表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法使いの歩き方  作者: きーち
魔法使いの騒ぎ方
21/94

魔法使いの騒ぎ方(3)

 どれだけ準備をしようとも、どれほど天に祈っても、災難というのは何時だってやってくる。例えば昨日までゆるやかに降り続いていた雪が、今日になってとうとう吹雪いてきた時など、少々、神様を恨みたくなる物だ。

「凄い勢いですね。明日になったら、かなり積雪してるんじゃないですか?」

 相も変わらず生徒組合宿舎。雪と共に激しく舞う風が、古びた窓を叩く。音を聞きながら、クルトが話しかける相手も変わらずルーナとヴェイクだ。

「今日一杯は振り続けて、明日には晴れるといった様子だろうな。組合への相談者がまた増えそうで、頭の痛い話だよ」

「でも、今日は逆にだーれもきませんねー」

 暢気そうにルーナは答える。

 こんな天気でも仕事があるかもしれないと、生徒組合に顔を出したクルト。大学へ来てからは宿舎に寝泊まりしているヴェイク。生徒組合宿舎以外にいる所をあまり見ないルーナと、組合で仕事をする人間すべてが揃っているのであるが、この吹雪の中で生徒組合へ顔を出す相談者などいなかった。

「今日の分が明日に来るって事ですね。ああ、鬱になりそうだ」

 将来、忙しくなる事が確定している状態の暇という物は、刑の執行を待っている気分になってくる。

「なんなら昨日話していた、生徒と教師の間で問題が発生した場合の対処方法について。二、三例を挙げて説明しようかね?」

 暇を持て余していたクルトに、ヴェイクが提案する。

「そうですね。聞いていて損になる事はないでしょうし」

「結構大変なんですよー。教師側と生徒側。どちらの立場も悪くならない様にしなければなりませんしー」

 実際相談に乗ったことがあるのだろうルーナは、難しい表情でこちらを見る。確かに人間関係をどうにかしようというのは、ひたすらに難しい話である。

「生徒側の立場を悪くしない様にってのは分かるけど、教師側のことも考えなきゃならないの?」

 生徒組合は生徒のための組織であって、教師に対しては別に特別な支援を行ってはいない。学園祭の予算配分でも、教師側がどれだけ正当な理由で予算要求をしてきたところで、生徒では無いからとすべて断っている。

「例えば今の教師に不満を持っている生徒がいて、別の教室に移動したいとなった場合、移動先の教室に生徒を紹介するのは我々だ。移動先の教師が生徒組合に悪い印象を持っていたら、その時点でこの話はおじゃんになる」

 人間関係を上手く成立させるためには、間を取り持つ生徒組合に明確な敵がいないことが条件なのだろう。

「難しいですねえ。例えばその移動を希望している生徒の教師が、生徒が教室から出る事に不満を持っていたら、どうやったところで誰かの恨みを買うじゃないですか」

 生徒側の要望を聞けば、教師が生徒組合に恨みを持つし、教師側に従えば、生徒は不満を持ったまま教室に居続けることになる。

「うむ。実際にあったこととして、こういう話がある。教師をA、その教師に不満を持つ生徒をBとすると、AとBは自分達がする研究内容に齟齬が生じた。AはBの研究が間違っているからと、Bの研究を制止しようとするが、Bはそんな教師Aに不満を持ち、自由に研究ができる様、教室を出るための交渉をしてくれと、生徒組合に頼んできた」

「普通は、教師にBが教室を出たがっているから出してやって欲しいと、生徒組合が頼みますね」

 問題は問題だが、ありがちな相談内容であり、それほど特別な問題には思えない。

「しかし教師Aは交渉に来た生徒組合にこういう訳だ。Bは教室が秘匿している研究内容を幾つか習得している。もしBが教室を出て行くことになれば、それらの秘密が外部に漏れ、教室の利益が大きく損なわれることになる。了承できん。とな」

