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魔法使いの歩き方  作者: きーち
魔法使いの騒ぎ方
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魔法使いの騒ぎ方(1)

 彼女は自分の住む街が好きだった。開けて遠くが見える土地は少ないが、立ち並ぶ家々と道路が組み合わさった景色は街ならではの物だ。裏道を通り、ふと見える夕焼けに照らされた石造りの建物を見た時の感動は、街で生まれ育った彼女だから味わえる物だと考えている。

 特に好きだったのは、家の近くから見える、壁とそれに覆われた広い土地。そして建物。大きな門が一つと、一般通行用の扉だけが通り口であるそこが、魔法大学と呼ばれる物だと知ったのは、彼女が丁度10歳になる頃だった。

 何故、そんなにも好きだったのかは覚えていない。ただ惹かれる。ついにはそこの生徒になりたいと駄々をこねるまでになった。

 その姿に呆れ果てた両親は、たった一度だけと言う条件で、入学試験への挑戦を認めてくれた。小さな雑貨屋を営む家だったので、それでも多大な出費だったろう。

 だからその一度のチャンスを逃すことなく、用意周到に、じっくりと彼女は勉強を続けた。結果は見事に合格。それどころか奨学金を国から貰える程の成績を収めたのだ。

 まさにすべてが順風満帆。彼女の前途は良き物となるだろう。ただ、一つだけ不安があった。あまりにも上手く行きすぎている。

 まるで何かに進む道を決められているかの様に。


 冬とは基本的に寒い季節を指す。マジクト国に置いてもそれは同様で、時には降った雪が積もる事もあった。丁度今も部屋の外では雪が降っている。吹雪いてはいないが、それでも止まずに振り続ける天気を見れば、すぐに地面は白一色に染まるだろうと予想ができた。

 生物は寒い場所が苦手なので、こんな天気の日は、部屋や屋内に籠って外出を控えるのが常だろう。魔法使いクルトにとってもそれは同様で、今は教室で勉学に勤しんでいた。珍しい事に、クルトの教師、オーゼの授業を聞きながら。

「であるから、変換された魔力は一見それぞれ別の現象として見られるが、それが元は魔力であった事に変わりは無い。元が魔力である以上、それをさらに変化させて……どうした、クルト」

 窓の外を見ていたからだろう。オーゼが授業を止める。授業を受けているのはクルトだけなので、生徒の気が別の物に移っている事がすぐ分かった様だ。それでもオーゼはクルトを叱りはしない。クルトは基本的に真面目であり、勉学から気を逸らすのは、何か意味があるからだと思っているのである。

「あ、いえ、すみません。何だか外が騒がしかったもので、ちょっと気になりまして」

 教室の外からは、人の声が頻繁に聞こえて来る。大学内にはクルト達以外の人間も大勢居るので、不自然では無いのだが、いつもより騒がしく感じる。声以外に、人の動きに関しても活発になっている気がした。ここ最近、ずっとそうだ。

「何かあったんですかね?」

 クルトにとって、冬とは静かな季節と言う印象がある。農家の出であるクルトは、冬は人の動きが無くなり、皆家に籠る季節だった。今の大学の様に人々が動き出し、騒ぎ出すのは少し変に思えるのだ。

「そう言えばそうだのう。ふん。何か……ああ、そう言えばもうそんな季節か」

 何かを思い出したかの様な言い方をするオーゼ。

「季節って、冬がどうかしましたか?」

「そう冬じゃ。魔法大学の冬はの。ちょっとしたイベントがあるんじゃよ」

 クルトが入学してから初めての冬なので、そのイベントに関しては何も知らない。当然、気にもなる。

「イベントって、何なんですか?」

「……聞きたいかの? 別に、聞いたところで今更何か出来る訳でも無いと思うが……」

 何やら歯切れの悪い言い方だ。こんな喋り方をする時、この師は必ずと言って良い程に、クルトに伝えたく無い事を隠しているのだ。

「季節毎のイベントなんですよね。これからも大学に在学するんですから、知って置いた方が良いと思うんですが」

「そ、その通りじゃな。さて、どう説明すれば良いか。他の教室ではもう準備をしているんじゃろうが、この季節、魔法大学では外部から人を呼び込む事が慣例となっていての」

「へえ、大学の門って、大学関係者が通る時以外は閉じてますから、そう言うのって珍しいですね」

 大学内を大学外部の者が出歩く事も珍しい。魔法使いかその見習いか。そんな人種が殆どであった。

「うむ。魔法大学とは魔法の研究機関じゃから、そこに関係しない者は大学への立ち入りを禁止れておる。しかし、内に籠ってばかりでは、研究した技術を社会に伝える事ができん」

