魔法使いの呼び出し方(1)
マジクト国立騎士団は、その名の通りマジクト国が要する軍隊である。マジクト国に存在する騎士団は数多くあるが、その殆どが貴族や大商人の私兵、また国より名誉騎士の称号を与えられた者達であり、王直属の騎士団は国立騎士団を除いて存在しない。
国立騎士団の構成員は国民からの選抜による物で、マジクトの国民であれば、区別無く平等に審査される。
もっとも、誰でも成れる物では無く、異常とも言える厳しい選抜試験。選抜後の訓練期間における振るい落としを経て、初めて国立騎士団の構成員となれるのだ。
そうして構成員となった者には姓が与えられる。貴族が土地を治める者として、王から姓を与えられる様に、国立騎士団の構成員も、役割に則った姓を王より賜る。
普通の姓と違う点を言えば、あくまでその姓は国立騎士団構成員としての物であり、子供に受け継ぐ、脱退後の継続使用、他者への譲渡は禁止されている。また、騎士団の任務中に置いては名より姓が優先され、名を名乗る際は姓によってのみ名乗らなければならないと言う拘束もある。
それもこれも騎士団を有機的に動かすための措置であり、王直属の騎士団としては必要不可欠な決め事だ。何故なら、王直属と言う事は、貴族達と同格の存在だからである。国の殆どの決定は、王より権限を委任された貴族議会が行うが、騎士団はその決定に従う必要が無い。貴族議会の決定は貴族ですら従う必要があるのにである。
騎士団もまた王より国家守護の権限を与えられた存在であるからだが、勿論好き勝手に行動して良いはずが無い。むしろ、貴族による統治と言う頸木から抜け出ている以上、自らで自身の行動を律する必要があった。自分達の汚名はすなわち王自身の汚名へと繋がるのだから。
そしてその姿は、マジクト国民からある種羨望される存在として見られている。強力な権限を持ちながら、それを国家守護のためのみに用い、厳しい縛りを自らに定める。良く国民に取って不利な決定をしがちな貴族議会が悪ならば、国立騎士団は善の存在なのだ。実情がどうであれ、そう思われる事には誇りを持つべきである。
騎士団構成員、イリス・ウォーカーはそう考えていた。
「ウォーカー113。今回の任務についてだが、概要は読んでいるか?」
ウォーカー113。イリスの騎士団員としての名前である。それなりの広さがある仕事部屋。個室であるその部屋の主に呼び出され、彼女、イリス・ウォーカーは、自分の姓の意味について再確認していた。
ウォーカーとはそのまま働き手の意味で、騎士団内での仕事と外部の仕事両方を受け持つ。
聞こえは良いが便利屋であり、専門性が無く、騎士団内では一番下の地位にある。総勢120名が存在しており、さらに番号で個人分けがされている。欠員が出れば直ぐに補充されるが、その際は補充人員がそのまま番号を受け継ぐので無く、一番下、つまり120番となり、その他の人員が繰り上げとなる。
つまり番号が100番台のイリスは、騎士団内ではまだまだ新人だと言う事だ。
「はい、既に。魔法大学との交渉でしたか」
ここで知らないと答える様ならば騎士団員失格である。命令が下される時点で、それがどの様な物であるかを、十分に理解している必要が騎士団にはある。
「そうだ。先日とある団体から通報があってな。魔法大学が王領へ無断に侵入し、さらに内部の装飾品を不当に取得した疑いがあるとのことだ」
部屋の中心にある大きなデスクに座る男が、不機嫌そうに顔を歪めて話す。
チーフ5。名前は知らないが、上司の任務中の姓については、イリスはしっかりと覚えている。チーフとはウォーカーの上位に位置する騎士団員であり、さらに上位から降りてくる指示の取りまとめを行う。騎士団内には10人しかいない。その中の5番目と言う事は中堅と言ったところか。
覚えるのにはコツが一つ。相手の左肩をさりげなく見る事。そこには服にデカデカと姓の頭文字と番号が刺繍されており、それさえ見れば相手の役職と番号が分かる。そうして日々顔を合わせていれば、肩など見なくても、相手の役割が分かる様になる。嫌でもだ。