 つまりBがどの様な行動をとった所で、教師側は自分の利益を損なわれるという危険があり、一方で何もせずにいればBは自由に研究を続けられない状況が続く訳だ。

「にっちもさっちも行きませんね。その時、生徒組合はどんな対応を?」

「まずAとBが行っていた研究内容を、不都合が無い程度に教えて貰った。一体何が問題の原因となっているか、生徒組合側で把握する必要があったからな」

 事態の調整役として、状況の理解は必要不可欠なのだろう。

「結果、AとBの反目はもう決定的な物だと判断できた。詳しい研究内容を話すと長くなるから例えるが、鳥の羽を研究している者達が、あれは空を飛ぶものだ、いや、自分を飾り付けるものだと言い合っている様な状況だ。どちらも正しくはあるが、着眼点が大きく違う。和解させることはまず不可能だと感じた」

「なんだか、状況がさらに悪くなっている気がしますねー」

 ルーナの言う通り、まったく解決策が見当たらない。恐らくはヴェイクの体験談だろうから、本人が何らかの対処をしたのだろうが。

「そこで私が目を付けたのは、生徒Bの状況だな」

「状況?」

「その生徒は、学生歴がもう随分と長くてな。そろそろ魔法使いとして次の段階へ進む時期に来ていた。なので、教師になる事を勧めたのだよ」

 他の教室への移動や、在野の魔法使いなどになれば、元の教室が秘匿している情報が周囲にバレる心配があると言う理由で、教師Aは生徒Bが教室を出る事に反対していたが、生徒が教師になるのなら、何かが違うのだろうか。

「これは魔法大学内の伝統の様な物でな。教室に所属する生徒が教師になると、のれんわけの様なやり方が行われる。元の教室が保有する魔法知識や技術を幾らか伝えて、似た研究をする教室を作り上げる訳だ」

 同じ集団内で派閥を作る事に似ているのだろうか。やっている事は似ていても、考え方が違うから別れると言った風に。

「でも、生徒が急に教師になれるなんてできる物なんですか?」

「もちろんそれなりの年数が必要だが、確固とした経歴があれば話は別だ。生徒Bは優秀でな。研究内容を纏め上げて、しっかりと発表さえできれば、なんらかの成果は残せる相手だった。その成果を喧伝して、教師になるよう推薦すれば、若くして教師になれる可能性は十分あったのだよ」

 そうして上手く事を運べたのだろう。でなければ、生徒組合の対応例として出すはずが無い。

「その生徒さんって、今でも魔法大学の先生なんですかー?」

 ルーナはそちらの方が気になったらしい。確かにこの話が実話で、ヴェイクが解決した問題なのだとすれば、まだ大学に在学していてもおかしくはない。

「教師の方は、当時でもかなりの高齢だったから、今では引退しているが、生徒の方は現役の教師だな。本人の名誉のために、名前は秘密にさせて貰うがね」

 今に繋がる話と分かり、俄然、興味が湧く。話の内容では無く、問題解決方法としてだが。

「他にも、こんな厄介事を解決したとか、上手い遣り方とかはあります?」

「まあ、長く生徒組合の組合長をしているからなあ。いくらでも例がある。そうだな……こんな話なんかはどうだ?」

 吹雪の音を聞きながら、ヴェイクから生徒組合についての講義を受ける。根が真面目なクルトにとっては、中々に得る物が多い授業であった。オーゼ教室の授業も、こうだったら良いと考えるのは、贅沢な悩みなのだろうか?


 ヴェイクの話をすべて聞き終る頃には、既に外は夜になっていた。太陽がずっと隠れていたせいか、昼夜の感覚が薄かったので、いつのまにか随分と時間が経っていたことに驚く。