 国が大学を作ったのは、魔法技術の収集と発展を目的としての事だ。当然、新たに獲得した魔法を、国のために役立てる事も視野に入れている。

「魔法知識を、なんとかして外に伝える必要がある訳ですね。ああ、それじゃあ外部から人を呼び込むのはそのため……」

「そうじゃの。知識の提供とは、要するに魔法研究の成果を発表する事じゃ。つまりこの冬に行われるイベントとは、これまでしてきた勉学や研究の総仕上げと言えるんじゃな」

「そりゃあ周りも騒ぎますよね。もしかして、外から魔法使いとしてのスカウトとかがあったり?」

「勿論あるのう。貴族だってやってくるし、その時珍しい魔法を見せれば、貴族付きの魔法使いに誘われたりする。宮廷魔法使いになった者も少なく無い」

 そうなれば、将来も安泰である。社会的に認められた魔法使いと言うのは、多くの金銭を得られる職業の一つだからだ。

「むしろお祭り騒ぎって感じですか? なんだか看板を立てかけている人も居る」

 窓の外では、木の板と大工道具を持ち運ぶ人間まで居た。魔法とは大凡関係の無い代物なので、恐らく自分達が発表する魔法の宣伝か何かを、看板でするつもりなのだろう。

「おお、最近では学園祭などと呼ばれるくらいに賑わうイベントじゃからな。まさに、一年の総決算と言えるんじゃよ」

「その総決算に、この教室では何かするつもりだったりしますか?」

 さて、ここからは少しこの教師を問い詰める必要がある。

「そ、それがその、ついさっきまで忘れておっての」

「そうですよね、そんな感じがしてました。ところでその学園祭、僕らには無関係な物なんですかね」

「いやあ、参加せぬ者も居るが、名を上げたり教室への予算獲得に重要な意味を持っておるから、だいたいは関係あるかと……」

 なるほど。つまり、とても重要なイベントだと言う事だ。

「ところで、今から学園祭の準備をするとして、間に合うと思いますか?」

「む、無理と思うがの。何せ開催時期は確かあと一週間ほどで来るじゃろうから……」

 師の答えを聞いて、笑顔を浮かべるクルト。別に喜んではいない。むしろ心の中は正反対の気分だ。

「なんで今の今ままでそんなイベントを黙ってられるんですか!!!」

 机を勢いよく叩く怒鳴るクルト。また師に対して嫌味を言わなければならない。師の発言をまとめれば、魔法大学生にとって岐路に関わる重要事に、クルトは参加できぬと言う事だからだ。

 また魔法に関して、同期生に置いて行かれる可能性があった。


「教師の方々には学園祭を見越して研究を進めている人も居ますからー。生徒なんてもっと大変でしょうねー。普通の魔法を公開したって、見向きもされませんもん。やっぱり凝った物だったり、見た目が派手な物が人気ですけどー。そう言うのって、今から準備したとしても多分間に合いませんよー?」

 間延びした女性の声が部屋に響く。場所は大学内、生徒組合の宿舎。話すのはクルトの先輩であり、生徒組合の事務員でもあるルーナである。

 オーゼの授業が終わり、学園祭についての事を誰かに相談しようと考え、クルトはここまで来たのだ。そうで無くても、暇な時はこの宿舎で事務員の仕事を手伝っている。

「そうなんだ……。だいたい予想できた事だけど、残念と言えば残念だなあ」

 将来を決める可能性のあるイベントに参加できないと言うのもあるが、それ以上にお祭り事に取り残された気分になり、なんとなく寂しい。

「あんまり気落ちしても仕方ないと思いますよー。大学一年生で、何か特別な事を出来る人って珍しいですから、自分の研究を発表したとしても、凄い事ができる訳でも無いですしねー」