ちなみにイリスはこの刺繍のデザインを気に入っていない。
「どうせ魔法大学に不満を持つ団体が、文句のつもりで出した物だろう。信憑性も薄い。しかし事が王領の侵入となれば、王立騎士団が調べる必要がある。どんな小さな事であれ、王権の侵害を防ぐ事が騎士団の役目だからだ」
他にも仕事があるから早く終わらせたい。チーフ5の声からは、そんな感情が滲み出ては居るが、内容自体はまっとうな物だ。
「王領への無断侵入。個人では終身刑にすら値する罪です。それが団体としての所業であれば、許し難い行為でしょうね」
しかも相手が魔法大学である。
イリスは魔法大学が嫌いだ。マジクト国内では、良く国立騎士団と魔法大学が並べて評価される。騎士と魔法使いが並ぶのは絵になるかららしい。イリスはその事が気に入らない。国立騎士団が王直属の組織なのに対して、魔法大学は元々一貴族が創設した組織である。その後、国内での重要性が高まるにつれ、貴族議会を構成する組織の一つとなった。つまり、魔法大学とはあくまで貴族議会の下に位置する組織なのだ。それはつまり国立騎士団より下位だ。
いやいや、騎士団員がその権威を不当に振りかざす事はその品位を落とす行為であり、避けるべきだろう。
しかしあの魔法大学、内部を一度見たことがあるが、なんと言うか皆して学生気分なのだ。魔法大学なのだから当たり前と言えば当たり前だが、こっちは日々、必死に働いているのに、あちらは良く分からない研究や授業を繰り返している。だと言うのに同じ物として見られるのは相当に不愉快である。
「ウォーカー113? 分かっていると思うが、まだ新人の君に任せる以上、この任務もそれなりの物だ」
「はい。責任のある仕事を任される以上、余さず漏らさず完璧に務めて見せます」
騎士団員である以上、新人だからなどといった言い訳は通用しない。
「いや、そうでなくてだな。相手も同じ国に属する組織同士。流言に惑わされて潰し合いになる様な―――」
「相手の反撃を許さず、法に則って処置を決める。重要な事です」
「ああ、いや、その通りだが……。ウォーカー113、君の任務は通報のあった事に関しての調査だ。くれぐれも慎重にな」
「はっ!」
敬礼をして、ウォーカー113が部屋から立ち去る。足音が扉から離れて行く事を確認して、チーフ3は溜め息を吐いた。
「まあ、入団したての奴なんてだいたいはあんな性格か……」
王権侵害容疑の掛った魔法大学も災難だろう。どうせ今回の件も、学生が気付かずに入った場所が王領であり、それが表に出た程度の事でしかない。王領侵入は確かに罪だが、それだって大小あり、重要度の低い場所に本意無く侵入などと言った場合は、厳重注意だけで済ませている。
本来なら片手間で終わらせる仕事なのだが、残念ながら今のところ、片手が空いている人員があのウォーカー113しか居ない。大学は学者肌の人間が多いから、交渉事にも慣れていないはずだ。できるなら穏便に治めたいと思うのだが、どうなることやら。
「出来るなら、仕事を増やすような事はしてくれるなよ」
祈る様な気持ちで嘆き声をこぼし、次の仕事に移る。今でさえ嘆く暇も無いくらいに書類が溜まっていると言うのに、これ以上量が増える事など考えたくもなかった。
マジクト魔法大学は、その名の通りマジクト国が擁する学び舎である。ここでは日々、魔法に関係する研究と授業、怪しげな実験が行われている。大学内に居る人間の多数は学生であり、それを教える教師と大学内の事務員。そして大学長を含めれば、それですべての人員が出揃う事になる。
しかし一応の組織内構造と言う物はある。トップに大学長が存在するのは当たり前だが、その下には教師組合と大学事務局、ついでに生徒組合の三つの構造が存在する。