「そろそろ帰りますね。雪も昼間よりは大分緩やかになってきてるし」

 窓を叩く音もいつのまにかしなくなっている。この調子なら、明日は晴れだろう。

「あ、じゃあわたしも帰りますねー。クルトくんが借りてる部屋って、街のどのあたりなんですかー?」

「南の方にある小さめの宿だよ。入学試験前からずっとそこの一室を借りてる」

「あ、じゃあ途中まで一緒かもしれませんねー。少なくとも、方角は一緒ですしー」

 そう言われても、ルーナの自宅がどこか分からないため返事の仕様がない。

「二人とも、くれぐれも気を付けてな」

 宿舎の出入り口に手を掛けるクルトを見て、ヴェイクが声を掛ける。

「ヴェイクさんは、今日も宿舎で寝泊まりですか?」

「ああ、大学側から、研究発表に関する順位付け資料を貰う予定でな。その後は、どの生徒にどれだけ予算を配分するか考えねばならん」

 もしかしたら徹夜を覚悟するかもと言われれば、少し帰る事を躊躇してしまう。

「大丈夫なんですか? なんだったら、手伝いましょうか」

「大学側から、くれぐれも資料は生徒に見せんように言われている。私も一応は生徒なのだが、学内で勉学などしておらんから、大丈夫だと判断されたのだろう」

 学生が行っている研究内容を、大学側が評価した資料なのだから、直接生徒に見せるのはまずいのだろう。であれば、クルト達が手伝う訳にも行かない。

「だったら、ヴェイクさんの方こそ気を付けてくださいね。無理しない様に」

「うむ。キリの良いところで終わっておくつもりだよ」

 言葉を交わし、今日はひとまず別れることとなった。

 ちなみにルーナが普段泊まっている部屋が、クルトが部屋を借りている宿のすぐ近くだったことを、今日知ることができた。


 翌朝、予想通りの晴れの天気で、太陽の光が眩しい。負けじと降り積もった雪は、クルトの足首が埋まる程だった。

「うわ、あっちもこっちも大変そうだなあ」

 雪が積もるのは地面だけでなく、昨日、布で保護することを怠った建屋の上にも重しとなって、柱を歪ませている。

 幾つかの発表場所は、一から作り直さなければ、とてもではないが魔法実験に耐えられない物となっていた。

「これは、生徒組合への相談者も増えそうだなあ。急がないと」

 雪で足場が悪くなっているので、走るのは難しいが、それでも急ぎ足で生徒組合宿舎へ向かう。

 ここ最近はずっと生徒組合関係の仕事ばかりしている。降り続いていた雪のおかげで、良く大学外へ出かけるオーゼ教師がずっと大学におり、魔法の授業を受けたい気分もあるにはあるが、学園祭中は生徒組合の仕事に専念したいと考えていた。

「ここで魔法の授業をして貰って、他との差を縮めるって手も有りとは思うけど、お祭り騒ぎには参加しときたいんだよね」

 複雑な心境を口に出しながら歩いていると、すぐに生徒組合宿舎に着いた。

「ヴェイクさん、居ますか?」

 宿舎の入口を開いて内部を見渡す。ここで寝泊まりしているヴェイクなら高確率でいるだろう。鍵が開いているのであれば、ほぼ確定だ。

「おお、今日は随分と早いな。そろそろ生徒相談を始めようとしていたから、丁度良くはあるが」

 宿舎の奥からヴェイクがやってくる。普通、生徒組合事務員といっても、大学生徒の一人であり、午前中は授業や魔法研究をしている物だから、クルトが朝から来るのは意外なことなのだ。

「学園祭まではできるだけ早く宿舎に顔を出すつもりです。こっちの仕事だって得る物がまったく無い訳でもないし」

 実際、事務仕事を遣り甲斐のある仕事と感じる部分が、クルトにはあった。

「ルーナ君はまだだがね。大方、この積もった雪に足を止められているのだろうさ」

 ルーナに関しては、昨日、ほぼ同じ地区から大学へ通っていることが分かったので、遅れている理由は通学距離の違いではないだろう。

「そういえば、生徒の魔法研究内容の順位付けみたいな物はできました?」

「ああ、なんとかな。今日からは資料や書類を受け取るだけでなく、直接資材や予算を与える仕事が混じってくる。この雪のせいで余計な仕事も出来ただろう。今日が生徒組合にとっては一番忙し日になりそうだよ」