 そう言われれば確かにそうである。もし一週間後の学園祭について事前に知っていたとして、今のクルトの技術では、人の興味を引く様な魔法は不可能だろう。

 何せ、周りを見ればクルトより魔法知識を持っている人間の方が多いのだから。クルトはまだ大学に入って一年にも満たず、さらに同期生の中でも中の下くらいの能力しか無い。

「それじゃあ他の同期も、学園祭に参加しないかもしれないね」

「それは無いですよー。なんだかんだで将来どんな魔法使いになるかを決める物ですし、多くの人に発表できなくても、学園祭で魔法を披露する経験にはなりますからねー」

「だよね……」

 結局、参加しない人間と言えば、クルトの様に準備が間に合わない者や、ルーナの様に最初から参加する気が無い者くらいなのだろう。

「あの教室に入った時点で諦めなきゃならないってことなのかなあ」

「かもしれませんねー。けど、結構楽しそうにしてるじゃないですか、クルトくん」

「飽きることが無いって話ならそうなんだけどさあ」

 ただ一般的な生徒に必要な事が、色々と抜け落ちている。魔法の勉強だって、時々ルーナに教えて貰わなければ、他の生徒達よりも遅れてしまいがちになるのだ。

「ですけどー、学園祭での研究発表については無理な話ですしー。もういっそ、外からのお客さんと一緒に、見学して回ってみてはどうですかー」

 実際、そうするしかあるまい。大学が騒いでいる中、自分だけが除け者にされるのだけは勘弁して欲しかった。

「それに生徒組合としては、事務員のクルトくんが、学園祭の準備期間中ずっと暇だって言うのは好都合ですしー」

「ああ、大きなイベントが近くなれば、それ関係の問題とか多そうだもんね」

 生徒組合の事務員を兼任しているクルトは、生徒組合への相談者を応対しなければならない。少ないながらも給金を貰う仕事であり、サボる訳にも行かなかった。

「はいー。結構大変ですから、組合長さんも手伝ってくれるそうなんですよー」

「組合長って、ヴェイクさんのこと?」

 生徒組合が組織として存在する以上、代表者が当然居る。ヴェイクと言う人物がそれであった。組合事務員として、クルトも一度あったことがあるのだが、かなり驚くべき人物だった事を覚えている。

「いつから? 大丈夫なの? まだ本番まで一週間はあるけど」

「確か明日には大学に着くとか。丁度、暇ができたらしいですよー。学園祭の準備が本格的になるのも、明日あたりからだと思いますから、まさに生徒組合の救世主ってところでしょうかー」

 恐らく忙しくなるだろうから、人手が増えるのは喜ばしい事である。しかし……。

「なんだか申し訳ないんだよなあ。魔法大学の学園祭に態々土地を離れて来る訳でしょ?」

 ただの人であるのならばそれでも構わない。しかし生徒組合長のヴェイクと言う人物。実は―――


「いやあ、乗り合い場所の通り道がいつもと違っていてね。危うく遅れる所だった」

 中年の男性が汗を拭きながら、クルト達に話し掛けてくる。場所は生徒組合宿舎で変わりないが、学園祭についてルーナと話した時から一日が過ぎていた。

 そして一日後に来る生徒組合長こそが、この頭の薄い小太りの男性、ヴェイクなのだ。見るからに生徒と言う名称が似合わない人物であるが、さらに似合わない名称が彼には付いている。

「貴族なんですから、自分の持ち馬車で来れば良いのにー」

「はっはっは。まるっきり私用で貴族の持ち馬車を使うと言うのは、領民に申し訳が立たんよ」

 ヴェイク・マハシ・ワング。マジクト国西部に領地を持つ、れっきとした貴族である。勿論、領地の運営も彼が中心となって行われており、土地を離れていると言う事は、現在、彼の領地における中心人物が居ない状態であるはずだ。

「学園祭までまだ暫くありますけど、領地運営は放って置いても?」

「なあに、村が3つ程の小さな土地だ。数日くらい空けて置いても問題はあるまい。家の者も居るしな」

 村の大きさにもよるが、所有する土地に村が一つしかないクルトの実家よりは規模の大きい領地である。

 さらに貴族の領地とは、自分屋敷を中心として家村がある場合が殆どであり、その一つを抜いてまだ他に二つの村を運営できると言う事は、運営可能者が領主以外にも居るのだろうと考えられる。