教師組合は持ち回りで務める教師長をトップに、教室間の情報交流や授業方針などを決める組織であり、その名の通り、教師の殆どが加入している。事務局は大学内外部での窓口としての役割を担い、生徒、教師向けの仕事の請負や紹介はそのもっとも典型的な仕事である。
最後の生徒組合であるが、一応、生徒間の互助組織である。生徒の自主性に任せると言う名目上、大学からは直接的な支援はあまり行われておらず(おかげで毎年度予算が低い)、一方で生徒側も頼りこそすれ、組合員としての仕事をする者は稀で、慢性的に人手不足が続いている。
そんな生徒組合の一員であるクルトだが、今日は何故か教師組合に呼び出されていた。
「あの、一体何の用なんでしょう?」
突然、教師組合から、ある教室に来る様にと伝えられたクルトは、呼ばれた理由についてさっぱり理解していなかった。
借りきった教室には、数名の教師が机に座っている。扇型に並べられた机の向かう先には、クルトともう一人、彼の友人であるナイツが椅子に座らされていた。
「先日、君たちは生徒組合を通して仕事を請け負ったと聞くが、それは本当かね?」
前方に座る教師が口を開く。確か名前はヘイズル、白髪が目立つ年配の教師だ。
「ええ、幾つか。どれのことを指して?」
ナイツが答える。ナイツは魔法使いとしての後ろ盾が特に無い生徒であり、万年金欠男だ。生徒組合の組合員として生徒を助ける必要がクルトは、良くナイツに仕事の紹介や手伝いをしている。
だから生徒組合を通す仕事と言っても、数があってどれのことなのか判別できない。
「たしか……。下水道に関係する仕事を行った事は?」
ヘイズル教師は少し何かを探す様な仕草をしてから、机に置いてある紙を見つけ、クルト達に尋ねる。紙を持ったままでだ。
(どうにも拙い。教師側も何があったのかを把握してない?)
だとすれば、クルト達が呼び出された理由は、結構深刻な問題なのかもしれない。教師を数人動かしながら、彼らに真意を伝えないくらいの力を持つ者。そんな人物が裏に居るのでは無いかと勘繰りたくなった。
「もしかして、ガーゴイルの一件ですか? 大学側への報告は行っていたはずですが」
クルトは事実をそのまま伝える事にする。余計な嘘は教師達を混乱させるだけだ。
「おお、そうだそうだ。今はヘックス教師の手にある物だな」
「確か、今はナイツ君が管理しているとか。ねえ?」
ヘイズルの言葉を補足する様に、左側に座る教師の一人、タニアが話す。女性教師で生徒も同性が多いらしい。
「はい、ガーゴイルは現在、わたしが泊まる宿舎内にありますが」
ナイツは困惑しながらも答える。現在、ガーゴイルはナイツが管理していると言うか、飼っている。
「ふむ。確かガーゴイルは下水道掃除の途中で見つけたとか?」
正確には掃除の途中で地図に無い道を見つけ、探索に入った先で襲われた。しかし、その道が王家の遺跡である可能性があったため、大学への報告は無難に下水道の途中でガーゴイルに出会ったとして置いた。
(ああ、そうか。あの遺跡、本当に王家の所有物だったんだな。となると、呼び出された理由は王領侵犯行為についてかな。ガーゴイルも王家の所有物って事になるし……)
こっちとしては故意に罪を犯した訳で無く、遺跡自体、王家からも忘れ去られていた物なのだから、それ程深刻な状況にはならないだろう。ナイツのペットに関しては返却する必要があるかもしれない。
「一応、ガーゴイルが出てきたと思しき道は見つけましたが……」
侵入はしていないとは言わない。何故なら本当は道を進んで、遺跡内部を少し探索したからだ。
「その件なのだがね。今、大学内に王立騎士団の団員が来ている。君たちが見つけた物が王領に深く関係する物らしくてな。当事者の生徒を連れてこなければ、大学へ報告済みと言う状況を合わせて、大学自体の罪を問うそうだ」
「はあ?」
無茶苦茶な理屈だ。そもそもあの遺跡自体、本当に王領がどうかはあの当時判別できなかった。それは王家側も同様のはずだ。つまり、後になってからあそこは王領であると決定した事になる。