 ただ今日を越えればなんとかなる。ピークとはそういう物だ。

「それじゃあ始めましょうか。扉、開けたままで良いですよね」

「そうだな。そうしてくれ」

 宿舎の扉を完全に開け放つ。外から冷気が流れ込んでくるが、仕様がない。クルトは窓口に立ち、相談者を待つことにした。


「無理です、無理です、これ以上は無理でーす!」

 生徒組合宿舎内。ルーナの奇声が響く中、クルトとヴェイクは淡々と来客対応を続けて行く。

 例年よりも忙しい状況で、さらに昨日までの雪により、学園祭準備がかなり遅れているらしい。生徒組合に助成を頼む生徒がかなり増えていた。

 ルーナは宿舎へ来た生徒達の列整理に悲鳴を上げている。といっても、既に宿舎内は人でごった返しており、あまり意味のある仕事に思えないクルトだった。

「予算、資材の援助に関しては、もうそれ程多くできそうにありませんね。すみません、こっちも手一杯なんですよ」

 クルトはただただ、目の前のいる生徒の注文に答えるしかない。

「そこをどうにかならないか? 建屋が根元から壊れて、新しい建築資材がないとどうにもできないんだ」

 既に学園祭まで3日を切っている。それでも生徒組合を訪ねる生徒というのは、それだけ切羽詰った状態である。

「なら、こういうのはどうでしょう。隣に位置する教室の生徒も似た様な状況で困っている状況なんですが、共用で使える建屋を作るとか。それでしたらまだなんとか支援できますよ」

 色々考えた上での返答で、なんとかその場をしのぐクルト。限界まで来ているという意味では生徒組合も同様だ。昨夜ヴェイクが作ってくれた生徒の支援順位表のおかげで、明確に支援をする生徒を決めることはできた。

 一方で、それ以外の生徒に対する支援は、予算も時間もカツカツである。それでも生徒組合は生徒を助ける組織である。もうお金が無いからと無下に扱えば、組織の存続に関わる。

「リンナック教室とか? あそことはなあ」

「文句があるのならこの話は無しです。同じ状況でも良いと言ってくれる生徒は他にもいますから」

「ああ、待ってくれ。なら頼む。研究発表ができない状況だけは避けたいんだ」

 かなり強引にでも話を進める。でなければ、続々と集まる生徒を捌くことはできない。

「あ、あのー。クルトくーん。ちょっと良いですかー」

 忙しいというのに、どこからか自分を呼ぶ声がする。少し間を置いて、その声がルーナであることに気付く。普通はすぐに気が付いて当たり前なのだが、仕事疲れで頭が十分に動いてくれていない様だ。

「何? ルーナさんが生徒対応をしてくれるの?」

 何時も聞いているルーナの間延びした声が、何故だか今日は苛ついてしまう。どうにも本当に頭が大変になっている様だ。

「え? いやあ。わたしはちょっとー。って、そうじゃないですよー。クルトくんにお客さんでーす」

 客ならあちらこちらに幾らでもいると言いかけて止める。ルーナが言いたいのは、クルトへの個人的な客が来たということだろう。

「ちょっと待って、今行く。代わりに生徒対応お願いね」

「ええー。なんだか凄く忙しそうでー」

 忙しいから代わって貰うのである。ルーナの文句を無視して、その客らしき相手を探す。そして直ぐに見つかった。

 こんな焦った人物ばかりが集まる場所に相応しくない人物。ヘックス教室のシーリアが、生徒組合に顔を出していた。


「こんなところへ、どうしたの? 多分、生徒組合とは縁が無さそうだと思うんだけど……」

 人が大勢いる場所で話すのも何なので、シーリアを宿舎奥の一室へ案内したクルト。今は部屋の中になる机を挟んで向かい合っている。

「それがその、そうでも無いの。生徒組合に来たのはこれが初めてなのだけど、ここは生徒の相談に乗ってくれるのよね?」

 不安そうな表情で話し掛けてくる。先日会った時は元気だったのだが、短い期間で何があったのだろうか?

