魔法使いの騒ぎ方(4)
「なるほど、シーリア君という生徒とヘックス教師の間で起こっている確執について、君はシーリア君を教室から移動させた方が良いと考える訳だね」
生徒組合内で具体策を考えてみるからと、シーリアを一度帰したクルトは、とりあえず生徒組合長へ相談することにした。
まだまだ組合内には人が多く、その合間を縫っての相談である。さすがに組合窓口で話す内容でも無いので、宿舎奥で提出書類の整理仕事をしながらだった。
「本人が望む状況じゃあ無いのは確かですからね。一番の解決法はそれだと思うんですけど……」
ただし思っているだけであり、できるなら穏便に事を運びたい気もする。
「しかし、まあ聞いた限りだと、クルト君は随分と誘導尋問に近い形で悩みを聞き出した様だね」
「ええ、彼女、見る限りに控えめじゃないですか。こっちから聞き出さないと、相談内容を聞き出すこと自体が無理そうでしたので」
もしクルトが積極的に質問しなければ、シーリアはあやふやな相談しかしてこなかっただろう。
「そういう方法は控えめにしておいた方が良いぞ、クルト君。人の考えなんて、本人でもどうにかできん物なんだ。本人が本心を話したつもりでも、実はまったく違うことで悩んでいる可能性だってある」
あまり相手のことが分かったつもりでいれば、痛い目に遭うということか。肝に銘じておくべきだろう。
「シーリアの件もそうだってことですか?」
「いや、今回に限って言えば、君の推察通りだろう。シーリア君という生徒とヘックス教師。その性格からして、相性が良いとは思えんからな」
「あれ? ヴェイクさんはシーリアについて何か知っているんですか?」
ヴェイクの口調からだと、当事者の性格をある程度知っている様に思える。
「シーリア君に関しては、君から聞いた程度のことしか知らんよ。才能があり努力家である、だったか。良く知っているのはヘックス教師の方だ」
感慨深そうな様子で語るヴェイク。ヴェイク生徒組合長とヘックス教師の間で何があったのだろう。
「お知り合いが何かで?」
「知り合いも何も、同期生だよ、私とヘックスはな。あちらが才能溢れる側だったのに対して、私は平凡極まりない魔法使いだったがね」
そして友人でもあると語るヴェイク。クルトは驚いていた。ヴェイクとヘックスが友人であるという事実にでは無く、その二人が同年代だということに。どう見ても、ヴェイクの方が、一回り年齢が高い気がする。
「なんだ、大学の天才教師と未だ生徒をしている私が友人だというのはそんなに意外か?」
どうやら考えていることが表情に出ていたらしい。その内容までは伝わっていない様なので安心したが。
「いやあ、確かに同年代に見ようとすれば見れなくもないですね。うん、不自然じゃあない」
「ふん? まあとにかく、私はあのヘックスという男を良く知っている。その私から言わせて貰えればだね、彼は優等生を育てることに向いていない」
「そうなんですか? でも、現に多くの成績優秀者があのクラスに居ますし、結果も出してますよ?」
ヘックス教師が優等生を育てることに不適合なのだとすれば、その結果はいったい何なのだ。
「自分で努力を惜しまず、才能にも溢れる人間。そういう人種を集めていれば、放って置いたところで結果は出すさ。ヘックス教師は人を見る目は確かなのだよ。ただ、その後のやり方がいかん」
「教育方針がってことですよね。僕は他の教室なんで良く知らないんですが、なんだか無理がある教え方をしてると?」
一度だけ、入学の際に授業を受けたことはあるが、それほどおかしな授業では無かったと思う。
「才能溢れる者に対して、何かと指図をしたがるのだ。ほら、今のシーリア君の様に」
ああ、未完の大器を育てたがる性質があるのか。
「それで指図相手はそれを不満に思う。確かに向いてないですね」
「才能の無い生徒なら、むしろそれは有効な策なのだが、放って置いても成長してくれる生徒であれば、必要最低限の監督で済む。それ以上は過剰という物だ」
ヘックス教師の適正とは、落ちこぼれの生徒を育てることに向いていると語るヴェイク。しかし魔法の才能を見抜く観察眼がそれを邪魔して、才能を持った生徒ばかりを構いたがることになるのだろう。
「本人自身が実力主義者である点も、生徒の育成方針に関わっているのだろうが、才能を持った者ばかりを育てて、他の大多数にあたる凡人への教育を怠るのは、教師としての怠慢だよ」