後付けの理屈で大学を訴えるなど言語道断だ。
「ちょっと待ってください。大学の罪を問うって、具体的にその王立騎士団員は何をするつもりなんですか?」
ナイツも黙っていられなかったらしく、椅子から立ち上がる勢いで話す。
「不当に王権を侵害し、組織ぐるみで隠蔽しようとした事実は許し難く。組織自体、外部からの綱紀粛正を行う必要も出てくる、だそうだ。はっきり言えば恫喝だなこれは」
「そんな! 王立騎士団は王権を直接委任されている以上、その行動には厳格な自戒が必要だ。だと言うのにこんな権力を振りかざす行為。許せない。大学長は何をしているんです?」
なかなかに熱意を上げて行くナイツ。まあ、自分の行為が大学全体の危機に繋がる可能性が出てくれば、そうもなるか。
(僕はどうする? ナイツみたいに熱くなれれば楽なんだろうけど、そんな気分でも無いよなあ)
出来れば全方位穏便に済ませたいクルト。大学側に害が及ばない様にするのは必要だが、それ以上に自分自身が無事でなければ。国立騎士団を敵に回す事になるのも避けたい。世の中では騎士団が正義なのだから。
パン!
教室内に何かが弾けた様な音がする。実際はクルトが自分の太ももを叩いた音だ。思いのほか強く叩いてしまったので、太ももがヒリヒリする。
音のせいでシンと静まりかえる教室で、クルトは真っ先に言葉を放つ。
「とりあえずその騎士団員さんと話をさせてください。僕らが出頭さえすれば、とりあえず大学側が訴えられるなんて事も無いんでしょう?」
交渉相手はここには居ない。幾ら言葉を並べても、ここに居るのが教師陣だけでは、何の進展も無いのである。
「そうして貰えると助かるが……。大丈夫なのかね?」
心配する様にクルト達を見やるヘイズル。恐らくは嘘偽りなく、クルト達の事を案じているのである。でなければ、わざわざクルト達を教室に呼び出すものか。
本当に大学や自身の保身だけを考えているのならば、さっさとクルト達を騎士団員へ会わせれば良いのだから。
「大丈夫だと思いますよ? 強い立場の人間が強気に出るって、空回りしている証拠ですから」
付け込む隙はいくらでもある。
騎士団員は大学内の応接室に居た。大学外から仕事の依頼者や客人を迎える部屋である。言ってみれば大学の顔の様な物であり、立派な机と椅子が並べられた豪勢な造りだ。
部屋にクルトが入ると、騎士団員は振り返り、こちらを見てくる。
「失礼します。王立騎士団からの呼び出しがあると聞いてやってきたのですが」
クルトの視線は応接室内に居る騎士団員らしき相手に向かう。騎士団員と聞いて男性だと思っていたが、女性らしい。長い髪を後ろでまとめた長身の女性。騎士団員である以上、身体能力は高いのだろうが、身長のせいか全体的に細く見える。
「漸く来たか。魔法使いと言う人種はいちいち行動が遅いらしい。どれだけ待たされたと思っている?」
人への敵意を隠そうともしないのはどうだろうか。どんな相手だろうと、それなりの対応をする事こそが人間関係を円滑にするとクルトは思うのだが。
「こっちもこっちで用事がありましてね。ほら、呼び出されたのは僕とこいつの二人。予定を合わすのも難しい」
ナイツに一瞬目を向けてから、再び女騎士団員と話す。相手が相手なのでもう少し丁寧に話すべきなのだろう。しかし、相手が大学側を貶めようとしている以上、無駄に下手に出れば、相手が調子に乗ってしまう。クルト達はあくまで騎士団員に呼び出しに応じただけなのだ。それが正式な呼び出しで無い以上、いちいち出頭する義務は本来無い。
「ふん。どうだか。とりあえず、名前と立場を名乗ってもらおうか?」
「魔法大学一回生のクルトです」
「同じく、ナイツと申します。あなたが騎士団員と言う事で宜しいのですか?」