「それなら良いんですけど。実は学園祭について、最近知ったばかりで不安なんですよね」

「大学に入学して一年の頃は何をするにもそんな物さ。無駄に学歴が長い私に任せてくれたまえよ」

 大学に居れば、学生よりも教師として見られるだろう外見をしているヴェイクが笑う。実際、彼の年齢であれば教師をしていても可笑しくは無い。

 では何故、彼がまだ魔法大学生徒なのかと言えば、彼が“生徒”組合の組合長だからだ。

「この齢でまだ学生なんぞをしているのは、生徒組合長などと言う肩書きのためだからな。忙しくなれば手伝わん訳には行かんよ」

 まあ、そういう事だ。彼が本当に学生らしい年齢だった頃、生徒組合長を任される事となったのだそうだが、後任が見つからず今に至っている。面倒事ばかりの役職に、誰も成りたがらなかったのだろう。

「それは助かりますねー。とりあえずクルトくんは、ヴェイクさんの指示に従うと言う事でー」

 生徒組合の中で積極的に動く事務員と言えば、ここに居る3人しか居ないのでそうなるだろう。

「なんていうか、本格的に人員不足なんですね、この組合」

「まあなあ。私も組合長の立場を返上したいのだが、肝心の成り手が居ない……」

 チラリとこちらを見るヴェイク。クルトにそれをしないかと言う視線だろうか。ごめんである。事務員でも大変なのに、組合長までしていられるか。

「とりあえずその話は置いておくとましてー、学園祭準備期間のわたしたちの対応について考えていきましょうー」

 学園祭に向けての準備について、各教室や生徒が行うのは、場所取りと簡単な見世物をする建屋の設置だ。

 あくまで外部への魔法技術公開を目的としているため、どんな技術を見るかは外部からのお客側に選択権がある。つまり人気の無い場所や、目を惹かない技術だと、お客が寄り付かず、評価すらされない。そうならないために、学園祭本番までの期間、発表者側は試行錯誤を繰り返すのである。

「わたしたちがするのは、教室からの支援が無さそうな生徒さん達に、資材や場所の提供をする事ですねー。教室に所属していない生徒……まあ、そういう人はそもそも研究発表自体しませんが、先生から疎まれていたり、ニッチな知識を研究している生徒さんなんかは、わたしたちの支援を欲しているはずです」

 これは別に希望的観測でも何でもなく事実らしい。なんと大学から支援用の予算まで降りてきているそうだ。生徒組合への干渉をあまりしない大学側がである。

「大学としては、出来る限り研究発表者を増やしたいのだよ。発表者が少なく、あまり籠ってばかりいては、怪しげな研究をしていると訝しがられるし、何より社会への貢献が無い。魔法大学の存在理由の半分くらいは、魔法での社会扶助を目的としている訳だからな」

 かといって、生徒個人へ直接支援もできないので、生徒組合側から生徒の手助けをして欲しいと言う事だろう。結構、重要な仕事である。

「ならやる仕事は二つだね。研究発表をしたいと考える生徒を見つける事と、支援希望者への援助」

「うむ。前者はルーナ君にして貰う事にする。大学を離れている私や、一年生のクルト君では、取りこぼしがありそうだからな。基本的に支援希望者はこの宿舎に直接来るだろうから、クルト君と私はそれを待てば良い」

 細かい支援方法や、予算の使用などはヴェイクが居ればなんとか出来るだろう。クルトはただ自分の体を動かせば良いだけなので、気の方は楽である。これで組合長が居なければ、それらをクルトがする事になっていたかと思うと、少し怖くなってしまう。

「それでは本日この日から、生徒組合と学園祭支援をはじめまーす。研究発表に困っている生徒さんには、何人か心当たりがありますので、さっそく行ってきますねー」

 そんな言葉を残して、ルーナは宿舎から勢いよく出て行った。残ったのはヴェイクとクルトだ。

「次に我々だが、本格的に生徒組合へ生徒が来るのは、まだ時間があるだろうから、その間に細かい仕事内容や支援内容を伝えて置く事にするよ。一度で覚えなくても良いから、困ったことがあればすぐに私に聞いてくれ」

「はい、よろしくお願いします」

 大変だが、なんとなく嬉しくも思うクルト。魔法とは直接関係無いが、こうやって学園祭に関わる仕事をすると言うのは、お祭りに参加している気分をクルトに与えてくれるからだ。