どうにもヴェイクはヘックス教師に対して辛辣である。何か含む思いがあるのだろうか。
「ヘックス教師とシーリアの相性が悪いのは分かりましたけど、結局、どうやってその状況を解決するかですよ。やっぱり、教室を移動させるしかないんじゃあ……」
「入学一年での教室移動はあまりお勧めしないがなあ。どんな事情があれ、他の教室からは良くみられんから」
堪え性が無い生徒だと見られがちなのだろう。
「多少の不満を抱えたままでも、何年かは所属して置いた方が良いってことですかね。シーリアには何というべきか……」
一度解決する策があると伝えた手前、どうにも極まりが悪い。
「そもそも、教室の移動に関して、クルト君はどうするつもりだったのだね。そのまま教師に、生徒が不満を持っているから移動させろと伝える訳にもいくまい?」
「ああ、それに関してはちょっと考えがありまして」
一応、シーリアに話すつもりだった、シーリアの教室移動を上手く運ぶ方法をヴェイクにも伝える。
「おお、悪く無い手じゃないか」
「でも、そもそも教室を移動すること自体が悪印象を生むのなら、ちょっと意味の無い方法ですよね」
「そうでもないさ。今回の問題は、ヘックス教師が生徒へ過剰支援をしている点だ。つまりヘックス教師自身がシーリア君を優遇しなくなれば、それで解決するはずだろう」
それができれば苦労はしない。
「何か、他にやり方が?」
「うむ。ヘックス教師に関しては私がなんとかしよう。クルト君はシーリア君の方をなんとかしてくれ。具体的な対策だがな………」
ヴェイクが問題解決の方法を語りだす。話自体は手短に終わり、直ぐに生徒組合の仕事へと戻ることになった。
ヘックス教室に関しては、明日から行動することになるだろう。今日の仕事さえ凌げば、ある程度、自由に動く暇が出来るだろうから。
学園祭まで残り2日。どの教室も、そろそろ準備段階は過ぎた頃合いのはずだ。今更生徒組合にどうこうして欲しいと要望を出してくる者は少ない。
「それでもたまに来たりしますよねー。こっちだってもうできることが少ないんですがー」
今日、生徒組合に来る生徒を応対するのはルーナだ。ヴェイクは既にヘックス教師と、昨日話したシーリアの件について話に出かけているし、クルトもこれからシーリアへ会いに行かなければならない。
「そういう数少ない生徒対応に関しては頼みます。いつものことなんで大丈夫だと思いますが」
「良いですけどねー。なんだかわたしだけ蚊帳の外みたいで寂しい気もしまーす」
そう言われても、仕事の分担なのだから仕方ない。
「とにかく、なんとか今日中に話をつけてきますんで、本当に生徒組合内のことは頼みますよ」
言い残して組合宿舎を出た。外は昨日積もった雪がまだ残っているが、人が歩く道や、学園祭用の建屋などにはもう積もっていない。
「雪に関してはどうなるかと思ったけど、一日でどうとでもなるもんだね」
実際、このまま天候が安定し、他に問題さえ起きなければ、学園祭を開くことは可能だろう。
「まあ、これだけ人がいるんだから問題が起きない訳も無いんだろうけど……」
ただ、そのすべてを生徒組合がなんとかしなければならない訳でもない。各教室や大学側で、なんとかできる問題が殆どだろう。
「僕らは僕らの仕事をっと」
今ある問題はシーリアの関してだ。彼女はその才能から、今回の学園祭で、主役になる可能性があった。
事実、彼女が所属するヘックス教室は大学の中心に発表場所を陣取っている。
「それをどうにかしようっていうんだから、僕も案外大胆だよね」
これはあくまでも仕事だからできることだろう。そうでなければ、面倒で厄介なことをしようとは思わない。
「友情のためとかが出てこないのが僕らしいといえばそうかな。そもそもシーリアについては、良く知らないんだよなあ」
考えてみれば、これまでで2、3回話した程度の仲なのだ。これで、彼女の進退まで考えていたのだから笑える話である。
「ヴェイクさんに注意されるのも当たり前か。そうだね、相手のことを何もかも理解して接するんじゃなく、常にその場その場の状況を見て考慮することを、肝に銘じて置こう」
歩きながらブツブツとこんな独り言を喋るクルトは、さぞかし気味悪く見えることだろう。しかし幸いなことに、クルトが目的地に着くまで、クルトの独り言を聞いた者はいなかった。
