魔法使いの呼び出し方(4)
人間に効果のある魔法や治療行為を確立させる場合、もっとも効率的な方法は、人そのもので実験をする事だ。何をすればどの様な反応を返すか。それが直接判明すると言うのは、技術の発展を大いに進ませる。先に答えが分かる様な物だ。理論は後付で構築して行ける。
では何故、人体を実験に使う事が忌諱されるのかだが、それは勿論、命の危険性がある事が一つ。そして、実験が許可されるのであれば、自分がその対象に選ばれる可能性があると言う物も理由になるだろう。
しかし一番の理由は、自分と同族である相手を作業対象とする事への嫌悪感だ。人は人を傷つける事に慣れていない。豊富な想像力が、相手がどれ程の感情を抱くかを自らの頭に浮かべてしまう。
「だからまあ、法律や決まり云々以前に、人体実験なんて好まれない物なんだけどね」
クルトは溜め息を吐く。本来、無い方が良い物が有ると言うのは、見ていて憂鬱になる。
「古代人の道徳についてはとりあえず置いておくとして、問題はあいつをどうするかだ」
「どうするとは、あいつを助ける助けないと言った話ですか?」
ナイツはあの人型が元人間であると理解した時点で、少々及び腰になったらしい。よく考えれば、あの人型を倒すと言う事は人を殺す事と言えるからだ。
「どう考えても人らしい意識は残ってないと思うんだけど、もし助けるとなったら、どうにかなる物なの?」
見る限り、赤い人型には理性らしき物は残っておらず、ただ動く物に対する敵愾心だけがある様に思える。
「さあ。俺は人体実験なんてした事が無いからわからんなあ」
ナイツは疑問符を浮かべる。
「そもそも、お前はどう考えているんだ」
もう既に思考する事を放棄したのか、ウォーカーは自分で答えを出さずにクルトへ聞いてきた。
「僕は無理だと思います」
きっぱりとそう答えた。現状を見れば分かる。あの人型を人間として助けるなんて到底不可能だ。
「おいおいクルト、別にお前は古代魔法専門じゃあ無いだろう。なんでそんな事言えるんだ?」
確かにガーゴイルに関してはナイツの方が詳しいだろう。けれども、そんな知識とは別にして人型が手遅れである事は容易に知る事ができる。
「人体実験が人の精神にどんな効果を及ぼすかは知らないけどさ、あれが遺跡に居たって事は、この遺跡と同じくらい年期を経ている奴だって事だよ? それも、さっき動き出したんじゃなく、僕らが来る前からずっと動き回ってたみたいだし」
「それが何か重要なのか?」
良く分かっていないウォーカー。一方で、ナイツは合点が言った様子を見せる。
「そうか、体はともかく頭の方はもう寿命が来ている可能性が高いのか」
「頭? 頭もきっちり金属で出来てるだろう、あれは」
頭まで赤い人型を指差して、ウォーカーが喋る。ちなみに当然ながらその頭の事では無い。
「頭に詰まってる脳みその事ですって。お爺さんやお婆さんみたいな年齢が高い人って、ボケが酷くなるでしょう? 要するにそれは脳の耐用年数が無くなってきて、劣化し始めてるって事なんです。70、80も生きればそうなってくるんですから、何百年とこの遺跡に潜んでいたあれなら、もうとっくの昔に人としての知恵なんて無くなってると思いますよ」
それでもまだ動いて人を襲うと言うのは驚愕だろう。人体実験が何らかの作用を発生させたのか、それとも執念か。どちらにしても、もう既に人間としては事切れているとクルトは考える。