 しかし自身の心情がどうであれ、仕事と言う物は大変な物だ。忙しくない楽しい仕事があると言うのなら、それは趣味である。

「ええっと、建屋用の資材が必要なら、量と材料の種類を紙にまとめてください! その場所は既にフーガー教室が抑えてあります。似た条件の場所なら、正門右奥の通り近くがまだ少し空いてますからそこに。え? 魔法の調子が悪い? 体調は自己管理でお願いしますって。だーかーら、教師への支援は大学事務の仕事なんですって!」

 いつもは閑散としている生徒組合宿舎だが、今は人でごった返していた。ルーナが紹介する生徒も多いが、生徒組合が学園祭支援をしていると聞きつけて、直接やってきた生徒だって居る。

 それらの要望についてどの様な援助をするかについては、ヴェイクが決めてくれている。クルトがしているのは窓口対応だ。

「ああもう! 列に並ぶくらいはしてくださいって。順番を守る、押さない蹴らない、愚痴を言わない!」

 どうして人は多くなると、秩序と言う物が無くなるのだろうか。まさに状況は混沌としており、クルトだけでこの人数の話をまとめるのは困難だった。

「あー、ちょっとクルト君、良いかね?」

「なんですか?」

 クルトの後ろで、提出された書類の確認と処理をしていたヴェイクが話しかけてくる。彼も手一杯と言った様子で、初日から疲れた表情をしていた。

「生徒には悪いが、受付は今宿舎内に来ている生徒に限り、今日は一旦終了しよう。どうにも一日の許容量が超えている」

 ヴェイクに言われて、頷くクルト。確かに忙しさは限界に来ていた。

「えー、本日の受付はこれまでです。宿舎外で待っている人はまだ明日で宜しくお願いします!」

「なんだよ! サボりか!」

「生徒組合は生徒を見捨てるのか!」

「とりあえず金をよこせー!」

 愚痴があちこちから聞こえる。文句を言うくらいなら、組合の仕事を手伝ってみてはどうなのだ。うちはとことん人が居ないのだ。

「あー、はいはい。どれだけ言われても、聞き入れるのは明日からですので」

 そう言って、宿舎の扉を閉めた。宿舎内に残る生徒達は、受付後、個別に帰ってもらう事にした。

 人の残りが見えれば、なんとか落ち着いて仕事をする事ができる。日が落ちる頃には、なんとか宿舎内の生徒すべてを帰す事ができた。

「すっごい大変でしたね……。ヴェイクさんが手助けに来てくれた理由もわかります」

 実際、もしヴェイクが居なければ、書類整理もクルトが行わなければならないので、今日来た要望の半分も、処理する事はできなかっただろう。

「確かにいつも大変だが、今年は少し異常だ。見てくれ、この帳簿を。今日来た分だけでも、要望をそのまま通せば……」

 大学側から降りてきた予算は、生徒組合の規模を見れば潤沢な物なのだが、今日一日でその3分の1を食い尽くす計算になる。

「どうにも助けを乞う生徒が多い気がする。ルーナ君からの紹介も、例年より多いと言う事は無いから、学園祭の準備をしている側に、何かあったのかもしれん」

「と言うと?」

「どこかの教室が、大学側の支援を独占しているとか、おかしな催しを企画しているとか。とにかく、宿舎内に籠っていては何もわからんな。外に出ているルーナ君が帰ってきたら、聞いてみる事にしよう。もしかしたら、明日のクルト君の仕事は、大学内の調査になるかもしれんな」

 額を指で押さえて目を閉じるヴェイク。頭が痛い話なのだろう。もしクルトまで外で仕事をするとなれば、宿舎内での仕事は、すべてヴェイクがしなければならないのだから、当然と言えば当然だった。

「ただいま戻りましたー。なんだか今日は宿舎を閉じるのが早かったみたいですねー。何人か生徒さんが愚痴をこぼしてましたよー」

 扉が勢い良く開きルーナが帰ってきた。

「おお、丁度良いところで来てくれた。ルーナ君。外の様子はどうだったかね?」

 ヴェイクは、今日、何故だか組合へ相談に来る生徒が多かった旨を話す。

「外で何か気が付いた事ですか? そう言えば、研究発表をする場所の位置が、それぞれの教室でどうにもいつもと違っていたような……」

 学園祭中、どこの教室がどこで発表をするかといった位置取りは、毎年大まかには同じらしい。それぞれの教室間に置ける権力差や確執と言った物が、そうそう変わらないからだそうだ。