着いた場所はヘックス教室が学園祭の準備をしている場所。大学の中心地だ。
「うわ、こりゃまた酷い」
どこの教室よりも大きな会場を造っていたためか、積雪による被害も大きかったらしく、先日シーリアが研究発表の練習をしていた建屋は、あきらかに歪み傾いていた。
その傾きを直すための人員もかなり動いている。その内の何人かは自分の準備を放って置いたまま、建屋の修復を行っているのだろう。
そんな状況を不安気に見つめる少女が一人。シーリアだった。
「そんなに心配なら、シーリアも手伝えば良いのに」
シーリアに背後から近づいたクルトは、そんな言葉を後ろから投げ掛けた。
ビクリと肩を動かして、シーリアが振り向く。驚いた表情から、クルトの顔を見て、少し安堵した表情を浮かべたが、そこからさらに怒った顔になる。
「もう、後ろから突然声を掛けるなんて、少し悪趣味よ?」
確かにその通りだが、これは彼女の反応を見るためだった。彼女の考えを分かった上での会話は戒めることにしたため、彼女の反応を逐一観察して話すことにしたのだ。
彼女の反応。後ろから声掛けられたから驚いたのか、呼びかけの内容に驚いたのかはまだ分からない。これからは察することができる様にならなければ。
「ごめんごめん。なんだか寂しそうにしてたから何となくさ」
当たり障りのない言葉で誤魔化しておく。君がどんなリアクションをするか見たくてなどと答えるのは、とんだ変態である。
「そんな風に見えたのかしら? でも、確かにその通りかも……。今してくれている、会場の修理も、手を貸さなくて良いといわれて……」
それは何とも嫌な話である。祭り事の楽しみの大半はその準備にあるというのに、それに参加できないとは。しかも自分絡みの仕事であり、なのに手を出すなと言われれば、罪悪感しか覚えないだろう。
「それって、やっぱりヘックス教師が?」
「ええ。君は魔法研究のみに集中してくれって」
生徒贔屓も大概にして欲しいところである。贔屓される生徒が迷惑に思っているのなら尚更。
「とりあえず、シーリアの悩みを解決する方法として、教室を移動するって方法があるよ」
このまま世間話を続けるのも何なので、本題へ入ることにした。
「教室を、移動? そんなことをして、大丈夫なのかしら……」
ここで真っ先に否定の言葉が出ない辺り、特段、反対意見がある訳でも無いらしい。
「大丈夫ではないね。組合内でも入学して一年程の生徒が、教室を移動するのは良く見られないって話が出てた」
「そう。じゃあ、やっぱりこのまま学園祭の準備を進めるしかないわね」
諦めたといった様子でシーリアは話す。しかしこっちとしては、まだ話は始まったばかりなのだ。
「話が早いよ。そりゃあ、どうしても移動したければ僕らも何とかするけれど、先に試して置くやり方があるんだ」
「やり方?」
興味を持ってくれた様だ。なら話を進めるのみだろう。
「ヘックス教師の君への対応に不満があるのなら、ヘックス教師自身の態度が変われば良いんだ。これまでみたいに過干渉じゃなく、他の生徒と同等に扱う形にね」
「それができれば苦労はないと思うのだけれど……」
まったくだ。人一人の考え方を変えるのはかなり難しい行為である。相手が才能あふれる教師であるなら尚更だ。むしろ教師移動の方が、シーリアの意図だけで実行できる分、容易である。
「ヘックス教師の説得に関しては、うちの組合長が何とかしてくれるらしい。問題は、シーリアが今の教え方は嫌だと態度で示すこと」
なんにせよ、現状に不満があることを伝えなければ状況は変わらない。問題は、伝えたところで変わるかどうか分からない点だが。
「そういう意思表示って、直接伝えても良いものなのかしら。相手を不快にさせる可能性は?」
間違いなく不快になる。お前の教え方は間違っていると言われて、ご機嫌になる者がいるのなら、それは単なるマゾだ。
「とりあえず、直接伝えるのはお互いの心臓に悪いから置いておこう。僕らが考えるのは、間接的に伝える方法。そちらの方は、この学園祭が都合の良いイベントになると思う」
「学園祭が? いったいどうすれば良いのかしら」
シーリアはもう既に、自分の不満をぶつけるつもりでいる様だ。彼女の悩みは、結構根の深い物だったのかもしれない。
「その前に一つ確認しておきたいんだけど、シーリアさ、もしかしなくても、自分独自で学園祭用の魔法研究をしてたりしない?」