「体は金属で包めても、頭の老化は防ぎようが無いと言う事か。となれば、やはりあいつを倒す事を考えるべきだろう。思考も儘ならないのに、人を襲う事だけは止めないのだからな」
もう既に化け物だと言う事だ。そして騎士は化け物を倒さなければならないと言うのは、絵物語で良くある話だった。
「結局、どうやって倒すかの話に戻るかあ。倒すための火力は俺が担当するとして、どうやって相手にそれを通じさせるかだったか?」
ナイツはクルトに意見を求める。ウォーカーにしても倒し方については他人頼みなので、クルトが考えるしか無いのだろう。
「金属の肉体をどうにかするには、困難だとしても熱で溶かすしか無いとは思うけど……。あと考えられる発想は、相手の元は人間だって点かな」
「人間としての弱点を狙う訳だな。でも俺、対人戦闘の経験なんてあんまり無いぞ?」
あるのは喧嘩程度だと話すナイツ。まあ彼は現在満足に身動きが取れる状況で無いので、期待はしていない。
「ウォーカーさんはどうなんです、さっきみたいに相手を転ばしたりとかはできると思いますか?」
「できる。相手に知恵が無いとなれば尚更だ。体のバランスが悪いのは人間としての弱点と言えるからな。4本足の獣じゃ無いんだ。動きも鈍間だ」
それは中々に良い情報である。一応、戦闘行為に関してはクルト達が優位に振る舞える事を意味している。
「でも、いくら転ばせたって肉体的にビクともしないんじゃ倒せないだろ。脳震盪を起こすくらいの脳みそが残っているかも分からない」
「脳みそか……。いや、でも…これって行けるかな? 怪しい感じがするけど…」
ふと戦い方を思い付いた。すべてが上手く運べば、ここに居る3人で赤い人型を倒す事ができる。一方で、もし失敗した場合はどうだろうか。
「お前たち二人を逃がしながら、私自身を守るくらいの戦いはできるつもりだ。成功率の低い作戦だとして、試して無理なら別の何かを再び考えれば良い。何か思いついたのなら言ってみろ」
そう言われれば、話さない理由は無くなる。ウォーカーに諭される形で、クルトは口を開いた。
「じゃあ少し役割分担について話します。この戦いで一番重要なのは、やっぱりナイツ。あれを倒すには、ナイツの魔法が唯一の方法です。だから……」
まだ遺跡内部でクルト達を探している風の人型を見つめて、クルトは自分の作戦を伝える事となった。
人型には知恵が無い。ここが何処で自分が何であるかも知らない。それを気にする情緒すら無いのだ。
唯一残っている物は、何か心中から込み上げる情動であった。憎しみと言えば良いのか。その言葉すら人型には無かった。しかし、只々、先ほど見た動く物を壊したかった。
随分と暫くぶりに見たあの動く者共。昔はアレに様々な感情を抱いていた気がする。その中で一番強い物が憎しみだったのだろう。
だから再びあの動く物が眼前に現れた時、生じた感情は歓喜や驚愕で無く憎悪だった。目の前に居るのは二つ。一つは細い体で、もう一つは細い方に肩を貸されている。さっき見た時は3つだった気がするのだが、そこに疑問を持つ思考は残っていない。
人型は心の中に湧き上がる感情そのままに叫び声を上げ、動く二つの物体に、突進して行った。
グォオオオオオオ!!!