「どこかの教室が発表する場所を大幅に変えたとか。そのせいでドミノ倒しみたいに全体が移動した?」

「考えられる事だ。本来、そう言う無茶は周囲への配慮によって避けられているが、もし大学側からの後押しがあれば別だろう」

 合点が行った様子で、山の様に積まれた書類を掴み、調べ始めるヴェイク。

「大学側の後押しですか。そう言うのってあるものなの?」

 忙しそうにしているヴェイクに聞くのは何なので、ルーナに聞く事にしたクルト。

「国が要求する研究に成果が出た場合とかー、画期的な発見があった場合は、確かに大学が積極的に支援する事がありますねー」

 今回もそんな事があったのだろうか。

「でも、そんな凄い研究をしているなら、耳に入らないはず無いんだけどなあ」

 残念ながら、クルトに心当たりは無かった。

「しかし大学が特定の教室を支援していると言うのは、確かなようだな」

 書類調べを終えたヴェイクが顔を上げる。

「何か分かったんですか?」

「生徒組合の支援希望者を一通り調べてみたが、研究内容について大学から予算が貰えるかどうかギリギリのラインであろう物を研究している者が多い。つまり今回、生徒組合へ相談にやってきた生徒の多くは、大学側から予算配分を切り捨てられた生徒ばかりと言う事だな」

 まあ大学側から十分な援助があれば、生徒組合へ相談などして来ないだろう。

「大学側が、特定の教室か生徒へ多く予算を配分しているならー、その余波であぶれた人は多くなりそうですねー」

 予算が一定である以上、どこかを多くすれば、どこかが少なくなる。その皺寄せが生徒組合へ来ていると言う事か。

「ふうん。じゃあそれが事実だったとして、生徒組合側はどう対応すべきなの?」

 大学の意向について、生徒組合がどうこう出来る可能性は低いだろう。向こうも妥当性があって行動しているのだから。

「大学が一体何を支援しているか。それを調べる必要があるな。支援内容が重要な研究への配慮であれば、大学の予算配分は納得できる物だ。生徒組合は相談に来る生徒の中から、いつも通り、生徒組合単独の判断で支援対象者を選べば良い」

 他の重要な研究があり、結果、切り捨てられた研究あると言うのは、ある意味当然の事だ。いちいち生徒組合側で考慮していられない。予算を貰えない者については可哀そうではあるが、それなりの理由によって、その状況があるのである。

「一方で研究内容云々でなく、何か特別な事情によって現在の状況があるのなら、切り捨てられた魔法使い側に落ち度はありませんね。生徒組合としてもその中から援助できる者が居ればしなきゃならない」

「生徒相手に限るがね」

 クルトにも生徒組合の方針が分かり掛けて来た。要するに生徒組合がすべきなのは、偏りがちな大学側の判断に対するバランサーだ。

「大学側が、具体的にどの教室を支援しているか。それが分かればすぐにでも調べられるのだが……」

 生徒組合自体の仕事が有る以上、調査に関してあまり労力は割けられない。ヒントがあればどんな物でも欲しいところだった。

「なら、教室の研究発表場所配置図を作れば良いんですよー。どこの教室がどこで発表準備をしているか、今日一日歩き回っていましたからー、わたし、だいたいは分かります」

 ペンと紙をどこからか用意したルーナは、紙上に大学内の地図を書きだす。定規も無く、本人の絵心の無さもあって、非常に分かり難かったが、大学内の構造は見知っていたので、なんとか判断できた。

「この教室はいつもと場所が違うな、ここもだ。となると、場所替えのそもそもの原因は、大学中心部付近だと言う事に……。ああ、恐らくこの教室が原因だ。いつもは、大学東端で研究発表をしている教室が、何故か一番人気の中心部での発表になっている」

 ヴェイクはルーナの作った配置図を見て、今回、生徒組合を悩ませる原因となった教室を指差した。

「ええっとー、ここって……」

 ルーナがクルトを見る。その視線の理由は、クルトにも良く分かった。知り合いが所属している教室であるのだ。

「ヘックス教室……ですか」

 クルトの友人ナイツが所属している教室の名前が、下手くそな地図の中心に書かれていた。


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