ナイツが訝しげに女騎士団員を見る。ナイツは他国の人間であり、王立騎士団と言う物を情報でしか知らない。なので、この国の騎士団は正義の人々であり、礼儀正しく尊敬できる相手と思っていたのだろう。それが一転、こうにも不遜な態度を取る相手となれば、疑いを抱いてしまうかもしれない。
「ウォーカーだ。仕事中はそう呼んで貰う」
一方でクルトは騎士団が少し気に入らない。一地方の領主。その家に入った一人の男として、騎士団入りを勧められる可能性がまったく無い訳でも無かったのだが、真っ先に消去した選択肢だった。
その理由とは騎士団員が名乗る姓だ。仕事中は与えられた姓でのみしか名乗ってはいけない。随分と堅苦しい取決めではないか。自分の名前を名乗ったところで何の不都合があるのだろう。きっと、他にもややこしい決まり事がたくさんあるに違いない。
そんな発想の元、クルトは王立騎士団を気に入ってはいない。
(そもそも、なんで椅子があるのにじっと立ってるんだろうね、この人)
部屋に入る時も、その後も座らずこちらを見る女騎士団員を見ると、その堅苦しさは倍増する様な気さえする。
「この剣を見て貰えれば、私が騎士団員である事を理解してくれると思うが。それでも疑いの目を向けるのならば、騎士団本部に連絡してくれても構わない」
王立騎士団の構成員は、皆、どの様な場所であっても帯剣を許されている。武力を象徴する物としてそう扱われているかららしいのだが、それよりも身分証明に近い役割があるとクルトは考えている。
「ああいえ、そこまでしていただかなくても」
ウォーカーの態度に少し恐れを抱いたのか、いやに腰が引けているナイツ。いつもの自信満々な態度はどうした?
「ならば話の続きだ。魔法大学の生徒が王領へ侵入したと言う通報が、とある匿名団体から入った。心当たりはあるか?」
勿論あるに決まっている。先ほどその件で教師達に呼び出されたばかりなのだから。
「王領侵入ですか? 具体的にはどんな?」
心当たりがあったところで、正直話す義理は無い。人の悪事を訴える以上、訴える側が何のことかを話すべきだ。
「アシュル港付近にある下水道だ。その中には古い王城の跡地がある。当然、今も王権の支配下に置かれているな。お前たちはそこへ無断で侵入した容疑が掛っている」
大凡の情報は向こうでも掴んでいるらしい。さてどうしてものか。
「下水道で仕事を請け負った事はあります。その王城跡地については……」
ナイツがウォーカーの言葉に答えるも、最後はクルトへの目線を向ける。正直に答えれば良いのかどうかを聞いているのだろう。
「らしき場所は見つけましたよ。もしかしたら入ったかもしれない。道が綺麗に下水道と繋がってたんで、どこまでがその跡地なのかがこっちには分からない物で」
クルトは、曖昧ながらも嘘を吐かずに話す事にした。ぶっちゃけた話、非があるのは明らかにこちら側なのだ。何故なら、あそこが王家の遺跡かもしれないと招致で入った訳で、そこからガーゴイル一頭を持ち出したのは紛れもない真実である。
すべてを知っていれば、王権侵害罪を問われても仕方のない状況だ。
(ただ、大学にまでその罪が回る事と、普通は口頭注意程度で終わる話をいちいち重大化させてる点が問題なんだよなあ)
事を八方良く収める事が重要である。そのために今は何をすべきかをクルトは考える。
「王領へ侵入した事に対して、自覚は無いとするつもりか?」
「そうですねえ。とりあえずちょっと提案しても良いですか?」
「?」
クルトの言葉に疑問符を浮かべるウォーカー。
「椅子があるんだから座りません? 部屋の入口近くで立ったまま喋るのって傍から見ればすっごい間抜けですよ」
それにそろそろ足が疲れ始める頃だった。ウォーカーはクルトの頼みを聞いたのか、黙って椅子に座った。愛想がまったく無い。
続いてクルト達も座る。椅子は机を挟んで幾つかあり、ウォーカーと向かい合う形で椅子に座る事になる。
「………」
何故か会話が止まる。どうした物かとウォーカーを見るが、何故か当の本人も困惑している様子だ。いったい何なのだ?