煩い叫び声に、耳を塞ぎたくなる衝動に耐えながら、王立騎士団員、イリス・ウォーカーは迫りくる人型を見つめる。
イリスの役目は二つ。一つは魔法使いの一人、ナイツと呼ばれる少年を人型近くまで運ぶ事。それについては人型が近づいてきてくれているので、態々運ぶ必要もあるまい。貸した肩を抜いて、魔法使いを床に落とす。
「ちょっと、乱暴な!」
魔法使いが何か騒いでいるが無視する。イリスにとって、一つの事柄に集中すると言うのは、他の事柄については考えないと言う事だ。一つ目の役割を果たした以上、すぐに思考を二つ目に移す。誰かの文句など、聞いている余裕が無い。
イリスに課せられたもう一つの役割は、やはりあの人型と戦い、一瞬でも良いので隙を作る事だ。
直ぐ近くまで迫った人型が、眼前で腕を振るってくるのを確認し、剣を振るう。直接受けるつもりは無い。鉄で出来たあの巨腕を受け止めるだけの筋力がこちらに存在しないからだ。
「はっ!」
声を上げてタイミングを合わす。相手の腕へ少し掠る様に剣を振った。まっすぐこちらを狙う相手の拳が、こちらの剣によって僅かに逸らされ、その僅かな隙間をイリスは潜る。剣がヂリヂリと音を立て、火花を散らす。目が眩みそうになりながらも前へ。
これは王立騎士団内で教わる戦闘方法の一つだ。体格が上の相手と戦う場合、正面から打ち合わず、相手の勢いを少しだけズラす。
少しでも勢いをズラした以上、相手の姿勢に空きができる。襲う右腕を自分から見て左にズラせば、懐に潜り込めるし、逆なら外側に回り込めば良い。体格が余り優れないイリスは、この戦い方を好んで使う。
今回イリスがしたのは上側に逸らす方法。相手の予想より、ほんの少しだけ上方向に進む腕を後目に、イリスは屈んでそれを躱し、もう一度人型の足を掬おうとする。
足に強い衝撃が走った。
「くそ!」
悪態を吐きながら足を引き、左横へ跳んだ。直ぐ後、自分が今まで居たはずの場所に、金属腕が振り下ろされた。
今回は上手く足を払う事ができなかった。相手を転ばせればそれが一番の隙だったのだが、どうにも人型の自重は見た目通り重いらしく、ただ鉄柱を足で蹴っただけに終わった。
さっき上手く転ばせる事ができたのは、自分の攻撃が奇襲だった事と、人型の狙いが自分で無かったからだろう。今は明らかにこちらを狙っている。
「おかげで足が痺れた……」
すぐさま立ち上がり、次の一撃に備える。相手の攻撃を受け流す事はできる。一方で、足払い以外で相手の隙を作るとなると、考える必要がありそうだ。
「ううん?」
視界に人影が映る。地面に落とした魔法使いだ。どうにも人型の関心外に居るらしく、ただこちらを見つめている。
「あれ。使えそうだな」
イリスは人型との間合いに気を付けながら、地面に座っているナイツへと近づいて行く。
「な、何故こっちに戻るんですか?」
イリスがすぐ近くまで戻ってきたので、戸惑うナイツ。そのナイツの問いにイリスは答えない。ただその首根っこにある服の襟を持ち上げ、無理矢理持ち上げる。
「痛! 痛い! 無理矢理立たせないで!」
なんとも情けない。こいつの足が健全ならば、態々こんな回りくどい方法を取らずに済んだのに。
体育会系であるイリスにとっては、どんな事情があろうとも、泣き言を吐く奴は役立たずだ。そしてそんな奴を無理にでも役立たせるのが優秀さの証だと思っている。
「動けないなら動けない成りに、助けになってみろ」
無理矢理立たせたナイツを人型に見せつける。敵はここにも居るぞと言うアピールである。牛に向けて赤い旗を振る行為に似ているかもしれない。
ガァアアアアア!