「どうして知っているの? 確かに先生に指示されるまでは、勝手に学園祭の準備を進めていたけれど」
恐らくは今も続けているだろう。でなければ、教師から研究発表の方針を決められたことに反発するはずがない。
「ちょっとした予想だね。その研究。これから役に立ってもらうから、しっかり準備をしていて欲しい」
開幕は学園祭本番。クルトの考えで、シーリアの意思がヘックス教師に伝われば良いのだが。
ヴェイク・マハシ・ワングは懐かしの学び舎を歩く。久しぶりといっても、来てから数日が経っており、そろそろ故郷への郷愁の念が勝り始めている頃だ。
「若いころは故郷への愛情なぞ感じたことも無かったが、年を経るにつれ、それらが強くなるのはどうしてだろうな?」
「私はその様な感情、今でも抱いたことはないな」
隣で並び歩く男がヴェイクに言葉を返してくる。生徒達からはヘックス教師と呼ばれる男だ。若くして魔法大学教師となった彼を、神秘的な雰囲気を纏った魔法使いとして見る者も多いが、ヴェイクからしてみれば、単に陰気なだけである。
「世間話をしたいのなら後にしてくれ、私は忙しい」
そうだろうとも。この男はいつも忙しい。それは若いころからまったく変わらない。そもそもこのヘックスという男が、外見以外で変化を見せたことがあっただろうかとヴェイクは疑問を覚えた。
「まあ、そういうな。こうやって歩きながら話すことは、さっき了承してくれただろうに。それに、今のお前に関係のない話でもない」
「ならさっさと話せ。単刀直入にな」
歩く足を止めたヘックスは、ヴェイクを真正面に捉える様に振り向く。その姿を見て、ヴェイクは溜め息を吐いた。
本当に変わらない。世の中は理屈だけで押し通れる物だと考える姿は、昔のままだ。
「まあ、その、なんだ。お前の生徒のことだよ」
学舎の窓と窓の間にある壁まで歩き、背を預けるヴェイク。すぐ近くにある窓でも良いかと思えたが、割れることを気にするくらいには、自分の体重事情を理解している。
「生徒がどうかしたのか。一応言っておくが、私の生徒に問題児はいないぞ」
この言い方を聞けば、この男が生徒への愛情は多分に持っていることは分かる。ただ自分自身の行動を疑わないだけだ。
「お前の教育に不満を持っている生徒が一人いる。誰であるかはまだ言えんが……」
「ふむ。それを私に伝えに来たという事は、お前、まだ生徒組合の長なんぞをしていたのか」
「ああ、まだ後釜が見つからんからなあ」
頬を掻いて話すヴェイク。実際、気恥ずかしい話だ。この齢でまだ大学生徒なのは。
「ならば一教師として伝えよう。私の教えが合わないと思うのなら、教室を出れば良い。止めはしないし、手前勝手に誹謗中傷を垂れ流すこともしない」
これだ。この男、授業に着いてこれぬ生徒や、不満を持つ生徒を良く教室から追い出すことが多く、非常に厳しい教師だと見られている。
しかし、本人にとってはそうでもないらしく、単に教室に合わなくなった生徒を、“親切心で”別の教室に移動させているそうだ。
「お前が良くても、周囲がそう思わんだろうに。どうにかして教え方を変えることはできんのか? そこに了承してくれるのなら、誰がお前に不満を持っているか、教えても構わんが」
「私は各生徒への教育方針を変えるつもりはないし、周囲からの誹謗中傷は私が関知するところでもない」
きっぱりと言い放つ。頭の固い陰険野郎め。
「あくまで、お前の態度は絶対に変わらんという訳だな?」
「もちろんだ。教師が教えを変えれば、困るのは他の生徒だ。一人の生徒が私の考えを許容できんと考えるのであれば、教師を変えた方が得策だろう」
少しくらいなら手心を加えるのも教師の役目だろうに。それができないのなら、教師として未熟ということではないか。
しかし、そう直接話したところで、態度を変える相手でもあるまい。何か良い手はないものか。
「そういえば、昔、お前に貸しがあったはずだな。しかも、お前自身がこの借りは必ず返すと言ってきた貸しが」
ずっと忘れていたことだったが、つい最近思い出した。ヴェイクは昔、このヘックスという男に恩を売ったことがある。
「おい、まさか、それをここで返せというつもりじゃあないだろうな」
「だとしたらどうする?」
「……いや、やはり駄目だ。昔の貸し借りで教師としての有り方を変えることはできん」
少し考えたな? つまりは脈があるということだ。突破口はそこにある。