一方、イリス・ウォーカーは混乱の極致に居た。偉そうな魔法大学を一喝できたのは良い。問題を起こした張本人を呼び出せたのも行幸だ。しかし、その相手から何故ずっと部屋に突っ立ったままなのかと馬鹿にされたのは異常事態だった。
言わなくても分かるだろうが、彼女は完璧主義者である。朝起きる時間から、昼食は何処で何を食べるか、仕事量と帰宅時間の調整。眠る時にホットミルクを一杯飲むまでの一日を、完全無欠に行う事で日々を過ごしている。
つまり何が言いたいのかと言えば、一旦躓けば後が続かず、思考が止まってしまう性質だと言う事だ。
おかげで突然会話が止まってしまった。その事を訝しむ魔法大学生の目線によって、さらに錯乱して行く。あからさまな悪循環に陥ったこの状況を変える事は、もうイリス本人には不可能なのだが、残念ながら相手の学生は気付かない。むしろ何があったのかと向こうも困惑していることだろう。
「ところで時計とロッカーの関係性についてどう思う?」
「はあ?」
必死に捻り出した言葉がそれであった。勿論、意味不明な言葉に学生が答えられる訳が無い。イリス本人にも分からないのだから。
もう既に、イリスの頭脳はチグハグ状態で、まともな思考が出来ずにいた。
そんな姿を見るクルトと言えば―――
(この人、案外馬鹿なんじゃないかな)
当初はウォーカーの様子に困惑したものの、じっくりと観察する内に、どうにも相手の思考が止まっている事に気づいた。と言うより、時計とロッカーがどうとか言われた時点で、相手が混乱している事など嫌でも分かる。恐らく、クルト達の後ろにある掛け時計と掃除用具入れのロッカーが視界に映った結果、それをそのまま発言したのだろう。
隣を見ればナイツもクルトと同様に、ウォーカーへ疑いの眼差しを向けていた。ふと二人の目線が合う。言葉は交わさないが、なんとなく相手の言いたいことが分かる。
「ああ、こいつ相手なら上手く立ち回れるぞ」
お互いが目線によってその意思疎通を終えた後、口を閉じたままのウォーカーに向かって、とある提案をする事にした。
「ウォーカーさん。王領の侵入について、申し訳無い事に僕らには心当たりがあります。さっき話した下水道の件ですね。そこが王領かどうか僕らには判断できませんでしたが、そちらが王領だと言うのならそうなんでしょう」
クルトは自分達の罪についてあっさりと認める。認めたとしても、今話している相手ならば、問題は無いだろうと判断したのだ。
「む! そうだ。その通りだ。お前たちが知らずに行った事でも、その罪は重い」
望み通りの展開に戻ったからか、ウォーカーは言葉を取り戻す。心なしか嬉しそうである。
「ああ、でも、俺達にはその確証がまだ無いんだよな。どうにかしてそこが王領だって確認できれば良いんだが……」
明らかに独り言では無い声量で独り言をこぼすナイツ。当然、ウォーカーに聞こえた事だろう。
「下水溝内の王領に関しては、認定後、目下調査中だ」
ウォーカーの返答を聞くに、大方、碌に調べもしていないに違いない。ならば、そこに対する知識はこちらの方が上だろう。
「なんだったら、その調査。僕らも同行して良いですかね。王権の象徴たる王立騎士団の検査だ。さぞかし、僕らを納得させる物でしょうから」
もし騎士団が下水溝を詳しく調べていないのなら、地の利はこちらにあるだろう。なにせあの遺跡、魔法関係の道具が多く存在していたのだから。