まさに突進する猛牛だ。そこに罠があるとは考えもしない知恵無き特攻。まっすぐ故に、すぐ曲がる。例えば、一つに纏まった獲物が二手に分かれた時とか。
「え、う、うわああああああ」
押されたナイツがまた転ぶ。足の踏ん張りが無いため、コロコロと勢いが良い。一方でイリスが動くのはその反対方向だ。人型から見れば、敵対象が分裂したかの様な印象だ。当然、どちらを狙うか戸惑うだろう。
(単純な思考しかできないのだから、恐らく狙うは……)
「こ、こっちに来た!」
あまり俊敏さの無いナイツが標的となる。狙いやすい方を狙う。予想通りの展開であり、状況が自分の思考の中で納まるのであれば、イリスは強かった。
ナイツを狙って進む人型の横から、再び奇襲を仕掛けるイリス。今度は足を狙わず顔を狙う。的が小さく標的にし難い部分であるが、完全にこちらから視線を外しているのであれば、避けられる心配は無かった。
「しかし似たような奇襲に二度とも引っ掛かるとは、本当に人としての思考が無いみたいだな」
イリスの声に反応して、人型がこちらを振り向いた。イリスはその顔面に剣を叩きつける。ガキンと言う金属の感触が手に伝わってきた。脳震盪を起こす程の脳みそも無いだろうから、大したダメージにはならない。期待もしていない。狙いは別にあるのだから。
「随分と頑丈な体だな。その視界もさぞかししっかりと見えているんだろうさ。だが頭が悪い」
イリスの挑発を理解した訳でも無いだろうが、剣で叩かれたままの顔をこちらに向け、睨みつけてくる人型。イリスは相手の目がしっかりと見開かれている事を確認して、剣で擦りつける様に、全力で剣を振り抜いた。
それは顔の金属を削った程度で、相手に致命傷を与える威力は無かった。だが、金属と金属が擦れれば、当然に起こる現象がある。火花だ。目の前で走る火花は、見開いた目を一時的に眩ますには十分な光量となる。
グウォウ!
痛みも無いだろうし、大して衝撃も無い攻撃だった。しかし、急に目の前が光に満たされれば、声くらいは上げる。その声を聞いて、イリスは満足気に笑った。
「おい、これで私の役割は終わったんだろう?」
「はい、後は任せてください」
イリスは近くに隠れていたもう1人の魔法使い、クルトに話し掛けた。
クルトが隠れていたのは人型居るすぐ近くの柱。ウォーカーが人型と戦っている間に、敵の視界に入らぬ様、こっそり移動していた。
そうしてウォーカーが人型に決定的な隙を作る瞬間に飛び出し、相手に一撃を加える。倒すためでは無い、ウォーカーが作った一瞬の隙を、クルトが引き延ばすのだ。ナイツの魔法を長時間人型へ浴びせるために。
クルトは人型に走り寄ると、目暗ましで動けない人型の首筋近くに、杖の先端を向けた。
「これでどうだ!」
クルトは杖の先端から炎を発生させる。クルトが使う火の魔法は、人型の体を覆う金属を溶かしきる事はできない。ただし、その力を一点に集中させた場合は別である。火の魔法の火力と範囲は、変換した魔力の量によって決まる。そうして範囲を狭めれば、火力に回す魔力量が増える。ただ首筋を狙う一点のみに狭めた火の魔法でれば、金属で出来た外皮を溶かす事が可能となる。
「あくまで予想なんだけどね」
グゥオオオオ!!!
どうやら予想は当たったらしい。人型が痛がる様子で悲鳴を上げ、腕を振り回す。危うく当たりそうになるも、なんとか躱す。まだ人型は目が見えていない様だ。
「今がチャンスだ!」
クルトの魔法によって首筋を覆う金属皮が溶けていた。その部分だけ、守りが薄くなっていると言う事である。
そこを狙い、もう一度クルトは魔法を発生させる。雷の魔法を。
ガガガガガァ!!!