「ならこういうのはどうだ? 学園祭本番、お前の生徒の内一人が、明確にお前の教育方針にそぐわぬ研究発表をする。そのことについて、お前は学園祭中、叱らず、止めず、ただ黙っておく。それだけで良い」
「あくまで学園祭中だな? 学園祭が終われば、そのことについて問いただしても、生徒組合は口を出してこないと?」
「ああ、それで結構だ。答えた以上、了解と受け取って良いのかな?」
しつこい口振りだが、確認は大切である。これで後からあの話は無しだといわれれば、色々と台無しになるだろう。
「貸し借りは帳消しだ。古い話をもう持ち出すなよ」
「まったくだな。昔話なんて、他人事だから面白いんだ」
その後、二、三言葉を交わして、ヘックスとは別れることになった。種は蒔いたはずである、それが芽を出すのは学園祭本番だろう。
学園祭前日。この時期になるとさすがに生徒組合宿舎へ顔を出す生徒はいない。それは生徒組合事務員も同様であった。今ここにいるのは何時も通りルーナ一人。
「組合長もクルトくんも、昨日から外での仕事ばっかりですねー。なんだかんだで、二人とも学園祭を楽しんでいるってことでしょうかー」
そのことで寂しくなるのはルーナだった。彼女は特定の教室に属してはおらず、また、人に発表できるような魔法研究も行っていない。
ここ最近は、組合の仕事で学園祭に関わっていたが、それも無くなった。彼女とっての学園祭というイベントは、今日で殆ど終了したといっても良い。
「立場的には他の二人もそうなんでしょうけどー、当日もなんだか忙しいみたいですしー。暇ですねー。何かあれば良いんですけどー」
何らかの事件を期待するのは、生徒組合事務員としてはどうかとは思うのだが、それでも今の寂しさよりはマシかもしれぬと考えるルーナ。そしてそういう別に叶わなくても良い願いばかりが実現するのは、世の常といったところであった。
「ルーナさん、居ますか?」
宿舎の扉が開き、クルトが顔を出した。なにやら急いでいる風である。きっと、自分に頼みごとをしてくるのだろう。
「いますよー。なんでしょうかねー」
サプライズは本来不歓迎のはずだが、それでも楽しみにしてしまう自分がいる。もし起こった事件が学園祭本番まで続く物であれば、きっと、学園祭に参加できたという実感が湧くだろうから。
学園祭を明日へ控えた時期になると、もう既に準備の段階でなく、本番と同等の予行演習があちこちで行われている。
明日になれば外からの人で大学内が賑やかになるのだろうが、現在は当然そうでない。一方で大学内の魔法研究発表は練習目的で既にあちこちで行われており、そこを歩くクルトにとっては少し独特の印象を感じる。
「呼び出しておいて何ですけど、時間は空いてましたか?」
目的地へと向かう途中。生徒組合宿舎から同行しているルーナに、クルトは話し掛けた。
「もう暇で暇で仕様が無かったですよー。クルトくんがわたしに頼るなんて、いったい何があったんでしょうかねー」
仕事の用で呼んだというのに、どうして嬉しそうなのだろうか。理解に苦しむが、乗り気であるのならば好都合である。
「ちょっと学園祭の準備を手伝って欲しいんですよ。もう全然時間が足りなくて、突貫工事みたいになっちゃってて」
「学園祭の準備ですかー? クルトくんは別に研究発表をする予定はないんですよねー」
「うん。だから準備は他の人の手伝い。具体的にいうと相談に来ているシーリアの手伝い」
「シーリアさんは、ヘックス教室から支援を受けてるんですよねー? どうしてわざわざ生徒組合で手伝いなんかをー?」
疑問に思うのはもっともだ。特に途中経過を知らないルーナにはさっぱりだろう。
「ちょっとヘックス教室から直接助けを得られない状況になっちゃってね。その尻拭いというか、交渉の前段階づくりというか」
一から説明するのは少々面倒かもしれない。その時間があればすぐにでも準備に取り掛かりたいところだ。
「急ぐみたいですから深くは聞きませんけどー。後でちゃんと説明してくださいねー」
勿論、事が終われば生徒組合が関わった一件として、報告書の一つでも書かなければならないだろう。そうなれば、ルーナにも適切に説明できるはずだ。
「善処するよ。多分、ルーナさんが手伝ってくれるなら上手くいくと思うから」
目指すは明日の学園祭。十分な結果を出せれば良いが……。




