ってあるんでしょうか?」
魔法大学が大学外の魔法使いから研究資料を集めるのは、大学内に存在しない資料を集めるためだが、魔法の発展に少なからず関わる物でなければ意味がない。
「ヨアンフが調べておった人体治療に関する研究資料は、有益にしろ無益にしろ生前から大学で送られてきておる。つまりわざわざこちらから足を運ぶ必要はないわけじゃな。しかし問題はヨアンフがしていたかもしれないそれ以外の研究じゃ」
「ヨアンフは治療魔法以外にも何かの研究を?」
「さっきも言ったじゃろう? ヨアンフが本質的に研究しておったのは治療魔法ではなく、生という物に対する研究じゃ。ヨアンフは治療魔法の研究を進める内、人体の限界に苦悩するようになったのだと思う。彼が大学に送った最後の研究じゃが、どうしても効果の薄い治療魔法に関するヨアンフの意見として、物質に囚われた肉体では、精神に起因する魔法が十全に発揮されないのではと記されておった」
肉体的な延命に関して限界を感じていたということだろうか? 本来研究していた治療魔法の限界を知ったヨアンフは、もしかしたら別の研究を始めたかもしれない。それが、現在カンガスで起こっている事件とも関わるのではないかと、師は考えているのだろうか。
「ともあれ、実際にこの目で見てみんとなんとも言えんのう。そろそろ船が対岸に着く頃じゃ。詳しい話や相談は、一旦切り上げよう」
渡し船が岸に設置されている停留所に隣接する。カンガスまで、これからは少し足を動かす必要があるだろう。師の言う通り、頭を使いそうな話はカンガスに着いてからでも遅くはない。
夜の闇は怖い物である。それが町の外であるのなら尚更だ。渡し船を降り、急いでカンガスに向かうクルト達だが、町へ到着する前に日が暮れてしまった。
「恐らく、このまま道通りに進めばカンガスに着くんじゃろうが、些か心配じゃのう」
「ですね。動物って、夜に行動する奴の方が凶暴ですから、火は絶やさない様にしたいですけど……」
クルトは愛用の杖の先から火の魔法を放っている。単純に光源として利用するのであれば、杖の先端にある光を放つ石に魔力を送れば良いのだが、動物避けの意味合いもあるため、火の魔法を使っている。
「計画が甘かったかのう。距離的にはそれ程時間が掛る訳でもなさそうなんじゃが……」
地図を見返すオーゼ。確かに地図上では渡し船を降りた場所から、カンガスまではそれ程離れていない。そこからさらに歩いている以上、カンガスはもうすぐそこのはずだ。
「単純に時間を見誤ったってことかもしれませんね。出発が遅かったのかも」
大学外に出る時は、出来る限り早めに行動しているが、今回は渡し船の都合もあり、ここに至るまで時間を余計に掛けてしまったのかもしれない。
「カンガスに近いことは確かじゃろうし、もしかしたら道中に小屋なんぞも見つけられるかもしれん。そうなったら、恥も外聞も捨てて、泊めてくださいと頭を下げよう」
とにかく進む足は止めないことにした。両者とも、野宿はごめんという考えは共通していた。
そんな考えで先を進んでいたからだろうか、カンガスの町より先に、村はずれの家と言った風格を持つ屋敷を見つけてしまった。
「どうします? 多分、こういう建物があるってことは、町から結構近いと思うんですけど……」
屋敷は恐らく家主がいないことが分かる。何故なら、見ただけであちこち建物としてのガタがきている。穴が開いて、屋敷内部が見える場所まであった。
「もしかしたら、町まではまだ距離があるかもしれん。そして、この屋敷が無人の廃墟であるならば、一泊したところで文句をいう者もおらんじゃろう」
師はどうやらこの屋敷に泊まる気でいる様だ。
「あー、でも、なんだか、かなりボロボロでちょっと一夜を過ごすのに適していないかもですけれど……」
クルトとしては、近くに町があることに賭けて、そちらに向かいたい気分だった。
「なんじゃ、幽霊なんぞ信じんなどと言っとった癖に、怖いのか?」
「暗闇と廃墟の合わせ技というのは、幽霊がいなくても怖いものなんですよ! これは本能的なものですから直せませんって……」
前に森の中にある、魔法使いの研究屋敷跡近くで一夜を過ごしたことがあるが、屋敷には入らず外で野宿をした。廃墟で一泊するというのは、クルトにとってそれくらい抵抗があった。
「しかしまあ、見つけてしまったからのう。一応、少しお邪魔するくらいなら構わんだろう? どうせ夜明けまで時間がある。ここで寄り道したところで、夜であることに変わりあるまい?」
良く分からぬ理屈で廃墟に入ることになったクルト。ただ、この展開は薄々感づいてはいた。なにせ、今は教師と生徒の一対一。相互の意見が合わなかった場合、教師側の意見が優先されるに決まっているのだ。
「見るだけですよ? 寝泊まりするつもりなら、僕だけでも外で寝ますから」
このボロボロの屋敷、見ているだけで不気味ったらありゃしない。
「良い良い。それよりはまず廃墟探索じゃのう。こういう場所を探索する時、少しわくわくするのは職業病なのかもしれんな」
その点だけは理解できなくも無かった。というより、師のそんな方針に共感したからこそ、今の教室にいるのだから。
「でも、何もない方が良い時もありますよ? 何かあるってことは、間違いなく厄介事があるんですから」
勿論、何もないなんてことは無かった。何故ならここは、彼らが目的地とする、魔法使いヨアンフの研究屋敷だったのだから。