首筋に当てられた電撃が人型の体を襲う。その大半は体を覆う金属部分へと流れ散る。しかし、溶けた首筋部分への通電は、人型の肉体そのものへ流れるはずだった。
人型は理性を失っており、体は頑丈である。しかし、肉体を動かせる以上、動かすための神経はまだ存在していると考えて良い。そこに電撃を流せば、相手の肉体活動を麻痺させる事ができる。
「全部予想だけど……」
だから一種の賭けに近い作戦だった。結果、クルトの目の前には、痙攣しながら倒れた人型が居る。
「良かった。成功したみたいだ」
倒れる人型は、完全に無力化した様に見える。ただ、むやみやたらと頑丈な体だ。放って置けば、すぐに回復するかもしれない。
「なあ、これ、別に俺が近づいたり、火で焼いたりしなくても良かったんじゃないか? 今のままで十分に倒せてるし……」
近くで人型の似た様に倒れているナイツが、気弱な声で話す。
「電撃での麻痺がそれ程聞かない可能性があった。火の魔法については、これから必要になる。作戦を話す時に役割を決めただろう。何を今さら」
呆れた様子でナイツを見やるウォーカー。
ただ、クルトからして見れば、彼の言い分は分かってしまう。別に本当に作戦への異議がある訳では無いだろう。それよりも、これから元人間だった物を、自分の魔法で焼かなければならない。その事に抵抗を感じているのだ。
「これはもう人じゃないよ。何百年かの時間で、人を襲うだけの物になった何か。人型だとしても、コーストライクなんて名前で呼ばれ兼ねない、人間とは違う生き物なんだ」
だから焼いたところで気に病む事は無いと言いかけて止まる。どっちにしろ、元人間である事には変わり無いのだから。
「義務だ」
と、ウォーカーがそんな単語を口に出した。
「辛い事をしなければならないのなら、それは自分の責任で無く、誰かから課せられた義務だと思え。例えばアレを燃やす事が嫌なのなら、私に強制されたと考えれば良い。実際、そうするつもりだしな」
「そんな無責任な!」
ウォーカーの言葉に納得できない様子のナイツ。
「無責任で良い。王や貴族や騎士と言う物はな、国民を無責任にさせるために居るんだ。自らが責任を背負い込むためにな。伊達に強権を振りかざしている訳じゃあ無い」
ウォーカーの話はかなり固い内容になっているが、彼女なりにナイツの事を慰めているのだろう。
「………わかりました」
ウォーカーとの会話に何か感じる物があったのか、覚悟を決めた様子のナイツ。
ギャアアアアアア!!!
遺跡内部に響いた人型の悲鳴は、人としての何かを取り戻した様に、人間に似た悲鳴だったのを覚えて居る。
その時クルトは、人型が黒焦げた骨と僅かな金属塊になるまでを、黙って見ている事しかできなかった。
まあだから後処理くらいは活躍してやろうと、今は騎士団からの呼び出しに応じている。事の顛末を詳しく話せとの要請だ。本当はナイツも一緒に呼ばれていたのだが、今回の一件で少々気落ちしているらしく、部屋に引き籠っている。存外に気の小さい奴である。
結局、クルト一人で王立騎士団の庁舎に来る事となったのだが、最初に顔を合わせたのがウォーカーであり、不機嫌そうにこちらを睨んでくるのは、何かのいじめだろうか。
「良い天気ですね、鼻歌でも歌えそうですよ、ウォーカーさん」
空は快晴。季節的には冬なので肌寒いものの、日差しのおかげでそれ程厳しくは無い。
「イリスだ。騎士団庁舎内ではそう呼べ。この庁舎内ではウォーカーと言う姓が多い。他との区別に、本当はウォーカー113と名乗るべきなんだが、今は謹慎中で姓は名乗れん」
不機嫌の理由はそれらしい。遺跡の人型の件、彼女なりに仕事を達成したつもりだが、騎士団側は不祥事であると判断された様で、お咎めを貰ったらしい。
「謹慎中にしては出歩いているし、仕事の最中って事なんですから、むしろウォーカーとしか名乗れないと思いますけど」