「そりゃあ勿論。生徒の相談には何だって乗るよ。内容によっては手数料を貰うかもだけど」

 いくら生徒同士の互助と言っても、やることをやるには資金が必要だ。助け合いにも金は不可欠な代物だった。

「ええっと。そんなに持ち合わせは無いのだけれど……」

「大丈夫、相談だけならタダだよ。内容をよそ様にバラすことも無い」

 そんなことをすれば、生徒組合の信用がガタ落ちしてしまう。個人間の繋がりで出来た組織が信用を失えば、後は悲惨だ。

「なら話すのだけど、昨日の雪で、あちこちの建屋が潰れかけたり被害が出ているのは知っている?」

「そりゃあ、まあ、そのせいでこっちも忙しくなってるからね。今、生徒組合に来ている相談者の半分くらいは雪のせいなんじゃないかな」

 振る雪は綺麗だが、後始末は厄介この上ない。

「なら、私もその内の一人になるかも……」

「雪で発表場所が台無しにされたってこと?」

 確かシーリアの発表場所はかなり大きく作られており、あちこちに魔法陣も描かれていた。

 凝った造りだということだ。その分、何らかの不都合が有れば、その被害も大きくなる。

「雪による会場被害の補填となると、ちょっとこっちでは難しいかな。他にも似たことを要求する生徒が沢山いるし、こっちの資金も厳しい。何よりシーリアはヘックス教室の生徒だからね。大学側からヘックス教室へ随分と支援が来ているはずだから」

 さらに生徒組合がヘックス教室を支援してしまえば、他の生徒から当然文句が出る。彼女の申し出を受けるのは難しいとクルトは考えた。

「ええ、雪で被害が出た会場の再設営に関しては、先生がなんとかしてくれるって言っているの」

「なら問題無いじゃないか。そこまで言ってくれてるのなら、生徒組合なんかに頼る必要ないよ」

「問題は私じゃないの。その周り……。同じ教室の生徒について」

 つまりシーリアの同輩だ。親しい人間も含まれているのだろう。

「何があったの?」

「私が研究発表をする会場の再設営に、他に研究発表をするはずの人達まで駆り出されちゃって……」

 人に迷惑を掛けたから申し訳ないということだろうか。そうでもないかもしれない。

「迷惑を掛けたことへのフォローがしたいっていうのなら手伝うけど、迷惑を被った側が何も言ってこないのなら、余計なお世話じゃないかな」

「そう、なのかしら?」

 本人自身が混乱している様子だ。どうにも言いたいことがあるのに、それをはっきりと言えない。そんな雰囲気がある。

「それでもシーリアが何かしたいのなら、生徒組合の事務員としてだけじゃなく、友人の一人として行動するつもりだけどね。本当に相談したいのは、もっと別のことなんじゃないの?」

 シーリアという女性は見た通り優等生である。才能だけでなく性格の方でも。それは、自分の不満を抑え込みがちな人間だともいえる。

 困っている生徒を助けるのが生徒組合の役目な以上、そんな彼女の言いたいことを、上手く聞き出す必要があった。

「もっと別なこと……。そうね、そうかもしれない。周囲に迷惑を掛けたことは申し訳ないのだけれど、その時感じたのは……」

「なんで自分がそんなにも優遇されるのか。そんな感じじゃない?」

「!! どうして分かったの?」

 その反応は些か鈍感過ぎる。事実、彼女は明らかにヘックス教師に贔屓されているのだ。在学一年目にして、大学の中心で研究発表などと、彼女本人の力では、どれだけ才能があったとしても無理なのである。

「普通に見てればね。そうなんじゃないかくらいは想像できるよ」

 周囲からの期待があったとして、本人がそれを喜ぶかどうか。大半の人間が迷惑に感じる。目立つことは余計な厄介事を呼び込むのが普通であり、結果、教師の期待に対して、生徒が迷惑に思うという構造が出来上がる。