「表向きには“休暇中”だからな。休暇を取って出歩くのは自然だし、騎士団への客人を案内するくらいはするだろうと言う事だ。くそっ」
「ああ、なるほど」
遺跡での事件の後、騎士団側からその事は暫く口外せぬ様にとのお達しが来た。余計な事をするなと言う命令でもあるが、それが意味するのは、騎士団、そして国家にとって宜しくない出来事だった事を意味している。
「昔、国家主導で人体実験をしていた証拠が見つかったとなれば、そうもなるよね。僕らはそもそもあそこに行って無い事になってる。人体実験の証拠だって見つかって無い。王領への無断侵入自体が無いんだから、罰を与える事もできないと」
そこで、休暇と言う名の謹慎を騎士団員に命じたのだろう。まあ、組織内部の人員相手ならその処遇で良い。一方でクルトやナイツにはどの様な対応を取ってくるのか。クルトが呼び出された理由も、それに関わってくるはずだ。
「そう言う事だ。分かっているならさっさと着いて来い。私は休みの最中でな。客人の案内などさっさと終わらせて、遊興に勤しみたいんだ」
とんでも無い出迎えもあった物だ。これで呼び出された理由も碌な物で無い以上、気分が落ち込んだまま、騎士団庁舎へと入る事となった。
案内された先は大き目の部屋で、部屋の中央にポツンと仕事机が置かれている。随分と寂しそうである。当然、そこに座る人間にも同じ印象を持つ。
「魔法大学生徒のクルト君だね。良く来てくれた。そこに椅子があるだろう。自由に座ってくれたまえ」
部屋に入ったクルトに対してそう話し掛けるのは、机に座る男だった。イリスの上司だろうか。聞こうとして隣を向くも、そこにイリスは居ない。どうやら本当に案内だけで帰った様だ。薄情な奴なのは予想できた事なので、それ程驚かない。
「……椅子に座るんでしたっけ、それじゃあ遠慮なく」
広い部屋だと言うのに、来客が座る椅子と男の仕事机はそれ程離れておらず、窮屈に感じてしまう。あくまで体感的な物なので、実際にはある程度距離はあるのだが。
「まず自己紹介からだな。私の名前は、と言っても仕事中だから姓でしか名乗れないが、チーフ3と呼んでくれたまえ。それだけで、この庁舎内では通じる」
また堅苦しい話である。人を番号で呼ぶのは、どうにも好かない。
「それでだ、クルト君。先日、君たちが出向いた遺跡の件なんだが……」
クルトが椅子に座るのを待ち、言い辛そうにチーフ3が口を開いた。
「無かった事にするんですよね。だいたい予想はついてます」
たかが魔法大学の生徒を呼び出したのだ。そう言う話なのは納得してここまで来た。
「あ、ああ。その通りだ。君たちが入った遺跡と、その中で出会った物は、少々、この国にとって宜しくない物なのだよ。後ろめたいことをしているのは承知している。だがな……」
「2,3人が黙っていれば、余計な混乱が起きない。だから口止めをして置く。そう言う考えが理解できない訳じゃあありません」
むしろクルト好みの解決方かもしれない。目に映る問題なんて物は個人ではどうしようもない物ばかりで、誤魔化すくらいしか仕様が無いのだから。
「おお、分かってくれるか。当然、無かった物とする以上、君たちの王領侵入も不問となる。交換条件の様になってしまうが―――」
「けれどですね」
チーフ3が話を勝手に進めるのを見て、つい口を挟んでしまった。面倒な事になりそうだと言うのに。
「友人が今回の件で落ち込んでるんですよ。元人間だった物を焼き殺したかもしれないって感じに。やっちゃった事はやった事ですから、納得するしか無いんでしょうけど、落ち込んでる理由が、国やら何やらの都合で全部知らない事になるってのは、随分と無理難題だと思いませんか?」
クルトの言葉を聞き、チーフ3の目が鋭くなる。話の展開によっては、クルトに対して、何らかの行動を起こさなければならない。そんな目だ。
「ほう、つまり君は、あの遺跡への対処について、我々とは違う意見を持っていると、国家の罪を隠し通す訳には行かぬと、そう言うつもりかね?」
ああ怖い。第一印象は優しそうなオジサンだったが、今では伏魔殿の主の様な雰囲気だ。まともに相手をすれば、途端に食われかねない。
「別に」
敵対なんてのはもっての他、自分に被害が及ぶのも避ける。友人の慰めになる程度の展開にはして置く。八方収まり良く話を進めなければ、大損害を被ってしまう。
「別に、騎士団のやり方に異論がある訳でも無いんですけど。いや、あるのか」
「どう言う事だい?」
その目つきはまだまだ恐ろしいままだと言うのに、声だけ優しいのは、むしろ威圧感が増すと思う。
「つまり、あの遺跡に対して上手い遣り方があるんじゃないかって事です。話だけでも聞きませんか? もしそれでそちらが駄目だって言うのなら、口止めに従います」
さあ、ここからが勝負だ。相手を丸め込めればこちらの勝利。相手の言う通りにするのなら引き分け、より悪い展開ならばこちらの負けである。
魔法大学近くに建つ、築50年はあるかもしれないオンボロ建屋。部屋数だけは多く、無理矢理増改築を繰り返している事が見ただけで分かる。所有者は魔法大学。学生向けの格安借家として存在しているこの場所が、クルトの友人、ナイツが住む場所だった。
「おーい。生活品、買い出しに行ってきてやったから、ここを空けろよー。どうせ、いつも食事には困ってるんだろー」
ナイツに宛がわれた部屋の前で、クルトは扉を叩く。肩には保存が効きそうな食材と、近くの出店で売っていた安物料理。つまりはナイツを誘い出す餌である。
「うるさい。人の部屋の前で騒ぐなよ。壁が薄いんだここは……」
扉が開き、ナイツが顔を出した。別にずっと引き籠ってはいないのだから、わざわざ食事で釣る必要も無かったか。
「だったらさっさと部屋に上げてよ。久しぶりに、あのガーゴイルの顔も見たいし」
了承の言葉も待たずにクルトは部屋の中に進む。中は一部屋しかなく、しかも狭い。右奥の端っこ辺りには、犬の像がちょこんと座っている。像はクルトを見るや、動きだし、足元へと近づいてきた。
「おー、よしよし、お前の餌も買ってきたんだぞ」
像はガーゴイルであるが、餌は犬と同じ。だいたいの物が食べられるが、今回は奮発して薄い干し肉を与える事にする。
「そう言えば、ずっと気になってたんだけど、この借家って、ペットOKだっけ?
振り返り、ナイツを見て話す。
「良いはず無いだろ。一応、そいつは魔法関係の備品って事になってるから持ち込めたんだ。おかげで、隣の部屋からの苦情が偶にある……」
ガーゴイルはあまり吠えないが、時々、周囲の反応して鳴く時があるらしい。ペット禁止の部屋から犬の鳴き声が聞こえれば、当然苦情は来るだろう。
「結構苦労してるみたいだね。まあ、他人事だから別に構わないけど」
「ちょっとは構えよ。こいつに関しては、お前だって無関係じゃ無いじゃないか」
お互い話しながら、散らかっている物を横に退けて床に座る。慣れた動作なのは、何度か来た事があるからだ。
「……なあ、クルト」
「うん?」
ナイツは深刻な表情を浮かべていた。ここ最近、ナイツはこの様な表情が多い気がする。
「こいつもさ、あの遺跡で遭った人型みたいに、何にも考えられなくなって凶暴になるのかもな」
大人しく干し肉を食べているガーゴイルを見て、暗い事を言うナイツ。
「かもね。人よりは頭の中が単純だし、人型と違って僕らが見つけるまで、大半は休眠状態だったから大丈夫かもしれない。だけど、普通の犬よりは年をとってるだろうさ」
ガーゴイルの背中を撫でながら話す。体は頑丈でも、頭の中はそうも行かない。それは、遺跡で出会った人型が証明していた。
「そうしたらさ、やっぱり俺がこいつを処分しなきゃならないんだろうな……」
「保健所に連れて行く訳にも行かないしねえ。どんな事情であれ、今はお前が飼い主だから」
まだ人型を焼いた事を悔いている様だ。仕方の無い事だろうに。
「まあ、その時は国に隠されたりはしないだろうけどな……」