「そうなの……。私、自分の才能とかを実感したことはないのだけれど、人生が上手く行き過ぎているとは感じてるのね」

「良いことじゃないの? 順調じゃない人生よりはさ。まあ、でも、悩みは悩みか……」

 所謂贅沢な悩みである。だからといって、それを一蹴してしまうのは、生徒組合の事務員失格だろう。

「最近まではね、そんな調子でも別に良いかって思ってたの」

「それが今回の件で、他の人に迷惑まで掛けるのはどうかと思い始めた訳だ」

 自身が優遇される余り、他者が蔑ろにされるのは、かなり特殊な悩みなのだろう。少なくとも、クルトには理解できぬ物であった。

 しかし、現在シーリアが悩んでいる事柄に関しては、確かにとある問題があるとクルトは思う。

「人生相談に答えを出せる程、人生経験が豊富じゃないけど、少なくとも学園祭に関わる悩みについては、何がしかの対策は立てれると思うよ」

「本当に!?」

 かなり深刻に考えていたのだろう、大きな声で反応するシーリア。

「あくまで対策だからね。完全な解決法じゃない。そのことだけは肝に銘じておいて聞いて欲しいんだけど……」

 あまり期待されても困る話ではあるのだ。なにせ、一時的に教師と生徒を仲違いさせる可能性があるのだから。

「とりあえず、シーリアの人生が上手く行き過ぎていることに関する不安は、何かの偶然であるとして置いておくとして」

「偶然なのかしら?」

 そう言われてもこちらが困る。自分自身の幸運は、偶然の産物であると考えるのが普通であり、そうでなければ神か悪魔の仕業であって、クルトにどうこうできる問題ではない。

「学園祭の発表については、人に手伝って貰う点が不満なんでしょ? これまでの人生とはあんまり関係ない。それよりちょっと聞きたいのは、研究発表に人の手が加わるのはそんなに不満?」

「不満だとかそういう物ではなくて、その……」

 自分で言い表せない感情なのだろう。口元に手をやって考え込むシーリア。

「他人に研究を手伝って貰うのはそんなに駄目だことじゃあないよ。なんたって僕らは魔法大学一年生なんだ。むしろ、何か知識や技術を提供して貰わなきゃ、碌な発表ができない」

 同級生同士で手を貸し合うのは称賛されるべきやり方でもある。力不足なら手と手を取って力を合わせれば良い。

「でも……。それでも何だか申し訳なくて」

「その申し訳無さの源泉がどこにあるかってこと。他の生徒の研究発表が阻害されてしまう。確かにそれは謝りたくなる状況だね。ただしシーリア本人に原因がある場合は」

「間違いなく私の責任だわ。ヘックス先生が、今回の学園祭で私を中心に置かなければ……」

 口元の手を胸にやって話すシーリア。しかしその言葉は途中で止まる。

「そう、シーリアの悩みの原因。それはヘックス教師が過剰にシーリアを支援すること。この点だけは誰が見ても異常だよ。さっきも言った通り、僕らは経験不足の魔法使い。いくら才能があっても、やり過ぎだ」

 学園祭で一番人気の場所を貸し切るなんておかしいし、会場設営が遅れているから、他の者の研究発表を止めてまで手伝わせるのも問題である。

「シーリアの悩みはね、ヘックス教師が君のために強権を振るっている点にある。まあ、自他共に厳しいヘックス教師のことだから、腹に一物を抱えてる訳でもないんだろうけれど、それならもっと厄介だ」

 腹案があって何かをしているのではないとすれば、それはヘックス教師の教育方針だ。大方、才能のある人間には、それに見合った教育をなどと考えているのだろう。それにシーリアが不満を覚えたとすれば……。

「私が、ヘックス先生に対して悩みを抱えている?」

「複雑に考える問題でもない。誰だっては言い過ぎだけど、多くの人が悩んでいることさ。そして生徒組合じゃあ頻繁に相談される内容でもある。つまりシーリアは、ヘックス教室と自分が合わないと考えているのさ」

 そしてその状況を解決する手っ取り早い方法をクルトは知っていた。シーリアが教室を移動してしまえば良い。

 だが知っていたとしても実行するのはもっと難しい。そのことに関しては、昨日、ヴェイクに聞いたばかりだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