「ええっと、それさ。多分、近いうちにあの遺跡について、なんらかの形で、騎士団から発表があると思うよ」
「え?」
驚いた様子でナイツはこちらを見る。彼自身、遺跡に入った事は、騎士団から口止めされていると思っていたのだろう。
「一応、僕らが遺跡に侵入したって事は無しになったけどね。ただ、遺跡自体は騎士団の調査で判明したって事になる。実際、僕らはイリスさんに同行した形なんだから、嘘でも無いしね」
「イリス?」
「ああ、ウォーカーさんの名前。騎士団としての姓で呼ぶのってなんだか嫌でしょ」
そう言えば、ナイツはまだ知らなかったか。名前を教えて貰ったのは騎士団庁舎に向かった時で、ナイツは居なかったのだから当たり前である。
「へえ、随分と似合わない……ってそうじゃなくて、遺跡について、騎士団は隠さないつもりなのか?」
「最初は隠すつもりだったみたいだけどね、ちょっと助言したんだよ。隠したら、何百年前の責任まで背負う事になるぞってね」
国家は、その権力を使って、人の体を弄り、どうしようもない化け物を作ってしまった。それは今でも寝物語として語られるお化けであり、もし周知の事実となれば、国民の反感は免れない。
「実験を行った当時なら、そんな混乱も起こったんだろうけど」
「今は違う?」
「どれだけ前の事だと思ってるんだよ。この国の住民ってね、国側が心配する程神経質じゃ無いんだ。そんな昔の話、当事者の子供や孫だって既に居ない世の中で、いちいち目くじらを立てる人は少ないはずさ」
一部の悪意ある者が、無用に混乱を広げる可能性が無い訳でも無いが、それでも国全体を揺るがす事にはならない。
「けど、良くそんな理屈で情報を公開させる事ができたな。向こうは最初から隠すつもりで居たんだろ?」
「むしろ隠す方が問題だって事を伝えたからね。隠さずに昔国家が行った非道を、ここに公開するって事にすれば、今の自分達には関係の無い事だってアピールできるけど、隠したら、自分達は悪い事をした当事者ですって喧伝する事になるじゃん」
後ろめたさがあるから隠すのであり、それは、罪が自分にあると言っている様な物だ。隠し事がバレてしまえば、その罪を糾弾され兼ねない。一方で、隠さずに公表してしまえば、大凡他人事なのだから、ちょっと仕事が増える程度で終わる。どちらを選ぶかと言われれば、後者を選ぶのが普通であり、騎士団もそちらを選んだ。
「なんだそれ。皆他人事じゃないか。そりゃあ実験が行われたのは何百年か前で、関係無いと言えば関係無いけどな……」
「それで良いと思うけど。気に病むのも、落ち込むのも分かるけどさ、考えすぎなんだよ。あの人型も、僕らに倒されなければ、別の誰かが倒したか、そのまま朽ちていたかもしれない。あの時、あの瞬間に出会ったのが僕らだっただけなんだよ」
だから、いつまでも気落ちしているのは馬鹿らしい話だ。そう考えてくれれば良いと思うクルト。
「けどなあ。やっぱり、焼け跡を見ると、焦げた骨が残っていたしなあ。ほら、見ただろ? 髑髏なんて、そのまんまだったじゃん」
しかしナイツの気分は収まらなかったらしく、愚痴が始まった。
「その、元気だしなよ。何時までも部屋に籠られるのも、なんかウザい」
遠慮なく、自分の気分を吐き出すクルト。これ以上、面倒を見てられるか。やる事はやったのだ。わざわざ、これ以上気にしてやる責任など無い。
「おい、そういう言い方は無いだろう? だいたいお前はだな、人を置いて勝手に行動し過ぎなんだよ」
「あー、はいはい。どっかの誰かは落ち込んで動こうとしてなかったからねー。仕方ないんじゃない?」
「はあ? 誰が落ち込んでたって? どう見たっていつも通りの俺だろ」
口喧嘩が続く。他人から見れば、遺跡での出来事など、既に忘れた様に見えるだろう。それはほぼ事実であり、明日から彼らは、何時も通りの日常を過ごすことになる。
ただ一つだけ、今回の事でクルトは学んだ事がある。魔法使いが呼び出されれば、碌な事にならないと言う事だ。




